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福聚講

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神道は祭天の古俗(明治24年)・・9

2018-06-09 | 頂いた現実の霊験
神道は祭天の古俗(明治24年)・・9
文科大学(東京大学)教授  久 米 邦 武    

神は不淨を惡む
神に事へるには清淨を先として。穢惡を忌嫌ふは。神道の大主旨なり。紀一書に。諾尊の冉尊殯殮ひんれんの所より還り、〔吾前到於不順也凶目汚穢之處。故當滌去吾身之濁穢。則往至筑紫日向小戸橘之木原。而祓除焉。遂將滌身之所汚。云云(吾前(さき)到於不須也凶目(いなしこめ)汚穢(きたなし)之處 故(かれ)當滌(あらふは)去(うつ)吾身之濁穢(けがらはしきもの) 則往至筑紫日向小戸(をど)橘(たちばな)之檍原(あはきはら) 而祓(みそぐ)除(はらふ)焉) とありて、海神住吉神は生れ、又天照大神月讀尊素戔鳴尊の三貴子ハ生れ給へり。(記も同し)、素戔鳴尊の大神新嘗に當り、祭殿に放屎し、馬を逆剥して齋服殿に投納れたるは神道破滅、尚武鎮壓の主義と思はる。因て大神ハ位を遜れて窟戸に入給ふに至れり。神道に觸穢を忌むことの至嚴なる此の如し。魏志(東夷傳の倭國)に。〔始死。停喪十餘日。當時不食肉。喪主哭泣。他人就歌舞(誄のことなるべし)飲酒。已葬。擧家詣水中澡浴。以加練沐〕とあれば。中國のみならず。西國まで一般の風俗皆然り。此風に原つきて。清淨を以て神に仕へる式は定まる。所謂る天清淨。地清淨。内外清淨。六根清淨ハ敬神の主要たり。神祇令に、散齋の内より〔不得弔喪問病食肉。亦不判刑殺。不决罰罪人。不作音楽。不預穢惡之事〕と。義解に〔謂穢惡者不淨之物。鬼神所惡也〕とあり。三代格に。齋月齋日に弔喪問病判署刑殺文書決罰食宍預穢惡を六條の禁忌と云。邦人の肉食を嫌ふも。かゝる習慣より來ることなるべし。後漢書(東夷傳倭○魏志も同し)にも。〔行來度海。令一人。不櫛沐。不食肉。不近婦人。名曰持衰〕と見え。格にも。神社の境内附近にて。屠割・狩獵・牧牛馬を禁忌する等を考合すべし。足利時代まで忌のことをすべて觸穢と云。死喪大祭戦争等には朝を輟め。音奏雜訴評定を停め。行刑を停むるを法とす。徳川時代にても。喪には鳴物を停む。俗に御停止と云是なり。又産穢・血荒・踏合等ありて。出仕を忌避るは。皆神道の遺風なり。
諸穢中に於て尤も忌嫌ふハ死穢なり。古代に人死すれば。其屋を不淨に穢れたりとて棄たり。紀一書。素戔鳴尊の新羅より杉檜?(木+豫)樟柀等の種を日本に植しむる條に。〔柀可以爲顯見蒼生・奧津棄戸將臥之具〕とあり。奧津の津は助詞なり。奧とは死人の臥したる奧の間にして。棄戸とは柀を以て棺を製し。死人を歛し。其處に遺骸を置て棄去りたるなり。陵墓は家の貧富に應して厚葬の風なれども。殯歛葬埋には專業人ありて執行たることならん。後世にの起りもかゝる風俗より生したることなるべし。又歴代天皇の必す宮殿を遷さるゝも。奧津棄戸に原由したることなるべし。格の弘仁五年六月太政官符に。〔?(てへん+僉)天平十年(西暦七百三十八年)五月廿八日格。國司任意。改造館舎。儻有一人病死。諱惡不肯居住〕と見ゆれば。其時代まても此風俗は存したり。韓土も同じ風俗なり。紀の皇極天皇元年五月の條に。〔凡百濟新羅風俗。有死亡者。雖父母兄弟夫婦姉妹。永不自看。以比觀無慈之甚。豈別禽獣〕とあり。其比日本は死を忌嫌ふて親戚皆棄去る風は熄たれども。親しく神社に近つきて事へる家には。此風猶嚴重に行ハれたり。其證ハ北島氏文書の貞治四年(南朝正平二十年、西暦千三百六十五年)十月。出雲國造貞孝(北島の祖なり)目安に。〔自曩祖宮向宿禰人體始。至資孝。四十代。皆止亡父喪禮之儀。打越于神魂社。(隔十餘里)令相續神火神水之時。國衙案主、税所、神子神人等令參集。奏舞楽。遂次第之神役。令一人相傳神職也。而彼孝宗者。五體不具。親父孝宗死去之時。荷入棺拾遺骨。爲觸 穢不淨之間。不可奉近付于神體之條。無其隠。云云〕とあれば。國造・大宮司・祭主・神主などの家は。親の葬禮をも打止め。國司立會にて。祓除し。神火神水相續の式禮を擧行したる有様は。彼百濟新羅に異ならざるを知る。神事に濁穢を忌嫌ふにつきて。祓除の法ハ生したり。就ては古來種々の歴史も多く。弊害も亦多かりし。此に其一を擧げん。貞治より少し降り。康暦元年(南朝天授五年、西暦一三七九年)ハ。伊勢外宮の改造久しく期を過ぎたる末にて。十二月廿六日いよいよ遷宮式を擧行せんとするに。禁裏の御衰日なりと。前關白准后二條良基の沙汰にて。又延引したる時。迎陽記に。父参議東坊城長綱の物語を記して曰。〔(前略)不憚御身之慎。被遂尊神之禮者。更不可有其咎。還可有冥感。前賢所爲有如此事。中院禪閤正和興福寺供養。己欲出車之處。或者投入生頭於車中見告之。事可被行哉。可被延引之由。申之輩有之。大義不可憚少。興福寺供養。依此事延引。天下之口遊不可遁歟。所寄清祓可遂供養之由被申。于今爲美談者也。云云〕とあるにて。神事に穢を忌避け。少しの出来事にて。大儀を延引することなど。數々ありたるを知るべし。神事にあつかるときハ。常人さへ此の如し。まして神に仕へるを常職とする人は。死穢を忌嫌ふこと甚嚴なるべきに。時世移りて。今は神職の葬儀を主ることとまでなりたるは。神道の本義に於て甚如何なることなり。

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