日枝神社(ひえじんじゃ)。通称:(西)夏見日枝神社((にし)なつみひえじんじゃ)。
場所:千葉県船橋市夏見2-29-22。八栄小学校の西側。駐車場有り。
当神社の創建時期は不明だが、一説に日本武尊の東征の頃という。祭神は大山咋命。「日枝神社」というからには、本来は比叡山の地主神で、天台宗寺院と所縁がありそうだが、よくわからない。船橋市夏見の台地上にあり、一説に、式内社「意富比神社」(船橋大神宮)創建伝承において日本武尊が天照皇大神に祈ったのは、この台地上(「高天原」とも称したらしい。)だったという。このことから、式内社「意富比神社」(船橋大神宮)の元宮であるということもあるが、同神社が当地から現在地(船橋市宮本)に遷座した後に「日枝神社」が建立されたものだろう。当地に天照皇大神が祀られたのは、平安時代末期の保延4年(1138年)、「夏見御厨」という「伊勢神宮」の神領(荘園)が設定されたから、というのが通説のようである。
かつては当神社の南にある真言宗豊山派「夏應山 東照院 薬王寺」(本尊:薬師如来)との間の路傍に「神明社」の小祠があり、明治時代になって当神社に合祀されたということになっているが、本社殿の向って左にある境内社が「神明社」であるらしい。
「神社探訪」さんのHPから(日枝神社)
写真1:「日枝神社」正面。夏見の台地を上ると、当神社への参道が真っ直ぐに続いている。東隣(向って右)に八栄小学校がある。
写真2:二の鳥居には五穀豊穣を祈り、藁蛇(龍)が飾られている。頭が西を向いているのは、伊勢神宮に失礼のないように、尾を東にしているためという。
写真3:社殿
写真4:社殿の左手にある小祠。これが「神明社」らしい。
写真5:境内の富士塚。古墳であるともいう。
写真6:「薬王寺」入口(場所:千葉県船橋市夏見5-24-6)。境内は台地上にある。訪問時、堂宇は建替中だった。
場所:千葉県船橋市夏見2-29-22。八栄小学校の西側。駐車場有り。
当神社の創建時期は不明だが、一説に日本武尊の東征の頃という。祭神は大山咋命。「日枝神社」というからには、本来は比叡山の地主神で、天台宗寺院と所縁がありそうだが、よくわからない。船橋市夏見の台地上にあり、一説に、式内社「意富比神社」(船橋大神宮)創建伝承において日本武尊が天照皇大神に祈ったのは、この台地上(「高天原」とも称したらしい。)だったという。このことから、式内社「意富比神社」(船橋大神宮)の元宮であるということもあるが、同神社が当地から現在地(船橋市宮本)に遷座した後に「日枝神社」が建立されたものだろう。当地に天照皇大神が祀られたのは、平安時代末期の保延4年(1138年)、「夏見御厨」という「伊勢神宮」の神領(荘園)が設定されたから、というのが通説のようである。
かつては当神社の南にある真言宗豊山派「夏應山 東照院 薬王寺」(本尊:薬師如来)との間の路傍に「神明社」の小祠があり、明治時代になって当神社に合祀されたということになっているが、本社殿の向って左にある境内社が「神明社」であるらしい。
「神社探訪」さんのHPから(日枝神社)
写真1:「日枝神社」正面。夏見の台地を上ると、当神社への参道が真っ直ぐに続いている。東隣(向って右)に八栄小学校がある。
写真2:二の鳥居には五穀豊穣を祈り、藁蛇(龍)が飾られている。頭が西を向いているのは、伊勢神宮に失礼のないように、尾を東にしているためという。
写真3:社殿
写真4:社殿の左手にある小祠。これが「神明社」らしい。
写真5:境内の富士塚。古墳であるともいう。
写真6:「薬王寺」入口(場所:千葉県船橋市夏見5-24-6)。境内は台地上にある。訪問時、堂宇は建替中だった。