資格マニアの徒然草ブログ

目標としていた70歳で五百資格、2年前倒しで達成しました、これからはジャンルに関係なく、徒然なるままに書いていきます。

4月の人財研は提案営業術

2021年03月17日 | 診断士活動(研究会)

 

 4月の人財開発研究会は、この月もオンライン。弁護士藤堂先生のプレゼンで、テーマは「提案営業術」。正確には、「大失敗の連続から学んだ士業のための提案営業術」。

 藤堂先生の失敗要因、①信頼貯金が溜まっていない、②ビジョンを共有していない、③ツールを活用していない、これらを、大失敗の事例を交えて、楽しくお話しいただいた。ネタバレになるから詳しくは書けないが、これから中小企業の経営者さんを獲得しに行く際には、参考になる内容であった。

 途中、何度もチャットタイムがあり、受講者と対話がある。私も幾つもチャットで質問、意見を書き込む。藤堂先生は、かなり以前から、Zoomを使って講演をやっており、Zoomの使い方はさすがに上手だ。藤堂先生のホームページは、こちらです。

 Zoom開催ももう1年と、長期になってきた。コロナが収束しても、もしかしたら会議の半分はZoomになるんじゃなかろうか。それを考えて運営していかないとね。

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二泊三日の出張、百名城八城を巡る~その5彦根城

2021年03月16日 | 城郭検定資格とその活用

   私の住む団地は、桜の開花は靖国神社から二三日遅れなんですが、まだ咲いていません。あと少しですね。さて、今日の話題は、先週のお城巡りからです。

 二泊三日の出張第二日、仕事がはねて、残りの時間はお城巡り。電車で滋賀県は彦根まで行き、彦根城へ登城する。彦根城は現存12天守の一つ。そして国宝だ、世界遺産に昇格への運動も始まっている。ひこにゃんもいて、賑やかなお城だ。

 本丸から天守へ渡る。城郭の間から見えるのは、石田三成の佐和山かな。時間になると鐘もなる。

 そして天守。私は日本の現存天守、全部見たことはないが、この城の天守は、美しい。角度を変えても美しい天守だ。天守へは以前登っているため、今日は登らない。

 この角度が一番かな。

 天守を下って、お城付属の庭園、玄宮園へ。ここから見る天守も素晴らしい。

 帰りに見つけた井伊直弼の歌碑、桜田門外の変で殺された井伊直弼はこのお城の城主だ。

 さてお城巡り、この日はお城そばのホテルに宿泊。ホテルで紹介いただいて、近江牛の鉄板焼きを食べに出る。ホテルと違って、外の店は地元でもあり、安い。アクリル板を挟んでお客さんが鉄板の脇に座るが、この日は土曜日で満席だ。外食なんてほぼ1年ぶりだ。この滋賀県は非常事態でも何でもないそうだ。

 ホテルの部屋からはお城が目の前に見える。夜と、朝両方の写真です。彦根城を満喫できた宿でした。

 

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1級土木施工管理技士の動画収録

2021年03月15日 | 土木施工管理技士資格とその活用

 土曜日に知らない方からのメールが相次いだ。「お世話になりました、ありがとうございました」だ。土木施工管理技士の合格発表があったようだ。今年は例年とスケジュールが違うから、勝手が違う。昨年は、1級土木の添削を数十人行っていたから、その方たちからのお礼メールだ来たのである。

 さて、今日の話題。以下の内容は先週の話です。

 私が講師をしている資格は、ガス、土木、安全である。今回の関西お城巡り、本来の目的は、土木施工管理技士の収録だ。関西のある企業さんのスタジオで朝から収録する。

 写真の通り、防音などが効いていて、立派な設備のスタジオだ。今回はスタジオのカメラをやや上に移動させる。並行状態だと、どうしても上から目線になってしまうためだ。従って今回は、カメラを見上げるような目線に変更した。ただし、この企業さんの場合、講師の姿は小さく写り、上から目線かどうかはよくわからないが。

 内容は、土木施工管理技士の学科(1次)の令和2度試験分の取り入れ。令和2年度の主要問題の解答解説と、それに合わせた模試の問題の更新である。それに令和3年度試験からは試験制度が変更になるため、その解説をする。

