「お待たせいたしました」
コーヒーカップは持て余すほどに大きかった。それに取っ手が見当たらない! コーヒーらしい香りもしなかったし、黒というより薄い茶色に近かった。中を見るとイカ、タコ、エビ、キャベツ、ナルト、人参、葱、玉子などが入っていてなかなか具だくさんだ。こ、これは、チャンポンじゃないか……。
「ちょっと」
私は通りかかった店員を呼び止めた。
「これ、合ってます?」
「はい。何か?」
「いえ、そんなことないですよね」
きっと少し疲れているのだろう。最近ろくに眠れていなかった。景色が少し歪んで見えるなんてよくあることじゃないか。
私は昼下がりの落ち着いた趣あるカフェに腰掛けてゆっくりと本を開く。物語の中にある信頼できる世界に触れて、日常の些細な厄介ごとから離れていく。もしも逆さまになったとしても構わない。現実と反転した世界のことを想像して、心のどこかでそれを受け入れる用意をする。絶対の物差しなんて、きっとどこにも存在しないのだ。行方不明の比喩をかき混ぜながら、ゆっくりと私は私を回復させていく。優しく許された心地よい時間。
「セットのライスになります」
「ありがとう」
遅れてついてきたこれは何かのスイーツか。苦さと甘さが絶妙に手を結び、人々の長居を誘うのだろう。私にとってそれは特に必要ない。コーヒーの友は本だけあれば十分なのだ。物語の中に立ち上がる未知の風景が日常の時間を忘れさせ、私を静かに旅人に変える。私はここで石になってしまうかもしれない。一生ここで誰にも悟られることなく、閉店時間を超越して、幸せな読書を貫くことがあるのだろうか。
「5名様、奥のお座敷へどうぞ!」
「ビール3、炒飯、麻婆、天津飯」
「餃子持ち帰りで!」
「7名様奥へどうぞ!」
「替え玉お願いしまーす!」
昼下がりのカフェ。
喧噪の中を交錯する情熱のブレンド。
私はコーヒーカップの中を覗き込んだ。
村人がユニコーンをつれて魔女の元をたずねている。