眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

運び屋たち

2013-11-15 16:35:44 | 夢追い
「おいしいよ」
 おいしいという情報を兄にも分け与えた。兄は駐車場の上でうつ伏せになったまま、車のように眠っている。疲れている時、兄はいつも車のように眠るのだ。寝返りを打った拍子に指先がお菓子の包みに触れたので、そのまま手に取った。顔はまだ眠っていたが、難なく袋を開けて一息に口の中に放り込んだ。もぐもぐもぐ……。寝言を言うように、食べている。
「ね?」
 言った通りでしょと言うと兄は眠ったまま小さく頷き、再び寝返りを打った。1度家に戻る時間はあるだろうか。時間を確かめに駅の中に入って掲示板を見上げると7分発だった。兄は眠っていて役に立たないし、幸いなことに荷物は持って来ていたのでこのまま出発することになりそうだ。このお菓子はどこに売っているのだろうか。土産売り場をうろうろしているが、似たようなものさえ見つからない。
「愛媛名産みかん入り……」そのようなことを言いながら車が通過した。そうか、愛媛だ。愛媛まで、と考えながら、何の気はなしに電車に乗っていた。ホームも車種も確かめもしなかった。電車が動き出した。
(違う! これじゃない!)
 電車は逆方向に動き出してしまった。まだ荷物も持っていないのに。荷物はどこだろう。ホームに置いてきたのだったか、それとも兄のところか。まだ兄のところにあったらいい、兄が預かっていてくれればいいんだが。先頭車両から動き出した景色を見つめていた。何かの間違いで止まってくれないだろうか。電車はすぐ前方の貨物車両に向けて進んでいく。このまま行って接続される。接続されて止まるのだ。これは準備運転に過ぎないのだ。やや速度を落としつつ貨物車両の後部に向けて突っ込んでいく。接続だ、と思われた瞬間、貨物車両はいなくなって、急激に緑の風景が広がって行く。声を上げればよかったのに。動き出した直後に本気で叫べば、何とかなったかもしれないのに。次の駅で、次の駅で降りなければ。

「次は大野原」
「はい! 降ります!」
 興奮して駆け出した。開いたばかりのドアから降りようとすると運転席から呼び止められた。そうだ。降りる時に金を投げ込まなければいけないシステムだった。
「いくらですか?」
 ポケットの中から適当に硬貨を集めて訊いた。
「100円でいいよ」
 面倒くさそうに運転手は言った。小さな声で何かを付け加えながら。(本当は乗るべきものじゃなかったんだしな)
 降りたところで時刻表を確認してみたが、何時になってももうバスは来ないようだった。歩いて帰れるような距離かどうかもわからなかったし、正しい道を行く自信もなかった。ちょうどタクシーらしき物が通りかかったので手を上げた。車はすぐに止まり、運転手が降りてきた。けれども、男はたすきを巻いた候補者であって、タクシーの運転手ではなかった。
「すみません。似ていたものだから」
 候補者と握手をすると知らない道を彷徨った。どこかで水分を補給したかったが、自動販売機の1つさえも見つからない。疲れ果てた頃にちょうど車が通りかかった。見たところタクシーのようだった。手を上げて合図すると、車は少し行き過ぎたところで止まり、運転手が降りてきた。またしてもそれはタクシー運転手ではない。たすきを巻いた候補者だった。ああ、まただ。この町の運転手ときたら、候補者しかいないのか。
「運動、頑張ってください」
 がっちりと握手を交わして候補者と別れた。

 暑さを凌ぐため、見知らぬホームに駆け上がった。託児所や資料館が一緒になった建物だった。一通り町の歴史を学んでから、厨房の中を覗いてみた。おばさまたちは夕食の準備に忙しそうにしていた。蟹の到着を待っていた様子で、僕の顔を見て少し拍子抜けしたようだった。早速、歩いて帰ることが可能か訊いてみた。
「3人帰った人がいる」
 今までで3人ほど歩いた人を知っているということだ。
「10キロありますか?」
「ないない」
 おばさまたちが声を揃えて否定した。
「5キロある?」
「うーん」
 今度はすぐに結論は出なかった。3人顔を見合わせて、相談を始めた。難しい言葉を使うので、数字以外はほとんど理解できない。十分に挑戦する価値があると思われた。結論を待たずに、階段を駆け下りた。
 玄関まで行くとそこには子供の靴しかなかった。黄色い靴でやってきた。そうだ、僕も子供の靴でやってきたのだった。黄色い靴は他にもたくさんあって、アルファベットと模様の組み合わせで正しいペアを選ばなければならなかったけれど、靴はあちらこちらに飛びすぎている。少し惜しいものがあったけれど、それは右と右なのだった。ここには靴を整理する職員はいないのだろうか。確信にはたどり着けないまま、靴を履いて歩き出した。
「背中大きい」
 後ろから、見知らぬ子供が覆い被さってきた。
「こうしても、大きいな」
 背中を掴み、ひねったり歪めたりしながら遊んでいる。
「れいちゃんの靴だ」
「そうかなあ?」
 靴のことを持ち出されると少し後ろめたくて振り払い辛くなってしまう。
「行っちゃうの?」
 他の子の姿は見えなかった。昼寝の時間の途中で、この子だけが抜け出してきたのかもしれない。先生は何をしているのだろう……。こうしている間にも。僕はまだ置いてきた荷物のことが気になっている。こんなところで時間を無駄にしている場合ではないのだ。背中でひらがなの練習を始めた指を解いた。
「行かないで」
 どうして会ったばかりなのに、止めるのだ。

 来た道を戻った。来た時からすると急激に草花が成長して、もう道とは呼び辛い道だった。一歩ずつ進む間にも、成長の勢いが止まらないので、草を掻き分けながら進まなければならなかった。遠くに大きな山が見える。見覚えのある山だと思った。けれども、それが本当に僕の知っている山かどうかは少し疑わしかったし、どれだけ遠くにあるのかもよくわからなかった。道の向こうに自転車に乗ったおまわりさんの姿が見える。2人並んで……。あの人たちなら詳しい道について教えてくれるかもしれない。僕は今、豊かな草花たちに胴上げされるようにして運ばれている。
(ここで暮らせば)
 風の声が、そう言っているように聞こえた。
 どこへ帰るのだったか……。
 草花に愛撫されながら、徐々に故郷は不確かなものになっていった。

コメント
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