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極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

四番バッター中谷?!

2017年05月12日 | 環境工学システム論

          
          隠公三・四年、衛の州吁(しゅうく)の乱 / 鄭の荘公小覇の時代

 

                              


         ※ 鄭と衛とが、鄭の共叔段(きょうしゅくだん)の乱をきっかけに
           不和になる。鄭が内乱に悩まされたように、当時衛でも、荘公の
           跡目相続をめぐって、腹ちがいの公子同士が反目し合っていた。
           この反目は、ついに州吁(しゅうく)のクーデターとなって火を
           吹き、さらに国際問題がからんで、衛没落の一因ともなる。

         ※ 佳人薄命:衛の荘公は斉国から太子得臣(とくしん)の妹を夫人
           に迎えた。その夫人が荘姜(そうきょう)である。彼女は評判の
           美人であったが、不幸にして子供ができなかった。かの『碩人』
           (せきじん)の詩は、衛の詩人が彼女の薄幸を哀しんで賦(ふ)
           したものである。荘公は陣国からも夫人を迎えた。その夫人が
           (れいき)である。孝伯(こうはく)は彼女の生んだ子である
           が、不幸にして夭逝した。そこで荘公は厲嬀の侍女戴嬀(たいき)
           に子を生せた。これが桓公である。荘姜はこの桓公をわが子とし
           て育てた。ところで荘公には、もう一人愛妾に生ませた子がいた。
           公子州吁(しゅうく)である。荘公に可愛がられたが、乱豪者で
           あった。荘公が別段叱ろうとはしないので、夫人の荘姜は州吁
           憎んだ。大夫の石碏(せきさく)が心配して荘公を諌めた。「真
           に子を愛する親は、わが子を教えさとし、悪に走らぬようにする
           と申します。驕慢、奢侈、淫乱、放逸は身を誤るもとですが、
           吁
さまの身にはこの四つの悪徳がしみついています。もとはと申
           
せば、あなたが州吁さまを溺愛なされ、過分な禄位をあたえたか
           らで
す。ゆくゆくは州吁さまを太子に立てる腹づもりであります
           ならば、今からその旨お決めください。今の状態では、州庁さま
           はあなたのご
寵愛につけこんでますます勝手に振るまい、やがて
           はわが国に禍いをひき起こすことでしょう。寵愛
を受ければ、つ
           い増長して人にへりくだることができなくなりますし、そうなれ
           ば人を人とも思わな
くなり、自分を抑制できなくなるものです。

           君子が犯してはならない悸逆(はいぎゃく)行為は六つ(六逆)
           あります。❶卑しい身分でありながら、身分の貴い
ものを排除す
           ること、❷若輩でありながら、年長者を押しのけること、❸疎遠
           な関係でありながら、近親
者を押し隔てること、❹新参者であり
           ながら、古参考を排斥すること、❺小禄者でありながら、高禄者
           を
押えつけること、❻邪しまでありながら、正しいものを迫害す
           ること、以上の六つであります。
これに対して、君子が守るべき
           順道は、同じく六つ(六順)あります。❶君主は義を守ること、
           ❷臣下
は忠誠を尽くすこと、❸父は子を慈しむこと、❹子は親を
           大事にすること、❺兄は弟を愛すること、❻弟は兄
を敬うこと、
           以上の六つであります。
この順道を棄てて悸逆に走るのは、禍い
           を招くもと。為政者は、禍いのタネをとり除くことが義務
である
           のに、かえってそれを育てるとは、みずから墓穴を掘るようなも
           のではありませんか」
  
           
だが、荘公ほとりあわなかった。それよりも石碏にとって頭の痛
           いことは、わが子の石厚(せきこう)までが州吁にとりいるよう
           になり、かれがいくらとめてもきかないことであった。やがて、
           桓公が太子に立つと、碏石は隠居を申し出た。

 

 No. 16

【RE100倶楽部:波力発電 日本初のシステムが実証稼働】

今月12日、東京都・伊豆七島の1つである神津島の沖合で、日本初の波力発電システムの実証試
が始まった。三井造船が開発を進めているシステムで、海面に浮かんだフロートが波で上下運動
する
エネルギーを機械的に回転運動に変換して発電する。☈開発した波力発電装置は、海面に浮か
んだフロ
ートが波で上下運動するエネルギーを、機械的に回転運動に変換。この力で発電機を回転
させて発電
する仕組み。ポイントアブソーバー式とも呼ばれる方式で、海底にアンカーを設置して
係留索を使って固定している。装置の定格出力は3.0kW(キロワット)、全長約13m、フロート直径
2.7m、空中重量は約10tだ。実証期間中の平均発電量は600W(ワット)を想定する。

 May 10, 2017

● 発電コストの解析

✪豊富かつ24時間利用できる自然エネルギーとして期待される波力発電。普及のカギはコストだ。
発電システムそのものの費用に加えて、生み出した電力を地上に送電するためのコストも掛かる。
沿岸から遠くなるほど強いエネルギーを得やすくなるが、それに比例して送電コストも大きくなる。

☈そこで最近では港の防波堤付近など、沿岸に近いエリアに設置するタイプの波力発電システムの
実証が進んでいる。2016年11月には岩手県の久慈市にある「久慈港」で、日本で初めて電力会社の
系統に接続する波力発電所が実証稼働。

 Oct. 16, 2016

東京大学・生産技術研究所が中心となって開発した波力発電所で、海底に設置する基礎部分の上
に建屋
を建設し、その中に建屋に発電機を収めている。その下にぶら下がるように設置している板
(ラダー)が、
波を受けて振り子のように運動し、発電機を回転させて発電する。発電能力は43kW
で、平均して10kW程度
の発電を見込む。
  Apr. 17, 2015

異なる方式の波力発電システムでは、NEDOが15年に秋田県酒田市の酒田港で実証試験を行っ
ている。これは港の護岸に直接取り付ける方式のシステムで、海面の上下の動きにより気流を生み
出し、タービンを回転させて発電する仕組み。既設の護岸に後付けできるようにすることで、設置
コストの低減を狙っている。

※ 革命的な波力発電システムについての考察は後日掲載してみる。

 

【ネオコン倶楽部:有機ELデバイスの高効率化】

 

5月11日、九州大学らの研究グループは次世代有機EL素子の発光材料として注目される熱活性化
遅延蛍光(
TADF)を出す分子(TADF分子)の発光メカニズムを解明したと発表。その概要は、❶
次世代有機EL材料(熱活性化遅延蛍光分子)の発光メカニズムを先端分光技術で解明、❷分子の励
起状態や種類、エネルギーに着目し、高い発光効率の分子構造を発見、❸次世代有機EL材料の新し
い設計指針として貢献、低コスト・高効率な有機ELデバイスの実現に期待できるというもの。

✪有機ELは、有機分子が電流によりエネルギーが高い励起状態になり、それがエネルギーの低い基
底状態に戻る際に発光する現象を利用するが、TADF(熱活性化遅延蛍光は、室温の熱エネルギー
の助けを受けて有機EL分子が放出する蛍光のことで、現在の有機ELに不可欠な希少金属が不要なこ
とから低コスト化、高効率化の切り札とされている。TADF発光には分子の二つの励起状態が関わり、
それらの状態間のエネルギー差ΔESTが室温の熱エネルギー近くまで小さいほど、発光効率が高いと
考えられている。しかし、室温の熱エネルギーではTADFの発光が困難なはずの分子でも、100%に
近い高い発光効率を示す事例が報告されるようになり、発光メカニズムの詳細な解明が求められて
いた。

✪九大はこれまでに、熱により三重項状態を一重項状態へと逆変換して蛍光を放出するTADF分子を
設計・開発し、12年にありふれた元素である炭素、窒素、水素だけからなる有機化合物で、ほぼ
百%の発光効率を示すTADF分子を初めて開発、当時、高い発光効率を実現できたのは緑色蛍光の
TADF分子、その発光メカニズムの詳細も不明であった。


DOI: 10.1126/sciadv.1603282Evidence and mechanism of efficient thermally activated delayed fluorescence
promoted by delocalized excited states

一方、産総研では、これまでに太陽電池や光触媒などに使われる電子材料の光機能のメカニズム
の解明を目指し、材料の励起状態での光吸収を100フェムト(10兆分の1)秒からミリ(1000分の1)秒まで
の幅広い時間領域において、紫外光から可視光、赤外光までの広い波長領域で測定できるポンプ・
プローブ過渡吸収分光法の開発に取り組んできた。

今回、両者は九大が設計・開発した有機分子について、ポンプ・プローブ過渡吸収分光法を用いて
それらの発光メカニズムを解明。これまでの研究では見過ごされてきた各分子の一重項状態と三重
項状態の種類(励起種)とエネルギーに着目して検討を行った。

着実に1つ1つ問題点を解決していることが見て取れます。なにごとも基礎研究が大事。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
   
 

   24.純粋な第一情報を収集しているだけ 

  私はそれについて考えてみた。免色の言うことはまだうまく理解できなかった。私は騎士団長
 の方にさりげなく目をやった。騎士団長はまだその飾り棚の上に腰掛けていた。彼の顔にはどの
 ような表情も浮かんでいなかった

    免色は続けた。「暗くて狭いところにI人きりで閉じこめられていて、いちばん怖いのは、死
 ぬことではありません。何より怖いのは、永遠にここで生きていなくてはならないのではないか
 と考え始めることです。そんな風に考えだすと、恐怖のために息が詰まってしまいそうになりま
 す。まわりの壁が迫ってきて、そのまま押しつよされてしまいそうな錯覚に襲われます。そこで
 生き延びていくためには、人はなんとしてもその恐怖を乗り越えなくてはならない。自己を克服
 するということです。そしてそのためには死に限りなく近接することが必要なのです」

 「しかしそれは危険を伴う」
 「太陽に近づくイカロスと同じことです。近接の限界がどこにあるのか、そのぎりぎりのライン
 を見分けるのは簡単ではない。命をかけた危険な作業になります」
 「しかしその近接を避けていては、恐怖を乗り越え自己を克服することはできない」
 「そのとおりです。それができなければ、人はひとつ上の段階に進むことができません」と免色
 は言った。そしてしばらくのあいだ何かを考えているようだった。それから唐突に  私から見
  ればそれは突然の動作に思えた――席から立ち上がり、窓のところに行って、外に目をやった。

   Icarus


 「まだ少しばかり雨が降っているようですが、たいした雨じゃない。少しテラスに出ませんか?
 お見せしたいものがあるんです」

  私たちは食堂から階上の居間に移り、そこからテラスに出た。南欧風のタイル張りの広々とし
 たテラスだった。我々は木製の手すりに寄りかかるようにして、谷間の風景を眺めた。まるで観
 光地の見晴台のように、そこから谷間を一望することができた。細かい雨はまだ降っていたが、
 今ではほとんど霧に近い状態になっていた。谷を挟んだ向かいの山の家々の明かりは、まだ明る
 くともっていた。同じひとつの谷を挟んでいても、反対側から眺めると風景の印象がずいうもの
 

  
テラスの一部には屋根が張り出していて、その下に日光浴用、あるいは読需用の寝椅子が置か
 れていた。飲み物や本を載せるための、グラス・トップの低いテーブルがその隣にある。縁の葉
 をつけた観葉椅物の大きな鉢があり、ビニールのカバーをかぶせられた丈の高い器具のようなも
 のが置いてあった。壁にはスポットライトもついていたが、そのスイッチは入れられていなかっ
 た。居間の照明もほの暗く落とされていた。

 「うちはどのあたりになるのでしょう?」と私は免色に尋ねた。

  免色は右手の方向を指さした。「あのあたりです」

  私はそちらの方に目をこらしてみたが、家の明かりがまったくついていないことと、霧のよう
 な雨が降っていることのために、うまく見定められなかった。よくわからないと私は言った。



 「ちょっと待ってください」と免色は言って、寝椅子のある方に歩いて行った。そして何かの器
 具の上にかぷせられたビニールのカバーを取り、こちらにそれを抱えて持ってきた。三脚付きの
 双眼鏡らしきものだった。それほど大きなものではないが、普通の双眼鏡とは違う不思議な格好
 をしていた。色はくすんだオリーブ・グリーンで、形状の無骨さのせいで測量用の光学機器のよ
 うに見えなくもない。彼はそれを手すりの前に置き、方向を調整し慎重に焦点を合わせた。

 「ご覧になってください。これがあなたの往んでおられるところです」と彼は言った。


  私はその双眼鏡をのぞいてみた。鮮明な視野を持つ倍率の高い双眼鏡だった。量販店で売って

 いるようなありきたりのものではない。霧雨の談いヴェールを通して、遠方の光景が手に取るよ
 うに見えた。そしてたしかにそれは拡が暮らしている家たった。テラスが見える。私かいつも座
 っているデッキチェアかおる。その奥には居間があり、隣には拡が絵を描いているスタジオがあ
 る。明かりが消えているので家の中まではうかがえない。しかし昼間なら少しは見えるかもしれ
 ない。自分の住んでいる家をそんな風に眺めるのは(あるいは覗くのは)、不思議な気持ちのす
 ることだった。

 「安心してください」と免色は拡の心を読んだように背後から声をかけた。「ご心配には及びま
 せん。あなたのプライバシーを侵害するようなことはしていません。というか、実際にあなたの
 お宅にこの双眼鏡を向けたことはほとんどありません。信用してください。拡の見たいものは他
 にあるからです」
 「見たいもの?」と拡は言った。そして双眼鏡から目を難し、振り返って免色の顔を見た。免色
 の顔はあくまで涼しげで、相変わらず何も語っていなかった。ただ夜のテラスの上で、彼の白髪
 はいつもよりずっと白く見えた。
 「お見せします」と免色は言った。そしていかにも馴れた手つきで双眼鏡の向きを少しだけ北の
 方に回し、素早く焦点を合わせた。そして▽歩後ろに下がって拡に言った。「ご覧になってくだ
 さい」

Military Binoculars

  私は双眼鏡をのぞいてみた。その丸い視野の中に、山の中腹に立っている膳洒な板張りの住宅
 が見えた。やはり山の斜面を利用して建てられた二階建てで、こちらに向けてテラスがついてい
 る。地図の上ではうちのお隣ということになるのだろうが、地形の関係で互いに行き来する道は
 ないから、下から別々の道路を上ってアクセスしなくてはならない。家の窓には明かりがついて
 
いた。しかし窓にはカーテンが引かれており、中の様子まではうかがえなかった。しかしもしカ
 -テンが開けられていたら、そして部屋の明かりがついていたら、中にいる人の姿をかなりはっ
 きり目にできるはずだ。これだけ高い性能を有する双眼鏡ならそれくらいはじゆうぶん可能だろ
 う。

 「これはNATOが採用している軍用の双眼鏡です。市販はしていないので、手に入れるのに少
 しばかり苦労しました。明度がきわめて高く、暗い中でもかなり明瞭に像を見定めることができ
 ます」

  私は双眼鏡から目を難し免色を見た。「この家が免色さんが見たいものなのですか?」
 
 「そうです。でも誤解してもらいたくないのですが、私は覗きをやっているわけではありませ

 ん」

  彼は最後に双眼鏡をもう一度ちらりとのぞき、それから三脚ごと元あった場所に戻し、上から
 ビニールのカバーを掛けた。

 「中に入りましょう。冷えるといけませんから」と免色は言った。そして我々は居間に戻った。
 我々はソファと安楽椅子に腰をかけた。ポニーテイルの青年が顔を見せ、何か飲み物はほしいか
 と尋ねたが、我々はそれを断った。免色は青年に向かって、今夜はどうもありがとう、ご苦労様、
 二人とももう引き上げてもらってけっこうだ、と言った。青年は一礼し引き下がった。

  騎士団長は今ではピアノの上に腰掛けていた。真っ黒なスタインウェイのフル・グランドに。
 彼はその場所が前の場所より気に入っているように見えた。長剣の柄についた宝玉が明かりを受
 けて誇らしげにきらりと光った。

 Steinway Grand Piano Model A

「今ご覧になったあの家には」と免色は切り出した。「私の娘かもしれない少女が住んでいます。
 私はその姿を遠くから、小さくてもいいからただ見ていたいのです」

 私は長いあいだ言葉を失っていた。

 「覚えておられますか? 私のかつての恋人が他の男と結婚して生んだ娘が、あるいは私の血を
 分けた子供であるかもしれないという話を?」
 「もちろん覚えています。その女性はスズメバチに剌されて亡くなってしまって、娘さんは十三
 歳になっている。そうですね?」

  免色は短く簡潔に肯いた。「彼女は父親と一緒に、あの家に住んでいます。谷の向かい側に建
 ったあの家に」
  頭の中にわき起こったいくつかの疑問を整ったかたちにするのに時間が必要だった。免色はそ
 のあいだじっと黙して、私か感想らしきものを口にするのを辛抱強く待っていた。
  私は言った。「つまりあなたは、ご自分の娘かもしれないその少女の要を日々双眼鏡を通して
 見るために、谷間の真向かいにあるこの屋敷を手に入れた。ただそれだけのために多額の金を払
 ってこの家を購入し、多額の金を使って大改装をした。そういうことなのですか?」

  免色は肯いた。フ兄え、そういうことです。ここは彼女の家を観察するには理想的な場所です。
 私は何かあってもこの家を手に入れなくてはなりませんでした。他にこの近辺に建築許可の下り
 そうな土地はひとつもなかったものですから。そして以来、毎日のようにこの双眼鏡を通して、
 谷間の向かいに彼女の姿を探し求めています。とはいってもその姿を目にできる日よりは、目に
 できない日の方が遠かに多いのですが」
 「だから邪魔が入らないように、できるだけ人を入れないで、一人でここに暮らしておられる」

  免色はもう一度肯いた。「そうです。誰にも邪魔をしてもらいたくない。場を乱してほしくな
 い。それが私の求めていることです。私はここで無制限の孤独を必要としているのです。そして
 私の他にこの秘密を知っているのは、この世界にあなた一人しかいません。こんな微妙なことは
 迂闊に人に打ち明けられませんからね」

  そのとおりだろう、と私は思った。そして当然ながらこうも思った。じやあどうして今、彼は
 私にそのことを打ち明けているのだろう?

 「じやあ、どうして今ここでぼくにそれを打ち明けるんですか?」と私は免色に尋ねてみた。
 「何か理由があってのことなのでしょうか?」

  免色は脚を組み直し、私の願をまっすぐ見た。そしてひどく静かな声で言った。「ええ、もち
 ろんそうするには理由があります。あなたに折り入ってひとつお願いしたいことがあるのです」                                

                                                          この項つづく



金本阪神の二年目、好調な5月である。好調に比例してTVへの露出度が上がりこれがまた好循環
する。その先には日本シリーズ優勝、その先はバブル疲労がまっている(これは老婆心ですが)。
ふと、目を惹く選手が中谷将大(まさひろ)選手――93年1月5日生まれ、阪神タイガースに所
属する福岡県小郡市出身のプロ野球選手、外野手、内野手、捕手。10年のドラフト会議で、阪神
タイガースから3巡目で指名で、捕手として入団、背番号は60。身長187cm、体重89kgという体格
で、捕手としては遠投120メートルの強肩が持ち味。しかし、高校通算で20本塁打を記録するほど
の長打力を生かすために、阪神への入団後に捕手から外野手へ転向した。掛布雅之からは、「手足
が長く、実際にスローイングが正確なことから新庄剛志のような素質を感じる」との理由で「小新
庄(こしんじょう)」と呼ばれる。前書きは置いておき、4番バッターの風格が備わっているとい
うのが印象である。福留、糸井、中谷を中軸に高山などの若手、鳥谷などのベテラン・中堅を揃え、
投手陣が頑張れば、あの85年のゴールデンドリームが再現する。ただし、人気に引きずられずに
風通しをよくしておけば、金本タイガースは5年、いや10年の黄金期に突入すること間違いない。

    

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ハンフォード核廃棄物施設緊急事態

2017年05月10日 | 環境工学システム論

          
             鄭、衛の不和   /   鄭の荘公小覇の時代


                                                                                                              

      ※  秋八月、紀国の人が夷の国を伐った。しかし、夷の国からわが魯にその
        報告がなかった。だから『春秋経』には記録されていないのである。
         また、稲虫が発生したが、災害を及ぼすには至らなかったので、このこ
        とも記録されていない。恵公在位の晩年に、魯国は宋国の軍隊を黄(宋の
        邑)で敗った。隠公は即位すると、宋に対して和睦を求めた。『春秋経』
        に「九月、宋人と宿に盟った」とあるのは、このようにして国交をひらい
        たことをいっている。 

         冬十月の庚申の目、恵公を改葬した。隠公はその葬式に参列しなかった
        ので、記録していない。恵公が亡くなったとき、魯は宋と戦っており、ま
        た太子は幼かった。このように葬礼にいくつか欠ける条件があったので改
        葬したのである。衛侯も魯に来て会葬に参列したが、隠公に会わなかった
        ので、そのことも『春秋経』に記されていない。

         鄭国における共叔段の乱で、共叔の子の公孫滑(こうそうんかつ)は衛
        の国に出奔した。衛は滑の後押しをして鄭を伐ち、廩延(りんえん)の地
        を占領した。鄭は周王の兵と虢(かく)国の兵をひきいて衛国の南方の地
        を攻めるとともに、邾国に援兵を要語した。邾の国君(儀父)は魯から出
        兵させようと、ひそかに魯の大夫である公子予にたのんだ。予は隠公に許
        しを求めた。しかし隠公は許さなかった。予はあくまで我を通して、つい
        に手兵をひきいて出て行った。そして邾・鄭と翼(邾の地)で盟を結んだ。
        『春秋経』にその事件を記していないのは、隠公の兪によったのではなか
        ったからである。
         新しく幽門を作ったが、『春秋経』に記していないのは、やはり隠公の
        命によったのではないからである。

         十二月、祭の国君(伯爵)が魯国を訪問した。しかし周王の命によるも
        のではなかった。衆父(魯の公子益師の字)が亡くなったとき、隠公は小
        斂の式に立ち会わなかった。だから『春秋経』には「公子益師卒す」とあ
        るのみで、日を記さなかった。

      ※ 鄭のお家騒動は解決したものの、抹殺された段の子が衛に亡命したことか
        ら両国は不和となった。これが次の事件(隠公二年の条)への伏線となる。
        〈小斂〉:
死者の遺骸に衣を着せるのを小斂といい、棺に入れるのを大斂
        という。
 

  May 9, 2017

● ハンフォード核廃棄物施設でトンネルが崩壊

9日火曜日の朝、1989年以来、ハンフォードの9基の原子炉の浄化作業が進められている施設で、
放射性汚染物質貯蔵用トンネルの20フィート長の部分が崩壊し、何百人もの現地労働者が避難す
る事態が発生したとワシントンポストが報じた(Gillian Brockell/The Washington Post )。これによ
り、米国エネルギー省は、放射性物質と機器を保管するために使用されたトンネルの洞窟の後に、
ワシントンのハンフォード核廃棄物貯蔵場所で緊急事態宣言を発した。 規模な複合施設の200東エ
リアでは、約3000人の労働者が被害を受けたと地元メディアが報じている。その避難勧告対象は
ロードアイランドの約半分のサイト全体に及ぶ。また、KING-TV
によると、プルトニウム - ウラン
抽出工場(PUREX)付近のトンネルの一部が近くの道路工事により発生した振動で崩落した可能性
が高いとが報じている。また、ワシントン州生態学部のランディ・ブラッドベリー広報担当者は、AP通信に対
し、崩壊時に負傷した労働者はなく、放射線は検出されていないと述べている。 
 

Emergency declared at US Hanford nuclear waste site after tunnel collapse — RT America, Published time: 9
May, 2017 16:34

 

 No. 14

 May 8, 2017

【RE100倶楽部:サンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道公社】

BARTBay Area Rapid Transit:サンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道公社)は、輸送機関が再生可能エ
ネルギー源からさらに多くの電力を直接購入し積極的な導入指針を採用。将来のエネルギー購入を
導く新しい卸売電力リスク分散政策を承認したことを公表。
ほとんどの交通機関は、地域のプロバ
イダーから電力購入する必要があり、15年に承認されたカルフォルニア州法により、BARTは 電
源選択が自由度が大きくなる。この
地区は独自の電力リスク分散の構築を行ってきたが、引き続き
PG&Eから配送サービスを受ける。BARTの現在のリスク分散上は、PG&Eの典型的な大口顧客と比
較し、二酸化炭素排出量において78%もクリーンだが、太陽光発電、風力発電、小型水力発電所
などの再生可能エネルギー源より多くの電力を得ることに意欲的であり、しかもBARTのコストは、
大規模なPG&Eの顧客と比較して18%も低くなる。
BARTに以下のように新しい電力危機分散目
標を設定している。

  1. 2017年~2024年までの平均排出係数は100 lbs-CO2e / MWh以下であること
  2. 2025年までに少なくとも対象の再生可能エネルギー資源から50%、少なくとも低炭素源ゼ
    ロから90%のであること
  3. 2035年までに炭素源ゼロから100% であること
  4. 2045年までに対象の再生可能エネルギー源から100%であること

これらの目標は、BARTが2030年までに現状の再生可能危機分散基準を50%超過する見込みであり。
この地区はまた、BARTが包括使役顧客として支払う予定の料金と比較して、長期的な経費優位性を
維持する見込みである。
BARTの担当管理者(ホリー・ゴードン)は、再生可能エネルギー供給コス
トが近年大幅に低下し、他の供給源との既存料金に漸近していことから、積極的で現実的なクリー
ンエネルギー目標が設定できるチャンスであると話す。
BARTは毎年約40万メガワット時間(MW
h
)の電力を使用。 これはAlameda市の使用電力よりもわずかに多く、BARTは北カリフォルニアで
最大の電力顧客の1つとになる。同沿岸高速鉄道公社(
BART)は、5月に再生可能電力供給業者と
調整に入る。

 Wikipedia

 

