20151003
ミンガラ春庭ニッポニアニッポン教師日誌2015ヤンゴン教師日誌9月(5)サバイバル授業の成果
8月6日に前任者の授業を見学させてもらったとき、学生達は、授業中のリピート練習では、教師に後に続いてよく声を出し、活発な授業風景にみえました。けれど、そのあとの、文型暗記、単語暗記などは求められていませんから、まったく定着はしていませんでした。
私が引き継いで8月7日に6課の授業を始めたとき、受講生たちは、5課の単語も文型も覚えていませんでした。
当地の学生達、授業中はひたすら先生のあとについてリピートする。試験前に教科書を丸暗記する、これが勉強のすべてです。日本語は単位なしの授業ですし、期末試験もありませんから、学生達は「丸暗記」なし。これでは定着するはずもありません。
5課復習から始めました。
単語の復習。図書館、食堂、郵便局、銀行などの場所名詞を絵カードをパワーポイントに取り込んで、スライドを見せながら復習する。リピートはみな、よく出来ます。つぎに「きのう、どこへ行きましたか」「ぎんこうへいきました」「あした、どこへ行きますか」「ゆうびんきょくへいきます」という例文を読み、リピートする。よくできます。このあと、TA(ティーチングアシスタント、ビルマ語学習の日本人留学生)に「A」のカードを持たせ、私が「B」のカードを持って、例文の質問と答えのやりとりを言って、Aが質問したことをBが答える、というやりとりを見せます。(直接法では、これを教師ひとりがAカードを右手に、Bカードを左手に持ってひとり二役でやりとりしたり、右手と左手に指人形をはめて、二人の人物の対話であることを理解させます)。
A:「きのう、どこへ行きましたか」B:「スーパへ行きました」
A:「あした、どこへ行きますか」B:「デパートへ行きます」
というやりとりを見せて、TAに、Aさんが質問したら、Bさんが答えるようにビルマ語で指示してもらいます。
それから、教師がAとなって、学生1にBのカードを渡します。一般の直接法授業なら、Bのカードを持った学生は、自分はAの質問に返答するのだと解釈します。しかし、当地では、Bに対して「きのう、どこへ行きましたか」と尋ねると、学生1は、「きのう、どこへ行きましたか」と、復唱するのです。郵便局の絵カードを示して、「ゆうびんきょくへ行きました」と答えるようにいうと、やっと「ゆうびんきょくへいきました」と、復唱はできる。次の学生2に「あした、どこへ行きますか」と尋ねると「あした、どこへ行きますか」と、復唱するのみ。
リピート以外の授業は、なかなか成立しないクラスでした。
前任者は当地のリピート中心授業に合わせてクラスを進行していましたから「みな、よくできます」と言っていたのですが、リピート練習だけなら、オウムでもできる。
しかし、当地の学生がリピート以外の学習活動になじまないですごしていたのは、リピート以外の活動をしてこなかったからでした。
私がゼロスタートから授業を行った、理系教員のためのサバイバルジャパニーズクラスでは、教師の発問意図をよく理解して、「ここは、リピートするところ」「ここは教師の質問に対して答えるところ」と、活発な語学活動ができたのです。むろん、30人のクラスではじめた授業では、リピートが中心になってしまうこともやむを得ず、私が引き受けたサバイバルクラスでは、11名の「11月に日本へ行く」という強い動機を持った教員のクラスでしたから、一概には言えません。でも、リピートしかしようとしないクラスのあと、さまざまな活動に答えてくれるサバイバルクラスを受け持ったおかげで、自信をうしなわずにすみました。
数字の言い方をならったあと、「いくらですか」「○○円です」「これ、ください」という買い物の言い方をならう。そのあと、教室に、傘とカバンを並べた洋品屋、本を並べた本屋、ペンや消しゴムの文房具屋などを設定して、「お買い物ごっこ」をやったときも、みな、よく文型を暗記して、買い物のやりとりをやっていました。あまりリピートしないでさっとすませた「ぜんぶで、○○円です。千円お預かりします。500円お返しです」という店員のセリフや、日本では、デパートやスーパーではfix priceだから、値引きしないと説明した上で「高いですね、安くしてください」という秋葉原電気街に行った時用のセリフも、みな喜んで口にしていました。
日本の留学生教育センターでは「旧来のオーディオリンガル方式でリピートのみのクラスでは、教師はテープレコーダーと同じ存在意義しかない。学習者から自発的な発話を引き出すことこそ、教師の腕である」という考えで授業を行ってきました。
リピートしかしようとしない学生相手だけだったら、私の25年間の日本語教育歴が否定されたように感じたままになってしまい、がっくりきたことでしょう。
