「グラスホッパー」「マリアビートル」につづく、殺し屋シリーズ7年ぶりの第3弾。というか伊坂幸太郎の新作自体が久しぶり。執筆ペースが落ちてきたのかなあ……おおお、まもなく書き下ろし長篇刊行ですか。失礼しました。
このシリーズは、殺し屋たちと標的、そして殺し屋同士のからみを描くことで、不道徳な存在である殺し屋が、むしろ道徳的な存在に見えてくるあたりが味わい深い。職業倫理が世間のルールを超えている。
これまでの二作に登場した殺し屋が何人か登場する(蜜柑、檸檬、押し屋など)けれど、さほど相関はないのでこの小説から読んでも全然OK。
今回の主人公の通り名は「兜(カブト)」。臨機応変の殺人方法をとるあたり、ローレンス・ブロックの殺し屋ケラーっぽい。自分の商売に懐疑的になるあたりも(ならないのも困ったものなのだが)ケラーに近い。
しかし兜にはケラーには絶対にない特徴がある。ひたすらに、恐妻家なのだ。正確には、恐妻家に見えるの。妻の理不尽な要求に、諾々としたがい、息子から同情されている。
夜遅くに帰ってきて、妻に気づかれない最強の食べものは何か、というネタには苦笑。なんか、伊坂幸太郎の私生活までうかがえるような気も(そう思わせる計算は絶対にはたらいたはず)。既婚の男性にしみじみと
「だよねえ」
と思わせてくれる。ええそうですとも、わたくしも恐妻家でございますよ。
このパターンで笑わせながら突っ走るのかと思ったら、意外な方向に物語は進む。おいおい、最後まで読者が不思議に思うであろう“あること”にふれないで終わるのかと思わせて……最後に泣かせてエンディング。相変わらず、おみごとです。
オトナの読みものとして、このシリーズ以上のものはまず望めない。文庫も含めて爆発的に売れていることに納得。伊坂幸太郎は本当にいい。さあ来週は新作「ホワイトラビット」発売。お金を用意しておかなきゃ。