日々の恐怖 3月25日 凝視(2)
言われた通りの順に目線を動かして行けば、その手は明らかにベットを目指して移動している。
そして、彼女は、
「 手話で会話してる映像があったんだけど、ちょうどこんな感じで手があったと思う。」
と言いながら、手の形を私に見せた。
実際に見たわけでも無いのに、背筋がぞわぞわした。
彼女は、
「 それでね。」
と強張った顔で言う。
「 それでね。
昨日ついに、ベットの縁に手首があったのよ。
だから、もしかしたら、今日、何か起こるかもしれない。」
力無く続けられた彼女の言葉に、色々と思うところが無いではないけれど、結局何も言えなくなってしまった。
そのまましばらく、私が無言でいると彼女は急に笑い出して、
「 嘘よ!」
と言った。
彼女が、とても楽しそうに、
「 誰か泊まりに来たときに、驚かそうと思って考えた話なのよ。
どう、怖かったでしょ?」
と言うので、私は少し困ってしまった。
実は私も、さきほどから彼女に言えていないことがあった。
手首の話を彼女が始めたとき、黒く透けた男が彼女の背後に見え始めた。
そして、その男は徐々に前のめりになり、話が終わる頃には彼女に覆いかぶさって、ずっと笑う彼女の顔を凝視し続けているのだけれど、果たしてそれを告げるべきなのか、どうか・・・。
私はゆっくりと布団の中へ潜り込み、何も見えないよう固く瞼を閉ざした。
いつの間にか外では、雨が降り出していた。
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