お化けでも出そうな生暖かい風が吹いていた。出るなら出ろ。お化けなんかは少しも怖くはない。恐れるべきは、自分の胸の奥深いところに眠る怨念の方だ。風の向くままにいつでも運ばれてきた。季節を問わず私は風が好きだった。(だから時には本気になりすぎることもある)
自分で決めた道ならば、全責任を自分で負わなければならない。幸いなことに、いかなる時も私は決定権を持っていなかった。
「答えは風に吹かれている」としても、私の耳にはいつだってショパンやアジカンがささっていたのだ。私の主な興味は答えではなく、むしろ人が探究を続ける先に現れる振動の方だ。東西南北、私はあらゆる地方を回った。そのおかげで、本物を見分ける目だけは多少鍛えられたと自負している。ディナーは恵まれた星の下にたどり着くことは希だったが、まるで波風が立たない夜ばかりというわけではなかった。
「ミラノ風さぬきチャーハンでございます。
お皿の方が大変浅くなっておりますのでお気をつけて……」
パラパラの米が皿から零れてしまわないように、私は細心の注意を払いながらスプーンを動かした。味は二流からほんの少し伸びたくらいのところだった。悪くはない。しかし、食べ進む内にチャーハンの冠についたフレーズが引っかかった。そうなるともう楽しむことができなくなるのはいつものことだった。私はスプーンを止めて、腕を組んだ。
(どこがミラノ風だよ……)
ミラノ帰りの私の中から途方もない正義感が竜巻を起こすともう私は叫んでいた。
「どこがミラノ風だ!」
「お客様?」
店員が一気に3人駆けつけてきた。私はミラノ風という名について問いただした。すると急に彼らの表情は変わり、断りもなく私の体に触れた。
「何をするんだ!」
両側から腕をつかまれ私は席を立った。逃げることもできず、私は3人の男によって事務所につれていかれた。
「手荒な真似をしてすまなかったね」
奥の椅子にかけた男が謝罪の言葉を吐いた。悪気はなかったが、店の存続にかかる緊急事態だったのでやむを得ないと言う。納得がいかない私は、黙って男の言葉を聞いていた。3人の男はもう部屋から出て行き、自分たちの業務に戻ったようだ。
「先生、うちの厨房に力を貸してもらえないだろうか?」
どれほど大きな組織か知らないが、人としての最低限の礼儀を欠いている。そうでなければ私の返事は変わったかもしれない。
「断る」
「どうしてもかね」
私は黙って頷いた。
「だったら仕方がないな」
男は机の下に手を伸ばし何かを押したようだ。
すぐにドアが開き、先ほどの男たちが拳銃を持って入ってきた。
「すべてなかったことにしよう」
「何?」
「勿論、君の命もな」
すべての銃口は私の頭を向いていた。
その時、ドアが高速で4度ノックされた。一瞬、皆の視線がドアの方に集中する。次の瞬間、ドアが開き初老の紳士が入ってきた。
それは私がよく知るチェアマンだった。
チェアマンは3人のならず者に向けて気合いを送った。一瞬で男たちは窓の外に吹き飛ばされた。破壊されたガラスの破片が机の周りに落ちた。さっきまでの威勢は消え、男は机の前で震えていた。
「どうしてここに?」
私は懐かしい顔に向かってきいた。
「偶然通りかかってね。先生、すまない。私の傘下の者が失礼を働いたようだ」
「いいえ、違うんです。これには事情が」
男は今にも椅子から崩れ落ちそうだった。
「君にオーナーを任せたのは間違いだったようだな。私の人を見る目も曇ったものだ」
「チェ、チェアマン……」
「首だ」
チェアマンはグレーの杖を元オーナーに向けて振り下ろした。次の瞬間、男は寿司になった。いかなる弁明や反撃も、もはや不可能だ。
「一件落着」
「助かりました」
「ふん。君も相変わらずだね」
「はは」
私たちは口直しをかねて夜の街に繰り出した。行き先は風の向くままだ。
「久しぶりに一局どうだ?」
「いいですね」
その時、チェアマンの頭に銀冠が浮き上がるのを私は見た。彼のもう1つの顔は、凄腕の四間飛車使いである。
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