20151009
ミンガラ春庭ミャンマーだより>2015ヤンゴン日記9月(8)サク君還俗するその2還俗祝い食事会in momoさんち
スーレーパゴダのお参りがすんで、独立記念塔があるマハバンドゥーラ公園で休憩しました。スーレーのすぐ前にあるのに、モモさんは初めて来た、と話すのでびっくりしました。モモママが許した場所に、ママが許可した人といっしょでなcければ、ひとりで出かけることはないモモさん。
私がいっしょにいるから若い男性ふたりがいっしょでも公園に来ることができたけれど、箱から出たことないモモさんにとって、ゲストハウスの中に入ってみるのも、公園にすわって時をすごす、というのもはじめての経験でした。
恋人がいる、というシン君に対してガールフレンドなしのサク君、さかんにモモさんに「どういうタイプの男性が好みか」なんて尋ねるのだけれど、モモさんは、そもそも男性の好みなど考えたこともない。時期がくれば、ママが選んだしかるべき人と結婚するのだろうけれど、それまで男性と手をにぎったこともない青春をすごすのだろうと思います。それがミャンマーの良家の子女。
サク君は、そういう当地の男女関係を聞いて「うゎあ、昔の人みたいじゃないですか」というのだけれど、ミャンマーで「自由恋愛」なんてことが一般的になるのは、いったいいつになることか。
公園散歩で「ナンパ」に忙しいサク君に、なんとか聞き出した「修行のようす」。
「朝、托鉢に出ると、炊いたご飯を半端なく鉢に入れてくれるので、毎日食べきれないくらい腹一杯になった」と言っていました。僧侶をもてなし寄進することが、ミャンマー人の生活の中で大事なことなのです。
僧侶が食事を許されるのは午前中だけ、午後の飲食は禁じられています。お茶はOK。しかし、サク君といっしょに出家したニワカ僧侶や、ほかの短期修行者たちは、「ラペットゥは、お茶の葉だから、これは食べ物に入らない。お茶を飲むのといっしょだ」と言って午後も食べていました。ラペットゥというお茶の葉の漬け物に、ビーナツなどの豆類ココナツを刻んだものなど、さまざまな薬味を加えて作るお茶うけがあります。お茶の葉だから、お茶の部類、という解釈をしているのです。
サク君も誘われていっしょに食べていたところ、あるとき、先輩の本当の出家者が、にわか出家者たちのたまり場をのぞきにきたとき、みな大急ぎでラペットゥを隠してしまいました。「なんだ、こいつら、隠れて食べていたんだ」と、わかったのだそうです。
サク君は、朝一番のパーリ語のお経の時間にも出たし、そのあとの瞑想の時間もちゃんと出ていたけれど、いっしょに出家儀式を行ったスポンサー婦人の息子は、托鉢はサボるし、瞑想時間は昼寝しているし、どうにも「母親が出家修行してこいっていうから来ただけ」という態度に終始していたそうです。まあ、そういう修行もあることでしょう。母親は僧侶となった息子に、拝跪拝礼していたというのに。
1週間の短期修行者の生活は、午後はひたすらお寺めぐり。一日に5ヶ所くらいのお寺を先輩に連れられてお参りしてきたそうです。
私がお参りした市内のお寺数カ所でたくさんの僧侶姿を見かけましたが、なるほど、彼らは短期修行者だったのね。
午後の飲食は破戒ですが、その他については、先輩僧侶によって言うことが違っていて、テキトーだったとか。
音楽を聴くこと、歌を歌うことは破戒である、という僧侶もいるけれど、「仏教に関連した曲なら、お経をきくのと同じだから聞いてもいいのだ」と、アイフォンのイヤフォンを耳にしてずっと聞いていた僧侶もいたのだそうです。
仏教に関連した曲ってどんなのかしら。ビートルズの歌だって、イマジンは世界平和を求めているので、仏教精神にのっとっているし、ジョンレノンはインドで修行もした人だから、と解釈して聞くことができる。
お経ラップなんてのもよさそうだ。
ともかく、サク君はかなりまじめに1週間を僧侶としてすごし、還俗して俗世間にかえってきました。
モモママは、仏教大学卒業のサク君に対して、その名が「仏教大学」というだけで、信用してくれました。当地の仏教大学は、身分の高い僧侶を養成する、国内随一のエリート大学です。「でも、一流企業に勤めている人でなければ、モモママは交際を認めないと思うよ。サク君は就職する気があるの?」と尋ねると、「いやあ、もうちょっと世界を回ってから」というので、モモさんにモーションかけるのはあきらめてもらわねば。
もっとも、モモさんは、サク君が「オレとつきあわない?」という日本式ナンパをしているのだということもわからない。
モモさんの家で、晩ご飯をいただきました。
モモさんの家には、ママの信用を得た日本人留学生(女性に限る)が出入りしているから日本人の好みを知っているからかも知れませんが、ママさんの作ったミャンマー料理は、今までで食べたミャンマー料理のなかで一番おいしかったです。そんなに油っぽくないし、味付けもよい。私もたくさんいただきました。
