11/16 春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(1)天才と美女11/17 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(2)お金持ちの美術館11/18 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(3)シャガール・ドキュメンタリー11/19 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(4)シャガールとエコールドパリ展11/20 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(5)上村淳之展11/21 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(6)片岡鶴太郎展11/22 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(7)鶴太郎の花11/23 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(8)好きなものをみつける力11/24 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(9)感謝の日11/25 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(10)写真の力、絵の力11/26 ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(11)写真の時代========== 2008/11/16 ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(1)天才と美女 事業を成功させてしこたま稼ぎ、美術品を買いあさって美術館をたてるお金持ち、ねたましい。 出光美術館は石油で一儲けしたんだろうし、ブリジストン美術館はタイヤでもうけたのだし、サントリー美術館はウイスキーで儲けた。 才能を生き生きと発揮し、その名を残す芸術家たち。その生涯が波瀾万丈でも平穏無事な一生でも、一作の傑作を残せる人は、うらやましい。才能あふれる人と人生の一時期をともにすごせた人へも、羨望のまなざし。 画家たち、たとえば、ピカソ。生涯に9万点とも言われる作品数を残し、生きているうちに巨匠としての名誉名声も巨額の富も得ることのできた天才画家。うらやましい。ピカソに愛された女性達も「いいなあ、天才と一時期でも生活をともにできて」と、ねたましい。 ピカソをめぐる7人の女性については、2004年カフェコラム10/05~10/07 やちまた日記「ピカソのミューズたち」に書きました。http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200410 先月末10月31日の『たけしの誰でもピカソ』で、現在、ピカソ展がサントリー美術館と新国立美術館で同時開催されているのに合わせて、「天才ピカソを作った7人の女たち」という番組が放映されました。私が書いた「ピカソのミューズたち」と題材がかぶっていて新しい情報はないだろうけれど、たけしのトークがおもしろいだろうと思って見てみました。 ピカソは、女性に出会い恋をするたびに作風を進化させていった、という視点は同じでした。とりあげた女性は同じ「ピカソをめぐる7人の女」でしたが、最後の女性、ピカソに「ママ」と呼ばれて慕われたジャクリーヌ・ロックが、ビカソ回顧展を終えたあと自殺したことには触れないままでした。番組内容が暗くなってしまうからでしょうか。 私が「ピカソのミューズたち」を書いたのは、『ジャクリーヌ・ロックのピカソコレクション』という展覧会を見たときだったので、ジャクリーヌを中心に書いたのです。 ミューズたちもまたドラマチックな生涯をおくったのだけれど、天才がいつでもにぎやかに取り上げられるのに、晩年のピカソを支えることだけを生き甲斐としたジャクリーヌについて、あまり知られていないのは残念なことと思っています。ぜひ、上記春庭コラムをお読みください。 女では問題が起きなかったゴッホは、ゴーギャンとの確執から自分の耳を切り落とすし、ユトリロは飲んだくれてアル中となり、精神病院で治療のために絵を描き始めたのだし、劇的な人生を歩んだ画家が多い。 破滅的な人生を歩んでも一枚の傑作を残す人、うらやましい。 成金になって美術館を建てる人、ねたましい。 