眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ラフ

2021-04-16 00:13:00 | 忘れものがかり
誰にも呼ばれたくない夜は
よれよれのTシャツを着て出かけよう
風が吹けば適当に膨らむ
しゃがめば伸びる
そいつは今の僕にお似合いだ
(真新しいのなんて着れるかよ)

改まって行くとこもない
旅の途中
いつだって次の駅を探している
(いつだって降りることができる)

どこから見ても
特別なものは何もない
どこにでもある断片をボタンにして

共感と矛盾の先にたどり着く
カフェの天井が高いことが
きっと小さな救いになる

何年振り?

まだいたんだな
(理由あって捨てずに取ってあった)

あの頃は何も気づかなかった
あるいは僕が変わったのかな

約束はしていない
コースも何も決まっていない

ラフな道だ






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コンプライアンス時代劇

2021-04-15 02:48:00 | ナノノベル
「ここで会ったが百年目。長かったぜ」
「待たせたようだな」
 ※ 本ドラマでは、時代背景を踏まえ、侍、商人、村人、浪人、旅人またその他の通行人を含めマスクを着けずに演技しております。ご理解の上でドラマをお楽しみください。

「今日という日をどれだけ待ったことか」
「ふん。執念深い奴だな」
「俺の刀を受けやがれ」
「望むところだ。しかし拙者は夕べから何も食っておらぬ」
「ならばまずは飯じゃ。腹が減っては戦はできぬわ」
「かたじけない」
「さあ、皆も飯じゃ飯じゃ」
「へへーい!」
 ※ 本ドラマでは、時代背景を踏まえ、食事前の石鹸による手洗いやアルコールによる除菌を省略して、汚れた手で直接食べ物を口に運んでいます。なお、これらすべてはドラマ上の演出であり、食品の衛生管理や除菌及び食事に関する安全対策には細心の注意を払っております。そうした事情をご理解の上でドラマをお楽しみください。

「食った食った。腹八分目じゃ」
「拙者はまんぷくじゃ」
「俺の刀を受けてみよ!」
「ふん、望むところだ!」
 ※ 本ドラマでは、時代背景を踏まえ、90センチを超える刃物(レプリカ)が使用されております。これらはすべて撮影の許可を取った上で、専門家の指導の下、事故のないよう幾度ものリハーサルを重ね、細心の注意を払った上で演じられております。それらをご理解の上、安心してドラマをお楽しみください。

「おのれー、腕は落ちてはおらぬようじゃな」
「貴様など敵ではないわー!」
「こうなったらやむを得まい」
「ふん、ならばどうする?」
「てめえ共!」
「へい! 旦那様」
「こいつをやっちまえー!」
「へへーい!」
 ※ 本ドラマでは、時代背景を踏まえ、あえてソーシャル・ディスタンスを無視して物語を進めています。集団で密になって刀(レプリカ)を交えるシーンがありますが、個々の役者の体調については事前に厳格な検査を行った上で臨んでおります。また、戦闘の際に不測の事態が発生しないよう幾度もの予行練習を重ね、AIによるシミュレーションを繰り返す等、細部に渡るまで細心の注意を払っています。それらをご理解の上で最後までドラマをお楽しみください。

「この死に損ないがー」
「ううー……」
「てめえ共!」
「へへーい!」
「とっとと殺っちまえ!」
「へへーい!」
「うぉぉー、勘弁してくれー……」
 ※ 本ドラマでは、時代背景を踏まえ、侍の最期を忠実に再現することに努めました。(殺人は立派な犯罪です)流血や悲鳴、侍の死等は、すべて表現上の演出であり、違法行為を助長したり人権の尊重に反するような意図は一切ございません。悪党として刀を振った役者たちも、一旦撮影を離れれば、よき父親、よき青年、よき市民そのものであることは改めて言うまでもございません。ご視聴に当たってはそうした背景を十分にご理解の上、どうか存分にドラマをお楽しみください。


