2008/12/09春庭@アート散歩>フェルメール(1)メーレフェンの大傑作 「朕」はめったに使われない文字であるから、使ってみたくなる。(つうか、この文字使う人は日本でひとりだけで、私ごときは使えないはずなのだけれど) 希少価値ということに心惹かれるのが人の世の常。 「冬期限定販売」とか「当店の肉まんは1日50個のみ販売します売り切れ御免」なんて看板が出てると、ついつい買いたくなってしまう春庭です。 フェルメール(1632~1675年)もそんな稀少価値がついている画家のひとりです。全世界に残された作品の数「33~36作」のみ。作品数に定説がないのは、未だに真贋論争が続いている絵もあるから。 20世紀最大の贋作事件。フェルメール贋作作家のひとりに、オランダの画家ハン・ファン・メーレヘンがいます。 美術学校の入試に落ち続け、画家になる夢を叶えられなかったアドルフ・ヒットラーは、権力者となって以後、その代償として、有名画家の絵を強引に収集しました。ヒットラーの部下ヘルマン・ゲーリングは、ドイツ軍がオランダを占領している間にフェルメール作品を集めようとしました。 金持ちユダヤ人が絵を所有している場合、そのユダヤ人を一家ごと収容所に送って、財産は没収してしまえばよい。ユダヤ人以外の人が所有する場合には、強制的に絵の持ち主から買い上げる方法で絵を集めました。 しかし、作品数の少ないフェルメールはなかなか手に入りません。ようやく、1942年に「キリストと姦婦」というフェルメール作品を165万グルデンで買い上げました。 第二次大戦後、「キリストと姦婦」は、ゲーリングの妻の邸宅から発見され、絵の売り主ハン・ファン・メーレヘンが逮捕されました。 メーレヘンはオランダの至宝を金目当てでドイツに売り渡した売国奴として、裁判にかけられました。 しかし、この作品、実はヨハネス・フェルメールの描いた絵ではなく,ハン・ファン・メーレヘンが描いた贋作でした。鑑定の結果、メーレヘンは、「ヒットラーを騙した画家」として一転英雄扱いになりました。 この事件は、私たちが絵を見るとき、絵そのものを見て感激する人ばかりでなく「だれそれの作品」と銘打たれた「ブランド」によって鑑賞する人のほうがはるかに多いことを語っています。このことは、11月の「ねがみひがみ~」シリーズの中、片岡鶴太郎の項で述べた通りです。 たとえば、ひまわりを描いた絵をたくさん並べたなかに、作者の名を伏せて、ゴッホの絵を一枚混ぜておく。日頃「ゴッホファンです」と言っている人のなかで、何人が「本物のゴッホのひまわり」を「一番のお気に入り」として選び出すでしょうか。 ゴッホはタッチをまねしやすいので、贋作も多数、出まわっています。<つづく>2008/12/10春庭@アート散歩>フェルメール(2)贋作村の「真珠の耳飾りの少女」 中国には複製絵画(ときには贋作)制作によって生計をたてている人たちが集まっている贋作村が存在しています。 中国深圳市龍崗区の大芬村(da fen cun)。すぐれた描画技術をもった画家達が集まり、売れない自分の絵を、いつか目利きに認められる日がくるかもしれないと信じて描くかたわら、せっせと有名画家の複製画を描いて売っています。 ほんものと見分けがつかないほど見事な複製画は、どんどん売れます。 ときには「本物」として、鑑定書付きでひそかに売られていく絵も、、、、。複製画制作販売は、まっとうな「商売」ですが、贋作販売は「闇の取引」で流出します。 大芬村では、マチスもセザンヌもお手のもので、どんどん「新しいピカソ」「新しいシャガール」が制作されています。あなたが、長年ボーナスをためてやっとオークションで買ったアンドリュー・ワイエス、大芬村制作品かも、、、、 しかし、フェルメール作品の贋作を作り出すことは難しいでしょう。最新の科学的調査法によって、絵の具やキャンバスの制作年代を割り出すことができるから。フェルメール作品をいくらそっくりに描いても、17世紀の絵の具と同じように劣化した成分で描くことはできない。 逆もあります。贋作ではないかとされていたフェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女」が、真のフェルメール作品と証明されたのも、フェルメールの作品にしか使われていない特殊な顔料が検出されたからです。 大芬村の制作も、「贋作」として売っているのでなく、「そっくりさん絵画」として売っている分には、問題ない。