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ぽかぽか春庭「秋天」

2016-09-07 00:00:01 | エッセイ、コラム
20160907
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>長月のことば(5)秋天


富士秋天墓は小さく死は易し(中村草田男)

 草田男の句、戦時中の作句だという。秋空のもとに立つ富士の大きさに比べたら、戦時の死はあまりにも小さく、人は赤紙一枚でころころと死んでいったのだろうと思います。しかし、そういう背景を知らずに、句そのものだけを読んだとしても、小さな墓とたやすく死に至る人間の生と、秋空の中に立つ富士の大きさの対比は、あざやかに心に残ります。

 両親と姉が眠る実家の墓は、榛名山のふもとの斜面にあり、東に赤城山が広々と望めます。
墓なんぞ小さくても、いっそ無くても、心で亡き人を偲び、亡き人は風になっているのだと思えばよいのだと考えていますが、残された人に墓が必要なら、句碑のようにして建ててもらおうかと思います。

 一番最初に我が家の墓に入った母。私の希望で墓石の脇に句碑を置いてもらいました。

腕欠くも静思秋野の石仏(静栄)

 秋の野辺に立つ、小さな石仏。古びて腕も欠けている仏様ではあるけれど、静かに物思いをしている。小さな石仏をそっと見守っている母が、私をも静かに見守っていてくれる気がしてきます。f
 ときおり母の句歌集のページをめくってみる、お墓参りをしなくても、これが私の供養の方法です。

 私も、墓のかわりに句碑?あらら、私には石に刻むほどの句はなかった、、、、これから精進します。

・句碑ひとつ見当たらぬほどの花野かな(春庭)

 留学生に、小春日は春の季語じゃない、花野は秋だよ秋、と、言い暮らしてきた日々も、遠くなっていきます。

 ↓の富士、墓ではありません。山部赤人の 歌碑です。
万葉集3-318
 
田子の浦ゆ打ちいてて見れば真白にそ富士の高嶺に雪は降りつつ」 
 兒之浦従  打出而見者  真白衣  不盡能高嶺尓  雪波零家留


 
画像借り物 富士市オフィシャルページより

 千年の後まで伝わることば。まこと、人の死は易し、されど人のことばは長し。

<つづく>
コメント (2)
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