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『日本そばにこだわる』2杯目。今回のネタは『しっぽくそばはどこに行ってしまったのか。』である。時そばという落語があるが、その中の蕎麦屋に主人公が『蕎麦屋なにができる』と聞くと蕎麦屋は『花巻にしっぽく』と答える。ちなみに花巻そばは『かけそばのツユに海苔を浮かべたもの』である。
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(江戸そばのしっぽくそば)
一方、しっぽくであるが、長崎由来の『卓袱』の中にある大盤に盛った麺の上に色々な具を載せた料理をまねて蕎麦の上に色々な具を載せ、しっぽくそばとして売ったと言われる。
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1775年の『そば手引き書』には松茸、椎茸、ヤマイモ、クワイ、麩、セリと書かれている。通常はかけ蕎麦を食べていた当時、具を載せることは贅沢であった。
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しかし、蕎麦屋の品書きに『しっぽくそば』を見つけることはほとんどない。ネットで調べてようやく見つけたのが、高円寺駅から少し歩く『信濃』というお蕎麦屋さん。高円寺駅南口からパルという商店街を歩き、右に曲がったところにある。
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ご夫婦で経営されているようで、店は広い。手打ちそばに拘ったメニューはもりそばなど冷たい蕎麦がメインで十割そばもある。しかし、私は予定通り、席に着くなり『しっぽくそば』(1050円)をお願いした。メニューの中では高い方である。
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すぐに天ぷらを揚げる音がして5分ほどでご主人が持って来てくれる。丼を見ると具は海老天、鴨ロース、卵焼き、蒲鉾、さやいんげん、椎茸と色とりどり、しかもかなり豪華版。
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振りネギ、七味をかけて蕎麦から頂く。手打のためコシがあり、やや太めの麺はしっかりつゆをまとい、食感がいい。具はそれぞれに美味いが甘く味付けをされた椎茸、揚げたての海老天、しっかりと味付けされた鴨ロースあたりは特に美味い。メニューを見るとほかに海老天も鴨ロースも使う蕎麦はなく、しっぽく蕎麦のために用意されているようである。
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もちろん、これだけの具が醸し出す味はつゆに溶け出し、鍋焼きうどんの出汁のように複雑で味わい深い。
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ふと壁を見ると先日甲子園に出た飯山高校のペナントが貼られていて、勘定の時に奥様に聞くとご主人が卒業生(飯山北高)とのこと。なんと友人のOくんと同窓生であった。
『そばの手引き』に残されたレシピと同じ具は椎茸しかなかったが、江戸時代から具がふんだんと乗り、見た目も豪華なそばをしっぽく蕎麦と呼んだのだから十分と感じた。愛想のいい奥様に送られて店を後にした。
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蛇足だが、しっぽくといえば香川県の郷土料理の『しっぽくうどん』も有名。こちらは大根、ニンジン、里芋などの根菜類、鶏肉、油揚げなどを予め煮干しだしで煮てけんちん汁に似た汁を作り、これを熱いうどんにかけて食べる。しっぽくうどんとしっぽくそばはかなり違うようだ。
信濃
杉並区高円寺南3ー44ー15
0333140248