【RE100倶楽部:世界最大のオランダ海洋風力発電稼働】 

今月9日、オランダの関係者らは、世界最大のオフショア風力発電所の1つとして、150基のタービ
ンが北海で稼働委したことを公表。これにより、今後15年間、オランダ北部の海岸から約85キ
ロ(53マイル)離れたジェミニのウィンドパークは、約150万人のエネルギー需要をまかなう。
風力発電で約600メガワットの発電容量(785,000世帯分)、二酸化炭素排出量125万トン削減
するものあり、再生可能エネルギーの総供給量の約13%、風力発電の約25%を占める。また、
このプロジェクトは、カナダ独立再生可能エネルギー会社Northland Power、風力タービンメーカー
Siemens Wind Power、オランダの海洋請負業者Van Oord、廃棄物処理会社HVCの4企業体で、総額
28億ユーロ(30億ドル)が投資されている。

オランダの化石燃料はエネルギー依存の割合は約95%を占めるが(経済省の2016年報告)、オラ
ンダ政府は、2020年に風力や太陽光発電などの再生可能エネルギー源により14%、2023年には、
16%をカーボンニュートラル化する。

※ Shell-led consortium to build 700MW offshore Dutch wind farm、
   https://phys.org/news/2016-12-shell-led-consortium-700mw-offshore-dutch.html

  May 8, 2017

【RE100倶楽部:蓄電池市場は25年に4.7倍】

8日、富士経済は、電力貯蔵システム向け二次電池の世界市場調査結果を発表。それによると16年の住
宅用、非住宅用、系統用を合計した二次電池の世界市場は1649億円。今後は全ての分野で市場が拡
大し、25年の市場規模は2016年比で4.7倍の7792億円に拡大すると予測。池の種別として今後大
きく伸びるとするのは、リチウムイオン二次電池(LiB)。低価格製品を展開する韓国系や中国系メ
ーカの台頭で単価が大幅に下落、さまざまな用途での採用が増えている。従来は想定されていなか
った数十~数百MWh(メガワット時)や長時間出力用途での採用も増えると分析する。NAS電池やレ
ドックスフロー電池は現状、実証実験での採用が中心だが、今後は系統設備の安定化用途で6時間
以上の長周期用途はNAS電池、4時間程度の中長周期用途はレドックスフロー電池の採用が多くな
ると予測(詳細は、上グラフダブクリ参照)。

Apr. 27, 2017

【ネオコン倶楽部:原子一個の電気陰性度の測定に成功!】

東京大学の研究グループは、原子間力顕微鏡を用いて、固体表面上の原子一つひとつに対して
電気
陰性度を測定することに成功する。同一の元素でも、周囲の化学環境(どの元素とどのよ
うに結合して
いるか)が異なる場合は、電気陰性度が変化することを実証。このことで、応用
上重要なさまざまな触
媒表面や反応性分子の化学活性度を原子スケールで調べられる見通し。

 

上図のように、化学の重要な基本概念である電気陰性度をこの装置で原子スケール測定できる
ことを世界で初めて発見。測定対象として、酸素原子を(上図2b)酸素を吸着させたシリコン
表面で測定、対象原子のうち酸素原子上では大きな結合エネルギーが働き(図2c)。針の材質
はシリコン、針先端のシリコン原子と表面の酸素原子のあいだにシリコン-酸素間の極性共有
結合が形成(示唆)。同様の測定を表面のシリコン原子上で行うと、シリコン-シリコン間に
形成する共有結合エネルギーが見積もれる(上図2c)。このような二種類の結合エネルギーの
関係を系統的に調べた結果、これらのエネルギーの関係はポーリングの式により説明できるこ
とが分かる。さらに、ポーリングの式は原子間の電気陰性度差と結び付き、個々の原子の電気
陰性度の見積が可能であることも分かる。酸素だけでなく、ゲルマニウム、スズ、アルミニウ
ムの他の元素の電気陰性度も測定する(図3a)。

❶触媒研究に用いられる遷移金属(チタンや鉄など)のセラミックス(酸化物や窒化物など)
表面の各原子や、表面に吸着した単一有機分子の官能基の化学活性度、❷従来のAFMによる元
素識別法は主に第4族の元素に限られていたが、より多くの種類の元素を識別できる、❸触媒
表面や有機分子の化学活性度を評価し、AFM観察によって化学反応を追跡し、そして、反応に
よって生じた最終生成物の分子や原子を元素識別できることになるという。これは実に面白い
革命的な発見だ。

Electronegativity determination of individual surface atoms by atomic force microscopy, DOI:10.1038
/NCOMMS15155

 

 

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
   

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

   免色がリモート・コントロールを使って、程よい小さな音で音楽を洗した。聞き覚えのある
 ューベルトの弦楽四重奏曲だった。作品D八〇四。そのスピーカーから出てくるのはクリアで粒
 立ちの良い、洗練された上品な音だった。雨田典彦の家のスピーカーから出てくる素朴で飾りの
 ない音に比べると、違う音楽のようにさえ思える

  ふと気がつくと、部屋の中に騎士団長がいた。彼は書架の前の踏み台に腰を下ろし、腕組みを
 して私の絵を見つめていた。私が目をやると、騎士団長は首を小さく振り、こちらを見るんじや
 ないという合図を送ってよこした。私は再び絵に視線を戻した 

 「どうもありがとうございました」私は椅子から起ち上がり免色にそう言った。「掛けられてい
 る場所も言うことはありません」 

  免色はにこやかに首を振った。「いや、お礼を言わなくてはならないのはこちらの方です。こ
 の場所に落ち着いたことで、ますますこの絵が気に入ってしまいました。この絵を見ていると、
 何と言えばいいんだろう、まるで特殊な鏡の前に立っているような気がしてきます。その中には
 私がいる。しかしそれは私自身ではない。私とは少し違った私自身です。じっと眺めていると、
 次第に不思議な気持ちになってきます」 

  免色はシューベルトの音楽を聴きながら、またひとしきり胆石のうちにその絵を眺めていた。
 騎士団長もやはり踏み台に腰掛けたまま、免色と同じように眼を細めてその絵を見ていた。まる
 で真似をしてからかっているみたいに(おそらくそんな意図はないのだろうが)。
  免色はそれから壁の時計に目をやった。「食堂に移りましょう。そろそろ夕食の用意が整って
 いるはずです。騎士団長が見えているといいのですが」

  私は書架の前の踏み台に目をやった。騎士団長の姿はもうそこにはなかった 

 「騎士団長はたぶんもうここに来ていると思います」と私は言った
 「それはよかった」と免色は安心したように言った。そしてリモート・コントロールを使ってシ
 ューベルトの音楽を止めた。「もちろん彼の席もちやんと用意してあります。夕食を召し上がっ
 ていただけないのはかえすがえすも残念ですが」 

  その下の階(玄関を一階とすれば、地下二階に相当する)は貯蔵庫と、ランドリー設備と、運
 効用のジムに使われていると免色は説明してくれた。ジムにはトレーニングのための各種マシン
 が揃っている。運動をしながら音楽が聴けるようになっている。週に一度、専門のインストラク
 夕ーがやってきて、筋肉トレーニングの指導をしてくれる。それから往み込みのメイドのための
 ステュディオ式の居室もある。そこには簡易キッチンと小さなバスルームがついているが、現在
 のところ誰も使っていない。その外には小さなプールもあったのだが、実用には適さないし手入
 れも面倒なので、埋めて温室にしてしまった。でもそのうちに二レーン二十五メートルのラップ
 プールを新たに作ることになるかもしれない。もしそうなったら是非泳ぎに来てください。それ
 は素晴らしいと私は言った。

  それから我々は食堂に移った。   

  Giuseppe Verdi, Ernani (2000, Madrid)

    24.純粋な第一次情報を収集しているだけ

  食堂は書斎と同じ階にあった。キッチンがその奥にある。横に長いかたちをした部屋で、やは
 り横に長い大きなテーブルが部屋の真ん中に置かれていた。厚さ十センチはある樫村でできてい
 て、十人くらいはコ皮に食事ができる。ロビン・フッドの家来たちが宴会をしたら似合いそうな、
 いかにも頑丈なテーブルだ。しかし今、そこに腰を下ろしているのは陽気な無法者たちではなく、
 私と免色の二人きりだった。騎士団長のための席が設けられていたが、彼の姿はそこにはなかっ
 た。そこにはマットと銀器と空のグラスが置かれていたが、あくまでしるしだけのことだった。
 それが彼のための席であることが儀礼的に示されているだけだ。

  壁の長い一面は居間と同様、すべてガラス張りになっていた。そこからは谷の向こうの山肌が
 見渡せた。私の家から免色の家が見えるのと同じように、免色の家からも当然私の家が見えるは
 ずだ。しかし私の住んでいる家は免色の屋敷ほど大きくはないし、目立たない色合いの木造住宅
 だから、暗い中ではそれがどこにあるのか判別できなかった。山にはそれほど多くの家は建って
 いなかったが、まばらに点在するそれらの家々には、ひとつひとつ確かな明かり灯っていた。
 夕食の時刻なのだ。人々はおそらく家族と共に食卓について、これから温かい食事を目にしよう
 としている。そのようなささやかな温もりを、それらの光の中に感じとることができた。

  一方、谷間のこちら側では、免色と私と騎士団長がその大きなテーブルに着いて、あまり家庭
 的とは言いがたい一風変わった夕食会を始めようとしていた。外では雨がまだ細かく静かに降り
 続けていた。しかし風はほとんどなく、いかにもひっそりとした秋の夜だった。窓の外を眺めな
 がら、私はまたあの穴のことを考えた。祠の裏手の孤独な石室のことだ。こうしている今もあの
 穴は暗く冷たくそこにあるに違いない。その風景の記憶は私の胸の奥に特殊な冷ややかさを違ん
 できた。

 「このテーブルは、私がイタリアを旅行しているときに見つけて、買い求めたものです」と免色
 は、私がテーブルを裏めたあとで言った。そこには自慢するような響きはなかった。ただ淡々と
 事実を述べているだけだ。「ルッカという町の家其屋で見つけて買い求め、船便で送らせました。
 なにしろひどく重いものなので、ここに運び込かのが一仕事でした」
 「よく外国に行かれるのですか?」

  彼は少しだけ唇を歪めた。そしてすぐに元に戻した。「昔はよく行ったものです。半分は仕事
 で半分は遊びです。最近はあまり行く機会がありません。仕事の内容を少しばかり変えたもので
 すから。それに加えて私自身、あまり外に出て行くことを好まなくなったということもあります。
 ほとんどここにいます」

  彼はここがどこであるかをより明らかにするために、手で家の中を示した。そのあと変化した
 仕事の内容についての言及があるのかと思ったが、話はそこで終わった。彼は自分の仕事につい
 ては相変わらずあまり多くを語りたくないようだった。もちろん私もそれについてとくに質問は
 しなかった。

 「最初によく冷えたシャンパンを飲みたいと思いますが、いかがですか? それでかまいません
 か?」

  もちろんかまわないと私は言った。すべておまかせする。
  免色が小さく合図をすると、ポニーテイルの青年がやってきて、細長いグラスにしっかりと冷
 えたシャンパンを注いでくれた。心地よい泡がグラスの中に細かく立ち上った。グラスは上質な
 紙でできたみたいに軽く薄かった。私たちはテーブルを挟んで祝杯をあげた。免色はそのあと、
 無人の騎士団長の席に向かってグラスを恭しく上げた。

 「騎士団長、よくお越しくださいました」と彼は言った。

  もちろん騎士団長からの返事はなかった。
  免色はシャンパンを飲みながら、オづフの語をした。シチリアを訪れたときに、カターニア
 歌劇場で観たヴェルディの『エルナーニ』がとても素晴らしかったこと。隣の客がみかんを食べ
 ながら、歌手の飲にあわせて歌っていたこと。そこでとてもおいしいシャンパンを飲んだこと。



  やがて騎士団長が食堂に姿を見せた。ただし彼のために用意された席には着かなかった。背丈
 が低いせいで、席に座るとたぶん鼻のあたりまでテーブルに隠れてしまうからだろう。彼は免色
 の斜め背後にある飾り棚のようなところにちょこんと腰を下ろしていた。床から一メートル半ほ
 どの高さにいて、奇妙な形の黒い靴を履いた両脚を軽く揺すっていた。私は免色にはわからない
 ように、彼に向かって軽くグラスを上げた。騎士団長はそれに対してもちろん知らん顔をしてい
 た。

  それから料理が運ばれてきた。台所と食堂のあいだには配膳用の取り出し口がついていて、ボ
 ウタイをしめたポニーテイルの青年が、そこに出された皿をひとつひとつ我々のテーブルに運ん
 だ。オードブルは有機野菜と新鮮なイサキをあしらった美しい料理だった。それに合わせて白ワ
 インが開けられた。ポニーテイルの青年が、まるで特殊な地雷を扱う専門家のような注意深い手
 つきでワインのコルクを開けた。どこのどんなワインか説明はなかったが、もちろん完璧な味わ
 いの白ワインだった。言うまでもない。免色が完璧でない白ワインを用意するわけがないのだ

  それからレンコンイカ白いんげんをあしらったサラダが出てきた。ウミガメスープが出
 てきた。魚料理はアンコウたった。

 「少し季節は早いのですが、珍しく漁港に立派なアンコウがあがったのだそうです」と免色は言
 った。たしかに素晴らしく新鮮なアンコウたった。しっかりとした食慾で、上品な甘みがあり、
 それでいて後味はさっぱりしていた。さっと蒸したあとに、タラゴンソース(だと思う)がか
 けられていた。
  そのあとに厚い鹿肉ステーキが出された。特殊なソースについての言及があったが、専門用
 語が多すぎて覚えきれなかった。いずれにせよ素晴らしく香ばしいソースだった。
  ポニーテイルの青年が、私たちのグラスに赤ワインを注いでくれた。一時間ほど前にボトルを
 開け、デキャンターに移しておいたのだと免色は言った。

 「空気がうまく入って、ちょうど飲み頃になっているはずです」

  空気のことはよくわからないが、ずいぶん味わいの深いワインだった最初に舌に触れたとき
 と、口の中にしっかり含んだときと、それを飲み下したときの味がすべてそれぞれに違うまる
 で角度や光線によって美しさの傾向が微妙に違って見えるミステリアスな女性のように。そして
 後味が心地よく残る。

 「ボルドーです」と免色は言った。「能書きは省きます。ただのボルドーです」
 「しかしいったん能書きを並べ始めると、ずいぶん長くなりそうなワインですね」

  免色は笑みを浮かべた。目の脇に心地よく皺が寄った。「おっしゃるとおりです。能書きを並
 べ始めると、ずいぶん長くなりそうだ。でもワインの能書きを並べるのが、私はあまり好きじゃ
 ありません。何によらず効能書きみたいなものが苦手です。ただのおいしいワイン――それでい
 いじやないですか」

  もちろん私にも異存はなかった。

  私たちが飲んだり食べたりする様子を、騎士団長はずっと飾り棚の上から眺めていた。彼は終
 始身動きすることもなく、そこにある光景を細部まで克明に観察していたが、自分が目にしたも
 のについてとくに感想は持たないようだった。本人がいつか言ったとおり、彼はすべての物事を
 ただ眺めるだけなのだ。それについて何かを判断するわけではないし、好悪の情を持つわけでも
 ない。ただ純粋な第一次情報を収集しているだけなのだ

  私とガールフレンドが午後のベッドの上で交わっているあいたち、彼はこのようにして私たち
 をじっと眺めていたのかもしれない。その光景を想像すると、なんとなく落ち着かない気持ちに
 なった。彼は人がセックスをしているところを見ても、それはラジオ体操や煙突掃除を眺めてい
 るのとまったく変わりないのだと私に言った。たしかにそのとおりかもしれない。しかし見られ
 ている方が落ち着かない気持ちになるのもまた事実だ。

  一時間半ほどをかけて、免色と私はようやくデザート(スフレ)とエスプレッソにまでたどり
 着いた。長い、しかし充実した道のりだった。そこでシェフが初めて調理場から出てきて、食卓
 に顔を見せた。白い調理用の衣服に身を包んだ、背の高い男だった。おそらく三十代半ば、頬か
 ら顎にかけてうっすら黒い祭をはやしていた。技は私に丁寧に挨拶をした。

 「素晴らしい料理でした」と私は言った。「こんなにおいしい料理を口にしたのは、ほとんど初
 めてです」
  それは私の正直な感想だった。これはどの凝った料理をつくる料理人が、小田原の漁港近くで
 人知れず小さなフレンチ・レストランを経営しているというのが、まだうまく信じられなかった。
 「ありがとうございます」と彼はにこやかに言った。「免色さんにはいつもとてもお世話になっ
 ているんです」
  そして一礼して台所に下がっていった。

 Sea turtle soup

奇妙な味の料理を口にするような小説だ。何か物足りない?料理で言えば洗練されているのだが、
「コク」が足りない気がする――途中で投げ出してしまうかもしれない――と思いながら読み進め
る。

                                    この項つづく

    

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誰でもヒーロー&ヒロイン

2017年05月09日 | 時事書評

          
             周王からの祭祀料   /  鄭の荘公小覇の時代


                                                                                                               

      ※ 秋七月、周王のもとから大宰の晅(けん)を勅使としてわが魯国に遣わ
        し、先君
の恵公と仲氏とに祭祀料を下賜(かし)されたものの、それは
        あまりにも時日が
延引したし、その上、仲氏がまだ亡くなってもいなか
        っ
たのであるから、礼にそむいたことであった。だから『春秋経』では
        勅使の字をいわずに、名を直言
したのである。そもそも礼の常として、
        天子が崩ずれば七月目に葬り、諸侯がことごとく会葬する。諸侯が薨(
        こう)ずれば五月目に葬り、同盟の諸侯が会葬する。大夫が卒(しゅっ)
        すれば三月目に葬り、列国の同格の大夫が会葬する。士が卒すればその
        翌月に葬り、他国の姻戚が会葬する。しかるに死者に祭祀料を贈って葬
        る前にとどかず、喪主を弔問するのに、哀しみの深い時をすごしてしま
        い、まだ死にもしない人に祭祀料を贈ったのだ。これは礼にかなわぬこ
        とであった。
      
      ※ いかにも折目正しさを要求する古代中国独特の形式主義が、よく示され
        ている。

 

 No. 13

 May 4, 2017

● ドイツの再生エネルギー革命 85%を記録

先月30日、DW(Deutsche Welle:ドイツの波)社は、石炭火力発電所は午後3時から午後4時の間に、
最大出力約50ギガワットをはるかに下回る8ギガワット未満の出力量を記録、風力、太陽光、バイ
オマス、水力の再生可能エネルギーの発電量は85%(56.2ギガワット)は最大出力量を記録し
たことを発表。
ドイツは福島災害の後、22年までに原子力発電を廃止し、すべての原子力発電所を
停止を表明しているが、この日、原子力発電所は7.9から5ギガワットまでに低下を実現している。
尚、計画では50
年までに少なくとも80%の再生可能エネルギーでまかない、25年には35~4
0%、35年には55~60%の中間目標設定。

 Apr. 5, 2017

●  飛騨高山に「木質バイオガス」発電所が完成、FIT利用初

5月1日、木質バイオマス発電所「飛騨高山しぶきの湯バイオマス発電所」が完成したと発表した。
4月28日
に竣工式を行ったことを公表。固定価格買取制度(FIT制度)を利用した木質バイオガス
発電所は国内初。
発電設備には、独Burkhardt社製の小型高効率木質ペレットガス化コージェネレーシ
ョン(熱電併給)システムを採用した。定格出力は165kW(最大出力181.5kW)。
年間発電量は約126
万kWh
、うち送電量は約120万kWhを見込む。これは一般家庭約368世帯分の年間消費電力に相当。発
電した電力はFIT制度を利用し、中部電力へ全量売電。
また、発電の際に生じた熱を温浴施設「宇津
江四十八滝温泉しぶきの湯 遊湯館」に供給し、オンサイト型のコージェネシステムを構築する。同
システムの発電効率は30%で、熱利用も含めると総合熱効率は最大で75%に達する。遊湯館へ熱
を供給・販売することで、ボイラーで使用する灯油を年間約124kl削減。
高山市は市内の92%を森林
が占め、数年前から森林資源の活用を進めてきた。同事業は、市からの事業支援と県の補助事業を活
用したもの。



● 深海の熱水噴出域は天然の発電所

5月9日、海洋研究開発らの研究グループは、沖縄トラフの深海熱水噴出域において電気化学計測と
鉱物試料の採取を行い、持ち帰った鉱物試料について実験室で分析し、深海熱水噴出域の海底面で自
然の発電現象を突き止めことを公表。
海底熱水噴出孔は金属イオンと電子を放出しやすい硫化水素や
水素、メタンなどのガスを大量に含む熱水が放出さ。熱水が周囲の海水により急激に冷やされ、硫化
鉱物が沈殿し、海底に鉱床を形成。13
年9月に海底熱水鉱床の硫化鉱物が高い導電性を持つことや
電極利用できること、熱水と海水を用いて人工的発電が可能なことを発表している。これにより海底
熱水噴出孔が“天然燃料電池”機能することを突き止める。このことで周辺のエネルギー、物質循環
に影響を与える。特に微生物生態系などに影響を及ぼし、海底に電気エネルギーを利用する微生物生
態系の存在の可能性がある。


 

 

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
   

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

   道路はアスファルト敷きの円形の車寄せになって終わっていた。運転手はそこに車を停めると、
 素遠く運転席から降りて、私のために後部席のドアを開けてくれた。隣を見ると騎士団長の姿は
 消えていた。しかし私はとくに驚かなかったし、気にもしなかった。彼には彼なりの行動様式か
 おるのだ。
  インフィニティのテールランプが礼儀正しく、しずしずと夕闇の中に去っていって、あとには
 私ひとりが残された。今こうして正面から目にしている家屋は、私か予想していたよりずっとこ
 ぢんまりとして控えめに見えた。谷の向かい側から眺めていると、それはずいぶん威圧的で派手
 はでしい建築物に見えたのだが。たぶん見る角度によって印象が追ってくるのだろう。門の部分
 が山の一番高いところにあり、それから斜面を下るように、土地の傾斜角度をうまく利用して家
 が建てられていた。

  玄関の前には神社の狛犬のような古い石像が、左右対になって据えられていた。台座もついて
 いる。あるいは本物の狛犬をどこかから運んできたのかもしれない。玄関の前にもツツジの植え

 込みがあった。きっと五月には、このあたりは鮮やかな色合いのツツジの花でいっぱいになるの
 だろう。
  私がゆっくり歩いて玄関に近づいていくと、内側からドアが開き、免色本人が顔をのぞかせた。
 免色は白いボタンダウン・シャツの上に溢い緑色のカムアィガンを着て、クリーム色のチノパン
 ツをはいていた。真っ白な豊かな髪はいつものようにきれいに槐かれ、自然に整えられていた。
 自宅で私を出迎える免色を目にするのは、どことなく不思議な気持ちのするものだった。私がこ
 れまで目にしてきた免色は、いつもジャガーのエンジン音を響かせてうちを訪れていたから。

  彼は私を家の中に招き入れ、玄関のドアを閉めた。玄関部分はほぼ正方形で広く、天井が高か
 った。スカッシュのコートくらいは作れそうだ。壁付きの間接照明が部屋の中をほどよく照らし
 出し、中央に置かれた寄せ本細工の広い八角形のテーブルの上には、明朝のものとおぼしき巨大
 な花瓶が置かれ、新鮮な生花が勢いよく溢れかえっていた。三つの色合いの大輪の花(私は植物
 には詳しくないので、その名前はわからない)が組み合わされていた。たぶん今夜のためにわざ
 わざ用意されたのだろう。彼が今回花屋に支払った代金だけでおそらく、つつましい大学生なら
 一ケ月は食いつないでいけるのではないかと私は想像した。少なくとも学生時代の私ならじゆう
 ぶん暮らしていけたはずだ。玄関には窓はなかった。天井に明かり探りの天窓がついているだけ
 だ。床はよく磨かれた大理石だった。

  玄関から幅の広い階段を三段下りたところに居間があった。サッカーグラウンドまでは無理だ
 が、テニスコートなら作れそうなくらいの広さがあった。東南に向けた面はすべてティントされ
 たガラスになっており、その外にやはり広々としたテラスがあった。暗かったから、海が見える
 かどうかまではわからなかったが、たぶん見えるはずだ。反対側の壁にはオープン型の暖炉があ
 った。まだそれほど寒い季節ではなかったから、火は入っていなかったが、いつでも入れられる
 ように薪はきれいに脇に積んであった。誰が積んだのかは知らないが、ほとんど芸術的と言って
 もいいくらいの上品な積みあげられ方だった。暖炉の上にはマントルピースがあり、マイセンの
 古いフィギュアがいくつか並んでいた。



  居間の床も大理石だったが、数多くの絨毯が組み合わせて敷かれていた。どれも古いペルシヤ
 絨毯で、その精妙な柄と色合いは実用品というよりはむしろ美術工芸品のように見えた。踏みつ
 けるのに気が引けるくらいだ。丈の低いテーブルがいくつかあり、あちこちに花瓶が置かれてい
 た。すべての花瓶にやはり新鮮な花が盛られていた。どの花瓶も貴重なアンティークのように見
 えた。とても趣味がよい。そしてとても全がかかっている。大きな地震が来なければいいのだが
 と私は思った。

  天井は高く、照明は控えめだった。壁の上品な間接照明と、いくつかのフロア・スタンドと、
 テーブルの上の読書灯、それだけだ。部屋の奥には黒々としたグランド・ピアノが置かれていた。
 スタインウェイのコンサート用グランド・ピアノがそれほど大きくは見えない部屋を目にしたの
 は、私にとって初めてのことだった。ピアノの上にはメトロノームと共に楽譜がいくつか置かれ
 ていた。免色が弾くのかもしれない。それともときどきマウリツィオ・ポリーニを夕食に招待す
 るのかもしれない。
  しかし全休としてみれば、居間のデコレーションはかなり控えめに抑えられており、それが私
 をほっとさせた。余計なものはほとんど見当たらない。それでいてがらんともしていない。広さ
 のわりに意外に居心地の良さそうな部屋だった。そこにはある種の温かみがある、と言ってしま
 っていいかもしれない。壁には小さな趣味の良い絵が半ダースばかり、控えめに並べられていた。
 そのうちのひとつは本物のレジエのように見えたが、あるいは私の思い違いかもしれない。



