眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

コーラの銃

2013-10-03 20:21:55 | 夢追い
 前から2番目の左端の席に座っていた。突然、前の席の男が振り返って、僕の顔をまじまじと見ると、顔の成り立ちと食事の関係について主観的な意見を述べた。僕は真面目に黙読に集中していたので、彼の言葉を完全に無視した。それでも、彼は話を更に続け、僕が無視を続けるので代わりに僕の隣に座っていた男が相槌を打った。せっかく無視を続けていたのに……。
「味が濃いのかもね」
 その相槌のせいで、男の意見が本の内容よりも深く残ってしまった。授業が終わって、周りの人が順に席を立っても僕はまだその場に居座っていた。遠くの方では、まだゆっくりしている者もいる。誰かが、自分の顔を見ているような気がして顔が熱くなり、その熱気を冷ますまではどこにも行くつもりになれなかった。天気がよいということもあって、休み時間の中庭は人であふれていた。髪の長い女の子の顔を、じっと見続けた。もう長いこと、1年も2年も切っていない様子だ。長い髪が顔全体にかかって、口元以外を黒く包み隠している。光を浴びる人の間を縫って、彼女は器用に逃げ回った。銅像の前で立ち止まって急激に向きを変える瞬間、長い髪が舞い上がって、鋭い眼光が明らかになった。僕は視線を逸らして、銃を手にして駆け回る男の子の顔を見た。コーラの銃を手にして、その顔は獲物を探して輝いていた。窓の内側にいて、僕だけは安全だったし、逃げ惑う代わりに見つめていることもできた。けれども、そうしている間に遠くの席にいた人もすっかりいなくなって、陽の入らない教室の中は随分と寒々としてきた。怯えるあまり、男の子は砂埃を上げながら転び、靴が脱げてしまった。ハンターは激しく加速していたため、それを見過ごした。あるいは、気づいたとしても足を止めずに予定のルートに対して忠実だった。徐々にハンター仲間を増やしながら勢力を伸ばし、一通り中庭を制すると突如窓を開けて教室の中に踏み込んできた。コーラの銃が僕を取り囲む。愚か者たちめ。そんなことをして何になるというのだ。
「僕は見物していただけだぞ!」
 人違いだと主張しながら、教室を飛び出した。

 教室に戻るとそこにいたのは僕の知らない人たちばかりだということが気配でわかった。光を遮るためにカーテンが引かれ、スクリーンに不思議体験アンビリバーのタイトルが映し出され、室内の明かりが落とされる。
「ちょっと待って!」
 闇が下りる前に、自分の席を探し終えると机の中に手を伸ばし入れた。
「ちょっとごめんよ」
 まだ自分の次にすべきことが何かわからなかった。
「きみたち何年?」
「2年」
 授業の始まりを遅らせる僕を非難する者はいなかった。僕は歓迎されてはいないけれど、拒絶されてもいないのだ。
「僕の次の授業は何だろう?」
 誰も口を開くものはいない。質問が難しすぎたのだろう。もっとやさしくしなければ。
「これだと思う人?」
 誰かが残していった手ががりを、偶然つかんだ子がいるかもしれない。
「因みにこの前は社会でした」
「なら……」
 カーテンの縁にいた男の子が、何かをつかんだように言った。
「体育かも」
 天気と消去法と雑音……。それらによって、もしかしたら。
 僕は教科書を持たずに、教室を飛び出した。

 彼の推理は奇跡的に的中していた。先生が入り口の前でカウントダウンをしている。ぎりぎりで滑り込んでくる者たちを手荒い仕草で迎え入れる。着替えをする分だけ、僕はどうしても間に合わない。どうせ間に合わないから、慌てずにゆっくりと着替える。
「腰の位置が合わない場合は、履き替えてもらうからね」
 着替える傍で誰かが話しかけてくる。誰だ、こいつ。副担任か、教頭か
 靴紐をしっかり結んで体育館に入ると、実際先生は1人1人に対して熱心に腰の位置をチェックしている。
 馬鹿馬鹿しい。
「時間の無駄だ!」
 遅れてやってきた僕だから、思い切りそう叫ぶことができると思った。けれども、叫んでいる割に声は全く出ていないのだった。
 大真面目な顔をして、物差しを腰に当てる先生の横顔からコーラの泡が弾け出ている。
 物差しの使い方って、そんなだったかな……。
「PTAに言うぞ!」
 舌が回らない。
「P !  T !  A !」
 舌が回らない。
 どうしても、回らない。

コメント
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