題して「ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊1~12」シリーズ。 まあ、ねたみそねみで生きているのは、美術館散歩だけじゃなくて、年がら年中のことですけどね。ひと様をうらやみ、ヒガミつつ細々と生きております。<つづく>09:03 コメント(8) ページのトップへ 2008年11月17日春庭「お金持ち美術館」2008/11/17 ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(2)お金持ち美術館 三井住友など、お金持ちが美術館を建てたがることを「パトロンたちの愛した芸術」として紹介しました。累代の財産を保存するのには、財団にして美術館博物館にするのがよい方法です。累代の金持ちでなくても、成金もそれをまねします。 青山ユニマット美術館は、ユニマット社長が美術館館長をつとめている「現役成金館長」の美術館です。 成金美術館というと、イヤらしい言い方ですが、、、、これは単なる貧乏人のひがみ表現です。 青山ユニマット美術館は、2006年7月に開館していましたが、私は2年間、見る機会がありませんでした。 美術館設立母体のユニマットグループは、オフィス用のコーヒーサービスを主業務として、環境美化製品など、関連事業を広げている会社。 グループ創業者の高橋洋二氏は、2005年まで公表されていた長者番付常連だったお金持ちです。2001年度の個人年収は184億円。個人の年収としては日本一。 お金が有り余ると、次にしたくなることが美術品の収集。次は美術館の設立。 国立でない私立美術館は、「事業で成功→コレクターとして美術品収集→美術館設立」というところが多い。 ユニマットグループは、ユニマットレディースという消費者金融で儲けた金を資金にして急成長をとげ、沖縄リゾート開発などに手を広げました。野望は次々に実現し、青山に進出して自社ビルを建てました。 野望の一時頓挫もありました。子会社のひとつ、ユニマットビューティアンドスパは、渋谷松涛温泉シエスパを運営していました。このような事業を展開するなら必須であるガス検査を実施せず、ガス検知器を設置しないまま営業。2007年6月に、爆発事故を起こし、従業員ら3人が死亡、3人が重傷の大事故となった。 運営会社のユニマットビューティアンドスパは、管理委託先の元請けや下請けの会社と責任をなすり合ったが、そもそも、シエスパの施設を所有する「ユニマット不動産」が、天然ガス配管工事を渋谷区に無断で区道下に通していたりと、なんともはやの工事だったことが明らかになりました。 東京地検は、「ユニマット側に責任ありとして立件起訴することに決定した」と、2008年11月3日の新聞が報じていました。開業直後からガス漏れがわかっていたのに、そのまま営業していたのだといいます。 この事故ひとつを見ても、ユニマット急成長の秘密がわかる気がする。金儲けのためなら、人の命もなんのその。 ユニマットグループ総帥、高橋洋二氏は、責任者としてグループの中核企業の持ち株会社「ユニマットホールディング社長を辞任したけれど、美術館館長を辞任したのかどうかは不明。まあ、どっちでもいいんだけど。美術館は、館長じゃなくて、絵を見るんだから。それでも、ガス爆発事故で亡くなった方達のご遺族は、このユニマット美術館が入っている高橋社長の自社ビル前を通るときに心穏やかではないだろうと思います。 美術館のコレクションはとてもよいセンスで集められており、館内の雰囲気も落ち着いていて、ゆっくりくつろげました。優秀なキュレーター(学芸員)がいるのだろうと思います。 貧乏人春庭は、新聞販売所からもらった招待券でシャガールやムンクを鑑賞しました。 館長さん、1年に200億円も個人年収があるのだから、せめて美術館入場料は無料にしてください。<つづく>06:12 コメント(5) ページのトップへ 2008年11月18日ぽかぽか春庭「シャガール・ドキュメンタリー」2008/11/18 ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(3)シャガール・ドキュメンタリー 天才画家のかたわらに天才を支えた女性あり。 シャガールにベラとヴァージニアとヴァランティーヌ。 ダリに妻ガラと愛人アマンダ・リア。 ピカソと7人の女たち。 シャガールは、比較的穏やかな家庭生活を送った人だと思っていましたが、最初の妻と二人目の妻の間に、子供をもうけた恋人がいたことを、8月の美術館散歩で初めて知りました。 友人A子さんと、青山にあるユニマット美術館を訪れました。