大蔵神社(おおくらじんじゃ)。通称:大山(おやま)。
場所:秋田県仙北市田沢湖岡崎字鳥居野22-1。「辰子姫誕生之地」(前項)の手前、約2km。「さとう酒店」の先(北)、約140mのところを東に入る。道路沿いに説明板がある。駐車場なし。
創建年代不明ながら、一説によれば、坂上田村麻呂将軍が東征の折、大同2年(807年)に凱旋するに当たり、京都「清水寺」の千手観音を勧請したものという。「辰子姫」の伝説(前項参照)でわかるように、田沢湖の南側(現・田沢湖岡崎)から「院内岳」(標高751m)を越えて田沢湖の南岸(現・田沢湖潟)に至る道があり、近世には、その中腹に鎮座して「大蔵(山)観音」又は「院内観音」と呼ばれ、牛馬の神として参詣が絶えなかったという。明治の神仏分離により「大蔵神社」となったが、風雪の被害による老朽化のため、平成7年に現在地に遷座したという。現在の祭神は、大国主神ほか。
この「大蔵神社」が、辰子姫が願をかけた「大蔵観音」の後身のようである。というのも、「大蔵神社」の旧・鎮座地(仙北市田沢湖岡崎字大倉沢1)には、今も「辰子像」が祀られているのである。「辰子姫誕生之地」の先(北東)、約100mで舗装路は尽きるが、向かって右側の方に林道が続いている。林道を約1.5km(東へ)進んで左折(北東へ)、約1kmのところに案内板があり、更に約1km進んだところが目的地。一応、自動車でも行けないことはないと思うが、特に最後の約1kmは砂利だらけの坂道が続くので、徒歩をお勧めする。さて、そこに、ごく小さな堂があり、中に彩色され、龍を巻き付けた、素朴な感じの女神像?が祀られている。この辺りが「大蔵神社」の旧社地で、今も「辰子像」だけが残されているらしい。
写真1:「大蔵神社」
写真2:「大蔵山観音」。「大蔵神社」入口から南へ、約60m。
写真3:林道から少し入ったところにある辰子像の小堂。うっかりすると見逃しそうである。
写真4:同上、近づいてみる。
写真5:同上、龍を巻き付けた辰子の木像が祀られている。
場所:秋田県仙北市田沢湖岡崎字鳥居野22-1。「辰子姫誕生之地」(前項)の手前、約2km。「さとう酒店」の先(北)、約140mのところを東に入る。道路沿いに説明板がある。駐車場なし。
創建年代不明ながら、一説によれば、坂上田村麻呂将軍が東征の折、大同2年(807年)に凱旋するに当たり、京都「清水寺」の千手観音を勧請したものという。「辰子姫」の伝説(前項参照)でわかるように、田沢湖の南側(現・田沢湖岡崎)から「院内岳」(標高751m)を越えて田沢湖の南岸(現・田沢湖潟)に至る道があり、近世には、その中腹に鎮座して「大蔵(山)観音」又は「院内観音」と呼ばれ、牛馬の神として参詣が絶えなかったという。明治の神仏分離により「大蔵神社」となったが、風雪の被害による老朽化のため、平成7年に現在地に遷座したという。現在の祭神は、大国主神ほか。
この「大蔵神社」が、辰子姫が願をかけた「大蔵観音」の後身のようである。というのも、「大蔵神社」の旧・鎮座地(仙北市田沢湖岡崎字大倉沢1)には、今も「辰子像」が祀られているのである。「辰子姫誕生之地」の先(北東)、約100mで舗装路は尽きるが、向かって右側の方に林道が続いている。林道を約1.5km(東へ)進んで左折(北東へ)、約1kmのところに案内板があり、更に約1km進んだところが目的地。一応、自動車でも行けないことはないと思うが、特に最後の約1kmは砂利だらけの坂道が続くので、徒歩をお勧めする。さて、そこに、ごく小さな堂があり、中に彩色され、龍を巻き付けた、素朴な感じの女神像?が祀られている。この辺りが「大蔵神社」の旧社地で、今も「辰子像」だけが残されているらしい。
写真1:「大蔵神社」
写真2:「大蔵山観音」。「大蔵神社」入口から南へ、約60m。
写真3:林道から少し入ったところにある辰子像の小堂。うっかりすると見逃しそうである。
写真4:同上、近づいてみる。
写真5:同上、龍を巻き付けた辰子の木像が祀られている。