「かわ」
「きも」
「かわ」
「きも」
マスターは合い言葉のように返した。僕は手前にある皮を注文したのだ。だが、マスターに届いたところでは、きもに変わってしまう。ちょうど同じ本数だけ残っているのがよくない。あるいは、マスターはずっときもの方を売りたくて仕方なかったというのもあるのかもしれない。同じ2文字だから、「かわ」と「きも」はよく混同されてしまうのだ。僕は自分の意志を曲げることなく、3度目の注文でどうにか皮を通した。硬貨をトレイに置くと、マスターは先に商品を包んでくれ、それからお釣りを用意し始めた。
「まだ降ってますか?」
「ああ、少し」
「そうですか。長いですね」
「ああ」
僕は夕暮れになってはじめて外に出たのだった。雨はつい先ほど降り始めたのではなかったか……。おかしなことを言うものだ。
「ありがとうございます」
「どうも」
いや、そうではない。今日は朝からずっと雨が降っていたのだろう。そして、一日の空の様子を見ていることが普通で、夕暮れになってから出かけ始めた僕の方こそおかしいのではないか。いずれにしろ、この雨はその内に上がるはずだ。テイクアウトした皮をリュックに詰めて、僕は雨の中を歩いていた。