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週末は横浜

2015-06-24 22:34:00 | 

▲港の見える丘公園のバラ園

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 週末は、横浜へ。


 ガチャ目な私は、片目だけ矯正コンタクト(オルソK)を使用している。3ヵ月に一度定期検診に横浜に出向く。
 横浜勤務時代に始めたもので、その時は北海道転勤の話があったので、北海道に行く前に何とかしたいなぁと思って初めてもう10年以上になる。当時は、北海道は札幌ですらオルソKを扱える眼科が無く、あわてて始めたものだ(当時、都内でもこの治療法を扱っていた眼科はそれほど多くなかったと思う)。

 結局北海道転勤は別な男性が行くことになり、現在に至る。
 札幌スキーマラソンに出ようかと本気でクロカンスキーを見ていたんだけどな



 横浜でも観光地エリアにその眼科はあり、定期検診のついでにプラプラすることがほとんどだ。
 春は桜、6月と10月はバラ。そういうのが無ければ、中華街やMMの夜景を楽しむといった感じで、いい息抜きになる。


 港の見える丘公園と山下公園には小さいながらバラ園がある。無料だからボリュームがあるわけではないが、なかなか楽しめる。


 バラは特に花が痛みやすいので、なかなか絵になるものが少ないのだが、そんな中、妥協しつつよさ気なのをアップ。

 



▲レモン&ジンジャー ちょっと傷んでいるけれど…



▲マガリ



▲宴



▲サプライズ



▲ブルーライト
 そういえば、サントリーの「青いバラ」どうなったんだっけ!?



▲ダイアナ・プリンス・オブ・ウェールズ
 王室の方々のバラの名称採用率が凄い。バラの国イギリスは、当然クィーンエリザベスとか歴代の女王の名を見かける。日本でも美智子様とか秩父宮様とか雅子様とか愛子様とかの名を冠したバラがある。次は佳子様かな…




▲ピース




▲アジサイも咲いていました



▲額坂ら貝殻坂を見下ろす




▲イギリス館裏手の庭園は、イングリッシュガーデン風になっており、ラベンダーがいい香り
 なんか、ひょっとして公園課の予算アップした? イギリス館の辺りの整備が格段に良くなっているのだが…。



▲山下公園のスズメ。
 このリングは、本来はバラの花を支えるものだが、今年は剪定の年なのが手持無沙汰



▲ぬこ成分も多目なエリアです


▲バラ園の間を優雅に散歩していたにゃんこ


梅雨入り前のあいぜん祭

2015-06-21 15:07:00 | 花火

▲あいぜん祭の花火

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 小千谷の川井の愛染さまは、小学校の時に修学旅行だか社会科見学だかで見に行ったことがある。そのときは、おっかない顔をした仏様だなぁぐらいしか感想がなかった(たいていの愛染さまはおっかない表情だ)。
 そんな愛染さまの祭りで花火が上がるって知ったのは一昨年のこと。ところが昨年はすっかり忘れてしまい、今年ようやく見ることができた。





 このために、祖母の七回忌と父の二十三回忌の法事をこの日に設定し、万が一雨が降ったとしても意義のある帰省となるよう裏工作を図った。




▲私の頭の中の小千谷の花火の原体験は、分砲千輪である。子どもの頃は青軸の黄止めだった(と思う)から「マッチ棒、マッチ棒」と呼んでいた。今、この配色の分砲千輪は見ることがないんだよなぁ…。


 朝イチの新幹線で帰省し、まずは一家でお寺さんへ。
 このお寺さん、実は「東洋のミケランジェロ」石川雲蝶の欄間を持っていて、最近あまり行く機会のない(弟一家が行くので、車の定員的に私が弾かれる)私としては楽しみであった。
 なんでもこのお寺さんは永平寺を引退した僧侶が隠居所として住まわれるらしくそれなりに格式があるらしい。だから石川雲蝶の彫り物があるのかな。寺の雰囲気としてもなかなかなものである。10年前の新潟県中越地震の際には土壁が盛大に落ちて、すっかすっかになってしまったけれど、その後檀家筋の援助で何とか持ち直した。そのころはまだ石川雲蝶は忘れられたままであり、私もその彫刻がここにあるなんて全然知らなかった。
 石川雲蝶が見直され始めたのはごく最近であり、この寺にその作品があるって知ったのは数年前のことである。