  免色は茶色い革張りの大きなソファに私を座らせた。彼もその向かいの椅子に座った。ソファ
 と揃いの安楽椅子だ。とても座り心地の良いソファだった。硬くもなく、柔らかくもない。座る
 人間の身体を――それがどのような人間であれ――そのまま自然に受け入れるようにできている
 ソファだ。しかしもちろん考えてみれば(あるいはいちいち考えるまでもなく)、免色が座り心
 地のよくないソファを自宅の居間に置いたりするわけがない。
  我々がそこに腰を下ろすと、それを待っていたようにどこからともなく男が姿を見せた。驚く
 ほどハンサムな若い男だった。それほど背が高くはないが、ほっそりとして、身のこなしが優雅
 だった。皮膚はむらなく浅黒く、艶のある髪をポニーテイルにして後ろでまとめていた。丈の長
 いサーフパンツをはいて、海岸でショート・ボードを抱えていると似合いそうだったが、今日の
 彼は白い清潔なシャツに黒いボウタイを結んでいた。そして口もとに心地の良い笑みを浮かべて
 いた。



 「何かカクテルでも召し上がりますか?」と彼は私に尋ねた。
 「なんでも好きなものをおっしやって下さい」と免色が言った。
 「バラライカを」と私は数秒考えてから言った。とくにバラライカを飲みたかったわけではない
 が、本当になんでも作れるかどうか試してみたかったのだ。

 「私も同じものを」と免色は言った。

  若い男は心地良い笑みを浮かべたまま、音を立てずに下がった。

  私はソファの隣に目をやったが、そこには騎士団長の姿はなかった。しかしこの家の中のどこ
 かにきっと騎士団長はいるはずだ。なにしろ家の前まで車に同乗して、一緒にやってきたのだか
 ら。

 「何か?」と免色が私に尋ねた。私の目の動きを追っていたのだろう。
 「いえ、なんでもありません」と私は言った。「ずいぶん立派なお宅なので、見とれていただけ
 です」
 「しかし、いささか派手すぎる家だと思いませんか?」と免色は言って、笑みを浮かべた。
 「いや、予想していたより遠かに穏やかなお宅です」と私は正直に意見を述べた。「遠くから見
 ていると、率直に申し上げてかなり豪勢に見えます。豪華客船が海に浮かんでいるみたいに。し
 かし実際に中に入ると不思議なくらい落ち着いて感じられます。印象ががらりと遠います」

  免色はそれを聞いて肯いた。「そう言っていただけると何よりですが、そのためにはずいぶん
 手を入れなくてはなりませんでした。事情があって、この家を出来合いで買ったのですが、手に
 入れたときはなにしろ派手な家でした。けばけばしいと言って いいくらいだった。さる量販店
 の
オーナーが建てたのですが、成金趣味の極みというか、とにかく私の趣味にはまったく合わな
 か
った。だから購人したあとで大改装をすることになりました。そしてそれには少なからぬ時間
 と
手間と費用がかかりました」
  免色はそのときのことを思い出すように、目を伏せて深いため息をついた。よほど趣味が合わ
 なかったのだろう

 「それなら、最初からご自分で家を建てた方が、ずっと安上がりだったんじやないですか?」と
 私は尋ねてみた。
  免色は笑った。何の間から僅かに白い歯が見えた。「実にそのとおりです。その方がよほど気
 が利いています。しかし私の方にもいろいろと事情がありました。この家でなくてはならない事
 情が」

  私はその話の続きを待った。しかし続きはなかった。

 「今夜、騎士団長はご一緒じやなかったんですか?」と免色は私に尋ねた。
  私は言った。「たぶんあとがらやって来ると思います。家の前まではI緒だったんですが、ど
 こかに急に消えてしまいました。たぶんお宅の中をあちこち見物しているのではないかと思いま
 す。かまいませんか?」
  免色は両手を広げた。「ええ、もちろん。もちろん私はちっともかまいません。どこでも好き
 なだけ見て回ってもらって下さい」

  さっきの若い男が銀色のトレイにカクテルを二つ載せて運んできた。カクテル・グラスはとて
 も精妙にカットされたクリスタルだった。たぶんバカラだ。それがフロア・スタンドの明かりを
 受けてきらりと光った。それからカットされた何種類かのチーズとカシューナッツを盛った古伊
 万里の皿がその隣に置かれた。頭文字のついた小さなリネンのナプキンと、銀のナイフとフォー
 クのセットも用意されていた。ずいぶん念が入っている。
  免色と私はカクテル・グラスを手に取り、乾杯した。彼は肖像画の完成を枇し、私は礼を言っ
 た。そしてグラスの縁にそっと口をつけた。ウオッカとコアントローとレモン・ジュースを三分
 の一ずつ使って人はバラライカを作る。成り立ちはシンプルだが、極北のごとくきりっと冷えて
 いないとうまくないカクテルだ。腕の良くない人が作ると、ゆるく水っぽくなる。しかしそのバ
 ラライカは驚くばかりに上手につくられていた。その鋭利さはほとんど完璧に近かった。

 「おいしいカクテルだ」と私は感心して言った。
 「彼は腕がいいんです」と免色はあっさりと言った。

  もちろんだ、と私は思った。考えるまでもなく、免色が腕の悪いバーテンダーを雇うわけがな
 い。コアントローを用意していないわけがないし、アンティークのクリスタルのカクテル・ゲラ
 スと、古伊万里の皿を揃えていないわけがないのだ。
  我々はカクテルを飲み、ナッツを囓りながらあれこれ話をした。主に私の絵の話をした。彼は
 私に現在制作している作品のことを尋ね、私はその説明をした。過去に遠くの町で出会った、名
 前も素性も知らない万人の男の肖像を描いているのだと私は言った。

 「肖像?」と免色は意外そうに言った。
 「肖像といっても、いわゆる営業用のものではありません。ぼくが自由に想像を巡らせた、いね
 ば抽象的な肖像画です。でもとにかく肖像が絵のモチーフになっています。土台になっていると
 言っていいかもしれませんが」
 「私を描いた肖像画のときのように?」
 「そのとおりです。ただし今回は誰からも依頼を受けていません。ぼくが自発的に描いている作
 品です」 

  免色はそれについてしばらく考えを巡らせていた。そして言った。「つまり、私の肖像画を描
 いたことが、あなたの創作活動に何かしらのインスピレーションを与えたということになるでし
 ょうか?」
 「たぶんそういうことなのでしょう。まだようやく点火しかけているというレベルに過ぎません
 が」

  免色はカクテルをまた一口音もなくすすった。彼の目の奥には満足に似た輝きのようなもの
 うかがえた。

 「それは私にとってなによりも喜ばしいことです。何かしらあなたのお役に立てたかもしれない
 ということが。もしよるしければ、その新しい絵が完成したら見せていただけますか?」
 「もし納得のいくものが描けたら、もちろん喜んで」

  私は部屋の隅に置かれたグランド・ピアノに目をやった。「免色さんはピアノを弾かれるので
 すか? ずいぶん立派なピアノみたいですが」
  免色は軽く肯いた。「うまくはありませんが少しは弾きます。子供の頃、先生についてピアノ
 を習っていました。小学校に入ってから、卒業するまで五年か六年か。それから勉強が忙しくな
 ったもので、やめました。やめなければよかったのですが、私もピアノの練習にいささか疲れ果
 てていたもので。ですから指はもう思うように動きませんが、楽譜はかなり自由に読めます。気
 分転換のために、ときおり私白身のために簡単な曲を弾きます。でも人に聴かせるようなものじ
 やありませんし、家の中に人がいるときには絶対に鍵盤に手は触れません」

  私は前からずっと気になっていた疑問を口にした。「免色さんは、これだけの家に一人でお住
 まいになって、広さを持てあましたりすることはないのですか?」

 「いいえ、そんなことはありません」と免色は即座に言った。「まったくありません。私はもと
 もと一人でいることが好きなんです。たとえば大脳皮質のことを考えてみてください。人類は素
 晴らしく精妙にできた高性能な大脳皮質を与えられています。でも我々が実際に日常的に用いて
 いる領域は、その全体の十パーセントにも達していないはずです。我々はそのような素晴らしく
 高い性能を持った器官を天から与えられたというのに、残念なことに、それを十全に用いるだけ
 の能力をいまだ獲得していないのです。たとえて言うならそれは、豪華で壮大な屋敷に住みなが
 ら、四畳半の部屋一つだけを使って四人家族がつつましく暮らしているようなものです。あとの
 部屋はすべて使われないまま放置されています。それに比べれば、私が一人でこの家に暮らして
 いることなど、さして不自然なことでもないでしょう」

 「そういわれればそうかもしれません」と私は認めた。なかなか興味深い比較だ。

  免色はしばらく手の中でカシューナッツを転がしていた。そして言った。「しかし一見無駄に
 見えるその高性能の大脳皮質がなければ、我々が抽象的思考をすることもなかったでしょうし、
 形而上的な領域に足を踏み入れることもなかったでしょう。ただの一部しか使えなくても、大脳
 皮質にはそれだけのことができるのです。その残りの領域をそっくり使えたら、いったいどれは
 どのことができるのでしょう。興味を惹かれませんか」
 「しかしその高性能の大脳皮質を獲得するのと引き替えに、つまり豪壮な邸宅を手に入れる代償
 として、人類は様々な基礎能力を放棄しないわけにはいかなかった。そうですね?」
 「そのとおりです」と免色は言った。「抽象的思考、形而上的論考なんてものができなくても、
 人類は二本足で立って視棒を効果的に使うだけで、この地球上での生存レースにじゆうぷん勝利
 を収められたはずです。日常的にはなくても差し支えない能力ですから。そしてそのオーバー・
 クオリティーの大脳皮質を獲得する代償として、我々は他の様々な身体能力を放棄することを余
 儀なくされました。たとえば犬は人間より数千倍鋭い嗅覚と数十倍鋭い聴覚を具えています。し
 かし私たちには複雑な仮説を積み重ねることができます。コズモスとミクロ・コズモスとを比較
 対照し、ファン・ゴッホモーツァルトを鑑賞することができます。プルーストを読み――もち
 ろん読みたければですが  古伊万里ペルシヤ絨毯を蒐集することもできます。それは大には
 できないことです」
 「マルセル・プルーストは、その大にも劣る嗅覚を有効に用いて長大な小説をひとつ書き上げま
 した」

  免色は笑った。「おっしやるとおりです。ただ私が言っているのは、あくまで一般論として、
 という話です」
 「つまりイデアを自律的なものとして取り扱えるかどうかということですね?」
 「そのとおりです」

  そのとおりだ、と騎士団長が私の耳元でこっそり囁いた。でも騎士団長のさきほどの忠告に従
 って、私はあたりを見回したりはしなかった。

  『失われた時を求めて』

  それから彼は書斎へと私を案内した。居間を出たところに広い階段があり、それを下の階に降
 りた。どうやらその階が居室部分になっているようだった。廊下に沿っていくつかのベッドルー
 ムがあり(いくつあるのかは数えなかったが、あるいはそのうちのひとつが私のガールフレンド
 の言う鍵のかかった「青髭公の秘密の部屋」なのかもしれない)、突き当たりに書斎があった。
 とくに広い部屋ではないが、もちろん狭苦しくはなく、そこには「程よいスペース」ともいうべ
 きものがっくりあげられていた。書斎には窓が少なく、一方の壁の天井近くに明かり探りの細長
 い窓が横並びについているだけだった。そして窓から見えるのは松の枝と、枝の間から見える空
 だけだ(この部屋には陽光と風景はとくに必要とされないようだ)。そのぶん壁が広くとられて
 いた。一面の壁は、床から天井近くまですべてが作り付けの書架になっており、その一部はCD
 を並べるための棚になっていた。書架には隙間なくいろんなサイズの木が並んでいた。高いとこ
 ろにある木を取るために、木製の踏み台も置かれていた。どの本にも実際に手に取られた形跡が
 見えた。それが熱心な読書室の実用的なコレクションであることは誰の目にも明らかだった。装
 飾を目的とした書棚ではない。

  大きな執務用のデスクが壁を背中にしてあり、コンピュータがその上に二台並んでいた。据え
 置き型が一台、ノートブック型が一台。ペンや鉛筆を差したマグカップがいくつかあり、書類が
 きれいに積み重ねられていた。高価そうな美しいオーディオ装置が一方の壁に並び、その反対測
 の壁には、ちょうど机と向き合うようなかたちで、一対の縦に細長いスピーカーが並んでいた。
 背丈は私のそれとだいたい同じ(百七十三センチだ)、箱は上品なマホガニーでつくられていた。
 部屋の真ん中あたりには、木を読んだり音楽を聴いたりするための、モダンなデザインの読需用
 の椅子が置かれていた。その隣にはステンレス製の読需用のフロア・スタンドがあった。おそら
 く免色は一目の多くの部分をこの部屋で、一人で過ごすのだろうと、私は推測した。 

  私の描いた免色の肖像画はスピーカーの間の壁に掛けられていた。ちょうど二つのスピーカー
 の真ん中の、だいたい目の高さの位置に。まだ額装されていない剥き出しのままのキャンバスだ
 ったが、それはずっと以前からそこにかけられていたみたいに、きわめて自然にその場所に収ま
 っていた。もともとかなり勢いよく、ほとんど一気呵成に描かれた結だったが、その奔放さはこ
 の書斎にあっては不思議なくらい精妙に程よく抑制されているように感じられた。この場所の独
 特の空気が、絵の持っている前のめりの勢いを居心地良く鎖めていた。そしてその画像の中には
 やはり紛れもなく免色の顔が潜んでいた。というか私の目には、まるで免色そのものがそこに入
 り込んでしまったようにさえ見えた。

  それはもちろん私が描いた結だ。しかしいったん私の手を離れて免色の所有するものとなり、
 彼の書斎の壁に飾られると、それはもう私には手の及ばないものに変貌してしまったようだった。
 それは今ではもう免色の絵であり、私の結ではなかった。そこにある何かを確認しようとしても、
 その結は滑らかなすばしこい魚のように、するすると私の両手をすり抜けていってしまう。まる
 でかつては私のものであったのに、今では他の誰かのものになってしまった女性のように……。

 「どうです、この部屋に実にぴたりと合っていると思いませんか?」

  もちろん免色は肖像画のことを言っているのだ。私は黙って肯いた。
  免色は言った。「いろんな部屋のいろんな壁を、ひとつひとつ試してみました。そして結局、
 この部屋のこの場所に飾るのがいちばん良いとわかったんです。スペースの空き具合や、光の当
 たり方や、全体的なたたずまいがちょうどいい。とりわけあの読需用の椅子に座って結を眺める
 のが、私はいちばん好きですが」

 「試してみてかまいませんか」と、私はその読書用の椅子を指さして言った。
 「もちんです。自由に座ってみて下さい」

  私はその革張りの椅子に腰を下ろし、緩やかなカーブを描く背もたれにもたれ、オットマン
 両脚を載せた。胸の上で両手を組んだ。そしてあらためてその絵をじっくり眺めた。たしかに免
 色が言ったようにそこは、その絵を鑑賞するための理想的なスポットだった。その椅子(文句の
 つけようもなく座り心地の良い椅子だった)の上から見ると、正面の壁に掛けられた私の絵は、
 私自身にも意外に思えるほどの静かな、落ち着いた説得力を持っていた。それは私のスタジオに
 あったときとはほとんど違った作品に見えた。それは――どう言えばいいのだろう――この場所
 にやってきて新たな、本来の生命を獲得したようにさえ見えた。そしてそれと同時に、その絵は
 作者である私のそれ以上の近接をきっぱり拒否しているようにも見えた。



                                     この項つづく

  

 

● スマホ連動のお掃除ロボット「Dyson 360 eye

Dyson社が15年末に発売したスマートフォン連動のお掃除ロボット「Dyson 360 eye」。外観の特
徴はシルバーの筐体とベルト駆動。他社のお掃除ロボットが車輪を用いているのに対して、360 eye
ベルト駆動式転輪を用い、段差を容易に乗り越える。筐体は一般的なお掃除ロボットより二回り小さ
い23センチメートル径。狭いエリアに入り込んみ掃除ができ、他社のロボット掃除機の4
倍の吸引
力という圧倒的な能力を誇る。
スマホから操作ができるだけでなく、本体掃除機のソフトウエア・ア
ップデートも自動でできるという利点も持つ。最大の特徴は、本体上部に備え付けられたカメラによ
る360度ビジョンシステム――1秒間に30枚の写真を撮影し、位置情報、マッピング処理が行われ、
パノラマビューが内部で構成される。さらに壁、段差などの室内の形状を計算し、効率よい掃除が行
なえる。
 



✪ 

昨季は新人ながら遊撃のレギュラーに定着。チームトップの打率.278、11盗塁を記録するなど、
プロ
として上々のスタートを切る。中心選手の期待を受ける今季も、走攻守に安定感のあるプレーで
ナインを盛り立てる大活躍をみせている。超人的な頑張り屋の茂木選手、171センチ75キロ、名
前もサイズも、そしてそのマスクも、いかにも渋い存在の外見だが、立派に“怪物”と評される。こ
れからの活躍は?そんなことはどうでも良い。自分が納得できるような頑張りを続けている限り、何
所でも、誰でもヒーロー&ヒロイン、後は運次第の「存在は無なり」「人生は短し」である。

今朝、軽トラに乗って、佐々木浩さんが訪問。金沢の「白えびせんべい」も置いて帰える(少し、庭
木の剪定方法をご教授頂く)。曰く、頭が真っ白だねと、まるで村上春樹の小説に出てくる「免色」
のようにかて?、そりゃ、頭を使い過ぎて白くなったと、言い過ぎるように応じる。夕方、お礼を電
話を入れ、今度こられたら、将棋でも指して帰って下さいとお願いする。

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アリスの国と繋がる隧道

2017年05月08日 | 時事書評

          
                鄭の荘公とその母武姜(ぶきよう) / 鄭の荘公小覇の時代


                                                

      ※ は、弟を処断してお家馳勣を解決(前節)した荘公ではあったが、そ
        の原因をつくった母の処置には困りはてる。

      ※ 荘公は母の武装を城潁(じょうえい)というところに幽閉し、誓いとし
        て言いわたした。

        「黄泉へ行かぬかぎり、絶対にお目にかかりません」

        しかしその後、自分の言いすぎを後悔していた。
        潁考叔(えいこうしゅく)は頴谷の国境守備の役人であった。この話を
        聞くと、献上物を持って荘公のもとに推参した。荘公はこれに馳走をと
        らせた。ところが考叔が肉を残したので、荘公がわけを聞いた。すると
        考叔は答えた。

        「わたくしの母は健在です。いつもわたくしの差しだすすまずい物ばか
        り食べていまして、まだこのように結構なものを食べたことがございま
        せん。どうかこれを頂いて帰り母に食べさせたいと存じます」
        「なるほど、お前には母がいるから、これを持って帰って食べさせると
        いうのか。しかし、わたしには母がないからなあ」
        「恐れ入りますが、それはどういう意味でございますか」

        潁考叔に問かれて、荘公はわけを話して聞かせ、そして後悔している旨
        を告げた。すると潁考叔は言った。

        「それならご心配には及びません。泉の出るところまで地を掘り下げ、
        地下道を作って、そこでご対面なさったならば、誰も誓いをお破りにな
        ったとは申しますまい」

         荘公はその言葉のとおりにした。荘公が地下道にはいって歌った。

        「大きな穴の中その楽しみはのんびりと」

         母の武姜は地下道から出てきて歌った。

        「大きな穴の外/その楽しみはゆったりと」

         ついにまたもとの母子仲となった。
         当時の識者がこのことを評していった。

        「潁考叔は孝行一途の人物である。その母への愛情は、荘公にまで感化
        を及ぼした。詩(大胆・既酔)に、

         とことわに孝子はつきず/つぎつぎに友呼びつどう

        とあるのは、こういうことをいったものではなかろうか」

 No. 12

 【RE100倶楽部:蓄電池電篇】

 圧縮空気電池の克服課題とは

  NEDOと早稲田大学、エネルギー総合工学研究所らは、天候の影響を受けやすい風力発電の出力
調整用に、圧縮空気エネルギー貯蔵システムを完成し、先月20日から実証試験を開始。 圧縮空
気利用ステムは珍しく、大規模なものは世界的にも数例し かない。将来、再生可能エネルギーが増
えて行くと、発電施設の立地や規模、出力特性などに合わせた様々なエネルギー貯蔵技術が必要に
なる可能性がある。

● 電池より安全でクリーン

現状、エネルギー貯蔵システムの主力技術である2次電池のシステムには、コストが高い、寿命が
短い(劣化する)、廃棄物処理にコストがかかる、などの問題点がある。また可燃性の材料が使わ
れるので火災の危険性があり、十分な管理が必要である
一方、圧縮空気システムは、高価な部品や危
険な材料は使われない。圧縮空気の利点を整理すると、低コストの可能性、長寿命、廃棄が楽、枯
れた技術で信頼性が高い、環境に優しい(下図ダブクリ参照)。
 
 

 Apr. 29, 2017

この施設は、伊豆半島南端の三筋山山頂付近に建設された東京電力の東伊豆風力発電所に隣接する。
静岡県の伊豆稲取駅から4kmほど山中に入った所にある。天候に左右されやすい風力発電の出力を
、正確な気象予測(前日抑制)や周辺の発電設備の稼働状況を参照(15~30分前抑制)することで
細かく予測し、出力変動による電力系統への影響を最小にする技術研究を行う(「電力系統出力変
動対応技術研究開発事業」)。山あいを切り開いた約1500m2の敷地に、発電・充電ユニットと空気
タンクが立ち並んでいた。発電・充電ユニットは空気圧縮機/膨張機、蓄熱槽などからなり、出力は
1000kW(500kWが2基)であるが
、容量はわずか500kWhしかなく、電気自動車(30kWh)の17台分に
すぎずエネルギー密度が低い。つまり、❶ライフサイクルコストと❷環境負荷コストの2つの説明
要因を詳細に考察していくこと喫緊の課題
であることを意味する。

● 太陽光発電プロジェクトの入札が世界全体で増加

 Apr. 24, 2017



 【RE100倶楽部:水素製造篇】

● 最新アンモニア/水素転換技術

 

Apr. 29, 2017

先月29日、大分大学らの研究グループは、アンモニアをエネルギーキャリア利用法は、短時間で
起動でき
、水素を高速で製造可能なアンモニア分解プロセスが求められていたが、アンモニアの触
媒への吸着熱を
利用し、触媒層を内部から加熱し、室温から水素製造反応を起動させる新しい触媒
プロセスの開発に成功
したことを公表。これにより、触媒表面の酸点と金属酸化物粒子表面へのア
ンモニア吸着が、反応起動のためのキース
テップであることを明らかにする。この成果により、ア
ンモニアから水素を簡単に、瞬時に取り出すことが可能な新しい触媒プロセスが構築されている(
詳細は上図ダブクリック参照)。

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
   

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

  ある日、私たちは少し足を伸ばして富士の風穴を訪れた。富士山のまわりに数多くある風穴の
 うちのひとつで、まずまずの規模のものだった。叔父はその風穴がどのようにして出来上がった
 かを教えてくれた。洞窟は玄武岩でできているので、洞窟の中でもほとんどこだまが聞こえない
 こと。夏でも気温が上がらないので、昔の人々は冬のあいだに切り出した氷をその洞窟の中に保
 存しておいたこと。一般的に人が入り込める大きさを持つ穴を「ふうけつ」、入り込めないよう
 な小さな穴を「かざあな」と呼び分けていること。とにかくなんでもよく知っている人だった。

  その風穴は入場料を払って中に入れるようになっていた。叔父は入らなかった。前に何度か来
 たことがあるし、背の高い叔父には洞窟の天井が低すぎてすぐに腰が痛くなるから、ということ
 だった。とくに危ないところはないから、君たち二人だけで行くといい。ぼくは入り口のところ
 で本を読みながら待っているから、と叔父は言った。私たちは入り目で係員にそれぞれ懐中電灯
 を渡され、プラスチックの黄色いヘルメットをかぶらされた。穴の天井には電灯がついていたが、
 明かりは暗かった。奥に行くに従って天井が低くなっていった。長身の叔父が敬遠するのも無理
 はない。

  私と妹は懐中電灯で足もとを照らしながら、奥の方に進んでいった。夏の盛りなのに洞窟の中
 はひやりとしていた。外の気温は摂氏三十二度あったのに、中の気温は十度もなかった。叔父の
 アドバイスに従って、私たちは持参した厚手のウィンドブレーカーを着込んでいた。妹は私の手
 をしっかり握っていた。私に保護を求めているのか、あるいは逆に私を保護しようとしているの
 か、どちらかはわからなかったが(ただ離ればなれになりたくないと思っていただけかもしれな
 い)、洞窟の中にいる間ずっと、その小さな温かい手は私の手の中にあった。そのとき私たちの
 他に見物客は、中年の夫婦が一組いただけだった。でも彼らはすぐに出ていってしまって、私た
 ち二人だけが残された。


  妹は小径という名前だったが、家族はみんな彼女のことを「コミ」と呼んだ。友人たちは「み

 っち」とか「みっちやん」とか呼んでいた。「こみち」と正式に呼ぶものは、私の知る限りI人
 心いなかった。ほっそりとした小柄な少女だった。髪は黒くてまっすぐで、首筋の上できれいに
 カットされていた。顔の割りに目が大きく(それも黒目が大きく)、そのせいで彼女は小さな妖
 精のように見えた。その日は白いTシャツに淡い色合いのブルージーンズピンク色のスニーカ
 という格好だった。

The Lobster Quadrille

  洞窟をしばらく進んだところで、妹は順路から少し離れたところに、小さな横穴を見つけた。
 それは岩陰に隠れるようにこっそり口を開けていた。彼女はその穴のたたずまいにとて心興味を
 惹かれたようだった。「ねえ、あれってアリスの穴みたいじやない?」と妹は私に言った。
  彼女はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の熱狂的なファンだった。私は彼女のため
 に何度その本を読まされたかわからない。少なくとも百回くらいは読んでいるはずだ。もちろん
 彼女は小さな頃からしっかり字が読めたけれど、私に声を出してその本を読んでもらうのが好き
 だった。筋はもうすっかり覚え込んでいるはずなのに、その物語は読むごとにいつ心妹の気持ち
 をかきたてた。とくに彼女が好きなのは「イセエビ踊り」の部分だった。私は今でもそのページ
 をそっくり暗記している。

