春庭Annex カフェらパンセソバージュ~~~~~~~~~春庭の日常茶飯事典

今日のいろいろ
ことばのYa!ちまた
ことばの知恵の輪
春庭ブックスタンド
春庭@アート散歩

ぽかぽか春庭「あさがほ」

2016-09-21 00:06:34 | エッセイ、コラム

向島百花園にて撮影20160905

20160921
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>秋の七草(4)朝顔(ききょう)

 万葉集の中で、「朝顔」と呼ばれている花。「朝、一番に起きて見るひときわ美しい花」という意味で、「現代に朝顔と呼ばれている花」のほか、「むくげ」「ききょう」などが朝顔であったろう、という説が出されています。
 また、万葉集の「顔花」も、ヒルガオかカキツバタ、ムクゲ、アサガオ、など諸説あり、花に詳しくない私などは、どれがどれやら混乱します。
 ここでは、犬養孝と片岡寧豊の説に従って、ききょう説をとります。


 万葉集には、「朝顔」の歌は、5首あります。そのうち1首は、山上憶良の七草の歌なので、その他は4首。そのうち3首は巻10の「花を詠める」「花に寄する」に並べられている、作者名のない歌です。さまざまな経緯で集められていた歌のうち、東歌である巻14-3502のように、東の方言をそのまま仮名表記してある採録方法は、編者の歌に対する公平で真摯な考え方が、あずま育ちの私にはうれしいことに思えます。おそらく、民謡のようにして、あずま出身の防人達が歌っていたのを、防人検校の仕事をしていた大伴家持らが記録したのだろうと思います。

10-2104 朝杲 朝露負 咲雖云 暮陰社 咲益家礼
朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり

 朝顔は朝露を浴びて咲くといいますが、夕方の薄暗い光の中でこそ輝いて見えます

 私には恋歌に思えます。「あなたは、朝見ても当然美しいけれど、夕方の薄暗くなった光の中でこそ輝く美貌です。そんなあなたに夕方会って、夜をともにすごせたらなあ」という、遠回りな求愛の歌だと思いますが。

 むくげや朝顔だと、朝のほうがだんぜん美しく、夕方は少々しおれてくる。よって、朝も美しいけれど、夕方にいっそう光って見えるききょうのほうが「朝顔」にふさわしい花だ、と、ききょう説の採用者は、この歌を根拠として、ききょうのほうをあさがおにふさわしいと考えているのです。

10-2274 展轉 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容皃之花
こいまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝顔の花
 
 ころげまわって恋焦がれて死んでしまうとしても、はっきりとは顔色には出しません、朝顔の花

 万葉仮名の「展轉」を「臥(こ)いまろび」と読むこと、万葉仮名の研究者が研究し尽くしてのことなのでしょう。「灼然」は「いちしろく」現代語では「いちじるし」→「いちじるしい」とかわっています。


10-2275 言出而 云者忌染 朝皃乃 穂庭開不出 戀為鴨
 言(こと)に出でて云はばゆゆしみ朝顔の穂には咲き出ぬ恋もするかも
 口に出して言っては憚り多いので、朝顔の花が表立って咲き出るような、そんな人目に立つ素振りを見せずにひそかに恋い焦がれています

  あの方を恋い慕っています。朝顔の花のように人目に立つようなことは決していたしますまいとこころに秘めた恋。それでもこうしてことばに出して歌を詠み、口から口絵と歌いつがれ、愛唱されたのでしょう。

14-3502 和我目豆麻 比等波左久礼杼 安佐我保能 等思佐倍己其登 和波佐可流我倍
我が目妻人は放(さ)くれど朝顔のとしさへこごと我は離るがへ

 私の目には美しくうつる妻のことを、人は引き離そうとするけれど、朝顔の(としさえこ)ように離れるものですか

 東歌の方言であろう「等思佐倍己としさへこ」が、何を意味しているのか、研究者によって諸説あるようですが、朝顔の花が現代のどの花であるのかさえ諸説あり、「としさへこ」も、朝顔のような何なのか、わかりません。わかるのは、「離るがへ=離れるでしょうか、いや、離れはしません」というあずまことばの反語法による、ちからいっぱいの宣言です。防人に出て行かなければならない夫は、いとしい妻に向かってこの歌を歌いかけ、遠い赴任地で、仲間とふるまいの酒を酌み交わしながら、ともに歌い、故郷の妻を偲んだのかと想像しています。

 「あさがほ」の万葉仮名表記、朝杲、朝容皃 安佐我保があります。東歌の表記が、一音節一文字で音をそのまま写されたのはありがたいことです。
 「和波佐可流我倍わはさかるがへ」わたしは、離れていくでしょうか、いいえ、けっしてはなれませんよ、という「がへ」が、東歌の反語に用いられる語だということまで、万葉学者達は研究しているのですね。
 歌を、一音節一文字で採録した人の苦心も、それを読み 解いていった人々も、ことばへの真摯な思いを持っていたことだろうと思います。

 そういうことばの文化を持ち得たことを、私は尊び、この言語文化をつたえていかなければならないと思っています。さいわい、万葉集も古今新古今も、愛好者は多いので、ほそぼそではあっても、今はまだこれらの歌は生きています。

 今後、英語学習が強化され、古典古文漢文学習の時間は減っていくでしょう。
 英語を学ぶなら、「英語で道案内ができる」というのも、英語学習の成果でしょうけれど、やるなら、たとえば、2020年東京オリンピックのフェンシング、レスリング、テコンドーの競技会場となることが決定したという幕張メッセ近辺での人なら、葛飾の地を詠んだという東歌くらい覚えてほしい。ガイドブックに載っている歌かもしれないからね。

 The boatmen are shouting
in the boat they row
by Mama Cove in Katsushika
it seems the waves are rising
(by Levy Hideo)


 葛飾の真野の浦廻(うらみ)を漕ぐ舟の船人騒ぐ波立つらしも(下総の東歌)


朝顔の候補のひとつは、ムクゲです。
向島百花園20160905

<つづく> 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする