20160906
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>長月のことば(5)秋の寺
・秋の寺華やぐはただ死のときのみ(有馬朗人)
一休和尚は「正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」と詠みました。
満年齢になった現代では、正月にいっせいにひとつ年をとることもないので、さしづめ誕生日が「冥土の旅の一里塚」に当たるのでしょう。
年金もらう年になれば、いっそうのこと「誕生日めでたくもありめでたくもなし」ということになってくるのですが、私は、まだまだ誕生日がうれしいのです。
誕生日はだれにもあり、この一日ばかりは、自分が生まれてきたことを意識します。冥土の旅の一里塚であれ、誕生日がある。私が生まれてきたことを、私自身は寿ぎたい。
誕生日の一日は、自己承認の一日です。
現代人の欲望は、昔のつつましやかな人生に比べて、食欲にせよ権勢欲にせよ、大きくふくれあがっています。
昔に比べると格段に肥大したと思えるのが、「承認欲求」みたいです。
この春から夏にかけて、落ち込むことが多かったことを書きました。
これまで私は、「貧乏な人生だけれど、心豊かに暮らせてきた」と思うことができました。しかし、この春、お金がないために悲しい思いをいたしました。これまでお金を十分にかせいではこなかった人生を、おおいに後悔しました。なにをどう言われようと金儲けに邁進した人だったなら、こんな事態になってもちゃんと対処していけたのに。お金がないばかりに、家族がより厳しい試練にさらされました。しかし、何を言っても、ないものはない。自己否定に陥りがちな毎日でしたが、誕生日の一日ばかりは、生まれてきたことを肯定したいと思います。
生まれてきてよかったね、わたし。生き伸びていくこともままならぬ人生だけれど、生まれてきて、これまで歩んでこられてよかったね。はい、つつましやかに自己承認の一日を過ごしました。
台風の被害に遭われた方々も、こののち。すこやかでありますように。
そして、これからの1年が平穏でありますように。
<つづく>
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>長月のことば(5)秋の寺
・秋の寺華やぐはただ死のときのみ(有馬朗人)
一休和尚は「正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」と詠みました。
満年齢になった現代では、正月にいっせいにひとつ年をとることもないので、さしづめ誕生日が「冥土の旅の一里塚」に当たるのでしょう。
年金もらう年になれば、いっそうのこと「誕生日めでたくもありめでたくもなし」ということになってくるのですが、私は、まだまだ誕生日がうれしいのです。
誕生日はだれにもあり、この一日ばかりは、自分が生まれてきたことを意識します。冥土の旅の一里塚であれ、誕生日がある。私が生まれてきたことを、私自身は寿ぎたい。
誕生日の一日は、自己承認の一日です。
現代人の欲望は、昔のつつましやかな人生に比べて、食欲にせよ権勢欲にせよ、大きくふくれあがっています。
昔に比べると格段に肥大したと思えるのが、「承認欲求」みたいです。
この春から夏にかけて、落ち込むことが多かったことを書きました。
これまで私は、「貧乏な人生だけれど、心豊かに暮らせてきた」と思うことができました。しかし、この春、お金がないために悲しい思いをいたしました。これまでお金を十分にかせいではこなかった人生を、おおいに後悔しました。なにをどう言われようと金儲けに邁進した人だったなら、こんな事態になってもちゃんと対処していけたのに。お金がないばかりに、家族がより厳しい試練にさらされました。しかし、何を言っても、ないものはない。自己否定に陥りがちな毎日でしたが、誕生日の一日ばかりは、生まれてきたことを肯定したいと思います。
生まれてきてよかったね、わたし。生き伸びていくこともままならぬ人生だけれど、生まれてきて、これまで歩んでこられてよかったね。はい、つつましやかに自己承認の一日を過ごしました。
台風の被害に遭われた方々も、こののち。すこやかでありますように。
そして、これからの1年が平穏でありますように。
<つづく>