ラペットゥは、各家庭ごとにそれぞれの家の味付けがあり、それぞれの家庭で「我が家のラペットゥが一番おいしい」と考えているところ、日本のそれぞれの家の味噌汁みたいです。ママさんのラペットゥ、ほんとうにおいしかった。
サク君とシン君は「オマイラ大食い大会してんのかよ」と、つっこんだくらい、ものすごく食べました。次々に出てくるおかわりのご飯も何種類ものおかずも、何度でも平らげる。
心配になって、いっしょに食事会に出ていた日本人留学生のナツさんに、「こんなに食べて、家族の分が足りなくなりはしない?」と聞いてみました。部屋には、モモママさんとモモ従兄弟の中学生くらいの男の子がいて、食べずに待っているからです。ナツさんは「あ、ぜんぜん大丈夫ですよ。たくさん食べてくれれば、それだけお料理が気に入ってもらえたのだと喜んでいますから」という返事でした。ミャンマー人の「おもてなし精神」は、徹底しています。
サク君は、これから、ミャンマーをちょっと旅したら、シン君といっしょにインドへ旅立つそうです。
35年前のバックパーカーである春庭、ふたりを見ていると、ケニアの各地をふらふらとリュック背負って歩いた日々が思い出されます。大学でまじめ一筋にビルマ語を勉強している留学生たちもよい若者なのですが、私は、バックパッカーのふたりの方に、断然親近感を感じました。
facebookには、シン君が投稿した「ヤンゴンでは、道が川になるのは日常です」という写真が載っていました。私の宿舎のまわりも水没するけれど、下町の水没ぶりもハンパない。「みんな平気で川になった道をじゃぶじゃぶ歩いています」というシン君のコメントに「HALの宿舎のまわりも、おんなじですよ」と、コメントを入れました。
ふたりのインド行が、無事にいきますよう、ヤンゴンのお釈迦様たちにお祈りしました。現世利益を求めちゃ行けない、というミャンマーのお釈迦様ですが、ダラという地域にある大仏にお参りしたとき、ビルマ語試験を控えている日本人留学生が「ここのお寺にお参りすると、ひとつだけ現世のことを願ってもいいんだそうです。私はビルマ語試験がパスするよう、祈ります」と、祈っていました。
私の現世利益のお願いも、きっと心広いお釈迦様がかなえてくれて、バックパッカーふたりの旅が安全にいくと思います。
サク君、シン君、よい旅を!
<つづく>
ミンガラ春庭ミャンマーだより>2015ヤンゴン日記9月(8)サク君還俗するその2還俗祝い食事会in momoさんち
スーレーパゴダのお参りがすんで、独立記念塔があるマハバンドゥーラ公園で休憩しました。スーレーのすぐ前にあるのに、モモさんは初めて来た、と話すのでびっくりしました。モモママが許した場所に、ママが許可した人といっしょでなcければ、ひとりで出かけることはないモモさん。
私がいっしょにいるから若い男性ふたりがいっしょでも公園に来ることができたけれど、箱から出たことないモモさんにとって、ゲストハウスの中に入ってみるのも、公園にすわって時をすごす、というのもはじめての経験でした。
恋人がいる、というシン君に対してガールフレンドなしのサク君、さかんにモモさんに「どういうタイプの男性が好みか」なんて尋ねるのだけれど、モモさんは、そもそも男性の好みなど考えたこともない。時期がくれば、ママが選んだしかるべき人と結婚するのだろうけれど、それまで男性と手をにぎったこともない青春をすごすのだろうと思います。それがミャンマーの良家の子女。
サク君は、そういう当地の男女関係を聞いて「うゎあ、昔の人みたいじゃないですか」というのだけれど、ミャンマーで「自由恋愛」なんてことが一般的になるのは、いったいいつになることか。
公園散歩で「ナンパ」に忙しいサク君に、なんとか聞き出した「修行のようす」。
「朝、托鉢に出ると、炊いたご飯を半端なく鉢に入れてくれるので、毎日食べきれないくらい腹一杯になった」と言っていました。僧侶をもてなし寄進することが、ミャンマー人の生活の中で大事なことなのです。
僧侶が食事を許されるのは午前中だけ、午後の飲食は禁じられています。お茶はOK。しかし、サク君といっしょに出家したニワカ僧侶や、ほかの短期修行者たちは、「ラペットゥは、お茶の葉だから、これは食べ物に入らない。お茶を飲むのといっしょだ」と言って午後も食べていました。ラペットゥというお茶の葉の漬け物に、ビーナツなどの豆類ココナツを刻んだものなど、さまざまな薬味を加えて作るお茶うけがあります。お茶の葉だから、お茶の部類、という解釈をしているのです。
サク君も誘われていっしょに食べていたところ、あるとき、先輩の本当の出家者が、にわか出家者たちのたまり場をのぞきにきたとき、みな大急ぎでラペットゥを隠してしまいました。「なんだ、こいつら、隠れて食べていたんだ」と、わかったのだそうです。