「ちょっとちょっとディレクター。このテロップなんだけどさあ、先か後かでまとめて入れられないの? いちいち気が散っちゃわない?」

「コンプライアンスを徹底しないとすぐ炎上しますので流石にそこは……」

「そうなの? まあ時代ならしゃーない」

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マスク・パーティ ~リーダーの短い夜

2021-04-14 00:37:00 | ナノノベル
 おもてなしの中心にはいつだってお客様の存在があった。わざわざ足を運んでいただくお客様に美味しいものを届けることによって自然と現れる微笑みを、少し離れたところからそっと見届けることこそが、私たちの喜びなのだった。昭和の時代から受け継いできた精神を大切に守り、一人一人のかけがえのないお客様のために心を込めたおもてなしをする。そうした地道な仕事の積み重ねがきっとお客様との信頼をつなぐのではないだろうか。私たちは床に落ちた紙屑1つを見逃さない。テーブルの上から店の隅々に至るまで、常に細心の注意を払ってお客様に尽くすのだ。私たちに与えられた仕事は、すべてお客様という存在があってこそのものだから。

「店長お疲れさまです」
「おー、お疲れ」
「あそこの2番テーブルなんですけど、ちょっとまずいんじゃ……」
「ああ確かに。よし。僕ちょっと行ってくるよ」

「コラーッ! 食べながらしゃべんなー! 店つぶす気かー! そないしゃべりたいんやったらちゃんとマスクしてやー! 他のお客さんみんなやってんでー。ほんまちゃんとしてやー。よろしく頼みます。えー、こちらの麺でございますが、大変にこだわりのある麺となっております。こちらは私自らの足で踏みつけて腰を作ってございます。朝もはよからですね、真心込めてこれでもかこれでもかとばかりに踏みつけることによって、他ではなかなか味わえない自慢の麺となっておりますので、どうぞごゆっくりとお楽しみくださいませ。失礼いたしました」

 何度でも足を運んでいただきたい。私たちのおもてなしを存分に楽しんでいただきたい。時に、私はお客様に対して厳しいことも言わなければならない。それによって多少不快な思いをするお客様も出てくるかもしれない。けれども、お客様の健康と安全のことを考えれば、決して黙っておくことはできない。長い目で見てすべてはお客様のためである。

「店長15番テーブルの若い方たちですけど、大丈夫でしょうか」
「あれちょっと声でかいな。よし僕行くわ」

「ちょっとコラーッ! 若者がー! お前ら子供かー! 何がそんな楽しいんやー! 朝から晩まで働いて何も楽しいことあるかー! 食べたりしゃべったり同じペースでしとったらあかんでー! 今や緊急事態並の事態になってんねんで。食べ物口に入れるや否やすぐマスクせんかーい! そんでからしゃべらんかーい! わかっとんのかい。よろしく頼みまーす。えー、そちらのサラダに使われておりますお野菜でございますが、すべて厳選された素材となっております。長年つきあいのあった農家を昨年切らせていただきまして、新たに契約させていただきました山田さんとこより仕入れさせていただいております。特別有機栽培の安心安全のお野菜、また、お味の方も他とは違う大変味わいのあるものとなっております。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。失礼いたしました」

 大好きな人たちとテーブルを囲み、素敵なディナーをいただくこと。それこそが人間に与えられた最大の楽しみなのかもしれない。私たちはそんな素敵なひと時のために、少しでもお客様の助けになればいいと願っている。星の数ほどある店の中から、私たちの店を選んでいただいたお客様へ、それはささやかな恩返しのようなものだ。素敵な夜が、できれば長く長く続いてほしいが、時代がそれを許さないことがある。誰であれ限りある人生だというのに、夜がこれほどまでに短くなってしまうとは……。ラスト・オーダーはもうまもなくだ。

「店長大変です! 7番テーブルのパーティーが盛り上がってます」
「少しくらいかまへんで」
「いや少しどころか超えちゃってます」
「仕方ないか。僕ちょって行ってくるわな」