(2008/08/04)http://www.unimat-museum.co.jp/ 『シャガールとエコールドパリ展』や『女性美讃歌』という企画展、また、初めて見るムンクの『二人の姉妹』など、楽しめるコレクションでした。 特にシャガール(1887-1985)のコレクションとしては日本国内でも有数の充実した展示で、館内ではシャガールの姿を写したドキュメンタリーがビデオ映写されていました。 このドキュメンタリーは、晩年のシャガール自身が出演しているほか、1915年に結婚した最初の妻ベラ・ローゼンフェルト、1952年に65歳のシャガールと再婚し、1985年に98歳のシャガールを看取った2度目の妻ヴァランティーヌ・ブロツキーが紹介されていました。 画家を描いたドキュメンタリーが数々あります。 ピカソを題材にして1956年度カンヌ国際映画祭の審査員特別賞を受賞した『天才の秘密』。 最近見ておもしろかった作品。『ミリキタニの猫』は、ニューヨークでホームレスとなり路上で絵を売っていた日系画家ミリキタニ(三力谷・Jimmy Tsutomu Mirikitani1920年~)を描いています。 画家をドキュメンタリーの題材にするのって、素材がいいからおもしろい作品が多い。 ユニマット美術館のドキュメンタリー映画のなか、シャガールをめぐる3人の女性のうち、ベラの死の2年後1945年から7年間、シャガールを支えた恋人ヴァージニアについては、「その当時の恋人」とだけ紹介され、名前は出されなかった。 ヴァージニアの生んだ息子ダヴィッド・マクニール(デヴィッド・マックニール)は、父のカンバスの下塗りを任されるなど、父シャガールと親密にすごしたけれど、音楽を志し、あえてシャガールを名乗らず、母の実家の姓マクニールを名乗りました。七光りで世に出たがる、どこかの政治家や芸能人とは違いますね。 ダヴィッドを生んだイギリス人女性ヴァージニア・ハガード(Virginia Haggard)は、『シャガールとの日々―語られなかった七年間』という本を書き残しています。(1990年西村書店 黒田亮子・中山公男訳) また、息子のデヴィッドも『Quelques pas dans les pas d'un ange(天使のステップ)』(2003年3月ガリマール社)に、シャガールとの思い出をつづっています。<つづく>06:56 コメント(3) ページのトップへ 2008年11月19日ぽかぽか春庭「シャガールとエコールドパリ展」2008/11/19 ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(4)シャガールとエコールドパリ展 我が家系で、天才画家に生まれるってことは遺伝的に無理だったろうけれど、せめて天才画家に肖像のひとつも書かれる美形に生まれつきたかった。 ひがんでもうらやんでも、画家のミューズになる運命には縁がなかった。 母方の曾祖母は○○小町と呼ばれた器量よしだったのに、祖母キンは母親に似ないで、祖母の妹が母親の美形を受け継いだ。私が「美人に生んでほしかった」と言うたびに、母シズエは、「文句があるなら、おばあさんに言いな、私だってカクちゃん(母の従妹)みたいに美人に生まれたかったよ」と、かわしていた。祖母の妹の一家は美人揃いなのだ。「天才画家になる気はないが、せめてなりたや肖像画」 ねたみそねみひがみやっかみは我が性分となり、絵を見て歩く。「美女モデルつんとすましてキュービズム」「野獣派よ美女も叫んで額の中」 シャガールは、日本でもファンの多い画家であり、しばしば展覧会も開かれていますが、都内に気軽に見に行けるコレクションがあること、私は知りませんでした。 今年初め、西洋美術館でムンク展があったのだけれど、この時は行けなかった。 西洋美術館のムンク展には展示されていなかった作品、『二人の姉妹―ラグンヒルとダグニー・ユール(1892)』、ユニマット美術館で見ることができ、とてもよかったです。 ムンクが表現主義を完成させる過程で、彼の精神に大きな影響を与えたダグニー・ユールが背中を見せてピアノをひいており、ラグンヒルが正面を向いて歌っている。 ムンク展は都内で開催されるたびに見てきたのですが、西洋美術館のムンク展も見ておきたかった。http://www.unimat-museum.co.jp/tenrankai.html本日の徘徊ミソヒトシャガールよムンクよピカソよ、描かれた女たちは皆幸福でしたか<つづく>07:04 コメント(4) ページのトップへ 2008年11月20日ぽかぽか春庭「上村淳之展」2008/11/20ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(5)上村淳之展 文化勲章、2008年は、田辺聖子が受賞者のひとりになりました。 