サバイバルクラスの授業、ひらがなカタカナは覚えなくてよいから、日常会話をこなせるようにしてほしい、という注文でした。1月にオープンしたばかりの当地の事務所には、教材がそろっていません。書棚にはひらがなを覚えてから1課に入る教科書のみで、ローマ字による教科書はありませんでした。
しかたない、第1回から第6回までの教材を手作りしました。絵カード、ローマ字表記の日本語、ビルマ語を並べて、簡単な文型を理解させる教材です。ビルマ語がわからない春庭ですので、作るのにたいへん時間もかかり、苦労しました。「ビルマ語日本語語彙集」と「旅の指さしビルマ語」から街頭語句を選び、PDF画像を貼り付ける、という手間暇かけました。
しかし、苦労した分、受講者たちはとても熱心に授業を受け、Q&Aもこなし、文型定着率も非常に良かった。
私のやり方で日本語教育の成果があった、と思えるクラスとなり、私にとっても当地で日本語教育を実施してよかった、と思えました。
最終日には、春庭が持って行った娘と息子の浴衣を受講生に着せて、「日本の夏の伝統衣装のひとつです」と、紹介が出来ました。浴衣を着る人は、じゃんけんで決めました。とても喜んで、みなで写真をとっていました。
また、各人にスピーチを課したところ、それぞれきちんと準備をして、自己紹介、家族紹介、日本で研究すること、などを発表しました。発音にまだ難がある人もいたのですが、「全員、とてもよいスピーチでした。しっかり日本語を学びましたね」というコメントをつけて、終了しました。
人間相手の教師仕事は、どのような授業展開になるかは、その時によって異なります。どれだけ入念な準備をしても授業がうまくいくという保障はない。その日の学生の顔ぶれやお天気によって仕様が異なるのです。当地、激しい雨になるとトタン葺きの軒を打つ雨音で、教師の声は聞こえなくなってしまう。教室のマイクは常備されているはずが、ときに行方不明になっている。
おなじQ&A練習でも、受講生の返答によって、その後の授業展開が変わる。授業案なんぞ、おおまかなラフスケッチにすぎず、授業案を超えたところに授業があります。
それでも、その日の授業が楽しい展開になれば、教師も満足でき、こちらの意図が伝わらずに、やきもきする授業になれば、がっくりもする。
それでも、終わりよければすべてよし。最後の浴衣&スピーチ授業が楽しくできたことで、当地での仕事すべてがよかったと思えるようになりました。
<つづく> :
ミンガラ春庭ニッポニアニッポン教師日誌2015ヤンゴン教師日誌9月(5)サバイバル授業の成果
8月6日に前任者の授業を見学させてもらったとき、学生達は、授業中のリピート練習では、教師に後に続いてよく声を出し、活発な授業風景にみえました。けれど、そのあとの、文型暗記、単語暗記などは求められていませんから、まったく定着はしていませんでした。
私が引き継いで8月7日に6課の授業を始めたとき、受講生たちは、5課の単語も文型も覚えていませんでした。
当地の学生達、授業中はひたすら先生のあとについてリピートする。試験前に教科書を丸暗記する、これが勉強のすべてです。日本語は単位なしの授業ですし、期末試験もありませんから、学生達は「丸暗記」なし。これでは定着するはずもありません。
5課復習から始めました。
単語の復習。図書館、食堂、郵便局、銀行などの場所名詞を絵カードをパワーポイントに取り込んで、スライドを見せながら復習する。リピートはみな、よく出来ます。つぎに「きのう、どこへ行きましたか」「ぎんこうへいきました」「あした、どこへ行きますか」「ゆうびんきょくへいきます」という例文を読み、リピートする。よくできます。このあと、TA(ティーチングアシスタント、ビルマ語学習の日本人留学生)に「A」のカードを持たせ、私が「B」のカードを持って、例文の質問と答えのやりとりを言って、Aが質問したことをBが答える、というやりとりを見せます。(直接法では、これを教師ひとりがAカードを右手に、Bカードを左手に持ってひとり二役でやりとりしたり、右手と左手に指人形をはめて、二人の人物の対話であることを理解させます)。
A:「きのう、どこへ行きましたか」B:「スーパへ行きました」
A:「あした、どこへ行きますか」B:「デパートへ行きます」
というやりとりを見せて、TAに、Aさんが質問したら、Bさんが答えるようにビルマ語で指示してもらいます。
それから、教師がAとなって、学生1にBのカードを渡します。一般の直接法授業なら、Bのカードを持った学生は、自分はAの質問に返答するのだと解釈します。しかし、当地では、Bに対して「きのう、どこへ行きましたか」と尋ねると、学生1は、「きのう、どこへ行きましたか」と、復唱するのです。郵便局の絵カードを示して、「ゆうびんきょくへ行きました」と答えるようにいうと、やっと「ゆうびんきょくへいきました」と、復唱はできる。次の学生2に「あした、どこへ行きますか」と尋ねると「あした、どこへ行きますか」と、復唱するのみ。