「おーコラーッ! どこのおばはんやー! マスクもせんとしゃべり倒してからに、そんなんするんやったら家で隠れてやってやー。うちがおかしな店や思われたらどないしてくれんねん! 追い出したろかコラーッ! 黙って見とったら調子乗ってどんだけしゃべることあんねんマスクもせんと。お前らとっととマスクせーよー! わかったかー! よろしく頼みまーす。えー、こちらのお肉でございますが、スペイン産の黒角牛を当店自慢の特製醤油だれに三日三晩つけ込んだ後、12日間かけてじっくりことこと煮込んだものでございます。こちらのライスでございますが、新潟産コシヒカリ風米を、当店に古くからある釜で炊き上げて参りました。お米の一粒一粒がおもてなしの心を秘めて立ち上がっているのがおわかりかと存じます。皆様のお口に合えば誠に幸いでございます。どうぞごゆっくりとお召し上がりくださいませ。ではでは、失礼いたしましたー」

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初心

2021-04-13 17:49:00 | ナノノベル
「そんなお菓子みたいな文鎮で最後まで書き切ることができるかな。石ならばともかく……」
 風は小馬鹿にしたように吹いた。
 たかがそよ風くらいのことと私は甘く見ていた。3文字目まで書き終えたところ波は強まって、あと少しというところで浚われてしまった。
 もう1つ……。
 私は文鎮をもう1つ加えて書くことにした。

「そんなお菓子みたいなものいくつ重ねても無駄さ」

 またしても風は小馬鹿にしたように吹いていた。
 そんなことはないさ。重さが倍ならば余裕で勝てるはず。たかがそよ風くらいのものなのだから。一から始め自信を持って書いていく。4文字目の糸へとつながるところで波は強まって、既に重ねた文鎮は浮き始めていた。
(風じゃない。もっと見えない力が働いているのか)
 私は負けた。あっけなく紙は飛ばされてしまう。
「そんなお菓子みたいなもの……」
 それは本当だった。いくつ重ねても最後には浚われてしまう。私はずっと打ち勝つことができなかった。


「成果はどうだ?」
 師匠が喫茶店から帰ってきた。
「最後まで書き切れてません」
 私は手強い風と文鎮について話した。

「文鎮のせいか?」
 見ておくがいい。

 師匠は文鎮1つも置かず堂々と筆を這わせた。まるで何も邪魔者はいないと言わんばかりだった。静寂の中に墨が命を吹き込む。お日様の光が世界を形作る黒さを祝福する。風がやってくる。何度も私を打ち負かした未知の力を引き連れて。庭の落ち葉が騒ぐ。猫があくびする。師匠の長髪が竜のように遊んでいる。筆は動じない。書は最後まで浚われることはなかった。

…… 『 初 心 』 ……

「書き切るのは意志なのじゃ」

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【創作note】角度のないところからシュートが決まるか

2021-04-13 10:59:00 | 【創作note】
 やるしかないのにやる気が起きない時に、みんなどうしているのかと思う。どうにかこうにかやっていくに違いないのだろう。
 駄目な時は本当に駄目で、Pomeraを開いたとしても、先にPomeraが眠るか僕が眠ってしまうかという有様だ。

 コーヒーを買いました。いつもよりもできあがりが早く感じたのは、いつもよりもよそ見を多くしていたかもしれません。お元気ですか。僕は元気です。

 紙コップを傾けても唇にコーヒーが届かない。いつもと同じような角度まで傾けてそろそろ熱いぞと覚悟を決めても、少しもコーヒーが現れない。もしかして、店員さん、コーヒーを入れ忘れたのではないだろうか。
 いつもより少し余計に傾けると、ようやくコーヒーが出てきてくれて、杞憂は消え去っていった。ほんの気持ち、量が少ないのでは? そのせいか、今日のコーヒーはいつもより少しマイルドで美味しく感じられるのだった。

 春も暖かくなってきました。お気に入りのシャツを羽織って少し出かけてみてはいかがでしょうか。

 僕は角度のないところからシュートを決められる人になりたい。
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愛の封じ手

2021-04-12 10:15:00 | 将棋の時間
「矢倉がお好きなんですね」
「ええ、まあ……」

 年中矢倉戦法を採用しておいて、嫌いとは言えない。勝率だって悪くはなかったが、私が本当に好きなのは四間飛車だった。振り飛車のさばきに昔から強い憧れを持っていた。囲いだって美濃囲いが堅いと思うし、銀冠は何よりも優れていると思う。