 今時の法事は、椅子が用意されている。香をあげるにも、今やキャスターに乗った香箱がコロコロされてくる。
 まぁ子供が騒いだり、ムカデが出たりと整然とした法事ではなかったが無事終了。
 ちなみにこういう時に発生するアクシデントは、亡くなった人の思いが宿っていると思うんだよね。だからあのムカデは思い切りの悪い父のような気もしなくもない(笑)。

 そんな法事が終わって、帰りしなに住職に石川雲蝶の彫刻の件を聞いたところ、本堂の欄間すべてが雲蝶の作という。あと、立派な獅子頭だなぁと思っていたものも、やはり雲蝶の作品であった。役場の写真では全然伝わってこない生き生きとした作品をしっかり見てこられたことが、今回の収穫の一つである。

 基本、この寺は観光用には開かれていないので、名前は伏せておく。※石川雲蝶の彫刻に関しては永林寺が大型で有名です→http://www.eirinji.jp/




▲貴重な尺が、切れました_orz


 さて、夜になってから弟に妙高寺(愛染さまのお寺)までの送迎を依頼する。そこで花火が上がるってことが甥っ子(6歳)姪っ子(4歳)にばれてしまい、自分たちも見に行くと騒ぐ。結局、総勢7人でのお出かけとなる。
 ところが、弟は寺とかには全く興味がなく、場所がイマイチ。まぁ、こっちの方向だろうという私のかなりうろ覚えな記憶で車を走らせる。
 予想よりだいぶ走った辺りでぼんぼりの灯りが見え、そっちだぁ!とハンドルを切れば、行き止まりに長い階段が…。いや、駐車場あるはずだからと、ぐるっと回って2、3度行き止まり道に遭遇しつつ、何とか到着。
 そのころにはすでに花火が始まっていた。





 とりあえず花火好きな甥っ子&姪っ子の手を引いて境内へ。花火が上がるたびに大騒ぎな甥っ子&姪っ子。姉に子供を任せておけないと(よく分かっている!)、弟が追い付いたので、子供たちを押し付け、境内で撮影ポイントを探す。





 本当は本堂越しを狙っていたのだが、なんだか本堂がやけに明るいので、蔵王堂の方でとりあえず三脚をたてる。ところが、意外と花火が低く、蔵王堂の屋根にかかってしまうのが何とも不完全燃焼で、場所をさらに探しあいぶ。
 いったん本堂脇のクレープ車の横に立つものの、本堂の屋根が微妙に入り込んでくる。蔵王堂前に座って花火を見ていた家族が撤収した後、そちらに移動する。





 愛染まつりは、この辺りの祭りの「走り」のようで、かなりの数の子供たちが集まる。本堂で富くじが行われ、大きなぬいぐるみを抱えた子供たちが行き交っていた。簡易ステージでは誰かが何かをかなりのボリュームで歌っている。確か、地元のバンドの名前がポスターに出ていたな。そういえば、よし太くんの影を見かけたような…。





 それにしても、子供の数多すぎないかい? ここは交通の便が良い場所ではない。小千谷の近在地域以外にも川口や川西の子も来てるんじゃなかろうか…。そんな子供たちも9時近くになると一斉に引いて行った。うんうん、よい子は寝る時間だ。ウチの子供たち(通常7時就寝)もギブアップで撤収していった。



▲最終的に蔵王堂前に移動した直後に上がった1発。中心が抜けているのは承知しているが、色がきれいだったので…。


 子供たちが消えるとなんだかひっそりとする境内。
 ただし境内で引き続き行われている祭りの演歌が絶好調! 「演歌を聞きながら煙火を見る」なんてつぶやいたのもこの頃である。