「真珠の耳飾りの少女」複製画、大芬村へ行けば千円くらいで買えます。素人には、本物とのちがいがまったくわからないほど見事な出来だそうです。 死後300年以上立っているフェルメールはもちろんのこと、ゴッホ(1853~1890)やセザンヌ(1839~1906)の絵は、著作権が切れているので、そっくりな絵を描いても、「偽物・複製画」として売る分には、問題がありません。著作権のきれた写真や複製画の販売は合法的なものです。 ただし、長生きしたピカソ(1881~1973)は、まだ死後50年たっていない。でも、大芬村は、そんなこと気にもせず、せっせとピカソも売っています。 フェルメール作品、全世界に36点のみで、私たちにはけっして買うことのできないものでしょうが、せめて、大芬村で制作された複製画を36点並べておくコーナーを美術館に作ってみたらどうでしょうか。 東京国立博物館で開催された「レプリカ展」でみた国宝の仏像や玉虫厨子は、十分に見応えがありました。玉虫厨子レプリカは、往時の玉虫の羽の輝きを復元してあり、とてもきれいでした。 さて、フェルメールに話を戻しましょう。上野の東京都美術館で2008年6月から「フェルメール光の天才画家とデルフトの巨匠たち」が開催されています。12月14日まで。 フェルメールの作品が7点も一度に見ることができるというので、来館者が10月には60万人を超えたという大入り満員の人気です。<つづく>2008/12/11春庭@アート散歩>フェルメール(3)フェルメール・光の天才画家 2004年10月に映画『真珠の耳飾りの少女』を見ました。2006年には朽木ゆり子の新書 『フェルメール全点踏破の旅』を買い、私も俄フェルメールブームになっていました。S・ヨハンソンの耳飾り少女、かわいかったし。 中高年の「リタイア後のお楽しみ」として、百名山全制覇とか、鉄道全線走破とか「コンプリート達成感」を味わいたい人が多い。フェルメールは、全世界の美術館をめぐる旅になるので、おいそれとは達成できないところが、これまた稀少価値。 今年はそのフェルメールを7点見られる展覧会。これは行かなければ。と、思っていたのに、8月9月も10月も忙しく、ようやく11月に見ることができました。 11月20日、出講先の大学が文化祭休講になったので、それでは文化の秋を満喫せねばと、サントリー美術館のピカソ展と都立美術館のフェルメール展を見ました。 「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」は、フェルメールを目玉として、他のデルフトの画家達の作品といっしょに展示されています。地階入り口から入ると、地階がデルフトの画家達、1階がフェルメールの7点。2階がまたデルフト派の作品とグッズ売り場。 今回見ることができたヨハネス・フェルメールの作品1)「マルタとマリアの家のキリスト』 1655年頃 (スコットランド・ナショナル・ギャラリー所蔵)http://www.icnet.ne.jp/~take/2.html2)「ディアナとニンフたち」1655-1656年頃(マウリッツハイス王立美術館所蔵)http://www.icnet.ne.jp/~take/3.html3)「小路(こみち)」1658-1660年頃(アムステルダム国立美術館所蔵)http://www.icnet.ne.jp/~take/7.html4)「ワイングラスを持つ娘」1659-1660年頃(アントン・ウルリッヒ美術館所蔵)http://www.icnet.ne.jp/~take/11.html5)「リュートを調弦する女」1663-1665年頃(メトロポリタン美術館所蔵)http://www.icnet.ne.jp/~take/11.html6)「手紙を書く婦人と召使い」1670年頃(アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵)、http://www.icnet.ne.jp/~take/32.html7)「ヴァージナルの前に座る若い女」1670年頃(個人蔵)http://vermeer.jugem.cc/?day=20040708 最後の「ヴァージナルの前に座る若い女」は、小さい作品ですが、個人の所有であるため、この機会をのがすと次にいつ見ることができるかわからない、ということなので、フェルメールファンなら、12月14日の最終日までに見ておきたい作品です。