澄み切った空が徐々に淀みの中に捕われて、ついに恐ろしく冷たい粉を降らせ始めた。逃げろ! 手を取って赤い光の中に逃げ込もうとした時、君は嬉々として、白く染まり始めた庭の中に駆け出していった。君はとっくに犬であり、私たちは永遠に交わることのない色の中に住んでいたのだ。#twnovel
束の間、帰ってきたと思った。よくできた犬は、初めて見るものに対して全身を使って警戒を表している。真っ白い毛、ぴんと立った耳、似ていると思えば、ますます似てくる。鳴き声こそ出さないけれど、どこから見ても犬は本物の犬にそっくりだ。頭ではわかっている。帰ってくるはずはないのだ。何かを思い出したように振り返り、何もなかったことを確かめると、そのついでに体を器用に折りたたんで背中をかいた。犬は、迫真の演技をみせて自分が本物の犬であるように思わせようとする。豊かな毛を少し震わせながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ここまで本物に近い犬が、ここまで身近な存在になったのだ。
みんな始まりに備えて忙しそうにしていた。使命を帯びてきたので逃げるわけにはいかなかった。細長いスタッフを捕まえて、チケットを見せる。ビールを6つ、あるいはビールを3つとカクテルを3つにすることもできると言って、その方が軽いでしょと提案してくれた。重さの問題が1つ解消されて、少しだけ軽くなる。待っている間、自分だけがここにいる目的が違うと思うと再び落ち着きがなくなっていく。何もすることがなく、どういう構えで待つべきなのか、どういう顔をして待つべきなのか、不安は募り固まっている内にライブが始まってしまう。
ただ座ってパフォーマンスを見ていると、後ろの者が無造作に僕の腕を取って、バンザイをするように指導してくる。よく見たら、周りのみんなもバンザイをしているし、素直に従っている方が無難なようだ。ステージの上にいたと思った男が、次の瞬間には目の前に現れた。そんなはずはない。隣の客は興奮のあまり身を乗り出して、シンガーの顔に触れる。小さな顔。それはきっと人形にすぎないのだ。けれども、スクリーンには、今まさに下りてきて隣人を興奮させた人形とまったく同じ顔が映し出されているのだった。約束のカクテルはまだやってこない。
トイレにはスリッパが1つしか置いてなくて、けんけんをしながら上手くやったつもりだったのに、PKをする選手に向かって飛んでいってしまった。
立ち相撲は、どれだけ長く立っていられるかが勝負だった。もうおよそ6時間くらいが経っており、僕以外の相手はみんな太ったサラリーマンにすぎなかった。土俵の外に陣取る役員たちの間から、そろそろタオルを投げようかという気配が漂い始めていた。どうやら勝者になるのは僕以外には考えられないようだった。元々明らかな体重差があって、戦いを挑んでくること自体が無謀なのだった。
「当たっていけば楽勝じゃないか」
外野から余計なことをささやく声が聞こえた。それはとんでもない提案だった。
「追い出しちゃえ」
「しーっ!」
そうなってはこちらが明らかに不利だったので、なんとかもみ消そうとしたが、逆にその態度がまずかったのかもしれない。一瞬、太ったサラリーマンの1人が膝を折り、体重移動の仕草を見せた。向かってくるよりも早く、僕は土俵の中を駆け回って、身のこなしのスキルを見せ付けてやった。
「無理無理!」
当たれば飛ぶだろうけど、3億年かかっても君たちには無理なんだよ。
犬は、近寄って、無理なく僕の下に入り込んできた。
「眠るのかい?」
探し求めていた枕がここにあったというように、犬は心地よく僕の頭の下に入り込んで息をしている。小刻みに震える様は、まるで生きているようだった。一緒に夢を見ようね。
PKは上手く入っただろうか。片方だけしかなかったスリッパも悪いけれど、あんなに大それた飛び方をするなんて思わなかった。そんなことにも惑わされずに、きっと上手く決めてくれたに違いない。メニューにないカクテルの名前について考えている。無理やりバンザイをさせられて、隣に現れた人形が本物のシンガーだったりもした。