 「うさぎはいないようだけど」と私は言った。
 「ちょっとのぞいてみる」と彼女は言った。
 「気をつけて」と私は言った。

  それは本当に狭い小さな穴だったが(叔父の定義によれば「かざあな」に近い)、小柄な妹は
 そこに苦もなく潜り込むことができた。上半身が穴の中に入って、彼女の膝から下だけがそこか
 ら突き出していた。彼女は手に持った懐中電灯で穴の奥を照らしているようだった。それからゆ
 っくりあとずさりをして、穴から出てきた。

 「奥の方がずっと深くなっている」と妹は報告した。「下の方にぐっと下がっているの。アリス
 のうさぎの穴みたいに。奥の方をちょっと見てみたいな」
 「だめだよ、そんなの。危なすぎる」と私は言った。
 「大丈夫よ。私は小さいからうまく抜けられる」

  そう言うと彼女はウィンドブレーカーを説いで白いTシャツだけになり、ヘルメットと一緒に

 私に手渡し、私か抗議の言葉を口にする前に、懐中電灯を手にするすると器用に横穴の中に潜り
 込んでいった。そしてあっという間にその姿は見えなくなってしまった。
 長い時間が経ったが、妹は穴から出てこなかった。物音ひとつ聞こえなかった。

 「コミ」と私は穴に向かって呼びかけた。「コミ。大丈夫か?」

 しかし返事はなかった。私の声はこだますることもなく、間の中にまっすぐ呑み込まれていっ

 た。私はだんだん不安になってきた。妹は狭い穴の中にひっかかったまま、前にも後ろにも勤け
 なくなっているのかもしれない。あるいは穴の奥で何かの発作を起こして、気を失っているのか
 もしれない。もしそんなことになっていても、私には彼女を助け出すことができない。いろんな
 不幸な可能性が私の頭の中を行き来した。まわりの暗闇がじわじわと私を締め付けていった。

  もしこのまま妹が穴の中に消えてしまったら、二度とこの世界に戻ってこなかったら、私は両
 親に対してどのように言い訳すればいいのだろう? 入り口で待っている叔父を呼びに行くべき
 なのだろうか? それともこのままここに留まって、妹が出てくるのをただじっと待っているし
 かないのだろうか? 私は身をかがめて、その小さな穴を覗き込んだ。しかし懐中電灯の光は穴
 の奥にまでは届かなかった。とても小さな穴だったし、その中の暗さは圧倒的だった。

 「コミ」と私はもう一度呼びかけてみた。返事はない。「コミ」ともっと大きな声で呼んでみた。
 やはり返事はない。身体の芯まで凍りついてしまいそうな寒気を感じた。私はここで永遠に妹を
 失ってしまったのかもしれない。妹はアリスの穴の中に吸い込まれて、そのまま消えてしまった
 のかもしれない。偽ウミガメや、チェシャ猫や、トランプの女王のいる世界に。現実世界の論理
 がまるで通じないところに。私たちは何かあるうとこんなところに来るべきではなかったのだ。


  しかしやがて妹は戻ってきた。彼女はさっきのようにあとずさりするのではなく、頭から這い
 出てきた。まず黒髪が穴から現れ、それから肩と腕が出てきた。そして腰が引きずり出され、最
 後にピンク色のスニーカーが出てきた。彼女は何も言わず私の前に立ち、身体をまっすぐに伸ば
 し、ゆっくり大きく息をついてから、ブルージーンズについた土を手で払った。
  私の心臓はまだ大きな音を立てていた。私は手を伸ばして、妹の乱れた髪を直してやった。洞
 
 窟の貧弱な照明の下ではよく見えないが、彼女の白いTシャツには土やら埃やら、いろんなもの
 がくっついているようだった。私はその上にウィンドブレーカーを着せかけてやった。そして預
 かっていた黄色いヘルメットを返した。

 「もう戻ってこないのかと思ったよ」と私は妹の体をさすりながら言った。
 「心配した?」
 「すごく」

  彼女はもう一度私の手をしっかり握った。そして興奮した声で言った。

 「がんばって細い穴をくぐって抜けちやうとね、その奥は急に低くなって、降りていくと小さな
 部屋みたいになっているの。それで、その部屋はなにしろボールみたいにまん丸の形をしている
 のよ。天井も丸くて、壁も丸くて、床も丸いの。そしてそこはとてもとても静かな場所で、こん
 な静かな場所は世界中探したって他にないだろうと思っちゃうくらいなんだ。まるで深い深い海
 の底の、そのまた奥まった窪みにいるみたいだった。懐中電灯を消すと真っ暗なんだけど、怖く
 はないし、淋しくもない。そしてその部屋はね、私一人だけが入れてもらえる特別な場所なの。
 そこは私のためのお部屋なの。誰もそこにはやってこれない。お兄ちゃんにも入れない」

 「ぼくは大きすぎるから」

  妹はこっくりと肯いた。「そう。この穴に入るには、お兄ちゃんは大きくなりすぎている。そ
 れでね、その場所でいちばんすごいのは、そこがこれ以上暗くはなれないというくらい真っ暗だ
 っていうことなの。灯りを消すと、暗闇が手でそのまま掴めちゃえそうなくらい真っ暗なの。そ
 してその暗闇の中に丁人でいるとね、自分の身体がだんだんほどけて、消えてなくなっていくみ
 たいな感じがするわけ。だけど真っ暗だから、自分ではそれが見えない。身体がまだあるのか、
 もうないのか、それもわからない。でもね、たとえぜんぶ身体が消えちゃったとしても、私はち
 ゃんとそこに残ってるわけ。チェシヤ描が消えても、笑いが残るみたいに。それってすごく変で
 しょ? でもそこにいるとね、そういうのがぜんぜん変に思えないんだ。いつまでもそこにいた
 かったんだけど、お兄ちゃんが心配すると思ったから出てきた

 「もう出よう」と私は言った。妹は興奮してそのままいつまでもしゃべり続けていそうだったし、
 どこかでそれを止めなくてはならない。「ここにいると、うまく呼吸ができないみたいだ」
 「大丈夫?」と妹は心配そうに尋ねた。
 「大丈夫だよ。ただもう外に出たいだけ」

 私たちは手を繋いだまま、出口に向かった。

 「ねえ、お兄ちゃん」と妹は歩きながら、小さな声で――他の誰かに聞こえないように(実際に
 は他に誰もいなかったのだが)――私に言った。「知ってる? アリスって本当にいるんだよ。
 嘘じゃなくて、実際に。三月うさぎせいうちも、チェシャ猫も、トランプの兵隊たちも、み
 んなほんとにこの世界にいるんだよ」
 「そうかもしれない」と私は言った。

  そして私たちは風穴から出て、現実の明るい世界昆戻った。薄い雲のかかった午後だったが、
 それでも太陽の光がひどく眩しかったことを覚えている。蝉の声が激しいスコールのようにあた
 りを圧していた。叔父は入り口近くのベンチに座って、一人で熱心に本を読んでいた。私たちの
 姿を見ると、彼はにっこり微笑んで立ち上がった

  その二年後に妹は死んでしまった。そして小さな棺に入れられて、焼かれた。そのとき私は十
 五歳で、妹は十二歳になっていた。彼女が焼かれているあいだ、私は他のみんなから離れて一人
 で火葬場の中庭のベンチに座り、その風穴での出来事を思い出していた。小さな横穴の前で妹が
 出てくるのをじっと待っていた時間の重さと、そのとき私を包んでいた暗闇の濃さと、身体の芯
 に感じていた寒気を。穴の口からまず彼女の黒髪の頭が現れ、それからゆっくりと肩が出てきた
 ことを。彼女の白いTシャツについていたいろんなわけのわからないもののことを。

  妹は二年後に病院の医師によって正式に死亡を宣告される前に、あの風穴の奥で既に命を奪わ
 れてしまっていたのではないだろうか――そのとき私はそう思った。というか、ほとんどそう確
 信した。穴の奥で失われ、既にこの世を離れてしまった彼女を、私は生きているものと勘違いし
 たまま電車に乗せ、東京に連れて帰ってきたのだ。しっかりと手を繋いで。そしてそれからの二
 年間を兄と妹として共に過ごした。しかしそれは結局のところ、拶い猶予期間のようなものに過
 ぎなかった。その二年後に、死はおそらくあの横穴から這い出して、妹の魂を引き取りにきたの
 だ。貸したままになっていたものを、定められた返済期限がやって来て、持ち主が取り返しに来
 るみたいに。

  いずれにせよ、あの風穴の中で、妹が小さな声でまるで打ち明けるように私に言ったことは真
 実だったんだ、と私はこうして三十六識になった私は――今あらためて思った。この世界に
 当にアリスは存在するのだ。三月うさぎも、せいうちも、チェシャ描も実際に実在する。そ
して
 もちろん騎士団長だって。

 Alice's Adventures in Wonderland (1972)

  天気予報は外れて、結局大雨にはならなかった。見えるか見えないかというくらいの細かい雨
 が五時過ぎから降り出し、そのまま翌朝まで降り続けただけだ。午後六時ちょうどに、黒塗りの
 大型セダンがしずしずと坂道を上がってきた。それは私に霊柩車を思い出させたが、もちろん霊
 柩車なんかじゃなく、免色がよこした送迎リムジンだった。車種は日産インフィニティたった。
 黒い制服を着て帽子をかぶった運転手がそこから降りて、雨傘を片手にやってきて、うちの玄関
 のベルを鳴らした。私がドアを開けると帽子を取り、それから私の名前を確認した。私は家を出
 て、車に乗り込んだ。傘は断った。傘をさすほどの降りではない。運転手が私のために後部席の
 ドアを開け、ドアを閉めてくれた。ドアは重厚な音を立てて閉まった(免色のジャガーのドアが
 立てる音とは少し響きが違う)。私は黒い丸首の薄いセーターの上に、グレーのヘリンボーン
 上着を着て、濃いグレーのウールのズボンに黒いスエードの靴を履いていた。それが私の所有し
 ている中ではいちばんフォーマルに近い服装だった。少なくとも絵の具はついていない。

  迎えの車が来て騎士団長は姿を見せなかった。声も聞こえなかった。だから、彼がその日に
 免色に招待されていることをちゃんと覚えているのかどうか、私には確かめようもなかった。で
 もきっと覚えているはずだ。あれほど楽しみにしていたのだから、忘れるはずはないだろう。
 しかし心配する必要はまったくなかった。車が出発してしばらくしてふと気がついたとき、騎
 士団長は涼しい顔をして私の隣のシートに腰掛けていた。いつもの白い装束に(クリーニングか
 ら返ってきたばかりのようにしみひとつない)、いつもの宝玉つきの長剣を帯びて。身長もやは
 りいつもどおりの六十センチほどだ。インフィニティの黒い革のシートの上にいると、彼の装束
 の白さと清潔さがひときわ日たった。彼は腕組みをして前方をまっすぐ睨んでいた。

 「あたしにけっして話しかけないように」と騎士団長は釘を刺すように私に語りかけた。「あた
 しの姿は諸君には見えるが、ほかの誰にも見えない。あたしの声は諸君には聞こえるが、ほかの
 誰にも聞こえない。見えないものに話しかけたりすると、諸君がとことん変に思われよう。わか
 ったかね? わかったら一度だけ小さく肯いて
  私はコ伎だけ小さく肯いた。騎士団長もそれにこたえて小さく肯き、そのあとは腕組みをした
 きりひとことも目をきかなかった。
 あたりはもう真っ暗になっていた。カラスたちもとっくに山のねぐらに引き上げていた。イン
 フィニティはゆっくりと坂道を降りて谷間の進を進み、それから急な上り坂にかかった。それは
 どの距離ではないのだが(なにしろ狭い谷間の向かい側に行くだけだから)、道路は比較的狭く、
 おまけに曲がりくねっていた。大型セダンの運転手が幸福な気持ちになれるような種類の道路で
 はない。四輪駆動の軍用車が似合いそうな道だ。しかし運転手は顔色ひとつ変えずにクールにハ
 ンドルを操作し、車は無事に免色の屋敷の前に到進した。

  屋敷は白い商い壁にまわりを囲まれ、正面にいかにも頑丈そうな扉がついていた。濃い茶色に
 塗られた、大きな両開きの本の扉だ。まるで黒輝明の映画に出てくる中世の城門みたいに見える。
 矢が数本刺さっていると似合いそうだ。内部は外からはまったくうかがえない。門の脇には番地
 を書かれた札がついていたが、表札はかかっていなかった。たぶん表札を出す必要もないのだろ
 う。ここまでわざわざ山を上ってやってくる人なら、これが免色の屋敷であることくらいみんな
 最初から承知しているはずだ。門の周辺は水銀灯で明々と照らされていた。運転手は車を降りて
 ベルを押し、インターフォンで中にいる人と短く話をした。それから運転席に戻って、遠隔装置
 で扉が開けられるのを待った。門の両側には可動式の監視カメラが二台設置されていた。

  両開きの扉がゆっくり内側に開くと運転手は中に車を入れ、そこから曲がりくねった邸内道路

 をしばらく道んだ。道はなだらかな下り坂になっていた。背後で扉が閉まる音が聞こえた。もう
 もとの世界には戻れないぞ、と言わんばかりに重々しい音を立てて。道路の両側には松の木が並
 んでいた。手入れの行き届いた松だ。枝がまるで盆栽のように美しく整理され、病気にかからな
 いように丁寧に処置が施されている。道路の両側にはツツジの端正な生け垣が続いていた。ツツ
 ジの奥には山吹の姿も見えた。椿がまとめて楠えられた部分もあった。家屋は新しいが、樹木は
 みんな古くからあるもののようだった。それらすべてが庭園灯できれいに照らし出されていた。


                                      この項つづく

 

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量子ドット工学講座 No.38

2017年05月07日 | デジタル革命渦論

           鄭のお家騒動、荘公の決断   /  鄭の荘公小覇の時代 

                                                

      ※ は、天子の国・周に隣接し、現在の河南宵洛陽の東方に前八世紀ごろ
        建国、第三代荘公によって一時は強盛をほこり前五世紀までつづいた。
        荘公は、長男として武公のあとをついだが、母の武美が次男・共叙段を
        溺愛し、段は位をねらう。が、荘公はよくこれに耐えて、一挙に解決す
        る。荘公の措置はきわめて陰険だが、古来、お家騒勣への対策の模範と
        されている。

 

  

 No. 11

 【量子ドット工学講座 No.38

Mar. 23, 2017

 ● 特許事例:US 2017/0084761A1 光電変換素子及びそれを含む電子機器

今回はサムソン電子株式会社の最新新規考案を考察する。この事例の光電変換素子は、光エネルギー
を電気エネルギーに変換し、可視光、赤外線、紫外線などの光に応答して電気信号または電力生成す
でき。フォトダイオード/太陽電池などの光電素子に関するものである。光電デバイスは、画像セン
サ、光センサなどに使用できる。赤、緑、青(RGB)ピクセルは、相補型金属酸化物半導体(CMOS)イメージセ
ンサ、RGBフォトセンサなどに使用しできる。典型的には、各サブピクセルに対応するカラーフィルタは、RGB
ピクセルの実装に使用できるものの、カラーフィルタを使用すると、クロスオーバーや光散乱、あるいは、素子
の集積度及び分解能が向上すると、画素内の光電素子サイズの減少るにつれ、フィルファクタ(特性曲線因
子)の減少や光利得の減少などのさまざまな限界や問題点が発生する。

【要約】

光電変換素子及びそれを含む電子機器の提供。光電変換素子は、光活性層――光活性層は、光に応答

して電荷生成するよう構成したナノ構造層/ナノ構造層に隣接する半導体層から構成――で構造/構
成で、ナノ構造層は、1つ以上の量子ドットを含み、また、半導体層は、酸化物半導体で構成しても
よく、光電素子、光活性層の異なる領域に接触する第1の電極および第2の電極で構成される。複数
の光電変換素子は、水平方向に配列してもよく、垂直方向に積層されていてもよい。また、この光電
変換素子は、カラーフィルタを用いることなく、異なる波長帯の光を吸収して検出できる(上下図ダ
ブクリ参照)。


【概要】

  • 吸収された(検出された)光の波長帯域が能動的に決定できる光電変換素子が提供できる。
  • 優れた光電変換特性/キャリア(電荷)伝達特性をもつ光電素子が提供できる。
  • 高い応答性/高い検出率をもつ光電変換素子が提供できる。
  • 集積化/高分解能化が可能な光電変換素子が提供できる。
  • カラーフィルタをもたないRGB画素の光電変換素子が提供できる。
  • サブピクセルを垂直方向に積み重ねて、水平方向のピクセルサイズを大幅に縮小できる光電変
    換素子が提供できる。
  • 透明デバイスに適用され得る光電変換素子が提供できる。
  • 半導体層の酸化物半導体には、例えば、酸化物半導体は、酸化亜鉛(ZnO)系酸化物、酸化イ
    ンジウ
    ム(InO)系酸化物、酸化スズ(SnO)系酸化物の中から選択できる。
  • また、酸化物半導体には、例えば、シリコンインジウム亜鉛酸化物(SIZO)、シリコン亜鉛ス
    ズ酸化物(SZTO)、酸化亜鉛(ZnO)、インジウム亜鉛酸化物(IZO)、亜鉛酸化スズ(ZTO)、
    ガリウムインジウム亜鉛酸化物(GIZO)、ハフニウムインジウム亜鉛酸化物(HIZO)、イン
    ジウム亜鉛酸化スズ(IZTO)、酸化スズ(SnO)、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化インジ
    ウムガリウム(IGO)、酸化インジウム(InO)、および酸化アルミニウムインジウム(AIO)
    を含む。
  • また、半導体層は、約3.0eV~5.0eVのエネルギーバンドギャップをもつ。
  • また、 光活性層は、量子ドット層が半導体層内に埋め込まれた構造でもよい。
  • また、半導体層は、下部半導体層と上部半導体層とで構成し、量子ドット層は、下部半導体層
    と上部半
    導体層との間に設けてもよい。
  • 量子ドット層を構成する複数の量子ドットは、Ⅱ-Ⅵ族半導体、Ⅲ-Ⅴ族半導体、Ⅳ-Ⅵ族半導体
    Ⅳ族半導体、およびグラフェン量子ドットでもよい。(※以下、詳細は上記図をダブクリック
    参照)。

【図の簡単な説明】

  • 図1は、実施形態による光電素子を示す断面図
  • 図2は、別の例示的な実施形態による、光電デバイスを示す断面図
  • 図3は、図1の光電素子の動作の原理を示す概念図、
  • 図4A及び図4Bは、光電素子が図1のように動作する時、光活性層のエネルギーバンド構造がゲ
    ート電圧Vgと共にどのように変化するかを示すエネルギーバンド図
  • 図5は、図4を参照して説明した光電素子に入射する光の強度に応じて、光電変換素子のゲー
    ト電圧Vgとドレイン電流Idとの関係を示すグラフ
  • 図6は、図5を参照して説明した光電素子に入射する光の強度によって光電素子の応答性がど
    のように変化するかを示すグラフ
  • 図7は、光電素子を示す断面図
  • 図8は、別の例示的な実施形態による、光電デバイスを示す断面図
  • 図9は、別の例示的な実施形態による、光電素子を示す断面図
  • 図10は例示的な実施形態による光電デバイスにおいて利用され得る光活性層構造における時間
    依存フォトルミネッセンス(PL)強度変化を示すグラフ
  • 図11は、比較例に係る1画素に対応する受光部を示す概念
  • 図12は、実施形態に係る複数の光電変換素子を含む光電変換装置を示す概略断面図
  • 図13は、他の実施例による複数の光電変換素子を含む光電素子を示す概略断面図
  • 図14は、例示的な実施形態による光電デバイスで利用され得る様々な量子ドット層の吸収スペ
    クトルを示すグラフ
  • 図15は、例示的な実施形態によるフォトトランジスタの例を示す回路図(※以下、詳細は上記
    図をダブクリック参照)。
     

以上、速読してみて、新規性というよりも、関連知見の総合的な編集性を表したものと了解する。頭の整頓に
役立つ。流石、サムソン電子であると。

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
  

   22.招待はまだちゃんと生きています  

 「あるいは諸君はその繰を描くことによって、諸君が既によく承知しておることを、これから主
 体的に形体化しようとしておるのだ。セロニアス・モンクを見てごらん。セロニアス・モンクは
 あの不可思議な和音を、理屈や論理で考え出したわけじやあらない。彼はただしっかり目を見開
 いて、それを意識の暗闇の中から両手ですくい上げただけなのだ。大事なのは無から何かを創り
 あげることではあらない。諸君のやるべきはむしろ、今そこにあるものの中から、正しいものを
 見つけ出すことなのだ」

  この男はセロニアス・モンクのことを知っているのだ。

 「ああ、それからもちろんエドワードなんたらのことも知っておるよ」と騎士団長は私の思考を
 受けていった。
 「まあいいさ」と騎士団長は言った。「ああ、それからひとつ礼儀上の問題として、念のために
 今ここで申し上げておかなくてはならないのだが、諸君の素敵なガールフレンドのことだが……、
 
いうか、つまり赤いミニに乗ってくる、あの人妻のことだよ。諸君たちがここでおこなっておる
 こ
とは、悪いとは思うが、残らず見物させてもらっている。衣服を脱いでベッドの上で盛んに繰
 り
広げておることだよ」

  私は何も言わずに騎士団長の顔を見つめていた。我々がべッドの上で'盛んに繰り広げている
 こと……彼女の言を借りるなら「目にするのがはばかられるようなこと」だ。


 

 「しかしできることなら気にしないでもらいたい。悪いとは思うが、イデアというのはとにかく
 何でもいちおう見てしまうものなのだ。見るものの選り好みができない。けれどな、ほんとうに
 気にすることはあらないよ。あたしにとってはセックスだろうが、ラジオ体操だろうが、煙突掃
 除だろうが、みんな同じように見えるんだ。見ていてとくに面白いものでもあらない。ただ単に
 見ておるだけだ」

 「そしてイデアの世界にはプライバシーという概念はないのですね?」
 「もちろん」と騎士団長はむしろ誇らしげに言った。「もちろんそんなものはこれっぽちもあら
 ない。だから諸君が気にしなければ、それでさっぱりと済むことなんだ。どうかね、気にしない
 でいられるかね?」

  私はまた軽く首を操った。どうだろう? 誰かに一部始終をそっくり見られているとわかって
 いて、性行為に気持ちを集中することは可能だろうか? 健全な性欲を呼び起こすことが可能だ
 ろうか?

