日々の恐怖 3月6日 箪笥の引き出し
Mさんが高校の頃、英語教師に聞いた話です。
わかりやすい授業と淡々としたユーモアが売りで、生徒と余り馴れ合うことはないけれど、中々人気のある先生でした。
昔奥さんが死んだ時、(話の枕がこれだったので、そんな事実を、初耳だった我々は、その時点で相当びびり気味だったのですが)彼はよく不思議な幻を見たそうです。
それは、もう使う人のない奥さん用の箪笥の引き出しが開き、そこから奥さんが頭半分を出して、ベッドに寝ている先生を見ているというものでした。
彼は、
“ ああ、家族の死で私は精神的に不安定になっているのだな。”
と病院へ行き、精神科などに相談し薬などを出してもらい、なるべく疲れないよう、ストレスをためない様にしてみましたが、奥さんは相変わらず夜になると箪笥の引き出しに姿を現し、微妙なポージングで彼を見ていたそうです。
それで、先生は精神的なものでないのなら、現実に起こっていることだと判断しました。
そして、ある時、その箪笥の引き出しに体を入れ、全身でがたがた揺すりながら、長い時間をかけて引き出しを閉めてしまったそうです。
そこで長い間待っていると、
「 あら!」
と、なんと奥さんの声がしたそうです。
思えばリアクションを用意していた訳ではない先生。(冷静なつもりが矢張動揺していたんですね、とか言ってました。)
困っていると、奥さんが、
「 あなたは太っているから、ここじゃ無理よ!」
と言い、先生も、
“ そうだなあ・・・。”
と思い、またがたがたやって出たそうです。
因にその箪笥はまだ先生のうちにあり、疲れた時などに、奥さんが登場しているのが寝入りばな見えるとのことでした。
先生は、この話の最後に、
「 私は大丈夫だったけれど、気弱な人だったら、引き出しに入ったまま死んでもいい、と思ってしまうかもしれない、そんな居心地の良さでした。」
と淡々と語っていました。
そして、高校のときの同級生が言うには、先生はまだ箪笥をお持ちだということです。
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