危険な経済秘密保護法案① 国家が民間人を「適正評価」 内心の自由侵す監視社会に
永田町周辺で「セキュリティークリアランス」という言葉が飛び交っています。国家の機密情報を扱う者がその秘密を漏らすことのない人物であるか否かを「適性評価」するという意味です。岸田文雄政権が通常国会で成立を狙う「経済秘密保護法案」(重要経済安保情報の保護および活用に関する法律案)は、適性評価の対象を広く民間に拡大するものです。井原聰東北大学名誉教授が法案の問題点を読み解きます。(寄稿)
東北大学名誉教授 井原聰(さとし)さん
実は、セキュリティークリアランス法はすでに日本に存在します。2014年に多くの国民の反対を押し切って施行された「秘密保護法」です。公務員と一部民間人を対象に適性評価を行って機密情報にアクセスできる資格者を認定し、情報漏えいに罰則を科す法律です。秘密保護法の運用基準では、以下の観点で適性評価を行うとしています。
「情報を自ら漏らすような活動に関わることがないか、情報を漏らすよう働き掛けを受けた場合に、これに応じるおそれが高い状態にないか、情報を適正に管理することができるか、規範を順守して行動することができるか、自己を律して行動することができるか、職務の遂行に必要な注意力を有しているか、職務に対し、誠実に取り組むことができるか」
適性評価の実施に当たっては本人の同意を得る建前になっているものの、内心の自由、基本的人権に踏み込むような“身体検査”“思想調査”にほかなりません。
秘密保護法の対象となる情報は①「防衛」②外交③特定、有害活動(スパイ行為など)④テロ―の4分野とされています。
軍事産業を強化
これに対し、財界3団体の代表が参加する政府の「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」では、民間人を幅広く対象とする経済安全保障の分野にも秘密保護法のような適性評価制度が必要だと声高に叫ばれてきました。
その狙いは、主に米国との間で兵器の国際共同研究・共同開発・共同生産を推し進め、日米の軍事産業を強化することです。戦争できる国づくりの一環だといえます。
法案が対象とする事業分野と民間人は膨大な数になることが予想されます。法案は第2~3条で、経済安全保障分野の機密情報にあたる「重要経済安保情報」を行政機関の長が指定するとしており、指定の基準が実に幅広いからです。
すなわち、国民生活と経済活動の基盤となる「公共的な役務」の提供体制と「重要な物資(プログラムを含む)」の供給網を「重要経済基盤」と名付けます。その上で、外部の行為から重要経済基盤を守る措置・計画・研究や、重要経済基盤のぜい弱性といった安全保障にかかわる情報などのうち、特に秘匿する必要のある情報を重要経済安保情報として指定するとしています。
指定された情報を扱う多くの民間事業者は施設・設備・プログラムなど経営の秘密に属する情報を吸い上げられ、統制され、同じように指定された情報を扱う大学・研究機関や、そこに所属する多数の研究者・技術者・実務者たちを、兵器の研究・開発・生産に囲い込む制度となるでしょう。
秘密保護法廃案へと日本共産党国会議員団(手前)とシュプレヒコールをするデモ隊。奥の参院議員会館前では朝から抗議行動が続いた=2013年12月6日、参院議員面会所前
データ一元管理
法案の第12条は適性評価の内容を定めています。①「外国の利益を図る目的」や「政治上その他の主義主張」に基づいて重要経済基盤を毀損する活動との関係②犯罪・懲戒の経歴③情報の取り扱いに関する経歴④薬物乱用⑤精神疾患⑥飲酒の節度⑦借金などの経済状況―を調べることとされています。①については、配偶者・父母・子・兄弟姉妹・配偶者の父母も調査対象とされます。現行の秘密保護法第12条とうり二つです。
実際、岸田首相は「特定秘密保護法とシームレス(継ぎ目なし)に運用していく必要」を説いており、秘密保護法の運用基準や調査項目を共通のものとして使うことになるでしょう。
本人以外は許諾も得ずに調査対象にされる可能性も否定できません。広く一般市民を監視する社会の出現が危惧されます。
秘密保護法では調査を実施するのは個別の省庁です。それに対して経済秘密保護法案では、新設される調査部局で一元的にデータを管理し、そのデータに基づいて関係する行政機関の長が適性評価の合否を決めます。合否の結果の内容が同僚や上司にどのように伝えられるのか、プライバシーが守られるのかは不明です。