(まだ、いるのだろうか)
時々、触れて確かめる。いる。それにしてもよくできた、犬だな。
それから3億年ばかり考えたけど、まだ閃かない。
手で触れて、確かめる。毛先を感じ取ることができるけれど、目を開けてみると夜だった。
もう1度、触れる。端から端をたどって触れた、尾が反応するけれど、目を開けてみると黒だった。
どちらが真実なのか、もうわからなくなってしまった。
こんなにも触れているものが、うそなのだろうか。
みんな始まりに備えて忙しそうにしていた。使命を帯びてきたので逃げるわけにはいかなかった。細長いスタッフを捕まえて、チケットを見せる。ビールを6つ、あるいはビールを3つとカクテルを3つにすることもできると言って、その方が軽いでしょと提案してくれた。重さの問題が1つ解消されて、少しだけ軽くなる。待っている間、自分だけがここにいる目的が違うと思うと再び落ち着きがなくなっていく。何もすることがなく、どういう構えで待つべきなのか、どういう顔をして待つべきなのか、不安は募り固まっている内にライブが始まってしまう。
ただ座ってパフォーマンスを見ていると、後ろの者が無造作に僕の腕を取って、バンザイをするように指導してくる。よく見たら、周りのみんなもバンザイをしているし、素直に従っている方が無難なようだ。ステージの上にいたと思った男が、次の瞬間には目の前に現れた。そんなはずはない。隣の客は興奮のあまり身を乗り出して、シンガーの顔に触れる。小さな顔。それはきっと人形にすぎないのだ。けれども、スクリーンには、今まさに下りてきて隣人を興奮させた人形とまったく同じ顔が映し出されているのだった。約束のカクテルはまだやってこない。
トイレにはスリッパが1つしか置いてなくて、けんけんをしながら上手くやったつもりだったのに、PKをする選手に向かって飛んでいってしまった。
立ち相撲は、どれだけ長く立っていられるかが勝負だった。もうおよそ6時間くらいが経っており、僕以外の相手はみんな太ったサラリーマンにすぎなかった。土俵の外に陣取る役員たちの間から、そろそろタオルを投げようかという気配が漂い始めていた。どうやら勝者になるのは僕以外には考えられないようだった。元々明らかな体重差があって、戦いを挑んでくること自体が無謀なのだった。
「当たっていけば楽勝じゃないか」
外野から余計なことをささやく声が聞こえた。それはとんでもない提案だった。
「追い出しちゃえ」
「しーっ!」
そうなってはこちらが明らかに不利だったので、なんとかもみ消そうとしたが、逆にその態度がまずかったのかもしれない。一瞬、太ったサラリーマンの1人が膝を折り、体重移動の仕草を見せた。向かってくるよりも早く、僕は土俵の中を駆け回って、身のこなしのスキルを見せ付けてやった。
「無理無理!」
当たれば飛ぶだろうけど、3億年かかっても君たちには無理なんだよ。
犬は、近寄って、無理なく僕の下に入り込んできた。
「眠るのかい?」
探し求めていた枕がここにあったというように、犬は心地よく僕の頭の下に入り込んで息をしている。小刻みに震える様は、まるで生きているようだった。一緒に夢を見ようね。
PKは上手く入っただろうか。片方だけしかなかったスリッパも悪いけれど、あんなに大それた飛び方をするなんて思わなかった。そんなことにも惑わされずに、きっと上手く決めてくれたに違いない。メニューにないカクテルの名前について考えている。無理やりバンザイをさせられて、隣に現れた人形が本物のシンガーだったりもした。
(まだ、いるのだろうか)
時々、触れて確かめる。いる。それにしてもよくできた、犬だな。
それから3億年ばかり考えたけど、まだ閃かない。
手で触れて、確かめる。毛先を感じ取ることができるけれど、目を開けてみると夜だった。
もう1度、触れる。端から端をたどって触れた、尾が反応するけれど、目を開けてみると黒だった。
どちらが真実なのか、もうわからなくなってしまった。
こんなにも触れているものが、うそなのだろうか。