
照る日曇る日第774回
この人の小説はほとんど読んだことがないが、たまたま朝日新聞に連載されたので毎朝楽しみながらクイクイ読み終わることができました。
主人公は自費出版の編集者なのだが、彼が勤務している会社がどうやらその業界の最大手といわれる文芸社のようで、なかなか面白かった。ここは私も仕事で大変お世話になったことがあるので興味津津だったのです。
自費出版というと大手の普通の出版社の連中は馬鹿にしているようですが、一生に一度は自分史を書いてみたいという普通の人々のニーズを掬い取ってビジネスにつなげ、あまつさえそれを大手書店の本棚に並べて見せるという離れ業を実現した功績は高く評価してもいいのではないでせうか。
毎年雑誌や書籍の売り上げが低下していくなか、今では先駆者の文芸社の後塵を拝するようにしてほとんどの有名出版社や新聞社がかつて軽蔑していたこの業界に参入している現況を見るにつけそう思うのですね。
肝心の小説について評する余裕がなくなってしまいましたが、著者は徹底的なマーケットリサーチを踏まえたうえで、この比較的新しい業態を舞台に蠢く商魂逞しい野心家や初な男心を手玉に取る美貌の元AV女優などを生き生きと踊らせ、巧みな構成と円熟した筆致でウエルメイドな通俗小説を仕上げています。
小説を一冊ものすは大変なことまして面白い小説となればなおさら 蝶人