 「ひとつ質問があります」と私は言った。
 「あたしに答えられることならば」と騎士団長は言った。
 「ぼくは明日の火曜日、免色さんに夕食に招待されています。そしてあなたもまたその席に招待
 されています。そのとき免色さんはミイラを招待するという表現を使いましたが、もちろん実質
 的にはあなたのことです。そのときにはまだあなたは騎士団長の形体をとっていなかったから」
 「かまわんよ、それは。もしミイラになろうと思えばすぐにでもなれる」
 「いや、そのままでいてください」と私はあわてて言った。「できればそのままの方がありかた
 い」

 「あたしは諸君と共に免色くんの家まで行く。あたしの姿は諸君には見えるが、免色くんの目に
 は見えない。だからミイラであっても騎士団長であっても、どちらでも関係はあらないようなも
 のだが、それでも諸君にひとつやってもらいたいことがある

 「どんなことでしょう?」

 「諸君はこれから免色くんに電話をかけ、火曜日の夜の招待はまだ有効かどうかを確かめなくて
 はならない。またそのときに『当日私に同行するのはミイラではなくて、騎士団長ですが、それ
 でも差し支えありませんか?』とひとことことわっておかなくてはならない。前にも言うたよう
 、あたしは招待されない場所には足を踏み入れることはできないようになっておる。相手に何
 らかのかたちで『はい、どうぞ』と招き入れてもらわなくてはならない。そのかわり一度招待し
 てもらえれば、そのあとはいつでも好きなときにそこに入っていくことができるようになる。こ
 の家の場合そこにある鈴が招待状のかわりを務めてくれた」

 「わかりました」と礼は言った。何はともあれ、とにかくミイラの姿になられるのだけは困る。
 「免色さんに電話をして、招待がまだ有効かどうかを確かめ、ゲストの名前をミイラから騎士団
 長に変更してもらいたいと言います」
 「そうしてもらえるとたいへんありかたい。なにしろ夕食会に招かれるなんて、思いも寄らんこ
 とだからな」
 「もうひとつ質問があります」と私は言った。「あなたはもともとは即身仏ではなかったのです
 か? つまり自ら地中に入って飲食を絶ち、念仏を唱えながら入定する僧侶だったのではなかっ
 たのですか? あの穴の中で命を落とし、ミイラになりながらも鈴を鳴らし続けていたのではな
 いのですか?」

 「ふうむ」と騎士団長は言った。そして小さく首をひねった。「そればかりはあたしにもわから
 んのだよ。ある時点であたしは純粋なイデアとなった。その前にあたしが何であったのか、どこ
 で何をしておったのか、そういう続的な記憶はまるであらない」

  騎士団長はしばらく黙って宙をにらんでいた。

 「いずれにせよ、そろそろあたしは消えなくてはならん」と騎士団長は静かな、少ししやがれた
 声で言った。「形体化の時間が今もって終わろうとしている。午前中はあたしのための時刻では
 あらない。暗闇があたしの友だ。真空があたしの息だ。だからそろそろ失礼させてもらうよ。で、
 免色くんへの電話のことはよろしく頼んだぜ」

  昼過ぎに免色に電話をかけてみた。考えてみれば、私が免色の家に電話をするのは初めてのこ
 とだった。常に電話をかけてくるのは免色の方だった。六度目のコールで彼が受話器をとった。

 「よかった」と彼は言った。「ちょうどそちらに電話をしようと思っていたところです。でもお
 
仕事の邪魔をしたくなかったから、午後になるまで待っていたんです。午前中に主に仕事をなさ
 るとうかがっていたから」

  仕事は少し前に終わったところだ、と私は言った。

 「お仕事は進んでいますか?」と免色は言った。
 「ええ、新しい絵にかかっています。まだ描き始めたばかりですが」
 「それは素晴らしい。それは何よりだ。ところであなたの描いた私の肖像は、頬袋はしないまま、
 
うちの書斎の壁にかけてあります。そこで絵の具を乾かしています。このままでもなかなか素晴
 らしいですが」
 「それで明日のことなんですが」と私は言った。
 「明日の夕方六時に、お宅の玄関に迎えの車をやります」と彼は言った。「帰りもその車でお送
 りします。私とあなたと二人だけですから、服装とか手土産とかそんなこともまったく気にしな
 いでください。手ぶらで気楽にお越しください」
 「それに関して、ひとつ確認しておきたいことがあるのですが」
 「どんなことでしょう?」

  私は言った。「免色さんはこのあいだ、その夕食の席にミイラが同席してもいいとおっしやい
 ましたよね?」
 「ええ、たしかにそう申し上げました。よく覚えています」
 「その招待はまだ生きているのでしょうか?」

  免色は少し考えてから、楽しそうに軽く笑った。「もちろんです。二言はありません。招待は

 まだちゃんと生きています」
 「事情があって、ミイラは行けそうにありませんが、かわりに騎士団長が行きたいと言っていま
 
す。ご招待にあずかるのは騎士団長であってもかまいませんか?」
 「もちろん」と免色はためらいなく言った。「ドン・ジョバンニが騎士団長の彫像を夕食に招待
 したように、私は騎士団長を喜んで謹んで拙宅の夕食に招待いたします。ただし私はオペラのド
 ン・ジョバンニ氏とは違って、地獄に堕とされるような悪いことは何もしていません。というか、
 していないつもりです。まさか夕食のあとで、そのまま地獄に引っ張っていかれたりするような
 ことはないでしょうね?」

 「それはないと思います」と私は返事をしたが、正直なところそれはどの確信は持てなかった。
 次にいったい何か起こるのか、私にはもう予側かつかなくなっていた。
 「それならいいんです。私は今のところまだ、地獄に堕とされる準備ができてはいませんから」
 と免色は楽しそうに言った。彼は――当たり前のことだが――すべてを気の利いたジョークとし
 て受け取っているのだ。「ところでひとつうかがいたいのですが、オペラ『ドン・ジョバンニ』
 の騎士団長は死者として、この世の食事をとることはできませんでしたが、その騎士団長はいか
 がでしょう? 食事の用意をしておいた方がいいのでしょうか? それともやはり現世の食事は
 目にされないのかな?」

 「彼のために食事を用意する必要はありません。食べ物も酒もいっさい口にしませんから。ただ
 席を一人分用意していただくだけでかまいません」
 「あくまでスピリチュアルな存在なのですね?」
 「そういうことだと思います」。イデアとスピリットは少し成り立ちが違うような気がしたが、
 それ以上話を長くしたくなかったので、私はとくに異議を唱えなかった。

  免色は言った。「承知しました。騎士団長の席はひとつしっかりと確保しておきましょう。か
 の有名な騎士団長を拙宅の夕食に招待できるというのは、私にとっては望外の喜びです。ただ食
 事を召し上がれないのは残念ですね。おいしいワインも用意したのですが」

  私は免色に礼を言った。

 「それでは明日お目にかかりましょう」と免色は言って、電話を切った。
  その夜、鈴は鳴らされなかった。おそらく昼間の明るい時刻に形体化したせいで(そしてまた
 二つ以上の質問に答えたせいで)、騎士団長は疲労したのだろう。あるいは彼としてはもうそれ
 以上、私をスタジオに呼び出す必要を感じなかったのかもしれない。いずれにせよ、私は夢ひと
 つ見ずに深く朝まで眠った。

  翌日の朝、私かスタジオに入って絵を描いているあいたち、騎士団長は姿を見せなかった。だ
 から私は二時間ほどのあいだ何も考えず、ほとんどすべてを忘れて、キャンバスに意識を集中す
 ることができた。私がその日の最初にまずやったのは、絵の具を上から塗って下絵を消していく
 ことだった。ちょうどトーストにバターを厚く塗るみたいに。

  私はまず深い赤と、鋭いエッジを持つ縁と、鉛色を含んだ黒を使った。それらがその男の求め
 ている色だった。正しい色をつくり出すのにかなり時間がかかった。私はその作業をおこなって
 いるおいた、モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』のレコードをかけた。音楽を聴いていると、
 今にも背後に騎士団長が現れそうな気がしたが、彼は現れなかった。

  その日(火曜日)は朝から、騎士団長は屋根裏のみみずくと同じように、深い沈黙を守り続け
 ていた。しかし私はとくにそのことを気にはかけなかった。生身の人間がイデアの心配をしたと
 ころで始まらない。イデアにはイデアのやり方がある。そして私には私の生活がある。私はおお
 むね、「白いスバル・フォレスターの男」の肖像を完成させることに意識を集中した。スタジオ
 に入っていてもいなくても、キャンバスを前にしていてもしていなくても、その絵のイメージは
 私の脳裏をいっときも離れなかった。

  ラジオの天気予報によれば、今日の夜遅く、関東東海地方はおそらく大雨になるということだ
 った。西の方から天気が徐々に確実に崩れていた。九州南部では豪雨のために川が溢れ、低い土
 地に住む人々は避難を余儀なくされていた。高い土地に住む人々は山崩れの危険を通告されてい
 
た。

  大雨の夜の夕食会か、と私は思った。

  それから私は雑木林の中にある暗い穴のことを思った。免色と私が重い石の塚をどかせて、日
 の下に暴いてしまったあの奇妙な石室のことを。自分がその真っ暗な穴の底に一人で座って、木
 材の蓋を打つ雨の音を聞いているところを想像した。私はその穴に閉じ込められ、抜け出すこと
 ができずにいるのだ。梯子は持ち去られ、重い蓋が頭上をぴたりと閉ざしていた。そして世界中
 の人々は、私かそこに取り残されていることをすっかり忘れてしまっているようだった。あるい
 は人々は、もう私はとっくに死んでしまったと考えているのかもしれない。でも私はまだ生きて
 いる。孤独ではあるけれど、まだ息はしている。私の耳に届くのは降りしきる雨の音だけだ。光
 はとこにも見えない。一筋の光も差し込んでは来ない。背中をもたせかけた石壁は冷ややかに湿
 っていた。時刻は真夜中だ。やがて無数の虫たちが這い出てくるかもしれない。

  そんな光景を頭の中に思い浮かべていると、だんだんうまく呼吸ができなくなってきた。私は
 テラスに出て手すりにもたれ、新鮮な空気を鼻からゆっくり吸い込み、口からゆっくり吐いた。
 いつものように回数を数えながら、それを規則正しく繰り返した。しばらく続けていると、なん
 とか通常の呼吸ができるようになった。夕暮れの空は重い鉛色の雲に覆われていた。雨が近づい
 ているのだ。
  谷間の向こうには免色の白い屋敷がほんのりと浮かび上がって見えた。夜にはあそこで夕食を
 とることになるのだ、と私は思った。免色と私と、かの有名な騎士団長の三人で食卓を囲かのだ。
 ほんとうの血だぜ、と騎士団長が私の耳元で囁いた

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

  私が十三歳で妹が十歳の夏休み、私たちは二人だけで山梨に旅行した。母方の叔父山梨の大
 学の研究所に勤めていて、彼のところに遊びに行ったのだ。それは子供たちだけで行く初めての
 旅行だった。その頃、妹の身体の具合は比較的順調だったので、両親は私たちが二人だけで旅行
 することを許してくれた。

  叔父はまだ若く独身で(今でもまだ独身だ)、当時三十歳になったばかりだったと思う。彼は
 遺伝子の研究をしており(今でもしている)、無口で、いくぶん浮き世離れしたところはあるが、
 裏のないさっぱりした性格の人物だった。熱心な読書家で、森羅万象いろんなことを実によく知
 っていた。山を歩くのが何より好きで、だから山梨の大学に職を見つけたのだということだった。

  私たちは二人とも、その叔父のことをけっこう気に入っていた。

  妹と私はリュックを担いで新宿駅から松本行きの急行列車に乗り、甲府で降りた。叔父が甲府
 駅まで迎えに来てくれていた。叔父は飛び抜けて背が高かったので、混み合った駅の中でもすぐ
 にその姿を見つけることができた。叔父は友人と共同で甲府市内に小さな一軒家を借りていたの
 だが、同居者はそのとき海外に出かけていたので、私たちは自分たちだけの部屋を与えられた。
  私たちはその家に一週間滞在した。そして毎日のように叔父と一緒に近隣の山を歩き回った。
 叔父は私たちにいろんな花や虫の名前を教えてくれた。それは私たちにとって一夏の素敵な思い
 出となって残った。




奇妙な場面が続き、作者の意図とを読み切れず、樹海で迷う時間を非連続的に塗り重ねる夜が続く。
はやる心を抑えできるだけ?丁寧に丁寧に頭のハイク&トレッキングだ。

                                     この項つづく

 ● 今夜のアラカルト

 わたしの一押し、イタリアン野外料理|チーズとパン(パニーニ)の重ね焼きアンチョビ風味

 

 

 

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サンルーフが世界を覆う日

2017年05月05日 | 環境工学システム論

           正月、三月、四月   /   魯の隠公即位のいきさつ 

                                                

      ※ 「元年、春、王の正月」とは周王の暦の正月という意味である。即位し
        たのに、
その記述がないのは、摂政だからである。「三月、隠公は邾
        (ちう)の儀父(
ぎほ)と蔑(べつ)(魯の地)において盟約を結んだ
        」とあるが、邾の儀父とは邾子の克(こく:名)
のことである。邾国は
        子爵を授けられたのであるが、この時はまだ周王からその沙汰を受けて
        いなか
ったため、子爵とは書かれていない。また名を記さずに儀父と字
        を書いたのは、その人に敬意を表わ
すためであった。

         隠公は摂政の位につくと、郭国に友好関係を求めようと恚った。そこ
        で蔑の盟約を結んだのである。
四月、魯の大夫の費伯が軍を率いて郎
        (魯の邑:まち)に城壁を築いた。『春秋」に記録されていないの
は、
        君命によってしたものではないからである。

      ※  鄭の荘公小覇の時代:『左伝』は魯国の年代記『春秋経』の"解説書"で
        あり、第十三代の隠公以下、魯国の君主の統治年代に従って記されてい
        る。原形は煩雑で理解しにくいので、本訳書は事件単位に整理して編集、
        原形式を示すため、巻頭の隠公元年、隠公二年の条だけは全文をかかげ
        ている。原形は、まず『春秋経』の文をかかげ、この説明、補足として
        『伝』の文が記されている。ただし、隠公元年の冒頭は、魯の隠公が即
        位するに至ったいきさつを説明したもので、元年以前にさかのぽるから、
        経文のまえにおかれている。

      ※ 春秋の歴史は、黄河下流の平原地帯、すなわち、今の河南省と山東省西
        部を舞台として展開。数ある諸国のうち、大国として挙げられるのは、
        宋・衛・斉・魯・陣・蔡・鄭の七国で、中でも建国のいちばんおそかっ
        た鄭が最も強盛である。西周の末年に建国した鄭は、新しい商業政策を
        採用してめきめきと国力を伸張した。三代目の当主、荘公(BC743~701
                は、弟共叔段の内乱を克服した後、老獪な遠交近攻策(斉・宋と結んで
        宋・衛を東西から挟撃する)を用い、陣・宋・北戎・許など近隣の諸国
        を次々に撃破し、はては、周王を迎え討ってこれを敗った。そして斉の
        桓公の副業に一歩先んじて、小覇すなわち小型の覇者となるのに成功し
        た。

 

  
【ZW倶楽部:マイクロプラスチック禍篇】

● オーシャンクリーンアップ:太平洋のプラスチック除去事業で、2,170万ドル調達

 May. 3, 2017

今月3日、オーシャンクリーンアップは、事業資金の寄付金 2,170万ドルを調達したことを公表。同
事業は、昨年11月以来、2170万ドルの寄付に成功する。この最新の資金調達ラウンドにより、2013年
以降の同事業の総資金は3150万ドルに達した。この新しい貢献により、今年後半に太平洋でクリーン
アップ技術の大規模な実験を開始する。
過去4年間で、海洋流を利用しプラスチックを捕捉/濃縮す
るプラスチック捕獲技術を開発。これにより、太平洋の海洋ごみを理論上清掃時間を数千年から数年
に短縮できることになる。 海洋クリーンアップは、2017年後半に太平洋水域で初めてのクリーンアッ
プシステムの実験を開始する。

  May. 5, 2017



オーシャンクリーンアップは、世界中の海洋漂流プラスチックゴミ捕獲除去システムを開発。 発端
は、ボーン・スラット(Boban Slat)が18歳の時に発案し、2013年に「The Ocean Cleanup」 を設立、
現在、約65人のエンジニアと研究者を雇用する非営利団体。 財団はオランダのデルフトに本部を
置き、人工の海岸線のように機能する長い浮遊障壁のネットワークで、自然の海流を集中させること
で捕獲・回収した海洋プラスチックを貴重な原材料にするプロセスを開発している。
本格的な展開に
備え海洋マッピングを行いながら、2016年6月に北海で百メートル幅の試作機(α機)を製作しテス
トを繰り返し改良してきた。今回のステップアップ実験は2017年後半に予定されている

  Jun. 15, 2015

 No. 10

 グーグルのサンルーフが世界を覆う日 革命は成就される。

 
【RE100倶楽部:太陽光発電篇】 

● 米国 グリッドパリティ到達で今後5年で倍増も

3月9日、米GTMリサーチ社と太陽光発電産業協会(SEIA)は、米国の太陽光発電市場は2016年に
過去最高の伸びを記録し、2015年の2倍近くの発電設備が接続された。その結果、これまでで初めて
他のどのエネルギー源よりも多くの発電容量が接続された。今後も5年間で現在の3倍近くまで成長
続けると「U.S. ソーラーマーケット・インサイト(Solar Market Insight)2016で発表。米太陽光市
場の成長を支える要因の一つは、価格の下落である。米国の太陽光発電システムの平均価格は2016年
に約20%下落
した。GTM 社 が同調査を開始して以来、最も大きな下落率という。この価格下
落が
後押し、2016年には 14.8GW が導入され記録的な成長となっている(上/下図参照)。同報告書
では、
2017年に13.2GWの太陽光発電が導入されると見込む。2016年からは10%の下落となるものの
2015
年の導入量からはまだ75%も多いとしている。 導入量の落ち込みは、メガソーラー(大規模太陽
発電所)の市場でみ起きる。かつてないほど多くの件数となったメガソーラーのプロジェクトが
2015年後半
に接続された後となる。これらのプロジェクトは元々、投資税額控除(ITC)の当初の失
効期限となる2016年末までの完成を予定していた駆け込み需要によるもの。ITCは2019年までの延長
を米議会が2015年12月に可決しており、2019年以降は控除される比率が30%から10%まで段階的
に引き下げられる。

市場成長に曲折のあったメガソーラー市場とは対照的に、住宅用など分散型の太陽光発電の市場は、
今後の2~3年間、概ね継続的に成長すると見込む。システムコストが急速に下落しており、多くの
州で「グリッドパリティ」の状況が実現する。
一方、ネットメータリングの価格改訂など、この分野
でもリスク要因があるため、引き続き留意が必要とGTMリサーチは話す。
2016年に22州がそれぞれ、
100MW 以上の太陽光発電を導入した。100MW 越えの州は、2010年のわずか2州から大幅に増加して
いる。成長が顕著なのが、ジョージア、ミネソタ、サウスカロライナ、ユタの4州である。同社は、
住宅太陽光の市場セグメントが2017年に9%成長すると見込み、従来住宅太陽光の市場のほぼ半分を
占めていたカリフォルニア州は、2017年に失速するとみる一方で、調査対象の40州のうち36州が
間ベースで成長する
米国の太陽光市場で特徴的なセグメントが、「コミュニティソーラー」である。

コミュニティソーラーの市場は、2015~16年の間に4倍近く成長した。この分野の太陽光が特に伸び
ているのが、ミネソタとマサチューセッツの両州である。同社は、非住宅太陽光の市場では2018年に
コミュニティソーラーが300%を占めると予測。
2019年までに、米国の太陽光発電市場ではすべて
の市場セグメントが成長を回復すると見込み、1GW以上の太陽光を導入した州は、現在の9州から
2022年までに24州に増えると予測している。

 May 4, 2017

● グーグルのサンルーフ事業 ドイツの7百万世帯分を見積もる 

グーグルのサンルーフ事業部は、ドイツの7百万世帯に太陽発電推定量を見積もる。これにより太陽
光発電に切り替え可能であるとする。
現在ドイツの家庭の40%が同事業により解析が完了している。
使い方は簡単、ユーザのアドレスを入力し「 E.ONソーラー電卓」を使うと自動的に経費削減額が表示
される。勿論、このサービスは無料で、すでに米国では50州が網羅されている。

 

 

 May. 02, 2017

● インドの「神々の果実」が 太陽電池コスト大幅削減 ?! 

ジャムン(ムラサキフトモモの果実)は、南アジアの先住民で 、安い値段で手に入る。 ジャムンの
木はおよそ百フィートの高さで百年間の樹齢で、その木の黒い果実はその高い栄養価のため薬用とし
常用されてきたが、この果実の顔料アントシアニンは、太陽光発電に使用できるかもしれないという。
サパタティ研究所のグループは、これが色素増感太陽電池(DSSC)の増感剤として使用したところ
この天然色素で発電することを確かめる。また、その製造コストは、従来のソーラーパネルの40%
削減できるのではないかと考えている。さらに、このようなアントシアニンはブルーベリー、ラズベ
リー、チェリー、クランベリーにも含まれその応用は広い。但し、今回の実験での発電効率は0.5%
程度で従来のソーラーそれは15%以上のため課題は残る(上下図参照)。

【デジタル地震予測倶楽部:プライベート電子観測点完備する】

 ● 依然、南関東地域警戒レベル5

 May. 3, 2017

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    
 

   22.招待はまだちゃんと生きています 

  翌日は月曜日だった。目が覚めたとき、ディジタル時計は6:35を表示していた。私はベッ
 ドの上に身を起こし、その数時間前、真夜中のスタジオで起こった出来事を頭の中に再現した。
 そこで鳴らされていた鈴、ミニチュアの騎士団長、検とのあいだに持たれた奇妙な会話。それら
 のすべては夢だったのだと私は思いたかった。とても長いリアルな夢を私は見たのだ。それだけ
 のことなのだと。そして明るい朝の光の下では、実際にそれは夢の中で起こった出来事としか思
 えなかった。私は出来事のあらゆる部分を克明に記憶していたが、それら細部についてひとつひ
 とつ検証すればするほど、何もかもが現実から何光年も離れた世界の出来事のように見えた。

  しかし、それをただの夢だと思い込もうとどれだけ努めても、それが夢ではないことは私には
 わかっていた。これはあるいは現実でないかもしれない、しかし夢でもないのだ、と。何である
 のかはわからないが、それはとにかく夢ではない。夢とは別のなりたちの何かなのだ。
  私はベッドから出て、雨田典彦の『騎士団長殺し』を包んでおいた和紙を取り、その絵をスタ
 ジオに持って行った。そしてそこの壁に吊し、スツールに腰掛けて長いあいだその絵を正面から
 見つめた。騎士団長が昨夜言ったとおり、絵には何ひとつ変わりはなかった。騎士団長がそこか
 ら抜け出して、この世界に現れたわけではないのだ。絵の中では騎士団長は相変わらず胸に剣を
 突き立てられ、心臓から血を流して死にかけていた。私は宙を見上げ、悶いた口を歪めていた。
 苦悶の呻きを発しているのかもしれない。彼の髪型も、着ている衣服も、手にしている長剣も、
 黒い奇妙な靴も、昨夜ここに現れた騎士団長の姿そのままだった。いや、話の順序から言えば
 ――時系列的に言えば――もちろんあの騎士団長の方が、絵の中の騎士団長の風体を精密に真似
 たわけなのだが。



  雨田典彦が日本画の筆と顔料で描きあげた架空の人物が、そのまま実体をとって現実(ある
 
は現実に似たもの)の中に現れ、意志を持って立体的に動きまわるというのは、まさに驚くべき
 
ことだった。しかしじっと絵を見ているうちにだんだん、それが決して無理なことではないよう
 に、私には思えてきた。おそらくそれだけ、雨田典彦の筆致が鮮やかに生きているということな
 のだろう。現実と非現実、平面と立体、実体と表象のはざまが、見ればみるほど不明確になって
 くるのだ。ファン・ゴッホの描く郵便配達夫の姿が、決してリアルではないのに、見ればみるほ
 ど鮮やかに息づいて見えるのと同じだ。彼の描くカラスが、ただの荒っぽい黒い絵に過ぎないの
 に、本当に空を飛んでいるように見えるのと同じだ。『騎士団長殺し』という絵を眺めながら、
 私はあらためて雨田典彦の画家としての才能と力量に敬服しないわけにはいかなかった。おそら
 くあの騎士団長も(というか、あのイデアも)、この徐の素晴らしさ、力強さを認めたからこそ、
 雨中の騎士団長の姿かたちを「借用する」ことにしたのだろう。ヤドカリができるだけ美しい丈
 夫な貝を住まいとして選ぶように。

  雨田典彦の『騎士団長殺し』を十分ばかり眺めてから、台所に行ってコーヒーをつくり、ラジ
 オの定時ニュースを聞きながら簡単な朝食をとった。意味のあるニュースはひとつもなかった。
 というか今では日々のすべてのニュースは、私にとってほとんど意味のないものになっていた。
 しかしとりあえず、毎朝ラジオの七時のニュースに耳を傾けることを、私は生活の一部にしてい
 た。たとえば地球が今まさに破滅の割にあるというのに、私だけがそれを知らないでいるとなれ
 ば、それはやはり少し困ったことになるかもしれない。

  朝食を済ませ、地球がそれなりの問題を抱えながらも、まだ律儀に回転を続けていることをと
 りあえず確認してから、コーヒーを入れたマグカップを手にスタジオに戻った。窓のカーテンを
 開け、新しい空気を部屋に入れた。そしてキャンバスの前に立ち、自分自身の圃作に取りかかっ
 た。「騎士団長」の出現が現実であろうがなかろうが、免色の夕食に彼が出席しようがするまい
 が、私としてはとにかく自分のなすべき仕事を進めていくしかない。

  私は意識を集中し、白いスバル・フォレスターに乗った中年男の姿を眼前に浮かび上がらせた。
 ファミリー・レストランの彼のテーブルの士にはスバルのマークがついた車のキーが置かれ、皿
 にはトーストとスクランブル・エッグとソーセージが盛られていた。ケチャップ(赤)とマスタ
 ード(黄色)の容器がそのそばにあった。ナイフとフォークはテーブルに並べられていた。料理
 はまだ手をつけられていない。すべての事物に朝の光が投げかけられていた。私が通り過ぎると
 き、男は日焼けした顔を上げて私をじっと見上げた。

  おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ、と彼は告げていた。その目
 に宿っている重い冷徹な光には、見覚えがあった。それはたぶん私がどこか他の場所で目にした
 ことのある光だった。しかしそれがどこでだったか、いつだったか、私には思い出せなかった。
  彼の要かたちと、その無言の語りかけを私は絵のかたちに仕上げていった。まず昨日木炭を使
 って描いた骨格から、パンの切れ端を消しゴム代わりに使って、余分な徐をひとつひとつ取り去
 っていった。そして削げるだけ削いだあとで、あとに残された黒い徐に、再び必要とされる黒い
 徐を加筆していった。その作業に一時間半ほどを要した。その結果キャンバスの上に出現したの
 はまさに、白いスバル・フオレスターに乗った中年男が(言うなれば)ミイラ化した姿だった。
 肉が削ぎ落とされ、皮膚がビーフジャーキーのように乾燥し、ひとまわり縮んだ姿たった。木炭
 の租く黒い徐だけで、それは表されていた。もちろんただの下描きに過ぎない。しかし私の頭の
 中には来るべき絵画のかたちがしっかりと像を結びつつあった。

 「なかなか見事であるじゃないか」と騎士団長が言った。

  後ろを振り向くと、そこに騎士団長がいた。彼は窓際の棚の上に腰掛けて、こちらを見ていた。
 背中から差し込む朝の光が、彼の身体の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。やはり同じ白
 い古代の衣裳を着て、短い身の丈に合った長剣を腰に差していた。夢じゃないのだ、もちろん、
 と私は思った。

 「あたしは夢なんかじゃあらないよ、もちろん」と騎士団長はやはり私の心を読み取ったように
 言った。「というか、あたしはむしろ覚醒に近い存在だ」

  私は黙っていた。スツールの上から騎士団長の身体の輪郭をただ眺めていた。

 「ゆうべも述べたと思うが、このような明るい時刻に形体化するというのは、なかなかに疲弊す
 
るものなのだ」と騎士団長は言った。「しかし諸君が絵を描いているところを、コ皮じっくり拝
 見させてもらいたかった。で、勝手ながら、さっきから作業をまじまじと見物させてもらってい
 た。気を悪くはしなかったかね?」

  それに対してもやはり返事のしようがなかった。気を悪くするにせよしないにせよ、生身の人
 間がイデアを相手にどのような理を説けるものだろうか。
  騎士団長は私の返事を待たずに(あるいは私が頭で考えたことをそのまま返事として受け取っ
 て)、自分の諸を続けた。「なかなかよく描けておるじやないか。その男の本質がじわじわと浮か
 びだしてくるようだ」



 「あなたはこの男のことを何か知っているのですか?」と私は驚いて尋ねた。
 「もちろん」と騎士団長は言った。「もちろん知っておるよ」
 「それでは、この人物について何か教えてもらえますか? この人がいかなる人間で、何をして
 いて、今どうしているのか」
 「どうだろう」と騎士団長は軽く首を傾げ、むずかしい表情を顔に浮かべて言った。むずかしい
 顔をすると、彼はどことなく小鬼のように見えた。あるいは古いギャング映画に出てくるエドワ
 ード・G・ロビンソンのように見えた。ひょっとしたら騎士団長は実際に、その表情をエドワー
 ド・G・ロビンソンから「借用」したのかもしれない。それはあり得ないことではなかった。
 「世の中には、諸君が知らないままでいた方がよろしいことがある」と騎士団長はエドワード・
 G・ロビンソンのような表情を顔に浮かべたまま言った。

