事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「太陽」The Sun (’05 ロシア=フランス=イタリア=スイス) 

2008-06-11 | 洋画

 その男は帝都にある宮殿の地下で、何かを待っている。長く続いたいくさは敗色が濃厚で、ために妻と子どもたちを帝都から遠ざけている。そのせいだけではなく、まったく表情をもたないその男には孤独の影がある。意欲を見せるのは珍しい生物のことを語るときだけ。取り巻きは“神”である彼になお望みをたくしているが、そのことを彼自身がどう考えているかはうかがいしれない。ただ、自分が民にとって“太陽”であるとは信じている。
 いくさは大敗に終わり、勝者の将である大男と彼は話し合う。大男は思う。「彼は……まるで子どもだ。」しかしその男は子どものように無垢ではあったが、同時に子どものように残酷で、子どものように小狡くもあった……

 これまでに、20世紀の権力者としてヒトラー、レーニンを描いてきたロシアの映画監督アレクサンドル・ソクーロフが新作の題材に選んだのは、その男=ヒロヒトだった。イッセー尾形が演ずる昭和天皇は、記憶の中にある裕仁の特徴をみごとにつかんでいる。垂れ下がったまぶた、チックのように動く口、そしてあの口調「あ、そう」。

 圧巻なのは大男=マッカーサーとの会談。歴史の闇に沈むその内容を、いかにも「こうであったかもしれない」と構築している。

「この皿はドイツの伯爵の持ち物だったのだが、あなたの友だちもその城を訪れたことがあるそうだよ」
「わたしの友だち?」
「ヒトラーだよ。」
「……知らない。会ったこともない」

自分が死に追いやられるのではないかと恐れる彼は(そのようにイッセー尾形がうっすらと感じられるように演じている。無表情のまま)、宮殿=皇居の防空壕にある机上の彫塑のなかからナポレオンのものだけを引き出しに隠したりする。ソクラテスはそのままで。

 日本国内では公開不可能ではないかと思われていたこの作品(撮影はロシアで行われた)は、しかし東京で封切られるや大ヒット。懸念された右翼の妨害等もなかったようだ。おかげで山形でも平日の一回目の上映で20名を超える客が入っていた。とてもいいことだと思う。ヒロヒト個人への評価は人それぞれだろう。でも、桃井かおり演ずる皇后とのからみだけでも観る価値はある(志村けんのバカ殿コントだってあそこまで笑わせはしない)。そして、佐野史郎が抑えた演技を見せる侍従がもらすラストのセリフが、この国の不幸と幸福を一瞬にして観客に悟らせるのだ。外国人だからこそ描くことができた、日本人必見の映画。

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「白樺たちの大正」「石ころだって役に立つ」関川夏央

2008-06-11 | 本と雑誌

Shirakaba  志賀直哉、武者小路実篤、有島武郎……能天気な理想主義者たちと切り捨てられることの多い白樺派を、例によって関川が微妙な距離感を保って描く。

文豪としての確固たる地位を得ているけれど、よく考えてみれば代表作を書いたころ、彼らはみんな若いのだ。教科書に載っている写真や、野菜が描いてある変な色紙がそのイメージをぶちこわしているけれど。武者小路がドンキホーテ的に希求した原始共産制の“村”にしても、その若さの発露なんだろう。当時、彼らこそが誰よりもとんがった存在だったことがよくわかる。明治モノに続き、関川夏央はいい仕事をしている。

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「山のあなた 徳市の恋」('08) 石井克人監督

2008-06-11 | 邦画

10060940083_s  昭和13年に公開された清水宏監督、徳大寺伸、高峰三枝子、佐分利信主演の「按摩と女」のリメイク(ではなくて完全カバーと銘打たれている)。監督は「鮫肌男と桃尻女」(’99)「茶の味」(’04)でわたしを熱狂させた石井克人。主演はオリジナルに対してそれぞれ草彅剛、マイコ(資生堂のCMの、あの娘だ)、堤真一。

 オリジナルを観ていないので検証できないが、カバーバージョンだからセリフやカット割りなどはほぼ同一らしい。まあ、盲人のお話なので放送禁止用語などは慎重に排除されているのだろう(それでも、ギョッとする言葉は仕込んである)。むしろ、オリジナルと同じようなイントネーションや間(ま)が尊重されているので、戦前の関東の人たちがどんな会話をしていたかがよく分かるつくりになっていて味わい深い。

 清水宏という監督はかなり性格的に問題のある人だったようで、スタッフは殴りまくり、女には手が早く、おまけにバイセクシュアルではないかと奥さんに疑われたりしている。田中絹代の最初の男であったことでも知られているが、知り合った当時の絹代が14才だった事実からも、さまざまなことがうかがえるというものだ。しかし、映画づくりは天才。俳優たちには徹底的に演技をさせず、それでも清水らしい作品に仕上げたので、溝口健二や同期の小津安二郎から高く評価されている。石井は清水作品を観て「しまった。『茶の味』はこう撮ればよかったんだ!」と後悔したという。今回のカバーバージョンを観て、石井が清水に感服した理由が理解できた。淡い墨で、ひと筆書きをしたように軽いタッチが、観客をひたすらリラックスさせてくれるのだ。

 按摩に扮する草彅剛は好演。そして相棒となる福市を演ずる加瀬亮が絶品。もう、何色にでも染まるのかお前は、とため息が出る。また、脇役陣が意外なオールスターで、宿屋の主人役の三浦友和や、仲居役の洞口依子などが、“目が見える人間が盲人に対処する際のしぐさ”などを完璧に演じている。

 タイトルは「山の“あなた=YOU”」のシャレだろうが、ストーリーはほとんど無いに等しい。それでも、まだこんなところがあったのかと驚かされる緑濃い山の風景と、盲人の映画らしくステレオ感が強調されたドルビーデジタルの音響、そして今ではすっかり廃れてしまった温泉宿の長逗留のルールなど、見どころ聴きどころ満載。これで千円はお安い!

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