(あの先生のようにさばけたら……)

 華麗なさばきで飛車や角や左桂を自在に操る。守っても粘り強く戦って美濃囲いを維持する。
 私も憧れから振ってみたことはある。
 しかし、どうにもさばけなかった。何度やっても飛車角は押さえ込まれてしまう。粘り強く指そうとしても、美濃囲いは脆く崩れ去ってしまう。私が指すことによって、どんどん(好きな振り飛車)のイメージから離れて行ってしまう。私はそれには耐えられなかった。
 さばく才能はないけれど、矢倉に構えてじっくりと戦うことはできる。少しずつポイントを上げたり、陣形を組み立てることはできる。
 生きて行くために、私は一番好きなものを封じなければならなかった。

(きっと誰だってそうではないだろうか)

 来月は矢倉党の党首選挙がある。
 どうか誰も私を推さないでもらいたいものだ。
 仕方なく勝っているけれど……、

「本当に好きなものは違うんだよ」

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誰もいない部屋

2021-04-11 10:42:00 | 忘れものがかり
この部屋には誰もいない
不思議なくらいに誰もいない

眠たくて虚しくてくやしくて
コーヒーなくて
何も手につかない

壁にかかったビニール傘60センチ
どこにも開かれることはない

道行く人
1人、2人、3人
歌う人、乗った人、酔っぱらい

景気付けのロックミュージック
あるんだけどさ

眠たくて虚しくて歯がゆくて
Pomeraなくて
何も手につかない

この世の信頼が揺らぎ始めた部屋に

今は僕もいないよ

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熱く語れ(マスク会食カウンター)

2021-04-10 10:32:00 | ナノノベル
「何がマスク会食や。そんなもんずっとやってるわ。半世紀以上やっとんねん。何を今更やねん」

 おじさんはマスクを取って麺をズルズルと啜った。一口スープを飲むと再びマスクを着けた。

「言われんでもやるっちゅうねん。常識やろ。こんなん普通の日常やんけ。元は俺が考えたんちゃうか。それやったらそれなりのもんはもらわなあかんで。何でもただちゃうんやから。ただほど高いもんあるんか。あったらつれて来い。ここへつれて参れっちゅうねん」

 おじさんは慣れた手つきでマスクを引き下げるとズルズルと勢いよく麺を啜った。レンゲを持ち上げて一口スープを飲むとレンゲを器の縁にかけた。ふーっと息を吐いてからマスクを上にずらし、完全に鼻までを覆った。

「こうしといたら安全や。虫がいきなり飛んできても口によう入らへん。お前口に入ったら大変ぞ。どないなんねん。どないもならんゆうこっちゃ」

 おじさんは虫をも防ぐマスクをさっとずらすや否やズルズルと麺を啜った。麺がどれだけ長くても途中で噛み切ったりすることは一度もなかった。麺が終わると続けてスープを口にした。そして、ふーっと息を吐くところはさっきとまるで同じだ。その後は抜かりなくマスクを装着する。

「ほんでこのパーティションってなんやねん。どこもかしこも区切りやがって東西冷戦か。いつまで独裁やっとんねん。ほんで前の奴らは何やあれ、お前らそんな偉いんか。前に立つ奴が何で揃ってマスクせえへんねん。どういうつもりや。人にさせるんやったら自分もせえよ、当たり前やがな。自分の身は自分で守らなあかん。身から鯖出るで。なんでサバやねん。俺はアホかー。ほんまどないなってんねん。いつになったら自由にしゃべれんねん。ほんで自転車調子こいてどこ走っとんねん。そのスピードで走るんやったら車道を走れよ。十分速度出とんねんから。歩道を行くんやったらもっと緩めなさい。お前らだけのもんちゃうで。歩道やないかい。そやったら歩かんかい。ほんまどないなってんねん。ええ加減にせえよおー?」