 花火は、寺の南西方向の山の上から上がっている。花火を見る人は本堂脇の花火に近いエリアに敷物を敷いたり、本堂に腰かけて見ていたりしている。その数はあまり多くはない。
 この花火はほとんど奉納らしいので、奉納者なのかしら? いや、片貝と違って、番付が読み上げられるわけではないから、そこまで執着はしないか…。





 最初のころは発射音も聞こえねェと思っていたが、場所を移動してからは問題なく聞こえるし、何しろ発射光までバッチリ見える。花火と花火の合間を数えてみると後半は大体30秒間隔で上がるようであった。
 花火の間隔があるので、煙に邪魔されることもなく、後ろの祭りの喧騒をのぞけば、実にのんびりと花火を見ることができる。なんなら演歌も歌えちゃう(笑)





▲この尺もきれいでした











▲点滅冠がきれいなのですが、静止画だとバランス悪く見えちゃうな。もうちょっと親が強ければいいのかな


















▲〆は錦冠の小型のスターマインで


 ちゃんと21:30で終了。
 最後は小さいけれど錦冠のスタマ。その前に彩色牡丹のスタマも上がっていた。尺玉で目を引いたのは二つだけだったけれど、なんだか昔の花火大会を思い出す感じだな。
 花火終了とともに、祭りも終了。愛染さまの御開帳も終了である。

 人出は徐々に減っていったので、帰りの渋滞もなく、スムーズに帰宅。あ、帰りは、送っていただき、ありがとうございました
 m(_ _)m


 ちなみに、今年は小千谷観光協会(http://www.ojiyakanko.com/)がこの祭りを紹介しちゃっているので、私も特に名称を伏せていません。

☆はみ出し情報①:ウチの子供たちと弟嫁がバッチリ寺の住職に撮られたみたいなので、寺のHPに登場するかも!?
☆はみ出し情報②:新潟地方は6月19日に梅雨入りとなったようです。例年より遅い入梅なので、8月まで引きずりそうです

花火鑑賞士のつどいと玉川温泉初入浴

2015-06-01 20:59:00 | 花火

▲7号聖礼花:幸せを運ぶ花火という意が込められている。だからパステル!

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 毎年恒例の「花火鑑賞士のつどい」で大曲へ行ってきた週末。
 今年は山梨県の齋木煙火本店さんがゲスト。本店さんといえば、「聖礼花」から「虹色のブーケ」、「虹色のグラデーション」と連なる誰が見ても美しい花火を上げる煙火店である。

 ホント、この煙火店さんの上げる玉を見ると、一般の女性やオッサンまでが「きれい~」っと思わず口にするのを、いろんな花火大会で何度も聞いている。
 花火の至高は多重芯であると思うが、あれは全くの花火初心者が見たらその凄さが伝わらないある意味玄人好みの玉。でも本店さんの花火は、誰が見ても美しいのだ。

 あー、↑この話ちゃんと本店さんに伝えればよかった…と今になって地団駄を踏む。


▲コニーのフォローアップセミナー。聖礼花にちなんで10本のって言っていたけれど、よく見ると12本ある新しい本店さんの法被図。どんまい!


 前段に硬い話をこなして、いよいよ齊木社長登場! 社長、私とひとつしか違わないんですね!? そして今日は長髪じゃない(いろんなプロフィール写真のイメージが長髪なんで)。
 花火師さんにとっては玉の仕込みなどで忙しい時期。そんな中、いろんな資料を調べて原稿を作ってこられたという姿勢に真面目な人となりを感じました。

 本店さんといえば、昼花火の吊り物も素晴らしい。2012年の昼花火は、本当に5本の煙竜が並んで素晴らしかった(参照→http://photo.ap.teacup.com/jumi/546.html#readmore)。
 大曲では煙竜しか見られないが、実は今も昼花火を結構作っているらしい。二代目儔とその右腕慶之助の代から連綿と受け継がれているそうだ。旗物見てみたいなぁ…。そして齊木さんの松島も見てみたい! あ、神明では松島系見ているか…。いや、今度はもっと気合いを入れて見ますよ!!



