「そんなお菓子みたいな文鎮で最後まで書き切ることができるかな。石ならばともかく……」
風は小馬鹿にしたように吹いた。
たかがそよ風くらいのことと私は甘く見ていた。3文字目まで書き終えたところ波は強まって、あと少しというところで浚われてしまった。
もう1つ……。
私は文鎮をもう1つ加えて書くことにした。
「そんなお菓子みたいなものいくつ重ねても無駄さ」
またしても風は小馬鹿にしたように吹いていた。
そんなことはないさ。重さが倍ならば余裕で勝てるはず。たかがそよ風くらいのものなのだから。一から始め自信を持って書いていく。4文字目の糸へとつながるところで波は強まって、既に重ねた文鎮は浮き始めていた。
(風じゃない。もっと見えない力が働いているのか)
私は負けた。あっけなく紙は飛ばされてしまう。
「そんなお菓子みたいなもの……」
それは本当だった。いくつ重ねても最後には浚われてしまう。私はずっと打ち勝つことができなかった。
「成果はどうだ?」
師匠が喫茶店から帰ってきた。
「最後まで書き切れてません」
私は手強い風と文鎮について話した。
「文鎮のせいか?」
見ておくがいい。
師匠は文鎮1つも置かず堂々と筆を這わせた。まるで何も邪魔者はいないと言わんばかりだった。静寂の中に墨が命を吹き込む。お日様の光が世界を形作る黒さを祝福する。風がやってくる。何度も私を打ち負かした未知の力を引き連れて。庭の落ち葉が騒ぐ。猫があくびする。師匠の長髪が竜のように遊んでいる。筆は動じない。書は最後まで浚われることはなかった。
…… 『 初 心 』 ……
「書き切るのは意志なのじゃ」