女性ではじめて文化勲章を受けたのは、1948年上村松園(うえむらしょうえん1875~1949)でした。松園の息子の上村松篁(うえむらしょうこう1902~2001)も、1984年に文化勲章を受章。母子2代の受賞と話題になりました。 松園は自身も美人のうえ、才能豊かな日本画家でした。ひがみやっかみ春庭、美形か才能か、どちらかひとつは持って生まれたかったなあと、ねたみそねみで松園の美人画を眺めてきました。 上村淳之は、画家三代目にあたります。 上村淳之(うえむらあつし1933~)は、松園の孫、松篁の息子。祖母や父についで、三代目文化勲章受賞が期待されています。 家系に何の恩恵もない春庭は、淳之さんにもひがみやっかみ。いいなあ、才能が遺伝して。 三代目ともなると、たいていその家業の光輝はくすんできて、「売り家と唐様で書く三代目」という川柳があてはまるのが世の常なのですが、淳之は、祖母松園の美人画、父松篁の花鳥画、ふたりの影響を認めつつも、独自の画境を切り開いてきました。 2008/03/04に私が見た三越本店での展覧会(2008/03/04~3/16)は、昨年パリで開催された上村淳之展の凱旋展覧会。上村家三代の絵を集めている奈良の松伯美術館の所蔵品を中心に構成されています。 淳之、京都市立美術大学在学中の作品から、現在までを俯瞰する展示。画題は鳥の絵のみ。 淳之は、子供のころ知能指数200の天才児と言われ、、画家以外の道を探そうと東京に出ていきました。得意の数学を生かせる建築家になろうとしたのだそうです。 しかし、東京に出て「絵の家」を離れてわかったことは、「自分は絵を描くことから離れたら、生きていくことはできない」ということでした。 20歳のとき、両親の暮らす京都を出て、祖母松園亡きあと空き家になっていた奈良の別荘、唳禽荘に、ひとり住むことにしました。 親からは独立したい、しかし、絵を続けたい、そのためには、祖母の別荘に住むことは最良の選択でした。 現在もなお、淳之は奈良のその地に住み、自宅は「鳥類研究所」となっています。 263種、1600羽の世話を毎朝するのが日課。ここで初めて人工繁殖させることができた、という稀少な飼育例もあり、父松篁の追求してやまなかった「生きている鳥」を、思う存分研究しつつ、絵筆をとる暮らしを続けています。 私が一番気にいって、絵葉書を買い求めたのは、淳之画伯の画業の出発点ともなった頃、1958年の作品『春沼』(松柏美術館所蔵)です。 画面は暗い色調ですが、三羽の鴫が上下に並べられた構成で、鴫の目がとてもいい。 若い頃のこの「春沼」のほかは、概して明るい色調が多い。 壮年期から現在にいたるまで、淳之の鳥たちは、実にのびのびと空間の中を羽ばたき、佇立し、羽づくろいをし、雪にたたずみ、花と遊ぶ。 熊谷守一が一日庭に寝そべってアリを眺めて飽きなかったと言うが、淳之も一日鳥をみていて飽きないのだろうなあと思いました。 描こうとする対象として鳥がいるのではない。自分自身が鳥になって、鳥の仲間として鳥たちのなかにいるのだ、と淳之は語っています。 世襲三代目あたりになると、周囲が「家元」扱いをするようになり、才能をもっていてもつぶされてしまう例もある。 能や歌舞伎では代々家業の役者を続ける人が多いけれど、画家で三代目はそうはない。 日本語学では金田一秀穂が、京助、春彦に続く三代目だけれど、学者としての業績はまだまだ父や祖父には及んでいない。(たぶんこれから父祖に負けない偉大な業績をのこすのでしょう)。 我が家系、父方の先祖三代前のこと。曾祖母は、入り婿取りに失敗して破産しました。婿に財産を蕩尽され、曾祖母は女中に手をひかれて夜逃げ。貧乏人3代目の春庭は、何の財産も才能も相続しなかったネタミそねみヒガミヤッカミ満載で、三代目上村淳之の絵を見て歩きました。本日の俳諧徘徊雉鳴くや絵筆三代の太き線春沼や鴫鳴き交わすらむ交るらむ<つづく>07:33 コメント(4) ページのトップへ 2008年11月21日ぽかぽか春庭「片岡鶴太郎展」2008/11/21ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(5)片岡鶴太郎展 上村淳之のような人なら、その誕生からして、どうやっても「画家になるべくして生まれついた人の天職」として、人はその絵をみる。絵の才能は世襲じゃないけれど、生まれたときから岩絵の具の匂いを嗅いで育つ環境だったら、どうしても絵に心が向くのだろうなあ、とその生い立ちを想像する。 