20210304
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>2021新語旧語(3)ぴえんー三省堂新語大賞
毎年の年末、流行語大賞にはその年に流行したことばが入賞します。しかし、その後流行がすたれれば忘れ去られてしまうことのほうが多い。
その点、三省堂が選ぶ新語大賞は、「今後辞書に載り、一般的に使用される可能性のある語」を選ぶのが基本。2020年の「新語」には、三密、濃厚接触者などコロナ関連の語も数多く新語として登場したけれど、コロナ終息後にどれだけ日本語として使用され続けるのかはわかりません。
そんな中、三省堂辞書編纂のせんせー方が選んだ「新語」の大賞は「ぴえん」
大学で日本人学生に日本語教育学を教える仕事のよいところは、毎週若者言葉にふれることができることでしたのに、若者ことばに直接の濃厚接触しなくなって2年たちます。不肖春庭「ぴえん」を聞いたこと使ったことがありませんでした。
ネット世界での初登場は、2010年あたりだということなので、若者の間では知られており、2019年には「JC・JK語大賞」に選ばれているというので、もうSNSや若者の間では新語とは言えないくらい定着してきたのです。
三省堂の「ぴえん選出の辞」
コロナ禍などの社会的なきっかけもないのに、なぜ「ぴえん」ということばが広まったのか。それは、「ぴえん」に相当することばが、これまでずっと待望されていたからです。
従来、泣く様子を表現するには、「わーん」「うえーん」「びえーん」など「大泣き」系か、「しくしく」「めそめそ」「くすんくすん」など「すすり泣き」系か、どちらかのオノマトペを使うしかありませんでした。「大泣きするほどでなく、少しだけ声を出す泣き方」を表す一般的なオノマトペはありませんでした。言わば、泣き声の体系の中で、「少しだけ声を出して泣く表現」が穴になっていました。
でも、控えめに声を出して泣く表現を使いたいことは、日常的によくあります。そこに颯爽と登場したのが「ぴえん」でした。「びえーん」とは違って、濁音「び」の代わりに半濁音「ぴ」を使い、長音化もせずに、控えめな泣き声を表現しています。「ぴえん」は、今まで体系の穴になっていた部分を埋めることばとして、多くの人々の支持を得ました。今回の大賞としてふさわしいことばだと、選考委員の意見が一致しました。
もっとも、「ぴえん」はすでに「JC・JK流行語大賞2019」(AMF発表)に選ばれ、2020年上半期にも「ぴえんこえてぱおん」がランクインしています(「ぱおん」は大泣きの表現)。「今年の新語」に選ぶのは遅いと思われるかもしれません。でも、「今年の新語」は辞書に載る候補を選ぶものです。2010年代末に流行語として現れた「ぴえん」が、日常的に使われ、今や辞書の項目の候補になったというのが、選考委員の判断です。
なるほど、大声で泣くほうは類語辞典を見てもザクザクでてくるのに、「大泣きするほどでなく、少しだけ声を出す泣き方」を表す一般的なオノマトペとして「ぴえん」がこの先日本語として定着していくかどうか、日本語教師として見守りたいと思います。
<つづく>