眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ダイヤル・ロッカーの悲劇/苦さを求めて/君の才能

2023-08-30 16:40:00 | コーヒー・タイム
 疲れていたこともあって自分の場所が不確かになっていた。ここかもしれない。何となく手をかけると扉が開いた。ここだったか……。確かに荷物が入っていた。だが、何かおかしい。何度見ても自分のものではないのだ。触れてはいけない。閉めなければまずい。鍵が開いたままなのもよくない。僕は半ば反射的にロッカーを閉めた。(その時、余計なダイヤル操作をしてしまったのだろう)
 しばらくして、仕事を終えた従業員が戻ってきた。ちょうど先ほどのロッカーを開けようとして頭を抱えた。いつもの数字では開かないようだ。僕は事情を説明した。つい先ほどは開いていたのだ。彼は自分が鍵をかけ忘れたことに思い当たり愕然とした。
 しかし、僕に全く責任はないのだろうか? 僕のしたことは、開いているロッカーにロックをかけたことだ。その際、ダイヤル式ロッカーでは、ロックする瞬間の数字を当事者が記憶しておかなければならないが、僕は何も思わなかったのだ。人の荷物を開かずの扉の奥に封じ込めたとも言えるのではないか。(誰がロッカーを使用しているのだろう。従業員ならもうすぐ戻ってくるのではないか。そうしたことを何も考えられなかったのは、想像力の欠如とも言える)
 当然、僕は謝った。けれども、彼は少しも僕を責めなかった。ロックをし忘れた自分の責任だという姿勢を貫いていた。もしも、逆の立場だとして自分は同じようにいられるだろうか。あるいは、彼にしても内心「余計なことをしてくれるなよ」と思っていたかもしれない。全くそういう感じを出さないところは大人だった。もう随分と昔の話、今では苦い記憶だ。


 苦い飲み物を求めて、カフェに足を運んだ。苦さはしばし時間を止める。過去を振り返り、心を整え、再び前に進むための停滞。
「ごゆっくりどうぞ」
 その言葉にうそはない。いつから苦さを好むようになったのだろう。
 ワードプロセッサやパーソナルコンピュータの普及に伴い、多くの文具が活躍の場をなくしていった。広いカフェの中を見渡しても、多くのガジェットがカチカチと音を立てながら活動しているのが見える。文具は死んだのか? そうではあるまい。
 コーヒーを混ぜていたマドラーは消えて、いつの間にか僕の右手にはボールペンが握られていた。ぺんてるのエナージェル0.7だ。ペンとノートは環境に左右されにくい。例えば、電源もWi-Fiもなくても、ハンカチ1枚分のスペースさえあれば、自由に動ける。ペン先についたボールをドリブルしながらどこまで行けるか。障壁となるのは、時の空気、権力、種々の規制、睡魔、空腹、情熱の期限といったものだろうか。近代的なガジェットが生まれる遙か前より、その文具は存在していた。小さくて、力強く、素晴らしい文具!
 本体に内蔵されたインクは、ペンの命と言える。もしも、世界が一夜と設定されるなら、ほぼ無限に書き続けられることだろう。現実はどうだろう? インクか、アイデアか、情熱か……。何かが先に尽き、到達できる場所も限られる。物書きたちの絶え間ない競り合いが続いていることだろう。きっとこの広いカフェのどこかでも。


 屋根から飛び下りたまではよかったが、見上げるとそこはもう飛び上がれるような高さではない。では地上はどうか。見下ろしてみれば、そこもまた飛び下りるには躊躇われるような距離だ。そうして猫はいかにも中途半端な柱の上で置物のようになっていた。ちょうど駅の階段から下りてきた男が、置物の存在に気がついた。どれくらい前からそうなっているのかは知る由もないが、躊躇いを察するように柱の下で足を止めた。男は何やら猫に語りかけた。そして地上から大きく両腕を広げて見せた。

「どうしろと言うの?」

 猫は声には出さず、男の仕草に対して訴えかけた。男の唇が微かに動く。けれども、猫はずっと当惑した瞳を向けたまま動かなかった。男はやがてあきらめたように腕を下ろすとそのまま去って行った。どうやらそれは大きなお世話だったようだ。躊躇いの中に浸かっているだけで、意を決しさえすれば、できることは約束されている。その時、猫はまだ自分の能力のすべてを知らずにいた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一本杉と少年

2023-08-30 02:21:00 | 無茶苦茶らくご
 人生には敵が多いものでござんす。それは大人でも子供でも本質は変わらないものでございます。子供には子供独自の世界があり、また時には大人が敵に回ることもあって、むしろ子供の方がより強敵を抱えてしまうという場面もございます。さて、世間には「逃げるが勝ち」という言葉がございまして、多くの場面でこれは大正解となるわけでござんす。アホな敵を向こうにいちいち戦っていたのでは、きりがございません。戦っている内に余計にアホが集まってきたりすれば、こいつは藪蛇というものでございましょう。現代社会において大切なのは、よい逃げ場所をみつけることかもわかりません。どうせなら、人っ子一人いないところがいいですな。