▲5号虹千輪菊

 話は進んで、聖礼花から虹色のブーケ、虹色のグラデーションへとの変遷、二化星から五化星へと星の変化と共に進化していったと。
 そして虹色のブーケは上りから含めててで「虹色のブーケ」だということ。

 そうして進化していっても、聖礼花を大事にしていきたいというお話は本当に安堵しました。そしていろんなスタッフが聖礼花に関わっているということも。
 そういえば、野村さんも四重芯は5人作れるよって言っていたから、こういう並列化の考えはもうデフォルトなのかもしれない。

 さらに、今後の方針もうかがえて、本当にそんなことまでお話ししていいのっ!って感じのひと時でした。
 その後、コニーのフォローアップセミナー(あのオープニングが謎なんですが…)を経て、懇親会。


▲5号パステル八方咲き

 懇親会はくじ引きで席が決められて、あぁ、齋木社長があんなに遠い…orz とはいえ、会の中盤にズズズイッと近付いてサインしていただきました。聖礼花とグラデーションのプリントに!

 もうもう、天にも昇る気持ちとはこういうものなのね! 帰宅後、荷物整理もせずに真っ先に飾りましたよ!




 何度も遠慮されていたのに、無理やり書かせてすみません。それが口火となって大サイン大会となってしまい、二度すみません。
 あ、後でお送りしますからね、写真!



 そして聖地で花火鑑賞。
 もちろん、パステル&虹満載でございます。三脚のハンドルが1本無くなっていたけれど、そんな細かいこと気にしません(一時の気の迷い)。



▲7号虹のブーケ←とリストには書いてあったけれど、虹色のブーケだよね


▲7号虹色のグラデーション


▲7号パステル千輪菊


▲7号昇曲導付八重芯引先紅光輝


 そして、二次会に突入。
 なんかもうこの段階から結構テンション高すぎていて、イロイロご迷惑をおかけした感じが…。それでも3次会会場にも行ったのだけど、そこで完全ブラックアウト。今のところ被害届が出ていないから、帰巣本能だけでホテルに帰ったものと思われる。

 私の方が酒癖悪いじゃねーか!!!!



▲後半は小松さんの。5号雪割草。増田で見たのとは色違い~


▲7号昇曲付八重芯錦先青光露


▲7号昇曲付四重芯変化菊


▲フィナーレスターマイン


 翌朝、記憶のないまま目覚めて0.5秒で青ざめる。皆さん、朝までコースだったようで…。えっと、後からでもいいので被害届出してくださいね、迷惑かけられた人。



 とはいえ、予定通りに観光に出かける(というか大曲からの逃走だな)。

 田沢湖駅からバスに揺られて玉川温泉へ。数時間の睡眠時間とはいえ、酒を飲んだ時の睡眠は通常時の半分以下の効果しかないので、途中から完全貸し切りの車中で大いに舟をこぐ。バスの揺れに時折目覚めては、眩い新緑と水色の湖と木々の花と雪を視界の隅に入れながらまた夢の世界へ。
 新玉川温泉辺りは、ものすごいコブシの楽園だった。ウチの田舎でもあんなにたくさんのコブシが集まっているところはない。道沿いだから多少整備されたのだろうか…。


 そんなコブシの足元に蠢く何かが…。

 ここにもクマが!!!(今うちの田舎の辺り、ものすごいクマ騒動なのだ)


 と思ったら、山菜採りの完全防備の地元のおばちゃんたち。よく見れば、あちこちで車のハッチを開けて山菜の整理をしているバリ秋田県民がいる。
 以前、この時期にこの近くまで来たときもそうだけれど、みんな山菜に命かけるよね~。まぁ、うちの父もそうだったから分かるんだけどさ…。