 収録は事前に練習をしていくのだが、本番は今でもその倍、時間がかかる。だいぶ慣れて来ているんだがね。今回は4時間ほどの収録作業で終了。

 これからの収録スケジュールを打ち合わせて終了、終わって、暗くなるまでは、またお城巡りに行く。

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二泊三日の出張、百名城八城を巡る~その4大阪城

2021年03月14日 | 城郭検定資格とその活用

 二泊三日の出張、第二日。この日私は仕事、配偶者に大阪城のスタンプを頼む。大阪城は過去に訪問しているから、もう行かない。そこで、城郭検定の学習のお話。

 昨年12月に城郭検定2級を受験、私の受験史にも残る最低点で不合格だった。そこで、「よくわかる日本の城」という公式参照書、それに「公式過去問題集」を購入。問題集は4級、3級、2級と3種類が収納されている。まず、4級の実力試しから。4級の第10回は82%、第11回は94%とまずまずの成績、ことろが3級になると、途端にわからなくなる。

 そこで問題集は中断して、公式参考書の学習に変える。300頁近くあり、新幹線の中で60頁を読む。かなり詳しい内容で、これは時間がかかる。それにしても私、過去3級までは持っているんだが、かなり昔のことだ。最近は問題もレベルアップしているんだろうか、3級も歯が立たない。一応目標は2級なんだが、道はまだ遠いな。

 さて私は行かなかった大阪城の写真を掲載しておきます。大阪城は鉄筋コンクリート造で、中にエレベータもあったと記憶している。今回の出張、次もまだありますよ、まだ4城残っています。

 

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二泊三日の出張、百名城八城を巡る~その3明石城

2021年03月14日 | 登山&自然系資格とその活用

 初日の最後は、明石城。JRの駅ホームからすぐ目の前に見える。駅そばのお城だ。一帯は公園になっていて、高台にお城がある。

 連郭式になっていて現存するのは、向かって右に巽櫓(たつみやぐら)、左に坤櫓(ひつじさるやぐら)だ。「坤」という文字、読めなかった。これで「ひつじさる」と読む。まずは巽櫓から登城する。

 このお城は徳川の世になってから築かれたものだ。二代秀忠が、西の守りとして築城を命じたが、天守は天守台高で、結局築かれなかったそうだ。巽櫓からは、何と「明石海峡大橋」が望める。

 帰り際に、左手に庭園がある。何でも宮本武蔵がかかわっていたと、説明板にあった。宮本武蔵か、西日本の来ると、このようなキャラクターが出てくる、そうか、武蔵は関ケ原の戦いにも参加したとかいうから、地理的にも時代的にも近いな。

 このお城、入場は無料だ。従って入場券やパンフレットのような記念の物は手元には残らない。その代わり、日本百名城のご城印を購入。これが唯一の記念品になった。

 駅から近い百名城、時間かからずに見学できますよ。この日の城巡りは、これでおしまい。朝から3城を巡った旅でした。まだまだ続きます。

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産能大卒論の結果はS、その使い道は

2021年03月13日 | 産業能率大学

 

 産業能率大学の卒業が近づいている。先日、提出しておいた卒業論文の評価が返ってきた。評価は写真の通りS、最高ランクだ。

 もちろん嬉しいが、額面通り受け取っていいか、どうか。私が就職する時(もう45年も前だ)その成績表は就職用にちょっと、嵩上げされていたようだった。今度はどうなんだろうか。私の場合、もう就職などは関係ないのだがね。

 そして卒業式は中止、卒論の発表会はzoomで開催するが、大学に卒業証書を取りに行く日のため、こちらも欠席。桜は咲いてはいるが、なんだが寂しい卒業になってしまいそうだ。

 そして、この卒業論文、今のところ使い道が3箇所、4月に人財開発研究会で発表、業界紙ガスエネルギー新聞の技術面5月頃かな、それに書籍資格総ガイドの巻頭カラーこちらは7月頃だ。もちろん論文をそのまま載せると、硬い文章になるから、やさしくアレンジする、ただし核の部分は変らない。

 前回45年前の卒研(私たちの場合は卒論ではなく卒研、と呼んでいた)の時は、使い道などなく、ただ学内で発表会をやって終わり。私の卒研は、鉄筋コンクリートアーチ橋と合成桁橋の設計だったが、その計算書と製図はいまでもウチの押し入れに入ったままだ。でも、今度は違うよ。

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二泊三日の出張、百名城八城を巡る~その2姫路城

2021年03月12日 | 城郭検定資格とその活用

 赤穂城に続いては、「姫路城」。新幹線からもよく見える。こちらは駅からかなり歩く、小雨の中、約20分。ただ真直ぐの道だから、姫路城は見えていて、安心して歩ける。

 このお城は、私が改めて解説するほどじゃないだろう。天守は連立式で、大天守に西、乾、東小天守ほか、国宝が8棟もある。重要文化財は何と74棟、そして、百名城に、世界遺産だ。やっぱすごい。