「逃げてきたのか?」
「どうして?」
「ここに来る者はだいたいそうじゃ」
「そっか」
「何からじゃ」
「わからない。色々かな」
「曖昧じゃな。それもよい」
「いつからここにいるの?」
「およそ千年か」
「えっ? じゃ、先輩だね」
「勿論そうじゃ」

 最も大きな逃げ場所と言えば海でございましょうか。ところが、少年の町にには海がない。そこで少年は丘に向かったわけでござんす。そこにあるのは少年の背丈の何十倍もあろうかという大きな大きな木でありました。古来人間というものは、自分よりも小さなものには愛嬌を、自分よりはるかに大きなものには、畏怖の念を抱いてきたものでございます。ただいま上に見えておりますのは樹齢千年はあろうかという、大きな木でございます。長い年月、この町の歴史を見届けてきたことから、この町の人々は、この木のことを我が祖父のように敬っているという噂が伝わっておるんでござんす。自然の大きさに触れておりますと、人間は自分の存在のちっぽけさを思い、思い詰めていたことも何だか酷く些細なことに思えてきたり、また、それよりも遙かに崇高なテーマに向き合うことを思いついたりするものでございます。そして、少年というものは、自然の声を拾うことができ、自然の言葉を理解することができる。木とおしゃべるすることくらい朝飯前。よくある話でござんす。

チャカチャンチャンチャン♪

「よほど行くところがないと見えるな」
「選んでここに来ただけだよ」
「ふん。物は言い様じゃ」
「今日は何から逃げてきた?」
「そうだな。情報かな」
「何がそんなに聞きたくない?」
「人の醜い部分とか」
「どうせ内輪話だろう」
「かもね」
「あれがどうしたとか、それがどうしたとか」
「まあ大雑把に言えばね」
「ここには届かないと思うか?」
「ここまで来ると圏外だからね」
「わしは色々知っておるぞ」
「どうせ昔のことでしょ」
「メッシが移籍するとか」
「えーっ、なんで?」
「風の便りはわしを避けて通ることはできん」
「そうなんだ」
「すべての知はわしから始まっておるのじゃ」
「知らなかった」
「現代はそういう時代じゃ。気がつけば知らなくていいことばかりを、知ることになる。知るべきことが他にあるというのに」
「先輩はよくわかってるね。メッシは移籍しないけどね」
「ふん。わしには関係のないことじゃ」

 気がつけばそこに来ていたというような場所がござんす。考えるよりも足が勝手に動いていると申しましょうか。そういうところに、自分の心が表れるもんでござんす。あれこれ難しいことを考えなくても、人の心というものは、その人の仕草に注目していれば自ずとわかるものでございましょう。現代では世界中で人々の行動履歴にフォーカスが当てられ、ビッグデータを制するものがビジネスを制するとも言われておるんでござんす。今を生きる人々の興味・関心がどの辺りにあるのか。それを知った上で話を進めると受けが違うというわけですが、どんなもんでござんしょうかね。お客さん、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「いいな。先輩は不死身で」
「わしを倒そうとした者もおったがの」
「えっ? 何かわるいことをしたの?」
「違う。ただ目立ったというだけじゃ。よくもわるくもな」
「どうして助かったの?」
「町内会の人たちが、わしを守ってくれたからじゃ」
「そうだったんだ」
「わしは独りではなかった。お前もそうであろう」

 少年の目は自然を見ることに長けておるんでござんす。前世の名残と申しましょうか、影形なきものを見つけたり、遠い星の言葉を話せたりするもんでございます。大人になるとそうはまいりません。そんなもの見なくてもわかる、とすぐに早合点ばかりするようになるんでござんす。ガッテン、ガッテン。見えるものと言えば目上の人の顔色、上司の顔に皺はいったい何本あるのかな……、1本、2本、3本、4本。馬鹿野郎!そんなもの見たって何にもならねーよってんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「先輩は退屈じゃないの? ずっとここにいて」
「あっという間じゃ。100年、200年、300年……」
「そーなんだ」
「わしはただ日々を生きただけじゃ。それでもお前はわしよりも多くのことができるかもしれん」
「誰もそれを望まないとしても?」
「お前の求める答えは何かのー。お前は人の望みによって生きるのか?」
「どうかな。何かよくわからないや」

 話しているとすぐ時間は過ぎるもんでござんす。長い台詞じゃございません。何気ないやりとりをしている間に、不思議と時間は過ぎていくものでございましょう。時の経つのも忘れると申しましょうか。そういう間が、一番しあわせと言えるかもわかりません。あー、時間が経たねえなー、とか言ってる奴は、だいたい時計を前にして時計を見ることの他は、何もしてないんでございますな。旦那、何かないんですかい。えーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「……いるの? 雨が降るよ」
「お前を呼ぶ者が来たぞ」
「うん。そうみたい」
「100年前もあんな雲が出たものじゃ」
「覚えてるくらいすごい降ったの?」
「そうじゃ。帰れるうちに帰ることじゃな」
「仕方ないな」
「わしの傍では、お前は独りにはなれぬ」
「先輩は有名だもんね」
「そうじゃ。逃げたければ、もっと遠くへ行くことだ」
「そんなお金ないよ」
「クラウドファンディングを利用するんじゃ」
「先輩、クラウドファンディングってのはね」

ザーーーーーーーーーーーーー♪

「先輩、またねー!」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする