照る日曇る日第580回
第一輯で「美姫インペリア」ではじまった本作は、第三輯の末尾「美しきインペリア」でああ堂々の円環を閉じて完結する。いかにもバ選手の超力作ではあるが、その「美しきインペリア」の逸話が艶笑味も滑稽味もさらさらなく、むしろ美徳を称賛する道徳律の賛美で閉じられてしまうのはなぜだろう。
また当初予告されていた一〇〇篇が僅か三〇篇で終結してしまったのはなぜだろうと考えると、やはりこういう艶笑譚を三〇も書き続ければプロットも技法もその限りを尽くす次第にならざるをえないからだろう。
この艶笑の持続の難しさと疲労感は当然読み手の方にも伝わり、またその話かとあくびのひとつも出てくるわけであるが、しかしそれによってバ選手の文学的成果がいささかも減じられることがないのは、古今当代の読書子が証言するとおりである。
末尾ながら「音楽をいざなう翻訳」をめざして死の直前まで全力を傾けられた訳者の石井晴一氏に、謹んで感謝と哀悼の意を表したい。
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音楽をいざなうような翻訳めざし鏤骨彫心せし人のバルザック読む 蝶人