リピート以外の授業は、なかなか成立しないクラスでした。
前任者は当地のリピート中心授業に合わせてクラスを進行していましたから「みな、よくできます」と言っていたのですが、リピート練習だけなら、オウムでもできる。
しかし、当地の学生がリピート以外の学習活動になじまないですごしていたのは、リピート以外の活動をしてこなかったからでした。
私がゼロスタートから授業を行った、理系教員のためのサバイバルジャパニーズクラスでは、教師の発問意図をよく理解して、「ここは、リピートするところ」「ここは教師の質問に対して答えるところ」と、活発な語学活動ができたのです。むろん、30人のクラスではじめた授業では、リピートが中心になってしまうこともやむを得ず、私が引き受けたサバイバルクラスでは、11名の「11月に日本へ行く」という強い動機を持った教員のクラスでしたから、一概には言えません。でも、リピートしかしようとしないクラスのあと、さまざまな活動に答えてくれるサバイバルクラスを受け持ったおかげで、自信をうしなわずにすみました。
数字の言い方をならったあと、「いくらですか」「○○円です」「これ、ください」という買い物の言い方をならう。そのあと、教室に、傘とカバンを並べた洋品屋、本を並べた本屋、ペンや消しゴムの文房具屋などを設定して、「お買い物ごっこ」をやったときも、みな、よく文型を暗記して、買い物のやりとりをやっていました。あまりリピートしないでさっとすませた「ぜんぶで、○○円です。千円お預かりします。500円お返しです」という店員のセリフや、日本では、デパートやスーパーではfix priceだから、値引きしないと説明した上で「高いですね、安くしてください」という秋葉原電気街に行った時用のセリフも、みな喜んで口にしていました。
日本の留学生教育センターでは「旧来のオーディオリンガル方式でリピートのみのクラスでは、教師はテープレコーダーと同じ存在意義しかない。学習者から自発的な発話を引き出すことこそ、教師の腕である」という考えで授業を行ってきました。
リピートしかしようとしない学生相手だけだったら、私の25年間の日本語教育歴が否定されたように感じたままになってしまい、がっくりきたことでしょう。
サバイバルクラスの授業、ひらがなカタカナは覚えなくてよいから、日常会話をこなせるようにしてほしい、という注文でした。1月にオープンしたばかりの当地の事務所には、教材がそろっていません。書棚にはひらがなを覚えてから1課に入る教科書のみで、ローマ字による教科書はありませんでした。
しかたない、第1回から第6回までの教材を手作りしました。絵カード、ローマ字表記の日本語、ビルマ語を並べて、簡単な文型を理解させる教材です。ビルマ語がわからない春庭ですので、作るのにたいへん時間もかかり、苦労しました。「ビルマ語日本語語彙集」と「旅の指さしビルマ語」から街頭語句を選び、PDF画像を貼り付ける、という手間暇かけました。
しかし、苦労した分、受講者たちはとても熱心に授業を受け、Q&Aもこなし、文型定着率も非常に良かった。
私のやり方で日本語教育の成果があった、と思えるクラスとなり、私にとっても当地で日本語教育を実施してよかった、と思えました。
最終日には、春庭が持って行った娘と息子の浴衣を受講生に着せて、「日本の夏の伝統衣装のひとつです」と、紹介が出来ました。浴衣を着る人は、じゃんけんで決めました。とても喜んで、みなで写真をとっていました。
また、各人にスピーチを課したところ、それぞれきちんと準備をして、自己紹介、家族紹介、日本で研究すること、などを発表しました。発音にまだ難がある人もいたのですが、「全員、とてもよいスピーチでした。しっかり日本語を学びましたね」というコメントをつけて、終了しました。
人間相手の教師仕事は、どのような授業展開になるかは、その時によって異なります。どれだけ入念な準備をしても授業がうまくいくという保障はない。その日の学生の顔ぶれやお天気によって仕様が異なるのです。当地、激しい雨になるとトタン葺きの軒を打つ雨音で、教師の声は聞こえなくなってしまう。教室のマイクは常備されているはずが、ときに行方不明になっている。
おなじQ&A練習でも、受講生の返答によって、その後の授業展開が変わる。授業案なんぞ、おおまかなラフスケッチにすぎず、授業案を超えたところに授業があります。
それでも、その日の授業が楽しい展開になれば、教師も満足でき、こちらの意図が伝わらずに、やきもきする授業になれば、がっくりもする。
それでも、終わりよければすべてよし。最後の浴衣&スピーチ授業が楽しくできたことで、当地での仕事すべてがよかったと思えるようになりました。
<つづく> :