 おじさんは調子を上げつつマスクをすっと下げた。そしてズルズルと麺を啜った。大きく頷いて次は啜る前に麺を高く持ち上げて数秒間その輝きを見上げた。麺について何か誉めてみたいところをがまんして言葉を呑み込んだ。麺が終わるとスープを飲んだ。もはや熱さを警戒せず躊躇いなくレンゲに口をつけることができるようになった。ふーっと息を吐くとマスクが上昇する。

「どこにも行くなって? ほんだらどこ行ったらええねん。俺らもう八方塞がりやんけ。行くのはええ言うとったんちゃうんかい。万全の対策したら構へんのとちゃうんかい。どないやねん。万全の対策ってなんやねんなお前。普通のと何がちゃう言うねん。適当なことばっかり言うなよ。こっちは振り回されてくたくたやねん。誰がくたくたや。俺まだ全然本気ちゃうで。アホか。こんなもんで本気になって言うかいな。冗談やって。お前通じへんな。俺が本気出したら天下がひっくり返んで。西軍の勝ちや。ハマチがブリになるいうこっちゃ。おー? チャーハンやったら何になんねん。もう俺わからへんわ」

 おじさんは首をひねりながらマスクを外した。ズルズルと麺を啜る。最後の一本がなくなると器を抱え込んで忘れ物を探すように器の中に顔を突っ込んだ。余すことなくスープを飲み切ってふーっと長い息を吐いた。楊枝に手を伸ばしかけたが途中で思い直して引っ込めた。マスクを装着するとどこにも抜かりはないか手で押さえて確かめた。

「何がマスク会食や。お前ちゃんとやらなあかんで。当たり前や。言い出した奴がやらんで誰がやんねん。家でもせえよ。当たり前や言うてんねん。ちゃうでそんな本気で言うてないって。わかれよ。わかるやろ。お前何年生きとんねん、ほんま。いやほんまちゃうねん……」

 おじさんはルールを守りながら壁に向いて熱く語っていた。

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魂の叫び

2021-04-09 01:19:00 | 夢追い
 昨日見た時は青かったのに、今はそうでもない。何か違う。青かったり白かったり、浮いたり沈んだり、強かったり弱かったり、好きだったり嫌いだったり、熱かったり冷たかったり、きれいだったり淀んでいたり、いつも振り回されてばかりだった。50パーセント? いったいどういうことなのだろう。
 いつもよりも歩けすぎている。歩いている途中で異変に気づく。背中が妙に軽すぎる。荷物を忘れてきた! そればかりか耳が寂しい。どうして手にお茶を持っているのに、大事なものばかり忘れているのだろう。行きすぎた道を僕は引き返した。荷物になるので電柱の下に、お茶は置いて行くことにした。

耳にないアジカンのこと気づいたら今更引き返すのか我が道

 空も人も移ろいから逃れることはできない。誰だってつなぎ止めておくことは難しいのだ。人は上辺から心から作品も含めて変わって行く。昨日は捨てられたかもしれないが、今日には拾ってくれる人もいるのではないか。
 エレベーターは強制的に最上階に引っ張られてしまう。僕は30センチほど背伸びして威嚇していたが、乗ってきた人は僕よりも普通に30センチ高かったので驚いた。

「ここに住んでる人?」

 初対面の人は気安く話しかけてきた。勢いに押されるまま僕は正直に名前と部屋番号を教えてしまった。7階の部屋は改装中で窓もドアも開けっ放しのままだ。こんな時に限って個人情報を晒してしまったことを後悔した。せめて通帳だけでも鞄に入れて持って行こうか。1つ思いつくと大事なものは他にもある気がして憂鬱になる。

「崩してくれる?」
 会計が済んだあとで客は10円玉を差し出した。崩れるパターンは知れている。先輩は100円玉と50円玉を複数用意してトレイに並べようとしていた。
「いや10円でしょ」
「えっ、本当? どれ?」
 預かった元の硬貨は既に行方をくらませていた。
 僕は1円玉を並べて客に差し出した。

