「幻の光」「ワンダフルライフ」「誰も知らない」「歩いても 歩いても」「空気人形」「奇跡」「海よりもまだ深く」……是枝裕和作品の特徴は、過剰なまでの自然さにあった。ドキュメンタリー出身らしく、役者の演技がこれでもかというくらいナチュラルなのだ。だから子どもを撮らせたら天下一品。
そんな是枝が「そして父になる」につづいて福山雅治とタッグを組んだ。
彼は「そして~」における“血のつながらない子どもを愛せない情けないエリート”がそのまま弁護士をやっているかのように登場。彼が同期の友人(吉田剛太郎)から協力を求められた事件とは、三十年以上も前に殺人を犯して服役していた男が、出所して雇ってくれた社長を殴り殺したというもの。被告を演ずるのが役所広司。福山VS役所という構図。
福山雅治は、実はそう味の濃い役者ではないと思う。彼のデビュー作「ほんの5g」で共演したいしかわじゅんは、傑作エッセイ漫画「フロムK」のなかで、福山の顔がおぼえられずに目鼻も書かなかったくらいだ。逆に役所広司は、名優ではあるけれども常に彼らしい雰囲気をまとっている。接見室のアクリル板ごしに、役所と福山の顔が重なるあたりは怖い怖い。
ところが、この作品におけるふたりの演技は逆だ。
役所は意図的に色を落としたように演じて自己主張せず、供述も二転三転する。彼にひきずられて福山は次第に困惑し、怒り、(ちょっとネタバレだけど)ラストで役所広司が描いたかのような十字路に立ち、呆然とする。絶対悪としての殺人が、他の悪によって相対化されてしまう。いったい何が真実か。
こう書くとこむずかしい映画なのかと誤解されそう。しかしサスペンス映画として、法廷劇としてむやみに面白い。特に斉藤由貴の天然の邪悪さは近ごろの騒ぎとあいまっておみごと。
この映画においていちばん確かなのは「三度目の殺人」の犯人とは誰か、だ。劇場を出たら若い女性がボーイフレンドに「考えさせられたわ……」とつぶやいていた。この正直さに、ちょっとホッとする。