  雨田政彦がこのあいだ言ったことと同じだ、と私は思った。人にはできることなら知らないで
 いた方がいいこともある
 「つまり、ぼくが知らないでいた方がいいことは教えてもらえないということですね」と私は言
 った。「なぜならば、あたしにわざわざ敢えてもらわなくとも、ほんとうのところ諸君はそれを
 既に知っておるからだ」

  私は黙っていた。



 Thelonious Sphere Monk -Well You Needn't

                                     この項つづく

 

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小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

2017年05月04日 | 環境工学システム論

          至人の心を用うるは鏡のごとし。将(おく)らず迎えず、応じて
         蔵(おさめ)ず。故によく物に勝(た)えて傷(そこな)われず。

                          
応定王(おうていおう) 

                                                 

      ※  :名声から遠ざかれ。才覚を働かすな。責任者になるな。知を超えよ。
        永遠なるものと一体となり、虚無の世界に遊べ。自己に与えられた天性
        を全うするだけでよいのだ、それ以上つけ加えようとするな。一言で言
        えば、心を虚しくすることだ。至人の心は鏡のようなものである。自分
        はじっと動かない。来るものはそのまま映すが、去ってしまえばなんの
        痕跡もとどめない。したがって、どんなものにも対応でき、しかも傷つ
        けられることは全くない。


  

 No. 9

【RE100倶楽部:太陽光発電篇】

● 北米大陸最大規模:メキシコ北部750MWのメガソーラー稼働

 

5月2日、NEXTracker社は、出力は750メガワット以上のメキシコ北部で建設中の西半球最大の一単
軸追尾型太陽光発電システムを供給したことをと公表。2018年中頃に稼働予定同社は、これまでに2百
メガワット以上の部材を現地に供給済み。 ニューヨークはマンハッタン島の南側とほぼ同じ広さとの
8平方マイル(約21平方キロメートル)以上の面積の用地で、年間に約1千7百ギガワットアワーの
発電量を見込み、78万トンの二酸化炭素ガス排出量を抑制する設計。メキシコの太陽光発電市場は、
今後2~3年で急成長する。14年のエネルギー改革を経て、メキシコ政府のエネルギー省は2回目と
なる再生可能エネルギーの入札を行い、4ギガワット以上の太陽光発電プロジェクトを発電事業者に発
注。なので、今回長期間の電力購入契約(PPA)に基づき全量を売電し、メキシコの約130万世帯が
消費電力を供給する。

17~18年にメキシコで建設予定のメガソーラープロジェクトでは、発電量の向上が見込めることや、
用地の条件が良いことなどから、ほとんどの案件が追尾式を採用するとみられる。メキシコでは国土の
約85%で、太陽光発電に適した日照量が得られる。同
社は、メキシコは、インドやオーストラリア、
中東とともに、太陽光などの再エネが今後2~3年で大きく成長すると期待できる市場の一つ。拡大す
る太陽光発電の多くで1軸追尾技術が採用される見通しでいる。また、
同社は、今回のプロジェクトで
使用する追尾システムの機構や電気回路などの部品を現地で製造するという。追尾システムの心臓部と
なる駆動系や電気回路は完全に密閉され、砂やホコリの侵入を防ぐ。
砂漠気候であるメキシコ北部では、
追尾式太陽光発電システムの信頼性を維持するうえで、こうした密封性は極めて重要と話している。

  May. 1, 2017

● ゴルフ場予定地に九州最大の太陽光発電所を建設

先月27日、ゴルフ場予定地だった合計約2百万平方メートルの事業用地に、太陽電池モジュールを、
34万740枚を設置し、出力は約92メガワット、年間発電量は約9万9230メガワットアワーに
なる鹿屋大崎ソーラーヒルズの九州最大級となる太陽光発電所の建設にあたり竣工式を挙行。売電先は
九州電力。これにより、
年間約5万2940トンのC二酸化炭素排出量を削減。総投資額は約350億
円を見込む。17年4月3日から着工し、20年1
月の稼働開始予定。14年5月にガイアパワーが、
72.7%、京セラと九電工、東京センチュリーが9.1%ずつを出資、発電事業の運営を行う鹿屋大崎ソー
ラーヒルズを設立。九電工とガイアパワーの合弁会社が発電所の設計・施工・維持管理を行う。京セラ
が太陽電池モジュールの供給、東京センチュリーがファイナンスなどを担う。また、同事業では鹿屋市
および大崎町における雇用創出、税収の増加などで地域社会の貢献につなげていく。林地開発許可を取
得済みで、1年間にわたる環境への影響調査も完了しており、自然環境に配慮した「環境調和型」の発
電所となる。

  Apr. 28, 2017

● 国内最大規模の蓄電池併設型メガソーラー北海道安平町に建設

先月28日、同じく、ソフトバンクエナジー株式会社らは、北海道に国内最大規模の蓄電池併設型メガ
ソーラーを北海道安平町に建設することを公表している。発電所は 17年5月中の着工を予定、20
年度中の運転開始を目指す。「ソフトバンク苫東安平ソーラーパーク2」は北海道勇払郡安平町約90
万平方キロメートルの土地に設置され、出力規模約6万4,600キロワット、年間予想発電量が一般
家庭約1万9,854世帯分の年間電力消費量に相当する約7,147万7千キロワットアワー/年の発
電を行うメガソーラー発電所で、ソフトバンクナジーら設立する「苫東安平ソーラーパーク2合同会社」
が運営。また、蓄電容量約1万7,500キロワットアワー(約17.5メガワットアワー)の大容量リ
チウムイオン電池を併設、蓄電池を併設する太陽光発電所としては出力規模が国内最大級の発電所とな
。また、本発電所はSB エナジーにとって、指定電気事業者制度による出力制御無補償の条件の下で
プロジェクトファイナンスを組成する初めての事例となる。

このように、グローバルなソーラーパーク建設の展開は、❶人為的な温暖化を制御できる手段をはじめ
て人類が手にすることに成功することを意味し、❷近未来にエネルギーフリー社会の実現、❸あるいは、
自動車のほぼ完全なエレクトにクス化を実現し、❹そのことは、トヨタ、フォルクスワーゲンなどの既
存メーカの衰退を意味する。これは面白いkとになりそうだ。

【抗癌最終戦観戦記 Ⅸ:九州大ら がん抑える化合物を発見】

今月2日、九州大学生体防御医学研究所の福井宣規教授や東京大、理化学研究所などのチームが難治性
がんについて、がん細胞の生存や転移に重要な役割をしているタンパク質を突き止め、この働きを阻止
する化合物を見つけたと発表した。数年内に治療薬の開発を目指す。2日付の米科学誌セル・リポーツ
電子版に論文を掲載した。

チームが研究対象としたのは、変異したがん遺伝子をもつがん。変異遺伝子は膵臓(すいぞう)がんの
ほとんどや、大腸がんの約5割で見られるなど、がん全体の3分の1で確認されている。有効な治療薬
は開発されておらず、難治性とされる。

これまで、変異遺伝子をもつがんの増殖や転移は、細胞の形態変化を促す分子「RAC」の活性化が原
因であることが分かっていた。しかし性質上、RACを直接コントロールする薬の開発が難しいことか
ら、RACを活性化させている分子を見つけ出すことが課題だった。
福井教授らは、RACに関係する
多数の分子のうち、「DOCK1」というタンパク質に注目。DOCK1を発現しないよう遺伝子操作
したところ、がん細胞の周辺組織への浸潤や、細胞外からの栄養源の取り込み活動が低下し、がん細胞
の生存度が落ちた。このことから、チームはDOCK1が、RACの活性化に大きな影響を与えている
分子だと判断。DOCK1の活動を抑えれば、RACの活性化を防げると考え、約20万種の化合物の
中からDOCK1の活動を阻害する「TBOPP」を探し出した。がん細胞を移植したマウスに投与し
たところ、転移や腫瘍の増大が抑えられ、明白な副作用もなかった。

Rasの発見から30年以上が経過しますが、変異Rasを持つがんに対する治療薬の開発は、これまでうまく
いっていない。本研究グループは、変異Rasによって誘導される浸潤応答や栄養分の取り込みに、DOCK1
が重要な働きをを突き止め、その選択的阻害剤としてTBOPPを開発(上図4)。TBOPPは、がんを兵糧
攻めにすると同時に、その浸潤・転移を未然に防ぐことができる化合物であり、変異Rasを有する難治
性がんに対する画期的な治療薬の創出につながることが期待される。これは実に面白い。
 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   21.小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

  自分の右手に目をやった。その手はまだしっかりと雨田典彦のステッキを握りしめていた。私
 はそれを手から放した。樫村の杖は鈍い音を立てて絨毯の上を転がった。
 「あたしは何も絵の中から抜け出してきたわけではあらないよ」と騎士団長はまた私の心を読ん
 で言った。「あの絵は――なかなか興味深い絵だが――今でもあの絵のままになっている。騎士
 団長はしっかりあの絵の中で殺されかけておるよ。心の臓から盛大に血を流してな。あたしはた
 だあの人物の姿かたちをとりあえず借用しただけだ。こうして諸君と向かい合うためには、何か
 しらの要かたちは必要だからね。だからあの騎士団長の形体を便宜上拝借したのだ。それくらい
 かまわんだろうね」

  私はまだ黙っていた。

 「かまうもかまわないもあらないよな。雨田先生はもうおぼろで平和な世界に移行してしまって
 おられるし、騎士団長だって商標登録とかされているわけじやあらない。ミッキーマウスやらポ
 カホンタスの格好をしたりしたら、ウォルト・ディズニー社からさぞかしねんごろに高額訴訟さ
 れそうだが、騎士団長ならそれもあるまい」

  そう言って騎士団長は肩を揺すって楽しげに笑った。

 「あたしとしては、ミイラの姿でもべつによかったのだが、真夜中に突然ミイラの格好をしたも
 のが出てきたりすると、諸君としてもたいそう気味が悪がるうと思うたんだ。ひからびたビーフ
 ジャーキーの塊みたいなのが、宣言暗な中でしやらしやらと鈴を振っているのを目にしたら、人
 は心臓麻蝉だって起こしかねないじやないか」

   私はほとんど反射的に肯いた。たしかにミイラよりは騎士団長の方が遥かにましだ。もし相手
 がミイラだったら、本当に心臓麻蝉を起こしていたかもしれない。というか、暗闇の中で鈴を振
 っているミッキーマウスやポカホンタスだって、ずいぶん気味悪かったに違いない。飛鳥時代の
 衣裳を身にまとった騎士団長は、まだしもまともな選択だったかもしれない。「あなたは霊のよ
 うなものなのですか?」と私は思いきって尋ねてみた。私の声は病み上がりの人の出す声のよう
 に、堅くしやがれていた。

 「良い質問だ」と騎士団長は言った。そして小さな白い人差し指を一本立てた。「とても良い質
 問だぜ、諸君。あたしとは何か? しかるに今ほとりあえず騎士団長だ。騎士団長以外の何もの
 でもあらない。しかしもちろんそれは仮の姿だ。次に何になっているかはわからん。じやあ、あ
 たしはそもそもは何なのか? ていうか、諸君とはいったい何なのだ? 諸君はそうして諸君の
 姿かたちをとっておるが、そもそもはいったい何なのだ? そんなことを急に問われたら、諸君
 にしたってずいぶん戸惑うだろうが。あたしの場合もそれと同じことだ」



 「あなたはどんな姿かたちをとることもできるのですか?」、私は質問した。
 「いや、それほど簡単ではあらない。あたしがとることのできる姿かたちは、けっこう限られて
 おるのだ。どんなものにでもなれるというわけではない。手みじかに言えば、ワードローブには
 制限があるということだ。必然性のない姿かたちをとることはできないようになっておる。そし
 て今回あたしが選ぶことのできた姿かたちは、このちんちくりんの騎士団長くらいのものだった。
 絵のサイズからして、どうしてもこういう身長になってしまうのだ。しかしこの衣裳はいかにも
 着づらいぜ」
  彼はそう言って、白い衣裳の中で身体をもぞもぞとさせた。

 「で、諸君のさっきの質問にたち戻るわけだが、あたしは霊なのか? いやいや、ちがうね、諸
 君。あたしは霊ではあらない。あたしはただのイデアだ。霊というのは基本的に神通白往なもの
 であるが、あたしはそうじゃない。いろんな制限を受けて存在している」
  質問はたくさんあった。というか、あるはずだった。しかし私にはなぜかひとつも思いつけな
 かった。なぜ私は単数であるはずなのに、「諸君」と呼ばれるのだろう? しかしそれはあくま
 で些細な疑問だ。わざわざ尋ねるほどのことでもない。あるいは「イデア」の世界には二人称単
 数というものはもともと存在しないのかもしれない。

 「制限はいろいろとまめやかにある」と騎士団長は言った。「たとえばあたしは一日のうちで限
 られた時間しか形体化することができない。あたしはいぷかしい真夜中が好きなので、だいたい
 午前一時半から二時半のあいだに形体化することにしておる。明るい時間に形体化すると疲労が
 高まるのだ。形体化していないあとの時間は、無形のイデアとしてそこかしこ体んでおる。屋根
 裏のみみずくのようにな。それから、あたしは招かれないところには行けない体質になっている。
 しかるに諸君が穴を開き、この鈴を持ち運んできてくれたおかげで、あたしはこの家に入ること
 ができた」
 「あなたはあの穴の底にずっと閉じ込められていたのですか?」と私は尋ねてみた。私の声はか
 なりましにはなっていたが、まだいくぶんしやがれていた。
 「わがらん。あたしにはもともと、正確な意昧での記憶というものがあらない。しかしあたしが
 あの穴の中に閉じ込められていたというのは、なにがしの事実ではある。あたしはあの穴の中に
 いて、何らかの理由によってそこから出ることができなかった。しかしあそこに閉じ込められて
 とくに不自由、ということもあらなかった。あたしは何万年、挟くて暗い穴の底に閉じ込められ
 ていたところで、不自由も苦痛も感じないようにできておるんだ。しかしあそこから出してくれ
 たことに開しては、諸君にしかるべく感謝しておるよ。そりゃ、自由でないよりは自由である方
 がよほど面白いわけだからな。言うまでもなく。そしてあの免色という男にも感謝しておる。彼
 の尽力がなければ、穴を開くことはできなかったはずだ」

   私は骨いた。「そのとおりです」

 「あたしはたぶんその気配のようなものをひしひしと感じ取ったのであろう。あの穴が開放され
 るかもしれないという可能性をな。そしてこう思いなしたのだ。よし、今が時だと」
 「だから少し前から夜中に鈴を鳴らし始めた」
 「そのとおり。そして穴は大きく聞かれた。おまけに免色氏はご親切にもあたしを夕食会にまで
 招待してくれよった」
  私はもう一度肯いた。免色はたしかに騎士団長を――免色はそのときはミイラという言葉を用
 いたが――火曜日の夕食に招待した。ドン・ジョバンニが騎士団長の彫像を夕食に招待したこと
 にならって。彼としてはたぶん軽い冗談のようなものだったのだろうが、それは今ではもう冗談
 ではなくなってしまった。
 「あたしは食物はいっさい口にしない」と騎士団長は言った。「酒も飲まない。だいいち消化器
 もついておらんしね。つまらんといえばつまらん話だ。せっかくの立派なご馳走なのにな。しか
 し招待は素肌でお受けしよう。イデアが誰かに夕食に呼ばれるなんて、そうはあらないことだか
 らな」



  それがその夜の、騎士団長の最後の言葉になった。そう言い終えると彼は急に黙り込み、ひっ
 そり両目を閉じた。瞑想の世界にじわじわと入り込んでいくみたいに。目を閉じると、騎士団長
 はずいぶん内省的な顔立ちになった。身体もまったく動かなくなった。やがて騎士団長の姿は急
 速に薄れ、輪郭もどんどん不明確になっていった。そしてその数秒後にはすっかり消滅してしま
 った。私は反射的に時計に目をやった。午前二時十五分だった。おそらく「形体化」の制限時間
 がそこで終了したのだろう。

  私はソファのところに行って、騎士団長が腰掛けていた部分に手を触れてみた。私の手は何も
 感じなかった。温かみもなく、へこみもない。誰かがそこに腰掛けていた形跡はまったく残って
 いなかった。おそらくイデアは体温も重みも持たないのだろう。その姿かたちはただのかりそめ
 の形象に過ぎないのだ。私はその隣に腰を下ろし、息を深く吸い込んだ。そして両手でごしごし
 と顔をこすった。
  すべてが夢の中で起こった出来事のように思えた。私はただ長く生々しい夢を見ていたのだ。
 というか、この世界は今もまだ夢の延長なのだ。私は夢の中に閉じ込められてしまっている。そ
 ういう気がした。しかしそれが夢でないことは、自分でもよくわかっていた。これはあるいは現
 実ではないかもしれない。しかし夢でもないのだ。私と免色は二人で、あの奇妙な穴の底から騎
 士団長を――あるいは騎士団長の姿かたちをとったイデアを――解きはなってしまったのだ。そ
 して騎士団長は今ではこの家の中に往み着いている。屋根裏のあのみみずくと同じように。それ
 が何を意味しているのか私にはわからない。それがどんな結果をもたらすことになるのかもわか
 らない。



  私は立ち上がり、床に落とした雨田具彦の樫村のステッキを拾い上げ、居間の明かりを消し、
 寝室に戻った。あたりは静かだった。物音ひとつ聞こえない。私は力士アィガンを脱ぎ、パジャ
 マ姿でベッドの中に入り、これからどうすればいいのかを考えた。騎士団長は火曜日に免色の家
 に行くつもりでいる。免色が彼を夕食に招待したからだ。そこでいったい何か持ち上がるのだろ
 う? それについて考えれば考えるほど、私の頭は脚の長さの揃っていない食卓のように、落ち
 着きを失っていった。
  でもそのうちに私はひどく眠くなってきた。私の頭はすべての機能を動員して、なんとか私を
 眠りに就かせようとしているみたいだった。筋の通らない混乱した現実から、私をむりやりもぎ
 離すべく。そして私はそれに抵抗することができなかった。ほどなく私は眠りに就いた。眠り込
 む前にふとみみずくのことを考えた。みみずくはどうしているだろう?
   眠るのだ、諸君、と騎士団長が私の耳元で囁いたような気がした。
  しかしそれはたぶん夢の一部だったのだろう。




本当にワンダーワールドだ。ここは注意深く読み進めていくしかない。
                                                                           この項つづく

 



【世界中がびっくり!トランスイート四季島】



今月2日、世界中が注目し、アッツ!と驚き、信じられない!と叫ぶ、「トランスイート四季島」がし
た。有名な工業
デザイナーの奥山賢之が設計した金色のシキシマには、 和紙の壁やスクリーン、サイ
プレスのバスタブ、豪華なカーペットなど、現代的で伝統的な日本の素材が洗練されているが、最高の
部分は、周りのパノラマビューを与える電車のすばらしい温室のような列車仕様。
列車デザインは、現
代の列車旅行の基準設定になるだろうか。  10両列車の両端にあるパノラマの観測車には、壁と天井を
覆う大きな窓ガラスパネルがあり、通過する風景を一望できる。  伝統技術を使って作られた快適なベ
ントウッドのソファは、静かな森のイメージを喚起するように設計された壁パネルで飾られた共同ラウ
ンジカーに配置されている。乗車中は、目的地から厳選料理が頂ける。また、有名な工業デザイナー・
山崎欣二の手になるニッケルシルバーカトラリーが用意されている。


列車はちょうど17部屋あり、2つの大きなスイートルームと15の小部屋。 全室にベッド、収納ス
ペース、専用バスルームが備わる。 豪華な2階建ての四季島スイートの幸運な乗客は、シーティングエ
リアと畳を楽しむことができ、「香り高いバスタイム体験」を提供する長方形のサイプレスバスタブも
備わっている。豪華なスイートの壁には、顧客に個人的な視点を提供するために天井までの窓が備えら
れている。さて予約がつまっているが、わたしたち二人が乗車できるかどうかそれはいまのところわか
らない。

                                          

 

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何て言うことだ。

2017年05月03日 | 環境工学システム論

          明王の治は、功、天下を蓋いてしかもおのれよりせざるに似たり

                          
応定王(おうていおう) 

                                                

 

      ※  指導者の条件とは何か? 指導しようなどという根性を捨て、指導者づら
        をせず、テクニックなど弄しないことだ。荘子から見れば、王者が仁政に
        はげみ、人民が王者を慕う、という儒家的政治理想は、人為にとらわれた
        憐むべき状態にすぎぬ。無為にして化す、これこそ応む帝王――王たるも
        のの応(まさ)にあるべき道なのである。

      ※ 才能は身を滅ぼす:陽子居(ようしきょう)が老聘(ろうたん)にたずね
        る場面。
「こんな人物がいるとします。敏速果敢な行動力、透徹した洞察
        力を兼ね備え、しかも但むことなく道を学びつづける、といった人物です。
        こういう人なら、太古の聖王(=明王)にも匹敵するのではありますまい
        か」

         老賂は首を振った。

        「なんの、聖人にくらべると、そんな奴はせいぜい小役人にすぎん。わず
        かばかりの才能しか持ち合
わせず、しかもそれにしばられて身も心も疲れ
        させているあわれな奴さ。
それに、なまじそんな才能など持つとかえって
        身を滅ぼすもとだ。虎や豹は、美しい毛皮のせいで
猟人に殺され、猿や猟
        犬は、そのすばしこさのせいで鎖につながれる。そんな奴がどうして太古
        の聖
王とくらべものになるか」

         陽子居は恥じ入って小さくなりながら、

        「では、太古の聖王の治とは、どんなものだったのですか」
        「そうだな、その功徳は天下を蔽いつくしているのだが、一般の目にはか
        れとなんの関係もないよう
に見える。その教化は万物に及んでいるのだが、
        人民はまったくそれに気づかない。天下を治めては
いても、施策のあとを
        とどめない。それでいて万物にそれぞれ所を得させる。そして自分は窺い
        知れ
ぬ虚無の世界に遊ぶ。これが太古の聖王(=明王)の洽というものだ
        よ」
 

 

   Apr. 12, 2017

【RE100倶楽部:ペロブスカイト太陽電池篇】

● 謎のナノストライプを持つペロブスカイト太陽電池

今月2日、カールスルーエ工科大学らの研究グループは、走査型プローブ顕微鏡でペロブスカイト太
陽電池におけるナノ構造のストライプが存在することを発見する。それによるとペロブスカイト型ハ
イブリッド太陽電池が入射光の20%以上の変換効率をもつことが確認されているが、カールスルー
エ工科大学(KIT) の研究者らは、ペロブスカイト層に分極の方向を交互に変えるナノ構造のストリ
ップを発見。これらの構造は電荷キャリアの輸送経路として役立つかもしれない考えている(上写真
参照)。2009年に発見されて以来、ペロブスカイト太陽電池は急速に進歩してきているが、現段階で
は、耐久性と鉛フリーの2つの克服課題となっている。

同大学光技術研究所(LTI)の有機太陽電池グループの責任者であるアレクサンダー・コルマン(Ale-
xander Colsmann
)博士とKITのエネルギーシステム(MZE)のマテリアル・リサーチ・センタ(MZE
の研究者チームの学際的なチームは、ペレブスカイト太陽電池を走査型プローブ顕微鏡で、光吸収層
に強誘電体ナノ構造が存在していることを見つけた。おの誘電性結晶は、同一の電気分極方向のドメ
インを形成しており、薄層のヨウ化鉛ペロブスカイトが交互電場を有する約100nm幅の強誘電体領域
のストライプを形成していことを突き止める。従って、この材料の電気的分極を変えることで、太陽
電池の光生成電荷の輸送に重要な役割を果たす可能性がある。
ペロブスカイト型太陽電池は、ある条
件下で自己組織化するものと考えているものの現状では、決定的な証拠を発見するに至っていない
セラミックス材料技術部門の応用材料研究所(IAM-KWT)のミハエル・J・ホフマン教授談)。

  

※ Holger Röhm, Tobias Leonhard, Michael J. Hoffmann, and Alexander Colsmann: Ferroelectric domains in methy-
   lammonium lead iodide perovskite thin-films. Energy & Environmental Science, 2017 (DOI: 10.1039/c7ee00420f)

 

● メガソーラー稼働で「限界集落」に活気 特産大豆「八天狗」を売り出しブランド化

八天狗」とは、熊本県山都町の水増(みずまさり)集落などで受け継がれてきた在来種大豆。種皮の
うち、「へそ」の部分が黒いのが特徴で、座禅豆などに加工すると、深みのある独特の味わいがある
。水増集落では、自家用として昔から栽培され、地元農家では食卓の定番になってきた。「八天狗」
の名称の由来は、修験道とのつながりが考えられるという。天狗のなかでも「八天狗」は最も神に近
い神通力を持つとされ、修験道の人たちが力を得るためにこの豆を育てて座禅豆にして食したのでは
と伝わる。
この「幻の在来大豆」が、東京・渋谷の飲食店で供され、初めてその存在を大消費地にア
ピールした。そのきっかけとなったのは、14年5月に水増集落で運転を始めた出力2
MWのメガソー
ラー(大規模太陽光発電所)「水増ソーラーパーク」である。

  May. 3, 2017

熊本県山都町にある水増集落は、阿蘇カルデラを形作る南外輪山にあり、豊かな自然に恵まれている
がだ、主体となる農林業の担い手が減り、高齢化と少子化が進んでいる。戦後は約百人が農業に従事
したが、若者が次第に集落を離れ、今や10世帯19人まで減った。平均年齢は約70歳。20年後
の存続が危ぶまれる限界集落の1つ。
「水増ソーラーパーク」は、同集落が共同で管理する入会地に
建設される。20~30度の山腹の斜面、3.4haに約8000枚の結晶シリコン型太陽光パネルを土地なりに
敷き詰めた。熊本県の新エネルギー開発のベンチャー企業、テイクエナジーコーポレーション(熊本
県菊陽町)が、土地を賃借し、太陽光発電所を建設・事業化する。