 姫路城は、過去3回ほど訪問しているため、入口でスタンプをゲットして、Uターン。でも入口からスタンプまで距離があるため、それでも歩きがいはある。同じような角度から何枚も撮影してしまった。さて、昼食を摂って、電車で明石へ。

 

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百田さんから貰ったしおり

2021年03月11日 | その他

 百田尚樹事務所からしおりが送られてきた。5枚で、いずれも百田尚樹さんらしい言葉が書かれている。「人生は金じゃないよと言えるくらい稼ごうや」、「やればできると言えるのはやればできた奴」の2枚が私の好みだ。

 このしおりは、アメリカ大統領関連で、百田尚樹さんと、闇のクマさん、及川幸久さん、改憲君などが対談するのを観たくて、百田尚樹チャンネルに入会した。すると全員にこのしおりが送られてきたものだ。

 「しおり」には思い出がある。私が企業時代、労働組合の支部役員をしていた頃だ。組合支部で、組合員から書籍の寄付を募り、集めて文庫を作った。

 そして、組合員にその謝礼をしたかった、しかし労働組合の支部、金がない。何かないかと議論したら、ある若い役員が、「しおり」はどうだろう。お礼の文字を入れて、紙で作れば、心は籠って、カネはかからない、という。皆感心して、このしおり案を採用。やがて私の手元にも、「こころの一冊をありがとう」と書かれたしおりが届いた。

 百田さんの試みはわからないが、「しおり」、はこのように使えた。金がないときの心の贈りもの。参考になったかな。

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二泊三日の出張、百名城八城を巡る~その1赤穂城

2021年03月10日 | 城郭検定資格とその活用

 二泊三日の関西出張、一泊二日の予定のところ、もう一泊追加して、お城を八城、巡ってきた。出張のためスーツだ。しかし、山城もあるため、脚は運動靴、登山用のザックにパソコンを背負ってのいでたち、知らない人が見たら変な格好だ。八城もあるため、ブログは毎日じゃなく、飛び飛びに書き込みます。初日は、播州赤穂城。

 早朝5時に自宅を出発、新幹線で今回の出張で最も遠い、播州赤穂まで一気に走る。播州赤穂駅からは徒歩で15分ほど、赤穂城に到着。赤穂城は天守はないが、門や石垣が残り、あの忠臣蔵で有名な大石邸や大石神社もあり、歴史博物館も充実している。この赤穂の地は、忠心蔵と赤穂塩で有名だ。お城は瀬戸内海に面していて、昔は塩田が広がっていたそうだ。

 赤穂城は、駅から歩いてきて、入口のこの三の丸隅櫓が看板になっている。背の高いスマートな櫓だ。

 櫓の先、大手門くぐると、大石邸長屋門。元禄14年、江戸の悲報を早かごが叩いたのもこの門である。そばには大石神社があり、四十七士の石像もある。四十七士は地元ではきっと、英雄なんだろうな。

 本丸厩口門から、本丸へ。この辺はお堀や石垣もきれいに復元されていて、美しい。

 そして、天守台へ。天守台への階段は段差が50cmほどもあるだろうか、昔の人はこのきつい階段を登っていたのか。天守台からの眺め、どこのお城もそうだが、とにかく敷地が広い。天守台から見るお城も、とにかく広い。

 博物館を裏から見ると、白壁の土蔵風の建物になってる。オモテに回って、入場し、百名城スタンプをゲット。館内は、赤穂の塩、そして赤穂義士、それに赤穂上水道の展示がなされている。

 先を急ぐため、小雨の中、駅に戻って姫路へ、この日のスケジュールは、姫路城、その後明石城だ、忙しい。

 

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顔振峠と平九郎自害の地

2021年03月09日 | 地理・歴史系資格とその活用

 渋沢栄一検定で出てきたシーン、栄一がパリ万博に出発するとき、妻の弟を養子にした。名を平九郎という。平九郎は、戊申戦争に幕府方として参加し、飯能の戦いで敗れ、顔振峠から黒山に逃れたが、最後は自決した。