 そうこうしているうちに玉川温泉に到着。
 温泉に入る前に一回り。


▲ザ、玉川温泉って感じの眺め。右の屋根の部分が岩盤浴の公式の場所。3つあるのだが、それでもいっぱいになるので、各自思い思いの所にゴザを引いて寝転がってもいる。普通の通路も触ると温かいのよね。硫黄を吹き出す岩の割れ目の近くに私も座って、お尻だけ岩盤浴を楽しんだ。


▲あちこちで吹き上がる噴気。硫黄の結晶が原色の黄色を呈している。はっ! ここで硫黄を採取して煙火店さんに献上すれば…
(→まだ酔っぱらっているらしい)



▲先年、雪崩で3名の犠牲者が出た現場を見下ろす高台に慰霊碑が置いてあった。ただ単なる慰霊ではなく「生きるのをあきらめなかった」というフレーズが書かれていることから、雪深い2月にここで岩盤浴をしていた人がどんな人だったのか想像に難くない。


▲大噴(おおふけ)。玉川温泉の源泉である。ここ以外でも泥まみれの湯を吹き出すポイントがいくつもあるのだが、この大噴から温泉を取っている。大変高温で、風向きによっては周りが真っ白になるほど。そして真っ白になるところにも何人もがゴザを引いて寝転がっていた。


▲こういうところに咲くのはイソツツジと相場が決まっている。ちょうど見ごろを迎えようとしていた。


 一回りしてから大浴場へ。

 新緑のこの時期、まだ本格的な観光シーズンじゃないからか、思ったよりも空いていた。
 事前に予習した通り、50%源泉の湯から浸かる。直前までパッチテストのばんそうこうを張っていたところが少しピリリとする。
 そして、源泉100%の湯へ。あまり刺激しないようにか、かなりぬるめの湯温になっている。ゆっくり入っていると、体の何か所かがピリピリしてきた。だが我慢できないほどではない。ほかの人と同じように、静かにゆったりと湯をまとう。2~3分で上がるようにと書かれていたように記憶しているが、このぬるさが心地よく結局10分ぐらい浸かっていた。そして隣の気泡浴や箱蒸し湯へ。
 間に飲泉を挟み(かなり薄めても酸っぱい)、浸頭湯へ、寝湯の一種だが頭の部分が深くなっており後頭部をたっぷり湯につけられる。不眠に効くという話なので試してみた。当然ここで頭がびしょびしょになるのでそのまま打たせ湯にも。うっかり目を開けていたらイレギュラーな動きをするハネが目に入って悶絶する。

 教訓:酸性泉での打たせ湯は目を閉じておきましょう

 その後、入っていない湯も廻り、最終的には再度100%の湯にゆったりと浸かって仕上げに弱酸性の湯で中和して上がった。

 時刻は13時過ぎ。さて食堂で何か食べようかと思ったら、なんとラストオーダーが13時。

 くいっぱぐれる。
 仕方なく、売店で適当に何かを買って食べることにする。
 ここで買った冷やしトマトが超絶美味かった。ほかにおにぎりとか岩泉ヨーグルトとか牛乳とかを買ってようやくひと心地。ゆっくりとモグモグタイム。

 それでもまだバスの時刻には1時間近くあるので、その辺りを再びウロウロして時間をつぶす。
 建物内は電波が3本立っていたのがありがたかった。


 そしてやっとバスの時間。一緒に乗り込んだ人たちは、新玉川温泉の宿泊客だったようで、すぐに下車。帰りも完全貸し切りバスとなる。そして湯疲れが出たのか(いや浸頭湯効果だ!)、やはりほぼ爆眠。帰り宝仙湖を見た記憶がない…。
 田沢湖駅でさらに1時間ほど時間をつぶし、ようやく新幹線で秋田を離れた。

 途中、トイレに行った時にコーヒー色のおしっこが出てマジでビビったよ。その後、徐々に色は普通に戻っていったが、まだ体内の水分バランスが取れていないような気がするんだよね~。


 玉川温泉、母を連れてちゃんと泊まりに来たいな~。