「こちらで」
「そうなのか?」

 客は硬貨の輝きが足りないと駄々をこねた。他にも色々とパターンがあるのに、決めつけられたと不満を露わにした。財布に収めないけれど、突き返しもしない。膨らんだ頬は水掛け論を待ち望んでいるようだ。非生産的な間に耐え切れず、僕は早く休むように持ちかけたかった。明日も早いでしょうに。

「油売ってないでよー!」

 夢の中での叫びは声にならない。
 口が乾き意思は唇に伝わらない。
 それでも僕は叫ぶことをあきらめない。
 魂より叫ぶことは体にいいのだ。

「……売ってないでよー!」

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【創作note】背水の陣

2021-04-08 03:41:00 | 【創作note】
 正月明けの血液検査の結果を受け取ったのは4月になってからだった。もたもたしている内に冬も終わろうとしている。とっくに終わったと考える人もいるかもしれない。僕ももうダウンはクローゼットの中に片づけてしまった。朝晩冷え込むことはあるけれど、もはや真冬のような寒さを感じることはないのではないか。なんて思っていたが、月曜日にはマフラーを巻いていた。寒の戻りでもあるまいが、まだまだ寒いと思える瞬間はあるものだ。基準値を超える数値が見られれば、ああだこうだと言ってくる。それが医者の仕事であり、その言葉をどう捉えるかはそれぞれの患者の姿勢だろう。お元気ですか。僕は突然背中に傷ができて椅子の背にもたれかかったら、痛かった。よって背筋を伸ばして、サムライのような角度でPomeraと向き合い、今は久しぶりに日記をつけています。誰に向けて書いているのか、近頃はさっぱりわからなくなりました。わかっていた瞬間などなかったか。正直な話をすると改行することがとてもだるい。そんなことを言っていては何もできません。
 背筋を伸ばす姿勢に慣れていないわけではないが、好きでそうしているのと、そうするしかないという理由でそうしているのとでは、心持ちが違う。背もたれがあってもなきも同然。これが背水の陣という奴だな。

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指先から不安

2021-04-07 17:01:00 | 将棋の時間
 未知の脳を持った男が目の前に座っている。いったい何を考えているのだろう。わからないことへの不安で私の胸は高鳴っている。けれども、男と私との間にある分厚い盤が盾となって私を守ってくれている。そして、心強いスペックを持った仲間たちがいま盤上にまかれつつあった。歩が私を前へと運んでくれる。金銀が密になって私の大切なものを守ってくれる。角さんが遠い未来を見通して、あらゆる問題をさばいてくれる。

 スタートを待つ間は不安だ。

 少し前はもっと不安だった。相手がくるかわからない。電車を間違えるかわからない。財布を持っているかわからない。朝目覚めるかわからない。夜眠れるかわからない。いつになるかわからない。始まるかわからない。不安の波を乗り越えてなんとかここまでたどり着いた。
 あと少し……。

「それでは対局をはじめてください」
「お願いします」

 私は迷わず飛車先を伸ばした。
 指先からすーっと不安が抜けていく。
 わからないことはまだまだたくさんあるけれど、今は道筋がみえている。あとは自分の読みを信じるだけだった。

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馬上の旅

2021-04-06 11:16:00 | ナノノベル
「離さないでね」
 まだ一人で歩くことは不安だった。
「大丈夫。支えている」
 父の手が背中に触れているので安心だった。ゆっくりと一歩一歩僕は前に進む。長い脚の先がコツコツと地面を叩く音。地上を見下ろせば恐怖が増すので、なるべく先の方に目を向けるように努めた。

「いる?」
「ああ、いるよ。後ろは大丈夫だから」
 最も恐ろしいのは常に視界のない背後、そこに父がいると思えると心強かった。
「いる?」
「いるよ」
 けれども、だんだんと声が小さくなっていく。確かめたいけれど、振り返って見ることはできない。恐ろしくて、前へ前へと逃げるように進んで行った。どこまで行っても、完全に自立して歩けているという確信は持てなかった。