 今日は、顔振峠と平九郎自害の地を訪ねる。顔振峠は、20年以上前に行ったっきりだ。今も茶屋はあるだろうか、黒山鉱泉は廃業したというがその後どうなってるんだろうか、と思いながら、西武線吾野駅で降り、歩き出す。暫くは川沿いに歩いて、途中からは山道。

  

 1時間ちょっとで顔振峠だ。峠にはちゃんと、平九郎茶屋がある。おばあさんがお店をやってる。入ってサイダーを注文、大河ドラマの影響で、昨日もテレビが来たよって。平九郎は、この茶屋で草鞋を買ったそうだ。

 

 そして下り、なんせバスダイヤが3時間も空いている。12時半のバスに間に合わないと大変だ、ということで午前中から下り始める。1時間ほども下ったあたり、平九郎自害の地があった。石碑と、説明板、それに自害の時、腰かけたと言われる石がある。平九郎は享年22歳、写真を見る限り、幕末・明治のイケメンだ。そばのグミの木は平九郎グミという。赤い実は平九郎の血、という。時期外れで今は、実はなってない。

 

 

 そばには黒山三滝がある。バスの時間を気にしながら滝を見に登る。しかし、途中で時間切れ、戻る。

 

 途中、黒山鉱泉がリニューアルされて、「くろやま文学館」という、しゃれた喫茶店になってる。休憩に名作小説のステレオドラマが聴けるそうだ。一度入ってみたいな。

 

 一昨日の大河ドラマ、平九郎は、まだ小さな子供として登場していた、ドラマで自決するシーンがあるとすれば、あと10年くらい先のはず。

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発達障害の書籍を読んで

2021年03月08日 | 読書感想

 

 しばらく前にNHKテレビで発達障害の番組をやっていた。そこで写真の書籍を読んでみた。書籍の始めの方を読んだ感想では、企業時代に、部下に変な奴、おかしな奴というのがニ、三人いたが、あれが発達障害だったんだろうと感じた。そうかやっぱりな、という感覚であった。

 しかし、全編読むと感想は変ってきた。私、現在も中小企業さんの新人研修を担当しているが、その経験でいうと、新入社員の何分の一かは、発達障害予備軍だ。私自身も若い頃は、発達障害の予備軍だったようだ。そして社会人になって、徐々に慣れてきて、(発達してきて)、その障害がなくなる。どうしても残った人が発達障害だろう、というのが結論だ。

 本書によると発達障害の一つであるASDの特徴は、①人間関係が苦手、②感情のコントロールが苦手、③想像するのが苦手、④目に見えないことが苦手、⑤関心事が狭くて深い、⑥一転集中、⑦やり方へのこだわり、⑧感覚の敏感さ、⑨時間の経過が掴みにくい、⑩生活リズムが乱れやすい、⑪ワーキングメモリが小さい、などが挙げられた。これって、自分自身にも当てはまるものが幾つかあったな。

 これらの全くない人間なんで、あんまりいないんじゃなかろうか。発達障害の知識を得るのは重要だが、一つ当てはまるからと言って、あいつは「発達障害だ」とレッテル貼りは危険だと思う。発達障害とそうでない人の間は、グレーで分かりにくい。

 私も経験したが、企業は、このような人も扱って成果を出さないといけない。企業の管理職は大変だな。

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大仏そばの高岡城と三千m級の見える雨晴海岸

2021年03月07日 | 城郭検定資格とその活用

 信州北陸の百名城巡りの最後は、高岡城。金沢からあいの風富山鉄道で高岡駅へ。そして徒歩で古城公園へ。

 古城公園が高岡城なんだが、どうもお城臭くない。博物館にスタンプ、お堀と石垣はあるが、それ以外は何もない。普通の公園のようだ。ただ、お堀は立派で築城当時を思わせる。

 本丸跡も行ったが、ただの広場になってる。そして戦国・江戸時代とは無関係な彫刻。兼六園を真似たような池もある。

 このお城は、前田二代目の利長公が入った城だ。当初は富山城に入ったが、火災で焼けた後、高岡に城を築いた。利長の死後、幕府の一国一城制で、お城は取り壊し。結局お城は5年だけのものだった。だからという訳でもないが、市民にはお城の想いが少ないんじゃなかろうか。

 お城そばには、高岡大仏がある。私は小さい頃、中学生だったかここを訪問したことがある。

 そしてもう一つ、氷見線に載って、雨晴駅へ。ここは天気が良ければ、雨晴海岸から、三千メートル級の北アルプスが海越しに見える場所だ。幸い、北陸の冬にはめったにない好天気。今日しかないと、雨晴へ。ジャストフィット!! 真っ白な剣・立山連峰が、富山湾越しに見えた。この風景は生まれて始めて見た。なかなか見れない景色に満足した旅だった。