「一代で成り上がった人」に対してはどうか。 偏見があった。小器用な人と思ってきた。片岡鶴太郎に対してである。 お笑いタレントとしてものまね芸で芸能界に地位を占め、ボクサーもプロテストに合格した。CDも出したし、司会もこなす。俳優に「成り上がって」、評価も高くなった。 そういう人は、器用ではあるだろうし、絵や書をかけば器用にこなすだろうけれど、「器用」以上の価値があるのか、という偏見が鶴太郎にまとわりついてきた。 私も、そういう偏見をもって鶴太郎の絵を見てきた。 本物を見たのではない。テレビで宣伝しているものや、ポスター、本屋においてある画集などをパラパラと見て、そう思っていた。 なかなか器用に絵も書もかいているなあ、ほう、陶芸まで始めたのか。 2008年3月10日、池袋三越で、はじめて鶴太郎の絵を実際に見た。 「本物を見たら、これまでの鶴太郎観は、覆るかも」という期待とともに『片岡鶴太郎個展』会場へ行った。 会場について、まず驚いたのは、花形俳優が出演している劇場の入り口さながらの花の多さだった。 展覧会入り口から遠く離れた場所にも、トイレの前までも、ずらりと並ぶ花の圧巻。 有名人、有名会社と言われる名前がデンと表示された生花が、胡蝶蘭や百合の高い香りを周囲に放っている。 ああ、さすがに芸能界というところは、こういう風習を展覧会にも欠かさないのだなあ。私がこれまでに見たどの個展よりもたくさんの花がある。 これまで鶴太郎が展覧会を開くたびに、これほど大量の花が並べられてきたのか。 華やかではあるが、この見かけの華やかさは、絵を見る人にはマイナスに映るだろうなあ。 絵を評価してでなく、人は「有名人・鶴太郎」の絵を見に来る、という印象を強くさせる花の列だった。本日の徘徊ミソヒトあふれ出るアネモネフリージャサイネリヤカサブランカの香り濃き廊<つづく>08:02 コメント(2) ページのトップへ 2008年11月22日ぽかぽか春庭「鶴太郎の花」2008/11/22ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(6)鶴太郎の花 鶴太郎画伯の絵は、とても上手でした。 日本画水墨画、書、着物デザイン画、陶芸、どれをとっても、たとえば、院展の日本画入選作品や同人作品を見たときの印象と比べて、鶴太郎の作品が劣っているとは思わなかった。 二科展洋画に、石坂浩二・八代亜紀・工藤静香らが入賞しているのと比べても、遜色ない。 でも、私は感動しなかったのです。 上村淳之の「春泥」を見たときのような、熊谷守一の「ヤキバノカヘリ」を見たときのような、心のふるえがなかった。 上手だとは思ったけれど、私の心には響かなかった。 たぶん、私の偏見がじゃましたのかもしれない。 あのようなたくさんの花、花、花、、、、この花籠、ひとつ何万だろう、この花のお金だけで、合計でウン百万円になるだろうな。この花ひとつのお金があったら、ワクチンがないために小児マヒになるアフリカの子供、きれいな水が飲めないために病気になる子供が、何人救われるのか、なんて、余分なことを考えてしまって、もうダメだった。 お花を贈るひとは、鶴太郎さんが好きで、展覧会の開催を心から喜んでいるのだろう、その気持ちの表現が花となって表れているのだから、文句つけるこちらが不埒なのだ。わかっているのだけれど。 2008年2月15日の新聞記事。 中田英寿がユニセフのイベントでアフリカに慰問に行った。子供たちにサッカーボールをプレゼントして喜ばれたのだという。 ユニセフとUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)による派遣使節として、コンゴ北方、ウガンダ国境に近い難民キャンプに着いた中田を描写して、A紙記者は「中田は、高級車から子供たちの前に降り立った」と、記事を書いていた。 それを読んで娘も息子も、「この記者、よほど中田が嫌いなのかな」という感想を異口同音に述べた。 このニュースで、中田が高級車に乗っていたってことを書かなくても、慰問記事が成り立つ。 「それのに、貧乏なアフリカの子供を慰問するにあたって、中田が高級車に乗っていったっていうことを、わざわざ書き入れるってことは、サッカーボールをプレゼントしたってことはどうでもよくて、じゃ、高級車に乗らないで、その分の金をあげたらどーよって、この記者は書きたいんじゃねーの」というのが、娘と息子が共通して述べた記事の感想だった。 娘と息子の「中田アフリカ親善訪問」の感想と同じように、私も、鶴太郎展のおびただしい花を見て、ひねくれた考え方をしてしまった。おんなじ発想をする親子だね。貧乏性ひがみ発想親子。