「いるの?」
(いるよ)
 その声はもはや自分の脳内で作り出されているようにも思えた。
 それからしばらく確かめることをやめた。ある日、躓きかけた時に偶然できたバックステップが小さな自信になった。遠い距離にある竹の先が、徐々に自分の身体の一部であるような感覚に変わっていった。
 もう父の支えは必要なかった。


「いるか?」
「いるよ」
 久しぶりに父からラインが来た。
 もう遠く離れてしまったけど、父は元気なようだ。

「今は下りてこない方がいい」
「そうなの」
「緊急事態だ」
 地上は色々と厄介なことになっているらしい。
 僕はもう少しこのまま宙を旅することに決めた。

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スパイ・コーチング(ターン・オーバー)

2021-04-05 06:53:00 | ナノノベル
 餅についたきな粉が風に舞って目がかゆくなった。
「おつかれ。ナイス・ピッチング!」
「ありがとうございます」
「次は12年後だからな」
 きな粉を吐きながらコーチが言った。
 えっ?
 噂のターン・オーバーもここまできたのか……。

「10年は何もするんじゃないぞ」
 ゆっくり風呂に浸かるようにとコーチは言った。
 しばらく田舎にでも帰るとするか。国々の温泉を気ままにまわってみるのも面白そうだ。今夜の勝利賞があれば、それくらいはのんびりとできるだろう。夜のネオンも見飽きたところだ。ふるさとから見る星は今でも満天を埋め尽くしているだろうか。



「おつかれ。ナイス・ピッチング!」
 バスの前で監督が声をかけてきた。
「次は火曜日のポメラーズ戦で行くぞ!」
 えっ?
「さっき狐のコーチが……」
 私はコーチから聞かされたターン・オーバーと長期休暇の件を話した。

「バカヤロー! それは狐に化けた人間だ。絵に描いた餅を食べていただろう」
「ああ、確かに」
 風に舞うきな粉を思い出して鼻がむずむずとしてきた。

「あれはスパイだ!」
「スパイ?」
「そう。4月になると敵が送り込んでくるのだ。いいか」
「はい」
「人間はうそしかつかん。ルール無用の生き物だ。よく覚えておけ!」
「わかりました。覚えておきます」