 

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白鳥路と大手堀からの金沢城

2021年03月06日 | 城郭検定資格とその活用

 金沢城は私の田舎の近く、子供の頃からもう何十篇も登城している。この日は百名城スタンプを貰うだけが目的。いつものように兼六園側から、石川門に入る。この門の当たり、桜の季節が美しい。亡くなった母を連れて、毎年花見に来たっけな。

 この日は、場所を変えて、大手堀から入り直す。兼六園から大手堀までの通りには「白鳥路」という通りがある。昔はお堀だった通りだろうか。私、この通りはまだ一度も歩いたことがないので行ってみた。彫刻が幾つか飾ってあるが、百万石の城下町とはあまり関係はない。

 

 そして大手堀。門はないが、お堀や石垣が残っている。城内は広い空き地だ。遠くに復元されたお城の櫓の一部が見える。

 この大手掘から入った場所は、新丸と言って江戸時代は官庁街だったそうだ。行政の中心だ。百万石を治めるんだから、その事務量は大変なものだったろう。

 帰りに浅野川大橋の「加賀棒茶」の店に、お土産を買いに行ったが、5分前に閉店。ああ、ネットでも受けているようだから、そっちにするか。その代わり、森八本店でお菓子の長生殿を購入。加賀棒茶は安くてうまいが、こちらは結構お高いな。

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真田兄の地、大本営もあった松代のお城

2021年03月05日 | 城郭検定資格とその活用

 長野駅からバスで松代へ。以前は列車が走っていたが廃線になって今はバスしかないそうだ。バス停では、駅舎がそのまま残っている。駅舎に地図がある。するとどうだろう。松代大本営地下壕という地名、そうかここは、太平洋戦争中、空襲が激しくなって、大本営(その候補地か)を移した場所か。

 駅舎から、スタンプのある真田邸、真田宝物館、そして松代城へ。松代城は、築城時は、海津城と言った。上田城と同じ千曲川を障壁としたお城だ。

 今はお堀、本丸太鼓門とその前橋、からめ手北不明門、そして土塁が復元されている。

 天守は天守台のみ。天守からは北信の山岳が一望だ。遠くには北アルプスの白い山々、うっすらと北信の山々が見渡せる。奇麗に整備されたお城だ。百名城は、どこもそうだが、人出は少ない。近所の人が散歩に来ている程度だ。

 このお城の歴史を書く。真田親子が、徳川家康と石田三成の関ケ原の合戦で、どっちにつくか考えた。そして犬伏の別れで、父とその子の弟方が三成方につく。子の兄の方が家康方についた。そして、関ケ原で家康が勝って、親とその子の弟は和歌山に流されたが、子の兄の方は領地は安堵され、松代に移ってきた。真田家は信之から十代、明治の廃藩まで続いた。父の戦略は成功したようだ。

 大河ドラマ真田丸では、父(真田真幸)が草刈正雄、子の兄(真田信之)が大泉洋、弟(真田幸村)が堺雅人だった。だから私は、この松代城の城主は大泉洋さんと、すぐ思い浮かベてしまう。

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不落の城、真田の上田城

2021年03月04日 | 城郭検定資格とその活用

 田舎の親戚に所用があって、石川県へ。冬場はめったに北陸に行かないため、新幹線の途中下車で行けるお城も巡る。都合4城、何度かに分けて書き込みます。まずは、長野県は上田の上田城。上田城は実は三度目。百名城スタンプの獲得が目的だ。

 上田城は、言わずと知れた真田の城で、徳川と二度の上田合戦で勝利した城だ。駅から徒歩で10分ほど。寒くて風が強いが、快晴、雪は全くなし。

 博物館でスタンプを貰い、お城見学。北櫓と南櫓、それを結んだ櫓門が復元されている。上田城は、外観が黒っぽいのが特徴だ。戦国時代はすぐ下を千曲川が流れていて、防御しやすかっただろう。

 城内には、六文銭の大きな兜が展示されている。このお城は受験生がお参りしている。負けたことがないお城だから、不落の城、ということだな。

 駅までの帰りには、道路に真田十勇士の絵がある。よく知ってるのは、猿飛佐助に霧隠才蔵、どれも架空の人物らしい。新幹線で、次のお城、長野の松代へ、続く。

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