本日の徘徊ミソヒト泥水を飲むアフリカの子の目は澄みて赤道直下の日は照り続く<つづく>07:41 コメント(6) ページのトップへ 2008年11月23日ぽかぽか春庭「好きなものをみる」2008/11/23ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(7)好きなものをみる 鶴太郎展の香り高い花々。このお花を贈る人々から、「お花代」として現金でもらって、その「お花代」は、すべて「難民キャンプなどで、戦争や災害の後遺症に苦しむ子供たちの心を解きほぐすための、アートプロジェクト」に寄付する、とすれば、私はもっと素直に鶴太郎さんの傑作を見ただろうに。はい、もちろん、貧乏人のひがみです、こんな感想。 絵は、そんなひねくれた偏見をすてて、無心にながめたらよろしい。 鶴太郎の絵を買い求める人は、「有名人の絵だから」とか「芸能界のつきあいがあるから」とかでなく、純粋に鶴太郎の絵が大好きだから、買うのだろうと思います。 「有名人格付け」というテレビのバラエティ番組があります。ワインや高級牛肉、宝石などを、安物と並べて、タレントたちが「高い方、本物のほうを当てられるか」ということを競う番組です。 芸能人たち、「高級懐石料理vs居酒屋安メニューの食べ物」だとか、「安売り靴vs手作り一点もの」だとか、「衣食に関わる具体的な物」に関しては、割合に正解率が高い。しかし、「ストラディバリウスの音色vs練習用バイオリンの音色」とか、「人間国宝ものの工芸品vs 100円ショップで売っているような品物」の対決だったりすると、正解率が落ちます。 「Aディナー」の高級伊勢エビに対する「Bディナー」は、そこらの池のザリガニ料理。食べ比べて、おおかたのタレントが、「Bのほうがうまい」というのを聞いて、見ているほうは、「そうか、料理の腕しだいで、ザリガニだって美味くなるなら、そこらの池で増えて困っているアメリカザリガニとってきて売ったらいいのに」と思ったり。 この番組を見て、よくわかること。 私たちは、美術品や音楽演奏などに対して、絵画そのもの、音そのものでなく、「だれそれが描いた絵」の「だれそれ」の部分、「だれそれが演奏している音」の「だれそれ」の部分によって「すばらしい演奏」だとか「美しいフォルムと色」とか言っているんじゃないか。 どこそこでとれた伊勢エビとか松茸の産地直送、というふれこみによって「やっぱり本物はおいしい」と、言っているんじゃないか。その松茸土瓶蒸し、産地偽装をした北朝鮮産に香りづけの「松茸エキス」を振りかけただけかもしれないのに。 作者や演奏家を伏せたとき、本物を見抜く人聞き分ける人って、そんなに多くないんじゃないか。上野でフェルメール展をみたとき、人はフェルメールの名前を確認してから「すばらしい絵だねぇ」と言っているんじゃないか、と感じたので、、、、「フェルメールと贋作」について来月掲載。本日の徘徊ミソヒトデルフトの青空の下遊ぶ子ら名も無き人で幸あれ子らよ<つづく>10:00 コメント(6) ページのトップへ 2008年11月24日ぽかぽか春庭「感謝の日」2008/11/24ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(8)感謝の日 私は、作者の名前でなく、自分の「好み」で、好きな絵、好きな演奏を決めたいと思います。 鶴太郎の絵は、今のところ、「貯金はたいても買いたい」と思うほど好きじゃない。でも、好みは変わるから、これから先好きになるかもしれません。昔は好きじゃなかったピカソ、今はわりに好きですし。ピカソ展について、フェルメールの次に掲載予定。 あ、うそをついてしまいました。「貯金はたいても」なんて見栄張ったけれど、貯金なんて元々ないっ! と、ひがみはこれくらいにして、好きな絵を見ることができる日々に感謝せねばなりません。 23日は勤労感謝の日。田畑で働き続けた人々が、大地の恵みの収穫を感謝する日。皇室の新嘗祭が行われる日を「勤労感謝の日」と呼び変えたのだけれど、祝日が多いのはありがたい。 私も毎日働き続けているけれど、私の勤労に、娘も息子も何ほどの感謝もなし。だけど私は周囲の人々に感謝してすごす一日にしましょう。 夫が「おふくろが、ベッドの位置をかえてほしいって、電話してきたけれど、仕事忙しくって、そんなことで会社あけてられないから、かわりに行ってきて」という。ふん、忙しいばかりで赤字続き、借金が増え続ける会社をあけておけないのね、たいへんね、、、、はい、感謝せねばいけませんね、トーサンは倒産といいながら、「会社経営道楽」を20年続けていられる会社。 アタシだって、忙しい。