サク君は、朝一番のパーリ語のお経の時間にも出たし、そのあとの瞑想の時間もちゃんと出ていたけれど、いっしょに出家儀式を行ったスポンサー婦人の息子は、托鉢はサボるし、瞑想時間は昼寝しているし、どうにも「母親が出家修行してこいっていうから来ただけ」という態度に終始していたそうです。まあ、そういう修行もあることでしょう。母親は僧侶となった息子に、拝跪拝礼していたというのに。
1週間の短期修行者の生活は、午後はひたすらお寺めぐり。一日に5ヶ所くらいのお寺を先輩に連れられてお参りしてきたそうです。
私がお参りした市内のお寺数カ所でたくさんの僧侶姿を見かけましたが、なるほど、彼らは短期修行者だったのね。
午後の飲食は破戒ですが、その他については、先輩僧侶によって言うことが違っていて、テキトーだったとか。
音楽を聴くこと、歌を歌うことは破戒である、という僧侶もいるけれど、「仏教に関連した曲なら、お経をきくのと同じだから聞いてもいいのだ」と、アイフォンのイヤフォンを耳にしてずっと聞いていた僧侶もいたのだそうです。
仏教に関連した曲ってどんなのかしら。ビートルズの歌だって、イマジンは世界平和を求めているので、仏教精神にのっとっているし、ジョンレノンはインドで修行もした人だから、と解釈して聞くことができる。
お経ラップなんてのもよさそうだ。
ともかく、サク君はかなりまじめに1週間を僧侶としてすごし、還俗して俗世間にかえってきました。
モモママは、仏教大学卒業のサク君に対して、その名が「仏教大学」というだけで、信用してくれました。当地の仏教大学は、身分の高い僧侶を養成する、国内随一のエリート大学です。「でも、一流企業に勤めている人でなければ、モモママは交際を認めないと思うよ。サク君は就職する気があるの?」と尋ねると、「いやあ、もうちょっと世界を回ってから」というので、モモさんにモーションかけるのはあきらめてもらわねば。
もっとも、モモさんは、サク君が「オレとつきあわない?」という日本式ナンパをしているのだということもわからない。
モモさんの家で、晩ご飯をいただきました。
モモさんの家には、ママの信用を得た日本人留学生(女性に限る)が出入りしているから日本人の好みを知っているからかも知れませんが、ママさんの作ったミャンマー料理は、今までで食べたミャンマー料理のなかで一番おいしかったです。そんなに油っぽくないし、味付けもよい。私もたくさんいただきました。
ラペットゥは、各家庭ごとにそれぞれの家の味付けがあり、それぞれの家庭で「我が家のラペットゥが一番おいしい」と考えているところ、日本のそれぞれの家の味噌汁みたいです。ママさんのラペットゥ、ほんとうにおいしかった。
サク君とシン君は「オマイラ大食い大会してんのかよ」と、つっこんだくらい、ものすごく食べました。次々に出てくるおかわりのご飯も何種類ものおかずも、何度でも平らげる。
心配になって、いっしょに食事会に出ていた日本人留学生のナツさんに、「こんなに食べて、家族の分が足りなくなりはしない?」と聞いてみました。部屋には、モモママさんとモモ従兄弟の中学生くらいの男の子がいて、食べずに待っているからです。ナツさんは「あ、ぜんぜん大丈夫ですよ。たくさん食べてくれれば、それだけお料理が気に入ってもらえたのだと喜んでいますから」という返事でした。ミャンマー人の「おもてなし精神」は、徹底しています。
サク君は、これから、ミャンマーをちょっと旅したら、シン君といっしょにインドへ旅立つそうです。
35年前のバックパーカーである春庭、ふたりを見ていると、ケニアの各地をふらふらとリュック背負って歩いた日々が思い出されます。大学でまじめ一筋にビルマ語を勉強している留学生たちもよい若者なのですが、私は、バックパッカーのふたりの方に、断然親近感を感じました。
facebookには、シン君が投稿した「ヤンゴンでは、道が川になるのは日常です」という写真が載っていました。私の宿舎のまわりも水没するけれど、下町の水没ぶりもハンパない。「みんな平気で川になった道をじゃぶじゃぶ歩いています」というシン君のコメントに「HALの宿舎のまわりも、おんなじですよ」と、コメントを入れました。
ふたりのインド行が、無事にいきますよう、ヤンゴンのお釈迦様たちにお祈りしました。現世利益を求めちゃ行けない、というミャンマーのお釈迦様ですが、ダラという地域にある大仏にお参りしたとき、ビルマ語試験を控えている日本人留学生が「ここのお寺にお参りすると、ひとつだけ現世のことを願ってもいいんだそうです。私はビルマ語試験がパスするよう、祈ります」と、祈っていました。
私の現世利益のお願いも、きっと心広いお釈迦様がかなえてくれて、バックパッカーふたりの旅が安全にいくと思います。
サク君、シン君、よい旅を!
<つづく>