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ぽかぽか春庭「誤用研究、朝起きたり洗濯したり」

2013-12-15 00:00:01 | エッセイ、コラム
2013/12/15
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌典>文型指導・語彙指導(1)誤用研究、朝起きたり洗濯したり

 日本の社会文化を知る、日本事情の授業。
 日本の紹介の手始めに、お札やコインを見せます。学生が持っている千円、五千円、一万円などの人物紹介、樋口一葉や紫式部の説明をします。紫式部の肖像、二千円札の裏にありますが、留学生が見ることはほとんどないので、いつも財布に一枚入れておき、紹介できるようにしています。二千円札の紫式部、お札界ではマイナーな扱われようですが、日本言語文化にとっては大きな存在。

 日本のお札には偽札防止のいろいろな技術が使われ、世界でも最高峰の印刷技術が注ぎ込まれています。コイン製造にもいろいろな技術が。
 500円玉の00の部分に斜め線が入っているけれど、ここを斜めにして見つめると、00の中には縦に「500円」という文字が刻まれていること、気づいていましたか。また、1円玉1個作るには3円もかかる。だから、ぜったいに偽1円玉はない、なんていう話を留学生にします。

 コインに描かれている絵の紹介。1円玉。若木が描かれたアルミニウム貨で、5円玉は稲穂。50円は菊。百円は桜。500円は桐と竹。さて、10円玉には何が描かれているか。10円だけ金額表示の10に常盤木が描かれ、裏面は他の硬貨が植物であるのに対して、建物が描かれています。このたび、50年ぶりに全面修復がなった宇治平等院です。(2014年4月から再公開)

 「500円玉の00の中に、文字が見えることがわかったら、今度は10円玉を見つめてみましょう。ある不思議なことがあります」
 「なんだろう」という顔が、帰ってきたら、「10円玉に描かれているのは、宇治平等院鳳凰堂です。じっと見つめてください。瞬きをせずにじっと見つめていると鳳凰堂の扉が、とじたりしまったりします」
 さあ、あなたもやってみましょう。

 しばらく見つめていた人が、「ダメだ、瞬きしちゃった」なんて言ったら「諦めたら、試合終了です。さあ、もう一度。じっと見つめていると、こんどは平等院鳳凰堂の扉が、ひらいたりあいたりしますから」
 ここらで、たいていの人は、あれっと言う顔をします。

 「閉じたりしまったりする扉」「開いたりひらいたりする扉」同意語の反復にすぎませんね。これは、「~たり~たり」という日本語表現を利用した冗談です。飲んだり食べたり、踏んだり蹴ったり、行ったり来たり、上がったり下がったり、このような表現をよく使うので、「閉じたりしまったり」と言われると一瞬、ふたつの事象があるような気がしてしまいます。
 
 「~たり~たり」はなじみの表現で、いつもは意識せずに使っているのですが。

 日本語教授法受講の学生に、「~たり~たり」の文型で、留学生がよく間違えて書く作文を例にして、誤用について考えさせます。
 「関西へ旅行にいきました。平等院を見たり金閣寺を見たりしました」という作文はOK。しかし「関西へ旅行にいったり、金閣寺を見たりしました」という文は、日本語文としておかしい、なぜなのか説明してください。
 日本語母語話者は、日頃無意識に日本語を使っています。しかし、日本語教授者は、ことばを意識的に見直すことが重要だ、ということを考えさせる場面です。

 「日曜日に何をしますか」という質問。日曜日にいろいろなことをするうちのふたつを例として出してください、という注文がつきます。
 テ形(連用形)をつなげて、継起的に行動を説明する文型はすでに習っています。「日曜日の朝、7時に起きて、新聞を読んて、コーヒーを飲みます」これはみな言えるようになっています。

 日本語学習者は、日曜日の行動を思い浮かべて、ふたつの動作を選びます。日曜日のふたつの行動を思い浮かべた留学生が次のように言います。
「日曜日、洗濯をしたり、宿題をしたりします」これはOK。
 次の学生、「日曜日、朝起きたりコーヒーを飲んだりします」こちらはダメ。なぜか。

 この留学生誤用について日本人学生に考えさせます。
 「日曜日に、朝起きたり新聞を読んだりします」という文が、日本語としておかしい感じがする、というのは、皆感じるのです。しかし、なぜダメなのかを説明する段になると、「あれ?どちらも日曜日にする行動なのに、なぜふたつ並べて~たり~たり、にするとおかしくなるのか」と考え込みます。無意識に使っている日本語を文法面から意識化することから、日本語教師としての第一歩が始まります。

 「~たり~たり」は、同じ範疇の行動をふたつ並べることによって、他にも同じような行為行動があることを例示する文です。
  京都旅行の作文。「京都へ行きました。清水寺へ行きました。金閣寺を見ました。八つ橋せんべいを買いました」
 「京都へ行きました」と、「清水寺へ行きました」は、同じ「行きました」という動詞を使っていても、行動の範疇からいうと同じものではありません。「京都に到着したあとの「清水寺へ行く、金閣寺を見る」は同じ範疇の行動。しかし、「京都へ行く」と「清水寺へ行く」は同じではありません。「京都に行く」と同じ範疇の行動は、「帰る」です。
 「彼はいつも新幹線で京都に行ったり帰ったりする」という文なら成立します。
 
 日曜日の朝、起きて、また二度寝して、また起きて、というときなら「日曜日、起きたり寝たりします」と言えます。しかし、「起きる」と「宿題をする」は、同じ範疇の行動ではないので、「日曜日、起きたり宿題したりします」は、誤りなのです。

 日本語の動詞、文法活用の面から、五段活用(1グループ、u動詞)一段活用(2グループ、ru動詞)、変格活用(3グループ、する、くる)に、分けられることは、古典文法を習った人にはおなじみ。現代日本語を教えるときも、留学生にとってこの活用のグループ分けは、第一の関門になります。「京都に*行きないことにしました」「京都に*行くばよかった」などの誤用は、初級後半になっても多々出てきます。
 しかし、活用については、日本語母語話者も意識化しやすいので、教える側にとって、説明はむずかしくありません。

 教える側にとって難しいのは、無意識に日本語を使っていると気づかない日本語の法則を意識化することです。
 日本語学習者が間違えたとき、あれ?どうしてこういう表現は日本語として使えないのだろうと考えることから、日本語文法研究が始まるのです。

<つづく>
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