三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「こんにちは、母さん」

2023年09月11日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「こんにちは、母さん」を観た。
映画『こんにちは、母さん』公式サイト|大ヒット上映中

映画『こんにちは、母さん』公式サイト|大ヒット上映中

山田洋次×吉永小百合×大泉洋。日本最高峰の監督・キャストで贈る「母と息子」の新たな出発の物語。

 クラシック曲が要所要所で上手に使われている。J.S.バッハの「G線上のアリア」とビバルディの「四季」から「冬」第1楽章、そしてショパンの「ノクターン」の第2番だ。クラシック曲の力はとても大きくて、恋心の膨らむシーン、仕事の緊迫したシーン、ゆっくりと時間が過ぎていくリラックスしたシーンなど、それぞれのシーンを増幅して、それらしい雰囲気を醸し出す。

 山田洋次監督はいつも女性を美しく撮る。御年78歳の吉永小百合さんが演じた福江は、その歳なりにとても美しい。それに考え方も若い。人間の多様性を認めて、それぞれの生き方を大事にする。自由な精神性だ。
 一方、大泉洋が演じた息子の昭夫は、昭和の高度成長期みたいに古い価値観の持ち主で、他人と価値を比較するような無粋な真似をする。戦後の昭和の時代には昭夫のような人間が普通にたくさんいた。世界の中心に自分がいるタイプだ。思春期の自意識の目覚めをうまく乗り切れなかった訳で、自己愛性人格障害の一種である。アベシンゾーと同じだ。自分第一の木部課長も同じ穴の狢である。

 昭夫の娘で、永野芽郁が演じた舞は、福江と同じく自由な精神性の持ち主だ。父親のパターナリズムを許す余裕もある。それは福江も同じで、自分の都合最優先の息子を非難することもなく、優しさを全方位に発揮する。
 古い精神性=昭夫と、新しい精神性=福江、舞との緩やかな対立軸を描き、そこに田中泯のイノさんの戦争の記憶を加えることで、戦後の庶民の精神性の変遷を上手に表現してみせた。古い価値観から脱却しなければ未来はない。山田監督としては画期的な作品である。

映画「ヒンターラント」

2023年09月11日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「ヒンターラント」を観た。
映画『ヒンターラント』公式サイト|9月8日(金)公開

映画『ヒンターラント』公式サイト|9月8日(金)公開

映画『ヒンターラント』公式サイト|9月8日(金)公開

https://klockworx-v.com/hinterland/

 映像が面白い。最初は違和感があったが、すぐに慣れる。世界が歪んで見えるのは、主人公の帰還兵ペーター・ペルクから見た世界が歪んでいるということなのだろう。俳優をブルーバックで撮影して、背景をCGで作成するという画期的な手法が、この凝った映像を可能にしたようだ。

 舞台は第一次世界大戦後の1920年頃。ドナウ川を遡る船のシーンからはじまる。ドナウ川は全長2800キロメートル以上の大河である。日本で一番長い信濃川は360キロだ。ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」は世界的に有名だが、映画の当時は戦禍の屍体がたくさん浮いていたようで、身元の分からない屍体をまとめて埋めた墓地が沿岸にある。多分美しくも青くもなかったはずだ。

 ペーターたちは1918年の戦争終結後から2年間、1917年にロシア革命で成立した新しい国ソビエト社会主義共和国連邦に抑留されていた。強制収容所で過ごした2年間に何があったのか。そこに本作品の核となるテーマがある。

 オーストリアは敗戦国だ。第二次大戦後の日本のように、復興の恩恵を受けるのはまず支配層の連中だ。地べたを這いずり回り、配給を受ける庶民との格差が大きく、暴動を防ぐために警察官は権力者のために体を張る。警察官は国民の生命、身体、財産の安全を守るのが使命のはずだが、守られるのは一部の人間たちだけである。いつの世も同じだ。
 元警察官のペーターは、元兵士でもあり、ヒエラルキーに逆らえない。上官に向かうと直立不動で敬礼する。しかし本当は分かっている。ヒエラルキーの上位者が自分たちを戦場に追いやったのだ。そして戻ってきてもまだ、ヒエラルキー上位者が威張っている。こんな世の中は間違っているはずだ。多分。

 ストーリーは連続殺人事件の謎をペーターが解いていく話だが、幾重にも抱えるトラウマをたくましい身体で受け止め、力強く進んでいく姿は、人としても警察官としても見事である。ブルーバックのCGがペーターの心の揺らぎを上手に表現する。骨太のミステリーだ。