生活費は全部私にかかっていて、毎週5日間、月金で仕事に出て、土日は授業の準備と家の片づけ洗濯をせねばならぬ。台所の流しには茶碗が山になっている。と、ぼやきつつ、24日は、姑の家で、「1,ベッドの位置を変える。2,時計が遅れがちになり困っているから直す。3.扇風機の解体片づけ」という勤労をいたします。 たぶん、姑は、ひとり息子の顔が見たくて、「ベッドの移動」なんていう力仕事をしてほしいと言っているんでしょうに。 姑の懸案だった「6年前に亡くなったおじいちゃんが残した大量の油絵キャンバス」の整理がついて、部屋の模様替えをするのでしょう。それで舅が使っていたベッドを移動することにしたのだろうと思います。 「おじいちゃんの油絵、この中のどれをとっておいてどれを捨てたらいいかしら」という難問については、すでに姑のなかで整理整頓がついていることを願いつつ。 今回、玄関に飾ってあるのは、舅のどの絵だろうか。ええ、心をこめて鑑賞してきますとも。 ヨメが参上して片づけ仕事のお手伝いをしても、「ヨメの顔みてもうれしくない」と、あまりありがたがられることもないだろうけれど、勤労感謝の日振り替え休日の今日、それでは、行ってまいります。 20年前、早産未熟児で保育器に入っていた我が息子、先週めでたく20歳の誕生日を迎えることができました。でくのぼうの与太郎くん、ぼうっとした大学2年生ですが、無事成人しただけで感謝感謝。83歳の姑が元気で暮らしているのも、感謝感謝。 よみがえるキンロー感謝の日。本日の徘徊ミソヒト亀の子と河鹿と茄子が並ぶ絵の「仲良きことは美しきかな」<つづく>07:12 コメント(4) ページのトップへ 2008年11月25日ぽかぽか春庭「写真の力、写真の美」2008/11/25ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(10)写真の力、写真の美 昨日11月24日、姑の家で扇風機の片づけやら掛け時計の電池交換やらというお手伝いをしたあと、池袋のジュンク堂へまわった。 お目当ては『写真屋寺山修司』 1階にいた書店員が9階においてありますと言ったのに、写真本コーナーに見あたらない。 9階の店員さんにたずねたら、別のコーナー(たぶん演劇本あたり)から持ってきてくれた。 寺山に興味を持つのは、演劇か文学が好きな人であって、写真が好きな人が写真本コーナーで寺山を捜すことはないのかもしれないけれど、写真集コーナーにも並べて置いてもいいんでないかい。写真集なんだから。 写真集の「すわり読み」をする。前回、本を買ったときの「1万円以上購入時のサービス券・喫茶室利用券」があったけれど、喫茶室は利用せず、9階窓際のチェアに腰掛ける。 『写真屋寺山修司』は、寺山が劇団天井桟敷を率いてヨーロッパ公演した際に撮影した写真を、パートナーであった田中未知がまとめた一冊。この時は『中国の不思議な役人』をひっさげてのヨーロッパ遠征であった。 『中国の不思議な役人』を、私は東京で見ている。 中学校の国語教師をしていたとき、部活担当として演劇部を受け持たされた。部員のひとり、3年生の女の子が天井桟敷のオーディションを受けて『中国の不思議な役人』に出演した。 「この公演にでるなら高校進学の受験勉強はできない。先生、どっちを選んだらいいと思う?」という相談を受けて「高校は1年遅れても入学する気さえあれば、来年でも受験できる。この公演は来年はないかもしれない。私ならこの希有の機会をすすめたいけれど、選ぶのはあなたの心で決めなさい」と、言った。彼女は出演を決め、高校も受験して合格した。 ガリガリにやせていた女の子だった。 小人症や小山のように太った女など、特殊な肉体を舞台にのせることを好んだ寺山の、彼女への注文は「体重維持。少しでも体重が増えたら役をおろす。君の価値はそのまったく肉のない肉体だ」 そんな寺山の「人の体への偏愛」が演劇的に表現されている写真集だった。 演劇的な演出をほどこした写真の数々。場末の「見せ物小屋」的雰囲気を好んだ寺山の好みが色濃く出ており、独特の「写真美」があった。 次に大竹昭子が編集した「この写真がすごい2008年」 ほんとにすごい写真が100葉ならんでいる。いいセレクトだった。 写真をみるの、好きだけれど、写真集を買ったことあるのは、長倉洋海のみ。あとは、本屋か図書館で写真集ながめておわり。写真集はたいてい立派な印刷で、どれも値段が高い! キャノンとかニコンとかの写真ギャラリーをのぞくこともある。恵比寿の写真美術館へもときどき出かける。 大丸ギャラリー「『写真』とは何か・20世紀の巨匠たち・美を見つめる眼 社会を見つめる眼」2008年4月3日(木)→21日(月)を、4月8日に見た。 