 セーフ!
 春先は人間にご注意あれ。

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ショルダー・ビート・ストリート

2021-04-04 10:49:00 | ナノノベル
ズズチャチャズンズン♪
ズンズンチャチャズッズ♪
ズズドンドンチャッチャ♪

肩に重低音を担いで男は歩いてくる

「何だ? どっかで聞いたことあるな」
「あーん?」

チャカチャンチャンチャン♪

ジズチャチャジントンセ♪
バッハハズズダンダンダン♪
ビシビシズンドンドンズッ♪

「人の作品じゃないか」
「そうだよ。何か?」
「楽しいの?」
「イエーイ! これさえあれば、ビーハッピー!」

チャカチャンチャンチャン♪

ビョンチャッズドドドド♪
チャンチャンズジャジャジャン♪
ンパンパズズドドドンズズドンドン♪

「君のじゃない。人が作った奴だ」
「そうだよ。何? 知ってるよ。みんな知ってるよ」
「えっ? 宣伝なの? 何か出るの?」
「はあ? 何だお前は」

ズズドンズズドンズズババドンドンドン♪
ビボボボズンズンズンボボバンズドドドドン♪
ズンズンズンズンズンズンズンズン♪

チャカチャンチャンチャン♪

ズズチャチャズンズン♪
ズンズンチャチャズッズ♪
ズズドンドンチャッチャ♪

ジズチャチャジントンセ♪
バッハハズズダンダンダン♪
ビシビシズンドンドンズッ♪

ビョンチャッズドドドド♪
チャンチャンズジャジャジャン♪
ンパンパズズドドドンズズドンドン♪

ズズドンズズドンズズババドンドンドン♪
ビボボボズンズンズンボボバンズドドドドン♪
ズンズンズンズンズンズンズンズン♪

ズズチャチャズンズン♪
ズンズンチャチャズッズ♪
ズズドンドンチャッチャ♪

ネバエバジャンジャンネバエバジャパン♪
ズンズンズンズンズンズンズンズン♪

「あれ? 何かだんだんいい曲に思えてきた」
「あーん? まあわかりゃいいよ」

チャカチャンチャンチャン♪

「ボクも好きになっていいっすか?」
「いいに決まってんだろ。オーマイフレンド!」

ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ♪
ヨーヨーヨーヨーヨーヨーヨー♪

「何て曲?」

ズンズンズンズンズンズンズンズン♪

チャカチャンチャンチャン♪

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モラトリアム温泉 

2021-04-03 10:44:00 | ナノノベル
「ごはんですよ」

 彼方から急かすような声がするが、僕はまだ動きたくはなかった。このまま不死身になるまでここにいたい。ずっとこのままでいい。世界はどうして先へ先へ向かおうとするのか、僕にはそれがずっと腑に落ちないでいた。誰かが再生ボタンを押しっ放しにしたに違いない。幸福は果たして追いかけるものだろうか。ただ知ればいいと思うのに。ここに完成された船がもうあるではないか。

「春ですよ」
 旅立ちですよ。

 広告の裏が好きだった。境界がない。方向がない。キリンを描いていい。普通と違ってもいい。似ていなくてもいい。キリンでなくてもいい。途中で消えてもいい。変わってもいい。許されている。辻褄が合わなくていい。好きなだけあっていい。無でもいい。法則に逆らってもいい。自然界に存在しなくてもいい。アンバランスでいい。宙に浮いていていい。つないでもいい。バラバラでいい。「これ何?」わからなくていい。そこにいていい。緩く許されている。生まれていい。ありのままでいい。わがままでいい。どこにも出ることのない僕らの宝物だった。どう考えてもそれは一度切りなのだから。科学的に証明できない宝物。

「お父さん怒ってますよ」

 父の怒りは元から父の中にあったものだ。原因が僕の中にあるというのは虚しい誤解だろう。自分の望むように世界が進まないからといって、他人に当たるというのは不条理ではないか。人間はどこまでも謙虚であるべきだ。どんな小さなものであっても自分の意のままにコントロールしようとしてはならない。どんなに偉い人でも一人の人間は宇宙から見ればほんの切れ端にすぎないのだから。思い出せないほどの昔から、僕は長々と湯船の中に浸かっている。湯は素晴らしい。温かく寛容で、未知なる幻想を広く受け入れる。誰だって追い出されるべきではない。すべて燃え尽きるまで許されるべきだ。

「私を笑わせてよ」
「そのつもりはないね」
「石1つ笑わせることができないで、世界の誰を笑わせることができると思うの?」
「僕がそうしたい時に力を出すだけだ」
「突然ヒーローになれると思うんだ」
「ヒーローなんて考えてもないね」
「小さな縁を無駄にするのね」
「別に急ぐ理由もないよ」
「私は隣の山に帰らなくちゃ。何も笑えないまま……」
「相手を間違えただけさ」
「さよなら、寂しい人」

「ねえ、あんた。いつまで浸かってるの?」
 ふやけてしまうわよ。

 終着駅が嫌いだった。ずっとその手前にいたいのだ。小刻みな振動に埋もれながら、理由を問わずそこにいること許されている。次は、次は、次は……。いつまで経っても次のある世界が美しく思われた。車窓に映る風景は、決して触れ合うことのない人々。いつか語り継がれる物語。遙か彼方に存在する惑星。流れ込んだ光線がシートに描く木々の間に浮き沈む猫の気まぐれ。いい子、いい子、みんなこのままでいい。次は……。
 終点は流れる景色を無情に止めてしまう。歌も、夢も、空想も奪われて、開いた扉からすべての者を放り出そうとする。もう、次はなくなってしまったか……。留まることは許されず、現実に踏み出せない者は、真っ暗な倉の中に閉じ込められてしまうのだ。何も急ぐ必要などなかったのに、終点は加速をつけて僕を裏切るだろう。車掌さん行き急がないで。まだ夢の続きが残ってる。

「誰に似たのかね」
 誰にも似てないさ。
 僕はずっと独りだったんだから。

「もうみんな行きましたよ」
(私も行くよ)
コメント
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