水増集落では、メガソーラー完成に際し、「水増ソーラーパーク管理組合」を設立した。常勤1人と
18人の非常勤からなる。テイクエナジーは、土地の賃料として年間500万円を同組合に払うとともに、
売電収入の約5%(約500万円)を同組合に還元している。それは単にお金を寄付するのではなく、5
%分の売電収入を原資とした「マーケティング包括協定」を管理組合と結ぶ。東京・渋谷で「八天狗
定食」を提供し、在来大豆をアピールし始めたのは、このマーケティング協定の成果の1つで、定食
の提供がスタートした2月15日には、水増集落テイクエナジーの関係者、そして、くまモンが集
まり記者会見を開いている。

テイクエナジーは、売電事業で儲けることが最終的な目的ではなく、いかに地域を活性化させるかと
いう視点を強調。規模の経済に対抗して、小さな農業を戦略的なマーケティングやブランディングに
よって産業化することで、若者が帰ってくる地域を作るという事業アプローチである。「水増ソーラ
ーパーク」は、急斜面に張り付けるようにパネルを設置し、その周辺にさまざまな農畜産施設がにぎ
やかに並んでいる。ヤギとニワトリの畜舎のほか、シイタケの栽培やブルーベリー畑、堆肥製造のエ
リアなど、太陽パネルを設置しなかった場所を有効利用する。そこでは。ヤギは15頭、肥育し、パ
ネルに上ってしまうため、発電所内には入れないようしてあるが、周辺に放牧して除草にも役立て、
養鶏施設には、10羽の地鶏がおり、そのうち9羽が毎日のように卵を産んでいる。

また、14年11月には、「水増ソーラーパーク」を会場に、NBL(ナショナルバスケットボールリー
グ)の熊本ヴォルターズの選手たちと一緒に、新米の「稲刈り体験」を実施。 また、東京都や山口
県にある大学の学生や研究者が訪れ、70本のブルーベリーの収穫や農作物の植え付け体験などに取り
組んでもいる。こうした活動が農林水産省の目に留まり、同省の提唱する「農林漁業の健全な発展と
調和のとれた再生可能エネルギー発電」を具現化する先行事例として、紹介された。これを機に行政
関係からの視察や見学も増える。さらに、現在 テイクエナジーは、「八天狗」を筆頭に水増集落で
有機農法による安全・安心な農産物を生産し、ブランド化していく計画だ。並行して、近隣の古民家
を活用した「農村カフェ」を建設し、インフォメーションセンターや宿泊施設として営業する準備を
進め、水増ソーラーパーク管理組合の荒木組合長は、都会や多世代の人たちとの交流が活発化してき
たことで、その日、その日の仕事に希望を持って取り組めるようになり、みんなで頑張って、この集
落を盛り返していきたいと語っている。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   21.小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

  私はベッドの上にまっすぐ身を起こし、夜中の暗闇の中で、息を殺して鈴の音に耳を澄ませた。
 いったいどこからこの音は聞こえてくるのだろう? 鈴の音は以前に比べてより大きく、より鮮
 明になっている。間違いなく。そして聞こえてくる方向も前とは異なっている。
  鈴はこの家の中で鳴らされているのだ、私はそう判断した。そうとしか考えられない。それか
 ら前後が乱れた記憶の中で、その鈴が何日か前からスタジオの棚に置きっ放しになっていたこと
 を思い出した。あの穴を開いて鈴を見つけたあと、私が自分の手でその棚の上に置いたのだ。
 
 鈴の音はスタジオの中から聞こえている

  疑いの余地はない。

  しかしどうすればいいのだろう? 私の頭はひどくかき乱されていた。恐怖心はもちろんあっ
 た。この家の中で、このひとつ屋根の下で、わけのわからないことが持ち上がっている。時刻は
 真夜中で、場所は孤立した山の中、しかも私はまったくの一人ぽっちだ。恐怖を感じないでいら
 れるわけがない。しかしあとになって考えると、その時点では混乱の方が恐怖心をいくぶん上回
 っていたと思う。人間の頭というのはたぶんそのように作られているのだろう。激しい恐怖心や
 苦痛を消すために、あるいは軽減させるために、手持ちの感情や感覚が根こそぎ動員される。火
 事場で、水を入れるためのあらゆる容器が持ち出されるのと同じように。

  私は頭を可能な限り整理し、とりあえず自分がとるべきいくつかの方法について考えを巡らせ
 た。このまま頭から布団をかぶって眠ってしまうという選択肢もあった。雨田政彦が言ったよう
 に、わけのわからないものとはとにかく関わり合いにならないでおくというやり方だ。思考のス
 イッチをオフにして、何も見ないように何も間かないようにする。しかし問題点は、とても眠る
 ことなんかできないというところにあった。布団をかよって耳を閉ざしたところで、思考のスイ
 ッチを切ったところで、これほどはっきりと聞こえる鈴の音を無視することは不可能だ。なにし
 ろそれはこの家の中で鳴らされているのだから。

  鈴はいつものように断続的に鳴らされていた。それは何度か打ち振られ、しばしの沈黙の間を
 とって、それからまた何度か振られた。間に置かれた沈黙は均一ではなく、そのたびにいくらか
 短くなったり長くなったりした。その不均一さには、妙に人間的なものが感じられた。鈴はひと
 りでに鳴っているのではない。何かの仕掛けを使って鳴らされているのでもない。誰かがそれを
 手に持って鳴らしているのだ。おそらくはそこになんらかのメッセージを込めて。
  逃げ続けることができないのなら、思い切ってことの真相を見定めるしかあるまい。こんなこ
 とが毎晩続いたら私の眠りはずたずたにされてしまうし、まともな生活を送ることもできなくな
 ってしまう。それならこちらから出向いて、スタジオで何か持ち上がっているのか見届けてやろ
 う。そこには腹立ちの気持ちもあった(なぜ私がこんな目にあわなくちやならないんだ?)。そ
 
れからもちろんいくぶんかの好奇心もあった。いったいここで何か起こっているのか、それを自
 分の目でつきとめてみたかった。

  ベッドから出て、パジャマの上にカーディガンを羽織った。そして懐中電灯を手に玄関に行っ
 た。玄関で私は、雨田典彦が傘立てに残していった、暗い色合いの樫村のステッキを右手に取っ
 た。がっしりと重みのあるステッキだ。そんなものが何か現実の役に立つとは思えなかったが、
 手ぷらでいるよりは何かを手に握っていた方が心強かった。何か起こるかは誰にもわからないの
 だから。

  言うまでもなく私は怯えていた。裸足で歩いていたが、足の裏にはほとんど感覚がなかった。
 身体がひどくこわばって、身体を勤かすたびにすべての骨の軋みが聞こえてきそうだった。おそ
 らくこの家の中に誰かが入り込んでいる。そしてその誰かが鈴を鳴らしている。それはあの穴の
 底で鈴を鳴らしていたのとおそらく同じ人物だろう。それが誰なのか、あるいはどんなものなの
 か、拡には予測もつかない。ミイラだろうか? もし拡がスタジオに足を踏み入れて、そこでも
 しミイラが――ビーフジャーキーのような色合いの肌をしたひからびた男が――鈴を振っている。
 姿を目にしたら、いったいどのように対処すればいいのだろう? 雨田典彦のステッキを振るっ
 て、ミイラを思い切り打ち据えればいいのか?

  まさか、と私は思った。そんなことはできない。ミイラはたぶん即身仏なのだ。ゾンビとは違
 じやあ、いったいどうすればいいのか? 私の混乱はまだ続いていた。というか、その混乱は
 ますますひどいものになっていった。もし何かしら有効な手を打てないのだとしたら、私はこれ
 から先ずっと、そのミイラとともにこの家に暮らすことになるのだろうか? 毎晩同じ時刻にこ
 の鈴の音を聞かされることになるのだろうか?

  私はふと免色のことを考えた。だいたいあの男が余計なことをするから、こんな面倒な事態が
 もたらされたのではないか。重機まで持ち出して石塚をどかせ、認めいた穴を聞いてしまったか
 ら、その結果あの鈴と共に正体のわからないものがこの家の中に入り込んでしまったのだ。私は
 免色に電話をかけてみることを考えた。こんな時刻であっても、彼はたぶんジャガーを運転して
 すぐに駆けつけてくれるだろう。しかし結局思い直してやめた。免色が支度をしてやって米るの
 を持っている余裕はない。それは私が今ここで、何とかしなくてはならないことなのだ。それは
 私が、私の責任においてやらなくてはならないことなのだ。

  私は思い切って居間に足を踏み入れ、部屋の明かりをつけた。明かりをつけても鈴の音は変わ
 らず鳴り続けていた。そしてその音は間違いなく、スタジオに通じるドアの向こう側から聞こえ
 てきた。私はステッキを右手にしっかりと握りなおし、足音を殺して広い居間を横切り、スタジ
 オに通じるドアのノブに手を掛けた。それから大きく深呼吸をし、心を決めてドアノブを回した。
 私がドアを押し開けるのと同時に、それを持っていたかのように鈴の音がぴたりと止んだ。深い
 沈黙が降りた。

  スタジオの中は責っ暗だった。何も見えない。私は手を左側の壁に伸ばして、手探りで照明の
 スイッチを入れた。天井のペンダント照明がついて、部屋の中がさっと明るくなった。何かあれ
 ばすぐに対応できるように、両脚を肩幅に広げて戸口に立ち、右手にステッキを握ったまま、部
 屋の中を素遠く見渡した。緊張のあまり喉がからからに掲いていた。うまく唾を飲み込むことも
 できないほどだ。

  スタジオの中には誰もいなかった。鈴を振っているひからびたミイラの姿はなかった。何の姿
 もなかった。部屋の真ん中にイーゼルがぽつんと立っていて、そこにキャンバスが置かれていた。
 イーゼルの前に三本脚の古い木製のスツールがある。それだけだ。スタジオは無人だった。虫の
 声ひとつ聞こえない。風もない。窓には白いカーテンがかかり、すべてが異様なくらいしんと静
 まりかえっていた。ステッキを握った右手が、緊張のために微かに震えているのが感じられた。
 言えに合わせてステッキの先が床に触れて、かたかたという乾いた不揃いな音を立てた。

  鈴はやはり棚の上に置かれていた。私は棚の前に行って、その鈴を子細に眺めてみた。手には
 とらなかったが、鈴には変わったところは何も見当たらなかった。その日の昼前に私が手にとっ
 て棚に戻したときのまま、位置を変えられた形跡もない。
  私はイーゼルの前の互いスツールに腰掛け、もう一度部屋の中を三百六十度ぐるりと見回して
 みた。隅から隅まで注意深く。やはり誰もいない。日々見慣れたスタジオの風景だ。キャンバス
 の絵も私が描きかけたままになっている。『白いスバル・フオレスターの男』の下絵だ。

  私は棚の上の目覚まし時計に目をやった。時刻は午前二時ちょうどだった。鈴の音で目を覚ま
 したのがたしか一時三十五分だったから、二十五分ほどが経過したことになる。でもそれはどの
 時聞か経ったという感覚が私の中にはなかった。まだほんの五、六分しか経っていないように感
 じられた。時間の感覚がおかしくなっている。それとも時間の流れがおかしくなっている。その
 どちらかだ。

  私はあきらめてスツールから降り、スタジオの明かりを消し、そこを出てドアを閉めた。閉め
 たドアの前に立ってしばらく耳を澄ませていたが、もう鈴の音は聞こえなかった。何の音も聞こ
 えなかった。ただ沈黙が聞こえるだけだ。沈黙が聞こえる――それは言葉の遊びではない。孤立
 した山の上では、沈黙にも音はあるのだ。私はスタジオに通じるドアの前で、しばしその音に耳
 を澄ませていた。

 Three Skulls

  そのとき私は、居間のソファの上に何か見慣れないものがあることにふと気づいた。クツショ
 ンか人形か、その程度の大きさのものだ。しかしそんなものをそこに置いた記憶はなかった。目
 をこらしてよく見ると、それはクッションでもなく人形でもなかった。生きている小さな人間
 った。身長はたぶん六十センチばかりだろう。その小さな人間は、白い奇妙な衣服を身にまとっ
 ていた。そしてもぞもぞと身体を動かしていた。まるで衣服が身体にうまく馴染まないみたいに、
 いかにも居心地悪そうに。その衣服には見覚えがあった。古風な伝統的な衣裳だ。日本の古い時
 代に位の高い人々が着ていたような衣服。衣服だけではなく、その人物の顔にも見覚えがあった。
 騎士団長だ、と私は思った。

  私の身体は芯から冷たくなった。まるで拳くらいの大きさの氷の塊が、背筋をじりじりと這い
 上ってくるみたいに。雨田典彦が『騎士団長殺し』という絵の中に描いた「騎士団長」が、私の
 家の――いや、正確に言えば雨田具彦の家だ――居間のソファに腰掛けて、まっすぐ私の顔を見
 ているのだ。その小さな男はあの絵の中とまったく同じ身なりをして、同じ顔をしていた。絵の
 中からそのまま抜け出してきたみたいに。

  あの絵は今どこにあるんだっけ? 私はそれを思い出そうと努めた。ああ、絵はもちろん客用
 の寝室にある。うちを訪れる人に見られると面倒なことになるかもしれないから、人目につかな
 いように茶色の和紙で包んでそこに隠しておいたのだ。もしこの男がその絵から抜け出してきた
 のだとしたら、今あの絵はいったいどうなっているのだろう? 画面から騎士団長の姿だけが消
 滅してしまっているのだろうか?

  しかし絵の中に描かれた人物がそこから抜け出してくるなんてことが可能なのだろうか? も
 ちろん不可
能だ。あり得ない話だ。そんなことはわかりきっている。誰がどう考えたって……。

  私はそこに立ちすくみ、論理の筋道を見失い、あてもない考えを巡らせながら、ソファに腰掛
 けている騎士団長を見つめていた。時間が一時的に進行を止めてしまったようだった。時間はそ

 こで行ったり来たりしながら、私の混乱が収まるのをじっと待っているらしかった。私はとにか
 しかし絵の中に描かれた人物がそこから抜け出してくるなんてことが可能なのだろうか? もち
 ろん不可能だ。あり得ない話だ。そんなことはわかりきっている。誰がどう考えたって……。

  私はそこに立ちすくみ、論理の筋道を見失い、あてもない考えを巡らせながら、ソファに腰掛
 けている騎士団長を見つめていた。時間が一時的に進行を止めてしまったようだった。時間はそ
 こで行ったり来たりしながら、私の混乱が収まるのをじっと待っているらしかった。私はとにか
 くその異様な――異界からやってきたとしか思えない――人物から目を離すことができなくなっ
 ていた。騎士団長もまたソファの上からじっと私を見上げていた。私は言葉もなくただ黙り込ん
 でいた。たぶんあまりにも驚きすぎていたためだろう。その男から目を逸らさず、口を小さく開
 けて静かに呼吸を続ける以外に、私にできることは何もなかった。

  騎士団長もやはり私から目を逸らさず、言葉も発しなかった。唇はまっすぐ結ばれていた。そ
 してソファの上に短い脚をまっすぐ投げ出していた。背もたれに背をもたせかけていたが、頭は
 背もたれのてっぺんにも届いていなかった。足には奇妙なかたちの小さな靴を履いていた。靴は
 黒い革のようなものでできている。先が尖って、上を向いている。腰には柄に飾りのついた長剣
 を帯びていた。長剣とは言っても、身体に合ったサイズのものだから、実際の大きさからすれば
 短刀に近い。しかしそれはもちろん凶器になりうるはずだ。もしそれが本物の剣であるのなら。

 「ああ、本物の剣だぜ」と騎士団長は私の心を読んだように言った。小さな身体のわりによく通
 る声だった。「小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る
  私はそれでもまだ黙っていた。言葉は出てこなかった。まず最初に思ったのは、この男はちゃ
 んとしゃべれるんだということだった。次に思ったのは、この男はずいぶん不思議なしゃべり方
 をするということだった。それは「普通の人間はまずこのようにはしゃべらない」という種類の
 しゃべり方だった。しかし考えてみれば、絵からそのまま抜け出してきた身長六十センチの騎士
 団長がそもそも「普通の人間」であるわけはないのだ。だから彼がどんなしゃべり方をしたとこ
 ろで、驚くにはあたらないはずだ。

 「雨田典彦の『騎士団長殺し』の中では、あたしは剣を胸に突き立てられて、あわれに死にかけ
 ておった」と騎士団長は言った。「諸君もよく知ってのとおりだ。しかし今のあたしには傷はあ
 らない。ほら、あらないだろう? だらだら血を流しながら歩き回るのは、あたしとしてもいさ
 さか面倒だし、諸君にもさぞや迷惑だろうと思うたんだ。絨毯や家具を血で汚されても困るだろ
 う。だからリアリティーはひとまず棚上げにして、刺され傷は抜きにしたのだよ。『騎士団長殺
 し』から『殺し』を抜いたのが、このあたしだ。もし呼び名が必要であるなら、騎士団長と呼ん
 でくれてかまわない」

  騎士団長は奇妙なしゃべり方をするわりに、諸をするのは決して不得意ではないようだった。
 むしろ饒舌と言っていいかもしれない。しかし私の方は相変わらず二百も言葉を発することがで
 きなかった。現実と非現実が私の中で、まだうまく折り合いをつけられずにいた。
 「そろそろそのステッキを置いたらどうだね?」と騎士団長は言った。「あたしと諸君とでこれ
 から果たし合いをするわけでもながろうに」

 Skull and Book


今夜のこの件は何と言う展開なのだ。雨田典彦の『騎士団長殺し』の絵からその騎士団長が抜け出し
主人公の画家にソファに座り話しかける。今夜はここまでにして、次回の楽しみしておこう。

                                      この項つづく



茶摘みの季節。なのに、何と言うことだ。日曜の庭木手入れストレッチ強化が祟り、月曜の朝、腰痛再発。週末
の登山は延期。はやる心を抑え、回復に力を入れる。

                                                            

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コランダムなトムヤンクン麺

2017年05月02日 | ネオコンバーテック

       天の君子は人の小人、人の君子は天の小人 / 大宗師(だいそうし) 

                                                

 

      ※  天之君子 人之小人天:荘子は世俗の常識に従わない頭脳明晰な人間。世
        間からちやほやされる金持ちの人や位の高い人をその通り受け入れたりし
        ない。人が偉いと思っている人でも天の尺度で見たらつまらない人だった
        りする。また、その逆のこともありえる。故に人の評価に惑わされず、広
        いこころで自由な発想(基準)で判断、選択すべきであると説く。
 


【再エネ成長戦略ワンポイント:全体像 No.1

  
※出典:「再生可能エネルギーと新船長戦略」尾崎弘之ら 2015.05.15
    「プルサーマルと核のごみ」小出裕章 2006.10.04


  

 No. 8

【RE100&ZW倶楽部:ネオコンバーテック篇】

● 基材や形状を選ばない非真空ドライめっき技術がデジタル革命を推進

先月24日、株式会社FLOSFIAは、ブログでも取り上げてきた、基材の種類や形状に関係なくさまざまな金属
薄膜を成膜できる非真空ドライめっき技術「ミストドライ めっき法」を開発したことを公表。ミストドライ めっき法
は、真空装置が不要のため、低コスト低エネルギーでの活用が可能で、シアン化合物などの環境汚染
物質を使用せず、廃液処理が不要で、従来の湿式メッキ技術と違い環境負荷が少ない。この手法で作
できる薄膜は、金、銅、ニッケル、ロジウムなどの金属単体にとどまらない。金-ニッケルなどの
合金
の他、多元合金にも及ぶ。また、サファイア基板などの結晶性基板、ステンレス板やアルミ板な
どの金属板、電気の流れない基材など、成膜できる基材の種類も幅広い。ポリイミドフィルム上への
ロジウム成膜も実現できる。

このように、従来の湿式メッキでは不可能な10μm以下の表面形状へも金属成膜でき、半導体素子や電
子部品、MEMSなどの電極への応用が見込まれ、例えば、MEMS基板の微細ビアの導通や、溝を埋め
る電極形成の他、IoT向け極小センサーの電極への追従性に優れた薄膜の形成などに活用できる見込み
である。これは量産レベルにあり、最近届いた『再生可能エネルギーと新成長戦略』と密接に関連し、
特に、太陽光核融合エネルギー利用技術をベースとした「オールソーラシステム」へのデジタル革命
渦の基本特性の浸透貢献が大きいと考えられる。


下記に関連特許技術を参考掲載する。

☑ 特開2017-069424  結晶性半導体膜および半導体装置

高耐圧、低損失および高耐熱を実現できる次世代のスイッチング素子として、バンドギャップの大き
な酸化ガリウム(Ga2O3)を用いた半導体装置が注目されており、インバータなどの電力用半導体装
置への適用が期待されている。しかも、広いバンドギャップからLEDやセンサー等の受発光装置とし
ての応用も期待されている。この酸化ガリウムは、インジウムやアルミニウムをそれぞれ、あるいは
組み合わせて混晶することで、バンドギャップ制御でき、InAlGaO系半導体として極めて魅力的な材
料系統を構成している。ここでInAlGaO系半導体とはInXAlYGaZO3(0X≦2、0≦Y≦2、0≦Z≦2X+Y+
Z=1.5~2.5
)を示し、酸化ガリウムを内包する同一材料系統として俯瞰される。




また、α-Ga2O3薄膜がMBEによってサファイア上に成膜できることが知られているが、450℃
以下の温度で膜厚100ナノメータまで結晶成長するが、膜厚がそれ以上になると結晶の品質が悪く
なり、さらに、膜厚1μm以上の膜は得ることができず、移動度も測定できる状態ではなかった。こ
のため、膜厚が1μm以上であり、電気特性に優れたα-Ga2O3薄膜が待ち望まれていた。なので、
膜厚が1μm以上の厚膜で、電気特性に優れた結晶性半導体膜の作製を目標に研究開発される。

 
JP 2017-69424 A 2017.4.6

【要約】

主面の全部または一部にコランダム構造を有しており、さらにオフ角を有する結晶基板20上に、直
接または他の層を介して、コランダム構造を有する結晶性酸化物半導体を主成分として含む結晶性半
導体膜を膜厚が1μm以上となるように積層して、電気特性に優れたオフ角を有する結晶性半導体膜
を得る。そして、得られた電気特性に優れた結晶性半導体膜を半導体装置に用いることで、上記目的
を達成する。
 

☑ 特開2017-052855 
  深紫外光発生用ターゲット、深紫外光源および深紫外発光素子

深紫外光源は、照明、殺菌、医療、浄水、計測等の様々な分野で使用されている。深紫外光は主に約
200350nmの波長の光を意味し、場合によってはそれ以下の100nm以上200nm以下の波長の光も含む。
深紫外光の発生手段としては、水銀ランプ、半導体発光素子(半導体LED)エキシマランプなどが知られてい
る。一方、半導体LEDには、窒化物系深紫外発光素子が知られている。例えば、横型構造の素子では、電流
がn型AlGaN層中を横方向に流れなければならないため、素子抵抗が高くなって発熱量が増大し、キャリアの
注入効率の悪影響が生じるため高出力動作に適さない。また、チップサイズを大型化することができない。 こ
の欠点を改善するための素子として、縦型構造の窒化物系深紫外発光素子が知られているが、窒化物
系深紫外発光素子は、小型であり、水銀ランプに代わるものとして期待されるものの、❶窒化物系深
紫外発光素子は発光効率が低く、❷大出力化に対応できない。❸発光効率が低く大出力化が難しい。
❹特に、多層構造が必要であり、ドーピングが必要でその準位が深いため担体濃度を上げることが出
来ない。❺また、特に波長が短くなると電極の接触抵抗を下げることが難しく、外部量子効率を上げ
難くく製造工程が複雑になる負の特徴がある。

これらの問題解決に、マイクロプラズマ励起深紫外発光素子MIPE)が検討されている。電流注入型
半導体発
光素子では発光できない波長領域でも大面積で強い発光が実現でき、特に、280nm以下の波
長領域で任意に波長を選べる光源はMIPEを除いては困難であり、注目されているが、発光強度が得に
くいため加速電極が必要であり、加速電極を備えていても発光強度がまだ十分とは言い難く、実用化
するには多くの課題を抱える。そこで、この申請者のグループは実用性に優れ、良好な深紫外発光の
研究を行い実現する。

  
JP 2017-54654 A 2017.3.16

【要約】

第1の電極102、第2の電極103および発光層104を少なくとも有しており、発光層が深紫外
光を発光する深
紫外発光素子において、発光層が、ガリウムを少なくとも含有する酸化物を含んでお
り、発光層は、第1の層と、第1の層とは異なる材料を主成分とする第2の層とが、少なくとも1層
ずつ交互に積層されている量子井戸構造を有すことで、実用性に優れ、良好な深紫外発光を可能とし、
特に発光強度において良好な深紫外発光を可能とする深紫外発光素子を提供する。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   20 存在と非存在が混じり合っていく瞬間

  我々は居間に座ってお互いの近況を伝え合った。私は、造園業者が重機を使って雑木林の中の
 石塚を掘り起こした話した。そのあとに直径ニメートル弱の円形の穴が現れたこと。深さは二メ
 ートル八十センチで、まわりを石の壁に囲まれている。格子の重い蓋がはめられていたが、その
 蓋をはずしてみると、中には古い鈴のかたちをした仏具ひとつだけが残されていた。彼は興味深
 そうにその話を聞いていた。しかし実際にその穴を見てみたいとは言わなかった。鈴を見てみた
 いとも言わ なかった。

 「で、それ以来もう鈴の音は夜中に聞こえないんだね?」と彼は尋ねた。

  もう問こえないと私は答えた。

 「そいつは何よりだ」と彼は少し安心したように言った。「おれはそういううす気味の悪い話は
 根っから苦手だからな。得体の知れないものにはできるだけ近寄らないようにしているんだ」

 「触らぬ神に崇りなしI
 「そのとおり」と雨田は言った。「とにかくその穴のことはおまえにまかせる。好きにすればい
 い。」

  
そして私は、白分かとても久しぶりに「絵を描きたい」という気持ちになっていることを彼に
 話した。二目前、免色に依頼された肖像画を仕上げてから、何かつっかえがとれたような気持ち
 になっていること。肖像画をモチーフにした、新しいオリジナルのスタイルを自分は掴みつつあ
 るかもしれない。それは肖像画として描き始められるが、結果的には肖像画とはまったく違った
 ものになってしまう。にもかかわらず、それは本質的にはポートレイトなのだ。