「写真」が生まれて150年になるのを記念したという写真展。 写真展のごあいさつより 『 写真が最も発展した20世紀、そしてそれらに連なる21世紀、この時代の写真史を形成した重要な写真家たちを取り上げます。彼らの作品やその根底にある表現思想を通じて、人間が事物に視線を向け視察し記録する行為、そして、さらに表現芸術の領域までに昇華された「写真」ー、その本質や意味、役割を探究することで、単に写真の歴史をご覧いただくことに留まらず、「写真」とは何か?を体感していただけることでしょう 』<つづく>07:31 コメント(4) ページのトップへ 2008年11月26日ぽかぽか春庭「写真の時代」2008/11/26ぽかぽか春庭@アート散歩>ねたみそねみヒガミヤッカミ展覧会徘徊(11)写真の時代 20世紀は「写真の時代」でした。 写真は常に二つの面を持って訴えかけてくる。「写実、記録性」と「美」の二面。 写真のこの二つの面を対照しながら20世紀の写真を振り返る展覧会「20世紀の巨匠たち・美を見つめる眼、社会を見つめる眼」 マンレイが写した若いマルセル・デュシャンと、アーヴィング・ペンが写した年老いたマルセルデュシャンの2枚を比べてみるのも面白かった。 報道写真、ロバート・キャパやユージン・スミスの、戦争や水俣の真実を切り取った写真、たとえば、キャパの有名な「スペイン内戦・倒れる共和国兵士」も、スミスの水俣病患者を移した写真も、報道ということを抜きにして見た場合、実に美しい。 美しい構図、映し出された人間の姿のなんと美しいことか。 スミスの『楽園へのあゆみ』。 写真集のタイトルになっている一枚だから、彼の代表作とされている写真だと思うけれど、初めて見ました。初めて見たのに、何度も見てきたような既視感がありました。 うつされているのは、西洋人の子供(と思ったのだけれど)なのに、自分自身が写されているような気になりました。 幼いふたりが、森のなかへ歩みいる瞬間の、光と影。森や川へ歩み入ろうとする、子供のころのわくわくした気分と、未知の世界へはいるおそれにも似た気持ちと、楽園から出てきてしまった年をとった自分の寂寥と、そんな思いのすべてを一枚の構図におさめてしまう、写真の力の大きさを知りました。 アメリカで過酷な労働条件における児童労働禁止運動のために大きな力となった写真集「ちいさな労働者」を残したルイス・ハイン。 「働く子供たち」を写した写真も、悲惨な労働に従事する子供たちを写しているのに、その子供たちはボロい服を着ているのに、美しい。 20世紀写真の巨匠たちの作品をながめて、写真のもつ「記録と美」の力の大きさにうたれました。 メイプルソープやマンレイの「美」はもちろんのこと、今回私にとって、「記録写真の美」について思うこと大きかった。キャパの「スペイン戦争で撃たれ倒れようとする兵士」の写真も、「記録」という価値以上に、美しい!ことに、心ゆるがされたのでした。 この写真展について言及されているブログに出品作品の何枚かが載っているのでリンク。http://blog.goo.ne.jp/v_goo_kazu_san/e/0ae7075172164b42d7b4775acfdde1be プロでなくても、よい写真をとる人は大勢います。ユニークなアングルで世相を切り取った愉快な写真を見に行くサイト。野山の花の写真を楽しみに見せてもらうサイト、ほんとにみな上手です。「ゆめうつつ」 http://nekomajiro.exblog.jp/ 「怠惰の坩堝」 http://majiro.blogzine.jp/yumenikki/花と山の写真サイト http://naocyan.web.infoseek.co.jp/acha.html デジカメのおかげで、素人でも失敗なく写真が撮れるようになりました。でも、私が写真とっても、なかなか会心の一枚にはならない。手ぶれ補正やら人の顔にピントが合う仕組みやらで、そこそこの写真が撮れるようにはなったけれど、ピントが合うだけでは人を感動させる写真はとれない。やはり才能が必要だなあと、才能あふれる写真家にも、ひがみやっかみの春庭でした。 ねたみそねみひがみやっかみ美術館徘徊シリーズ、これにておひらき。 長いことヒガミ話が続いて少々心身萎縮しておりますので、ここらで柔軟体操。体も脳も柔らかくして、次回からは、話がぐっと下半身におりてまいります。「ミッション伝道師達」シリーズ。第一回は「メイプルソープ」です。本日の徘徊ミソヒト花芯深く蜜の味する誘惑のメイプルソープの花びらの色<おわり>
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