http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/08/02/vermeer2008/index.html フェルメール35作品の紹介HPをリンクhttp://www.icnet.ne.jp/~take/vermeer.worklist.html 今回のフェルメール作品のうち、私にとっては、「デルフトの小路」が一番印象に残る作品でした。 他の作品は、複製画や画集で見たときとあまり印象が変わらなかったのに。「デルフトの小路」は、本物を見て、絵の具の塗り具合、色彩、光、うずくまっている子供、犬など、やはり複製や画集の写真でなく、本物を見てよかった、と感じたからです。 この「小路」は、フェルメール作品のなかで、唯一、子供が画面に登場している画としても知られています。 フェルメールは、資産家の娘と結婚し、14人もの子供をなしました。一生妻に頭があがらない「入り婿」のような結婚であっただろうと言われているフェルメールですが、画家組合の役員もつとめ、43歳で亡くなるまで、デルフトでは名の知れた画家として生活していました。現在知られている真作は数が少ないですが、実際はもっと注文を受けて作品を残してきたのかもしれません。<つづく>2008/12/12春庭@アート散歩>フェルメール(4)フェルメール・ブルー 『真珠の耳飾りの少女』のように、「フェルメールがこの少女に密かに恋心をよせていたのではないか」と、想像したくなるような作品もあるし、「注文に応じて描いたのだろうけれど、フェルメールはこの肖像画を注文した人を嫌っていたのではないか」と思わせるような表情を見せているモデルもいます。 「ワイングラスを持つ娘」は、他のフェルメール作品には見られないある特徴が娘の顔にあらわれています。他の作品では、宗教画はもちろん、世俗画でも女性達はみな笑顔をを見せておらず、楽器の調弦をするにせよ手紙を読んだり書いたりするにせよ、真剣そのものの表情をしています。「牛乳を注ぐ」という仕事にこれほどの集中力を示す表情をするのか、と驚く絵もあります。 しかし、ワイングラスを持つ娘は、ワインの酔いゆえにか、妙な作り笑顔を見せています。娘にワインをすすめている小金持ち風の男も、にやけた表情を見せていて、フェルメール作品のなかでも、特別な雰囲気を持っています。 絵のテーマは「色恋沙汰への警告」ということらしいのですが、画集などで見ていたときには気付かなかった、「フェルメールは、この男女ふたりを快く思っていなかったのではないか」という感想を、私は本物の画面一枚から感じ取りました。画面奥にひっそり座っている男はだれなのか、など、謎の多い絵です。 フェルメール作品のなかで、「真珠の耳飾りの少女」のターバンの青、女性のスカートの青など、印象深い青が目をひきます。フェルメールブルーと呼ばれる色彩です。http://www.icnet.ne.jp/~take/21.html 「マルタとマリアの家のキリスト」で、イエスの言葉に熱心に耳を傾けるベタニアのマリアが着ている青いスカート。「ディアナとニンフたち」の黄色い衣装のディアナの隣にいる青いスカートのニンフ。「牛乳を注ぐ女」の青いスカート。「デルフト眺望」の青い空。「手紙を読む青衣の女」の青い上着。「水差しを持つ女」の青い服。「地理学者」の青い上着。「ヴァージナルを弾く女」の青い衣装、、、、 このフェルメールブルーは、ラピスラズリというアフリカ原産の高価な貴石を擦り、油と混ぜ合わせて作り出される色です。当時ラピスラズリは金よりも高価な石でした。 フェルメールは他の顔料の青は気に入らず、ラピスラズリを青い絵の具の材料とする自分のスタイルを崩そうとしませんでした。死後残された多額の借金も、おそらくはこの「フェルメール・ブルー」と後世呼ばれるようになった青い絵の具の材料を買うために重なった借財だろう、という説もあります。 43歳という働き盛りで亡くなってしまったのも、このラピスラズリ購入をめぐる家人との軋轢から心身不調になったとか、貴石の販売購入をめぐってトラブルに巻き込まれたのだとか、憶測の域をでない説がとびかい、魅惑的なフェルメールブルーをさらに「謎の青」に仕立てています。36点という希少価値とともに、ますますフェルメール人気は高まる一方です。 私も一生のうちには、「36作品全点踏破の旅」をしたいと念願しつつ、東京都美術館を出ました。<おわり>
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