  雨田は免色の絵を見たがったが、それはもう相手に渡してしまったと私が言うと、残念がった。

 「だって絵の具もまだ乾いていないだろう?」
 「自分で乾かすんだそうだ」と私は言った。「なにしろ一刻も早く自分のものにしたいみたいだ
 った。ぼくが気持ちを変えて、やはり渡したくないと言い出すことを恐れていたのかもしれな
 いI
 「ふうん」と彼は感心したように言った。「で、何か新しいものはないのか?1‐
 「今朝から描きはじめたものはある」と私は言った。「でもまだ木炭の下絵の段階だし見てもた
 ぶん何もわからないよ」
 「いいよ、それでいいから見せてくれないか?」

  私は彼をスタジオに案内し、描きかけの『白いスバル・フォレスターの男』の下絵を見せた。
 黒い木炭の線だけでできた、ただの粗い骨格だ。雨田はイーゼルの前に腕組みをして立ち、長い
 あいだむずかしい顔をしてその絵を睨んでいた。

 「面白いな」と彼は少し後で、歯のあいだから絞り出すように言った。

  私は黙っていた。
  

 「これからどんなかたちになっていくのか、予測はできないが、確かにこれは誰かのポートレイ
 トに見える。というか、ポートレイトの根っこみたいに見える。土の中の深いところに埋もれて
 いる根っこだI、彼はそう言ってまたしばらく黙り込んだ。
 「とても深くて暗いところだ」と彼は続けた。「そしてこの男は――男だよな――何かを怒って
 いるのだろう? 何を非難しているのだろう?」
 「さあ、ぼくにはそこまではわからない」
 「おまえにはわからない」と雨田は平板な声言百った。「しかしここには深い怒りと悲しみがあ
 る。でも彼はそれを吐き出すことができない。怒りが身体の内側で渦まいている」

  雨田は大学時代、油絵学科に在籍していたが、正直なところ油絵画家としての腕はあまり褒め
 られたものではなかった。器用ではあるけれど、どこかしら深みに欠けているのだ。そして彼自
 身もある程度それは認めていた。しかし彼には、他人の絵の良し悪しを一瞬にして見分ける才能
 が具わっていた。だから私は昔から自分の描いている絵について何か迷うことがあれば、よく彼
 の意見を求めたものだ。彼のアドバイスはいつも的確で公正だったし、実際に役に立った。また
 ありかたいことには、彼は嫉妬心や対抗心というものをまったく持ち合わせていなかった。たぶ
 ん生まれつきの性格なのだろう。だから私は常に彼の意見をそのまま信用することができた。歯
 に衣を着せないところがあったが、裏はないから、たとえこっぴどくこきおろされても不思議に
 腹は立たなかった。




 「この絵が完成したら、誰かに渡す前に、少しだけでいいからおれに見せてくれないか?」と彼
 は絵から目を離さずに言った。 

 「いいよ」と私は言った。「今回は誰かに頼まれて描いているわけじゃない。自分のために好き
 に描いているだけだ。誰かに手渡すような予定もない」
 フ目分の絵を描きたくなったんだね?」
 「そうみたいだ」
 「これはポートレイトだが、肖像画じゃない」
  私は肯いた。「たぶんそういう言い方もできると思う」
 「そしておまえは……何か新しい行き先を見つけつつあるのかもしれない」
 「ぼくもそう思いたい」と私は言った。
 「このあいだユズに会ったよ」と雨田は帰り際に言った。「たまたま会って、それで三十分ほど
 話をした」

  私は肯いただけで何も言わなかった。何をどのように言えばいいのかわからなかったからだ。
 「彼女は元気そうだった。おまえの話はほとんど出なかった。お互いにその話になるのをなんと
 なく避けているみたいに。わかるだろ、そういう感じって。でも址後におまえのことを少し訊か
 れた。何をしているかとか、そんなことだよ。絵を描いているみたいだと言っておいた。どんな
 絵かはわからないけれど、∵八で山の上に罷もって何かを描いているんだと」
 「とにかく生きてはいるよ」と私は言った。

  雨田はユズについて更に何かを語りだそうな様子だったが、結局思い直して口をつぐみ、何も
 言わなかった。ユズは昔から雨田に好意を持っていたし、いろんなことを彼に相談していたよう
 だ。たぶん私とのあいだに関することを。ちょうど私が絵のことで雨田によく相談していたのと
 同じように。しかし雨田は私には何も語らなかった。そういう男なのだ。人からいろんな相談を
 される。でもその内容は彼の中に溜まるだけだ。雨水が樋を伝って用水桶に溜まるみたいに。そ
 こからよそには出ていかない。桶の縁から溢れてこぼれ出ることもない。たぶん必要に応じて適
 切な水量調整がおこなわれるのだろう。

  雨田自身はたぶん誰にも悩みを相談したりしないのだろう。自分か高名な日本画家の息子であ
 りながら、そして美大にまで進みながら、画家としての才能にさして恵まれなかったことについ
 て、おそらくいろいろと思うところがあったはずだ。言いたいこともあったはずだ。しかし長い
 付き合いの中で、彼が何かについて愚痴をこぼすのを耳にしたことは思い出せる限り一度もなか
 った。そういうタイプの男だった。
 「ユズにはたぶん恋人がいたのだと思う」、私は思い切ってそう言った。「結婚生活の最後の頃に
 は、もうぼくとは性的な関係を持たないようになっていた。もっと早くそれに気がつくべきだっ
 たんだ」

  私がそんなことを誰かに打ち明けるのは初めてだった。それは私が一人で心に抱え込んできた
 ことだった。

 「そうか」とだけ雨田は言った。
 「でもそれくらい君たってちゃんと知っていたんだろう?」
  雨田はそれには返事をしなかった。
 「違うのか?」と私は重ねて尋ねた。


 「人にはできることなら知らないでいた方がいいこともあるだろう。おれに言えるのはそれくら
 いだ」
 「しかし、知っていても知らなくても、やってくる結果は同じようなものだよ。遅いか早いか、
 突然か突然じやないか、ノックの音が大きいか小さいか、それくらいの違いしかない」

  雨田はため息をついた。「そうだな、おまえの言うとおりかもしれない。知っていても知らず
 にいても、出てきた結果は同じようなものかもしれない。しかしそれでもやはり、おれの目から
 言えないことだってあるさ」

  私は黙っていた。

  披は言った。「たとえどんな結果が出てくるにせよ、ものごとには必ず良い面と悪い面がある。
 ユズと別れたことは、おまえにとってずいぶんきつい体験だったと思う。それはほんとに気の毒
 だったと思う。でもその結果、ようやくおまえは自分の絵を描き始めた。自分のスタイルらしき
 ものを見出すようになった。それは考えようによってはものごとの良き面じやないか?]
  たしかにそうかもしれないと私は思った。もしユズと別れなければ――というかユズが私から
 去っていかなければ――私は今でも生活のためにありきたりの、約束通りの肖像画を描き続けて
 いたことだろう。しかしそれは私か自らおこなった選択ではなかった。それが重要なポイントな
 のだ。

 「良い面を見るようにしろよ」と帰り際に雨田は言った。「つまらん忠告かもしれないが、どう
 せ同じ通りを歩くのなら、日当たりの良い側を歩いた方がいいじやないか」
 「そしてコップにはまだ十六分の一も水が残っている」

  雨田は声をあげて笑った。「おれはそういうおまえのユーモアの感覚が好きだよ」
  私はユーモアのつもりで言ったわけではなかったが、それについてはあえて何も言わなかった。
  雨田はしばらく黙り込んでいた。それから言った。「おまえはユズのことがまだ好きなんだ
 な?」
 「彼女のことを忘れなくちやいけないとは思っても、心がくっついたまま離れてくれない。なぜ
 かそうなってしまっている」
 「ほかの女と寝たりはしないのか?」
 「ほかの女と寝ていても、その女とぼくとの間にはいつもユズがいる」
 「そいつは困ったな」と彼は言った。そして指先で額をごしごしと撫でた。本当に困っているよ
 うに見えた。

  それから彼は車を運転して帰って行った。

 「ウィスキーをありがとう」と私は礼を言った。まだ五時前だったが、空はずいぶん暗くなって
 いた。日ごとに夜が長くなっていく季節だった。
 「本当は一緒に飲みたいところだが、なにしろ運転があるものでね」と彼は言った。「そのうち
 に二人でゆっくり腰を据えて飲もう。久しぶりにな」

  そのうちに、と私は言った。

  人には知らないでいた方がいいこともあるだろう、と雨田は言った。そうかもしれない。人に
 は聞かないでいた方がいいこともあるのだろう。しかし人は永遠にそれを聞かないままでいるわ
 けにはいかない。持が米れば、たとえしっかり両方の耳を塞いでいたところで、音は空気を震わ
 せ人の心に食い込んでくる。それを防ぐことはできない。もしそれが嫌なら真空の世界に行くし
 かない。
  目が覚めたのは真夜中だった。私は手探りで枕元の明かりをつけ、時計に目をやった。ディジ
 タル時計の数字は1:35だった。鈴が鳴っているのが聞こえた。間違いなくあの鈴だ。私は身
 体を起こし、その音のする方向に耳を澄ませた。
  鈴は再び鳴り始めたのだ。誰かが夜の闇の中でそれを鳴らしている――それも前よりももっと
 大きく、もっと鮮明な音で

                                                         この項つづく

 

【今夜のアラカルト|グローバールなトムヤンクン麺】

  

 

昨年7月18日に登場した清食品のトムヤンクヌードルは衝撃的だった。カップヌードルは3分あ
ば完成する。そこで、作った経験はないが、本場のそれも15分あれば完成するというので、早速ネ
ット・サーフ。❶水を入れた鍋を暖め、レモングラス、ガランガル、コリアンダー、ライムの葉を加
え煮立てる、❷エビ、魚、唐辛子、ライムジュースを加え、沸騰させソースを取る。 ライムジュース
または魚醤で調味し、コリアンダーの葉で飾れば完成。これから暑くなる季節には打って付けの家庭
料理。これが世界化しないはずがない。

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存在と非存在の界面

2017年05月01日 | 環境工学システム論

            浸仮して左臂(ひ)を化してもって
              鶏となさば、予(われ)はよりてもって時夜を求めん


                            大宗師(だいそうし)
 

                                                

 

      ※  莫逆(ばくぎゃく)の友:心と心にうなずきあう、との意。原文は「莫
        逆於心」。心を許しあった親友関係を表わす。「莫逆の友」ということ
        ばは、本章から生まれる。
 

      ※ 県解:首枷を解かれ、全き自由を獲得するという意味。このことばは、
        「養生主」篇にも見える。

      ※ 生死は一体: 子祀、子輿、子輦、子来、四人あいともに語りて曰く、
        「たれかよく無をもって首となし、生をもって脊となし、死をもって尻
        となさん。たれか死生存亡のフ体たるを知る者ぞ、われこれと友たらん」。
        四人あい視て笑い、心に逆うことなし。ついにあいともに友たり。

        にわかにして子輿病あり。子祀往きてこれに問う。曰く、「偉なるかな、
        かの造物者、われをもってこの恟恟たらしめんとす」。曲彊背に発し、
        上に五管あり、順、臍を隠し、肩、頂より高く、均質天を指す。陰陽の
        気診るることあり。その心問にして無事、附庸として井に鑑みて曰く、
        「ああ、かの造物者、またわれをもってこの恟恟たらしめんとす」。

        子祀曰く、「なんじこれを悪むか」。曰く、「亡し。われなんぞ悪まん。
        浸仮してわが左臂を化してもって鶏となさば、われはよりてもって時夜
        を求めん。浸仮してわが右臂を化してもって弾となさば、われはよりて
        もって鴞炙を求めん。浸仮してわが尻を化してもって輪となし、神をも
        って馬となさば、われはよりてこれに梁らん。あにさらに駕せんや。か
                つそれ得るは時なり、失うは順なり。時に安んじて順に処れば、哀楽も
                入ること能わず。これ古のいわゆる県解なり。県りて自ら解くこと能わ
                ざる者は、物これを結ぶことあればなり。かつそれ物、天に勝たざるこ
                と久し。われまたなんぞ悪まんや」。

        従って、下線箇所は、「この左腕が鶏みたいになってしまえば、ひとつ
        威勢よく時を告げさせてみようじゃないか」と訳される。

 

 No. 7

【RE100倶楽部:風力発電篇】

● 5百グラムのマイクロ・ウインド・タービン

スケールアップされた再生可能エネルギープラントは、大きなエネルギーを生み出すことができるが、
オフグリッド、遠隔地、あるいは過酷な場所に設置できる小型風力発電装置は重宝するに違いない。
デザイナーのニールス・ファバーは、荒れ果てた山頂でも機能し、タービンのUSBポートからスマー
トフォンを充電できるマイクロウィンドタービンを開発。
約5百グラム(2ポンド)の計量で傘の様
なマイクロウインドタービンは、コンパクトに折りたたみ、簡単に運ぶことができる。
 

 Apr. 30, 2017

この風力発電装置は伸縮軸に沿い伸展させることで、1時間あたり18キロメートル(=毎秒5メー
トル)の風速で5ワットを出力を生み出す。24
ワット時の容量を備えた「内蔵バッテリパック」で、
蓄電でき、タービンのすぐ上のUSBポートから直接充電することもできる。
ブレードは丈夫な布仕上
げで、全方位から風のエネルギーを取り込むことが可能。


   Micro Wind Turbine

太陽光が利用できない場所や夜間の曇った場所など、太陽電池パネルが苦労しがちな場所で動作する。
探検家、映画制作者、登山家、科学者、救助隊員など簡単にアクセスできない極端な場所で利用する
ことが可能だ。前出のニールス・ファバーは、スイスアルプスでマイクロウインドタービンを、強風
下でその効果を実証している。

ところで、この開発品の見所は、ブレード。折り紙や折りたたみ傘のように、必要な時にブレードを
形成するところにあり、不要となれば折りたたみ収納できる点にある。材質にもっと革新的なものが
見つかれば、風速1メートル以上程度でカットインできれば面白いと考える

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

 

    19.私の後ろに何か見える

  私は台所に行ってミネラル・ウオーターを大きなグラスに入れ、ベッドに戻ってきた。彼女は
 それを一口で半分飲んだ。

 「で、メンシキさんのことだけど」と彼女はグラスをテーブルの上に置いて言った。
 「免色さんのこと?」 
 「メンシキさんについての新しい情報」と彼女は言った。「あとで話すってさっき言ったでしょ
 う」
 「ジャングル通信



 「そう」と彼女は言った。そしてもう一日水を飲んだ。「お友だちのメンシキさんは、話によれ
 ばけっこう長いあいだ東京拘置所に入れられていたみたいよ」
  私は身を起こして彼女の顔を見た。「東京拘置所?」
 「そう、小菅にあるやつ」
 「しかし、いったいどんな罪状で?」
 「うん、詳しいことはよくわからないんだけれど、たぶんお金がらみのことだと思う。脱税か、
 マネー・ロングリングか、インサイダー取り引きみたいなことか、あるいはそのすべてか。彼が
 勾留されたのは、六年か七年くらい前のことらしい。メンシキさんはどんな仕事をしているって、
 自分では言っていた?」
 「情報に関連した仕事をしていたと言っていた」と私は言った。「自分で会社を立ち上げ、何年
 か前にその会社の株を高値で売却した。今はキャピタル・ゲインで暮らしているということだっ
 た」

 「情報に関連した仕事というのはすごく漠然とした言い方よね。考えてみれば、今の世の中で情
 報に関連していない仕事なんてほとんど存在しないも同然だもの」
 「誰からその拘置所の話を関いたの?」
 「金融関係の仕事をしている夫を持つお友だちから。でもその情報がどこまで本当か、それはわ
 からない。誰かが誰かから関いた話を、誰かに伝えた。その程度のことか右しれない。でも話の
 様子からすると、根も葉もない話ではないという気がする」
 「東京拘置所に入っていたというと、つまり東京地検に引っ張られたということだ」
 「結局は無罪になったみたいだけど」と彼女は言った。「それでもずいぶん長く勾留され、相当
 に厳しい取り調べを受けたという話よ。勾留期間が何度も延長され、保釈も認められなかった」

 「でも裁判では勝った」

 「そう、起訴はされたけれど、無事に塀の内側には落ちなかった。取り調べでは完全黙秘を貫い
 たらしい」
 「ぼくの知るかぎり、東京地検は検察のエリートだ。プライドも高い。いったん誰かに目星をつ
 けたら、がちがちに証拠を固めてからしょっぴいて、起訴まで持っていく。裁判に持ち込んでの
 有罪率もきわめて高い。だから拘置所での取り調べも生半可じゃない。大抵の人間は取り調べの
 あいだに精神的にへし折られ、相手のいいように調書を書かされ、署名してしまう。その追及を
 かわして黙秘を貫くというのは、普通の人にはまずできないことだよ」

 「でもとにかく、メンシキさんにはそれができたのよ。意志が堅く、頭も切れる」

  たしかに免色は普通の人間ではない。意志が堅く、頭も切れる。

  「でももうひとつ納得できないな。脱税だろうがマネー・ロングリングだろうが、東京地検がい
 ったん逮捕に踏み切れば、新聞記事にはなるはずだ。そして免色みたいな珍しい名前であれば、
 ぼくの順に残っているはずなんだ。ぼくは少し前までは、わりに熱心に新聞を読んできたから」
 「さあ、そこまでは私にもわからない。それからもうひとつ、これはこの前も言ったと思うけど、
 彼はあの山の上のお屋敷を三年前に買い取った。それもかなり強引にね。それまであの家には別
 の人が住んでいたんだけど、そしてその人たちには、建てたばかりの家を売るつもりなんてさら
 さらなかったのだけど、メンシキさんが金を積んで―――あるいはもっと違う方法を使って――
 その家族をしっかり追い出し、そのあとに移り往んだ。たちの悪いヤドカリみたいに」
 「ヤドカリは貝の中身を追い出したりはしない。死んだ貝の残した貝殻を穏やかに利用するだけ
 だよ」



 「でも、たちの悪いヤドカリだって中にはいないと限らないでしょう?」
 「しかしよくわからないな」と私はヤドカリの生態についての論議は避けて言った。「もしそう
 だとして、どうして免色さんはあの家にそこまで固執しなくてはならなかったんだろう? 前に
 往んでいた人を強引に追い出して自分のものにしてしまうくらいに? そうするにはずいぶん費
 用もかかるし、手間もかかったはずだ。それにぼくの目から見ると、あの屋敷は彼にはいささか
 派手すぎるし、目立ちすぎる。あの家はたしかに立派ではあるけれど、彼の好みに添った家とは
 言えないような気がする」

 「そして家としても大きすぎる。メイドも雇わず、一人きりで暮らしていて、お客もほとんど来
 ないということだし、あんなに広い家に住む必要はないはずよね」

  彼女はグラスに残っていた水を飲み干した。そして言った。

 「メンシキさんには、あの家でなくてはならない何かの理由があったのかもしれないわね。どん
 な理由かはわからないけれど」
 「いずれにせよ、ぼくは火曜日に彼の家に招待されている。実際にあの家に行ってみれば、もう
 少しいろんなことがわかるかもしれない」



 「青髭公の城みたいな、秘密の開かずの部屋をチェックすることも忘れないでね」
 「覚えておくよ」と私は言った。
 「でも、とりあえずよかったわね」と彼女は言った。
 「何か?」
 「絵が無事に完成して、メンシキさんがそれを気に入ってくれて、まとまったお金が入ってきた
 こと」
 「そうだね」と私は言った。「そのことはとにかくよかったと思う。ほっとしたよ」
 「おめでとう、画伯」と彼女は言った。

  ほっとしたというのは嘘ではない。絵が完成したことは確かだ。免色がそれを気に入ってくれ
 たことも確かだ。私がその絵に手応えを感じていることも確かだ。その結果、まとまった額の報
 酬が入ってくることもまた確かたった。にもかかわらず私はなぜか、手放しでことの成り行きを
 祝賀する気にはなれなかった。あまりにも多くの私を取り巻くものごとが中途半端なまま、手が
 かりも与えられないまま放置されていたからだ。私か人生を単純化しようとすればするほど、も
 のごとはますますあるべき脈絡を失っていくように思えた。

  私は于がかりを求めるように、ほとんど無意識に手を伸ばしてガールフレンドの身体を抱いた。
 彼女の身体は柔らかく、温かかった。そして汗で湿っていた。

  おまえがどこで何していたかおれにはちゃんとわかっているぞ、と白いスバル・フォレスター
 の男が言った。

2017 Subaru Forester Colors


                                                         

   20 存在と非存在が混じり合っていく瞬間
 
  翌朝の五時半に自然に目が覚めた。日曜日の朝だ。あたりはまだ真っ暗だった。台所で簡単な
 朝食をとったあと、作業用の服に着替えてスタジオに入った。東の空か白んでくると明かりを消
 し、窓を大きく開け、ひやりとした新鮮な朝の空気を部屋に入れた。そして新しいキャンバスを
 取り出し、イーゼルの上に据えた。窓の外からは朝の鳥たちの声が聞こえた。夜のあいだ降り続
 いた雨がまわりの樹木をたっぶりと濡らせていた。雨はしばらく前に上がり、雲があちこちで輝
 かしい切れ目を見せ始めていた。私はスツールに腰を下ろし、マグカップの熱いブラック・コー
 ヒーを飲みながら、目の前の何も描かれていないキャンバスをしばらく眺めた。

  朝の早い時刻に、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスをただじっと眺めるのが昔から
 好きだった。私はそれを個人的に「キャンバス禅]と名付けていた。まだ何も描かれていないけ
 れど、そこにあるのは決して空白ではない。その真っ白な画面には、来たるべきものがひっそり
 姿を隠している。目を凝らすといくつもの可能性がそこにあり、それらがやがてひとつの有効な
 于がかりへと集約されていく。そのような瞬間が好きだった。存在と非存在が混じり合っていく

 目の前の棚に置かれた古い鈴が目に止まったので、手に取ってみた。試しに鳴らしてみると、そ
 の音はいやに軽く乾いて、古くさく聞こえた。長い歳月にわたって土の下に置かれていた、謎め
 いた仏具とは思えなかった。真夜中に響いていた音とはずいぶん遠って聞こえる。おそらくは漆
 黒の闇と潤い静寂が、その音をより潤い深く響かせ、より遠くへと運ぶのだろう。
  いったい誰が真夜中にこの鈴を地中で鳴らしていたのか、それはいまだに謎のままに留まって
 いる。穴の底で誰かが鈴を夜ごと鳴らしていたはずなのに(そしてそれは何かのメッセージであ
 ったはずなのに)、その誰かは姿を消してしまった。穴を聞いたとき、そこにあったのはこの鈴
 ひとつだけだった。わけがわからない。私はその鈴をまた棚に戻した。

  昼食のあと、私は外に出て裏手の雑木林に入った。厚手の灰色のヨットパーカを着て、あちこ
 ちに絵の其のついた作業用のスエットパンツをはいていた。濡れた小径を古い祠のあるところま
 で歩き、その裏手にまわった。穴に被せた厚板の蓋の上には様々な色合いの、様々なかたちの落
 ち葉が重なり積もっていた。昨夜の雨にぐっしょりと濡れた落ち葉だ。免色と私が二目前に訪れ
 たあと、その蓋に手を触れたものは誰もいないようだ。私はそのことを確かめておきたかったの
 だ。瀧った石の上に腰を下ろし、鳥たちの声を頭上に聞きながら、私はその穴のある風景をしば
 らく眺めていた。

  林の静寂の中では、時間が流れ、人生が移ろいゆく音までが聴き取れそうだった。∵ハの人が
 去って、別の一人がやってくる。ひとつの思いが去り、別の思いがやってくる。ひとつの形象が
 去り、別の形象がやってくる。この私白身でさえ、日々の重なりの中で少しずつ崩れては再生さ
 れていく。何ひとつ同じ場所には留まらない。そして時間は失われていく。時問は私の背後で、
 次から次へ死んだ砂となって崩れ、消えていく。私はその穴の前に座って、時間の死んでいく音
 にただ耳を澄ませていた。

  あの穴の底に一人きりで座っているのは、いったいどんな気持ちのするものなのだろう。私は
 ふとそう思った。真っ暗な挟い空間に、一人きりで長い時間閉じこめられること。おまけに免色
 は懐中電灯と梯子を自ら放棄した。梯子がなければ、誰かの――具体的に言えば私の――手を借
 りなければ、一人でそこから抜け出すことはほぼ不可能になる。なぜわざわざ自分をそんな苦境
 に追い込まなくてはならなかったのだろう? 彼は東京拘置所の中で送った孤独な監禁生活と、
 あの暗い穴の中をひとつに重ねていたのだろうか? もちろんそんなことは私にはわかりっこな
 い。免色は免色のやり方で、免色の世界を生きているのだ。

  それについて私に言えることは、ただひとつしかなかった。私にはとてもそんなことはできな
 いということだ。私は暗くて挟い空間を何より恐れる。もしそんなところに入れられたら、おそ
 らく恐怖のために呼吸ができなくなってしまうだろう。にもかかわらず、私はある意味ではその
 穴に心を惹かれていた。とても惹かれていた。その穴がまるで私を手摺きしているようにさえ感
 じられるほど。
  私は半時間ばかりその穴のそばに腰を下ろしていた。それから立ち上がり、本漏れ日の中を歩
 いて家に戻った。

  午後二時過ぎに雨田政彦から電話がかかってきた。今、用事があって小田原の近くまで来てい 
 るのだが、そちらにちょっと寄ってかまわないだろうかということだった。もちろんかまわない
 と私は言った。雨田に会うのは久しぶりだった。彼は三時前に車を運転してやってきた。手みや
 げにシングル・モルト・ウィスキーの瓶を持ってきた。私は礼を言ってそれを受け取った。ちょ
 うどウィスキーが切れかけていたところだった。彼はいつものようにスマートな身なりで、髭を
 きれいに刈り込み、見慣れた鼈甲縁の眼鏡をかけていた。見かけは昔からほとんど変わらない。
  髪の生え際が少しずつ後退していくだけだ。




さて、暗示とメタファのコントラと色彩が叙情に明確になってくる。まるで、セザンヌ絵のように。
面白くなってきた。

                                                         この項つづく

 

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