「うまく飛べなくてもいいじゃない」
バンジーはまだ飛ばなかった。
遙か地上を見下ろしながら、人間の声に耳を傾けていた。
「大丈夫。君ならできるよ」
それは本当だろうか。
あの男は自分の何を理解しているというのだろう。
ここに来てからどれほどの時間が経っただろう。
「自分を信じるんだ!
苦しんだ時間を信じるんだ!
何も育んでこなかったと思うのかい?」
「さあ! やってごらん!
ここまで来たんだから」
男はまるで手の届かない距離から猫の背中を押そうとしていた。
バンジーは首をひねった。
私は、言われて飛ぶのか。
ここまで来たから飛ぶのか。
(それは論理的か?)
飛ぶという選択もある。
しかし、引き返すという選択だってある。
(私は流れや人の言葉に支配されるのか)
「戻りたいんでしょ?
さあ、飛べば一瞬だよ」
そうとも。
その一瞬も私の時間だ。
「そうだね。やっぱり怖いよね」
「必ずイメージ通りに飛べるとは限らないんだから。
でもね、そうやってためらって、引き下がってばかりだと、最後にはどこにも行くところがなくなってしまうよ。
本当にそれでいいの?
多くの猫はそこまで来ても飛ぶことはしないだろう。
愛がリスクを超えられないからさ。
君の夢の翼はどれくらいなの?
なあ、バンジー。君の好きはどれくらいなの」
「いいじゃないか。駄目駄目のジャンプでも。
チャレンジするということは、失敗への耐性を上げることさ」
「何だって?」
長い話に猫は少し眠気を覚え始めていた。
「怖くないよ。恐怖の先に快感はある」
「うそだ! 楽しいばかりならみんなやっている!」
「苦しいばかりなら誰もやっていない!」
人間はすぐに投げ返してきた。
その瞬間、吸い込まれるようにバンジーの体が傾いた。
次の瞬間、ふっと体が軽くなった。
(自分から離れたのだ)
ああ、降りていく。
もう自分ではどうにもできない。
登場人物たちが世界の中を勝手に動き回る……。
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