本日、「クハ481-103の駅巡り旅のページ」は、開設から4000日を迎えました。これは、日頃の皆様からのアクセスのおかげだと思っています。
この1000日で最も記憶に残った鉄道ニュースは、「糸魚川快速」の廃止です。2017年3月4日に廃止されたのですが、これは485系の一般車の全廃を意味します。ふと検査表記を見ると、きらきらうえつの廃止も最早時間の問題と思われます。鉄道唱歌、春の歌、懐かしいなあ。私の青春が終わってしまいました。
次に記憶に残った鉄道ニュースは、夜行の交通機関のプレミアム化です。夏の臨時列車が昨日発表されましたが、JRの夜行列車が風前の灯になっていると痛感します。「ムーンライトながら」ですが、今夏は7月27日の下りから8月19日の上りまで運転します。しかし、E257系が「踊り子」などに進出して185系が全廃になると、完全廃止になってしまうのではないかと懸念されています。また、夜行の交通機関はほぼ高速バスだけになりますが、ツアーバスの高速乗合バス化、折からの人手不足が相俟って高騰化及び減便が続いています。繁忙期には東京便で10000円近くになるものまで出ています(WILLER TRAVELの場合)。
さて、この1000日で最も印象に残った駅はしなの鉄道の御代田駅です。ホームが急勾配上にあるだけではなく、「世界一小さなテレビ局」まであり、見所満載の駅でした。10分しか滞在出来なかったのが玉に瑕でした。
次に印象に残ったのは、長崎本線の吉野ヶ里公園駅です。南口だけを見たらどこにでもあるような橋上駅舎ですが、北口に出ると図書館付きの「パオ」となっており、度肝を抜かれました。厳島神社の夕景が印象に残りました。
3番目に印象に残ったのは、山田線の上米内駅です。開業当時からと思われる木造駅舎が健在ですが、13:50以降は「夜間」で立ち入ることすら出来ないのです。無人化された現在はどうなっているだろうか。
最も印象に残った乗り継ぎ旅はというと、2018年1月27、28日の「山陰本線全駅下車への道・第6回」です。折からの大雪で出発するかどうか決めかねてました。しかし、首都高の除雪がおおかた終わったということでゴーサインを出しました。誠に悪運強いことに新潟行きの信越線2557M以外に遅れはなく、あっさりと大成功を収めた乗り継ぎ旅でした。
次に印象に残った乗り継ぎ旅は、2016年4月2、3日の北海道新幹線初乗り記です。新津から羽越線などを順調に乗り継いで青森駅に出たはいいものの、構内全停電で津軽線がタクシー代行になってしまいました。でも、蟹田駅にて無事に339Dに乗り継いで奥津軽いまべつ駅に行き、「はやぶさ25号」に乗り継げたものです。果たして訪問したアスクルは夕食の影響がなく、カロリーメイトの侘しい晩餐になってしまいました。
で、これから4000日記念として1駅紹介します。磐越西線の新関駅です。新関駅は、新津駅から数えて2駅目にあたる駅で、最初の交換可能駅になります。新関地区の住民のみならず、五泉市一本杉地区などからP&Rされる利用者も多いそうです。
まずは駅舎から。昭和29年2月築の、国鉄後期型駅舎です。
では、駅舎の中へ。簡易Suica改札機の左手にはトイレと自動券売機が。
で、右手には6人分のベンチと自動販売機が。窓口の跡が残っています。
跨線橋を渡って東口へ。吹きさらしのブースになっています。
そのブースの中は簡易Suica改札機のみとなっています。
駅前には駐車場がありますが、月極駐車場ですふらっと来て駐車すると、レッカー移動されるでしょう。
対面式ホーム2面2線の構内です。SLばんえつ物語がもうもうと煙を上げて通過していきました。
ブログ開設4000日記念記事は以上です。拙ブログは、5000日を迎える頃にはgooフォトに移管していることでしょう。勿論、私の経済力が続けばですが。