適性評価を拒否した場合や不合格になった場合、同一の職場にとどまれるのか、転勤や退職といった不利益が生じないのか、という懸念もあります。不利益が生じた場合の不服申し立ての監察機関さえ検討されていません。対象となる民間人が膨大な数になることが予想されるだけに、深刻な問題が多数発生するおそれがあります。
重要経済安保情報に指定された研究については発表の自由が奪われ、研究者間の交流が制限されるとともに教育現場にも大きな影を落とすことになります。(つづく)(5回連載)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年3月4日付掲載
実は、セキュリティークリアランス法はすでに日本に存在。2014年に多くの国民の反対を押し切って施行された「秘密保護法」。
秘密保護法の対象となる情報は①「防衛」②外交③特定、有害活動(スパイ行為など)④テロ―の4分野。
これに対し、財界3団体の代表が参加する政府の「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」では、民間人を幅広く対象とする経済安全保障の分野にも秘密保護法のような適性評価制度が必要だと声高に。
永田町周辺で「セキュリティークリアランス」という言葉が飛び交っています。国家の機密情報を扱う者がその秘密を漏らすことのない人物であるか否かを「適性評価」するという意味です。岸田文雄政権が通常国会で成立を狙う「経済秘密保護法案」(重要経済安保情報の保護および活用に関する法律案)は、適性評価の対象を広く民間に拡大するものです。井原聰東北大学名誉教授が法案の問題点を読み解きます。(寄稿)
東北大学名誉教授 井原聰(さとし)さん
実は、セキュリティークリアランス法はすでに日本に存在します。2014年に多くの国民の反対を押し切って施行された「秘密保護法」です。公務員と一部民間人を対象に適性評価を行って機密情報にアクセスできる資格者を認定し、情報漏えいに罰則を科す法律です。秘密保護法の運用基準では、以下の観点で適性評価を行うとしています。
「情報を自ら漏らすような活動に関わることがないか、情報を漏らすよう働き掛けを受けた場合に、これに応じるおそれが高い状態にないか、情報を適正に管理することができるか、規範を順守して行動することができるか、自己を律して行動することができるか、職務の遂行に必要な注意力を有しているか、職務に対し、誠実に取り組むことができるか」
適性評価の実施に当たっては本人の同意を得る建前になっているものの、内心の自由、基本的人権に踏み込むような“身体検査”“思想調査”にほかなりません。
秘密保護法の対象となる情報は①「防衛」②外交③特定、有害活動(スパイ行為など)④テロ―の4分野とされています。
軍事産業を強化
これに対し、財界3団体の代表が参加する政府の「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」では、民間人を幅広く対象とする経済安全保障の分野にも秘密保護法のような適性評価制度が必要だと声高に叫ばれてきました。
その狙いは、主に米国との間で兵器の国際共同研究・共同開発・共同生産を推し進め、日米の軍事産業を強化することです。戦争できる国づくりの一環だといえます。
法案が対象とする事業分野と民間人は膨大な数になることが予想されます。法案は第2~3条で、経済安全保障分野の機密情報にあたる「重要経済安保情報」を行政機関の長が指定するとしており、指定の基準が実に幅広いからです。
すなわち、国民生活と経済活動の基盤となる「公共的な役務」の提供体制と「重要な物資(プログラムを含む)」の供給網を「重要経済基盤」と名付けます。その上で、外部の行為から重要経済基盤を守る措置・計画・研究や、重要経済基盤のぜい弱性といった安全保障にかかわる情報などのうち、特に秘匿する必要のある情報を重要経済安保情報として指定するとしています。
指定された情報を扱う多くの民間事業者は施設・設備・プログラムなど経営の秘密に属する情報を吸い上げられ、統制され、同じように指定された情報を扱う大学・研究機関や、そこに所属する多数の研究者・技術者・実務者たちを、兵器の研究・開発・生産に囲い込む制度となるでしょう。
秘密保護法廃案へと日本共産党国会議員団(手前)とシュプレヒコールをするデモ隊。奥の参院議員会館前では朝から抗議行動が続いた=2013年12月6日、参院議員面会所前
データ一元管理
法案の第12条は適性評価の内容を定めています。①「外国の利益を図る目的」や「政治上その他の主義主張」に基づいて重要経済基盤を毀損する活動との関係②犯罪・懲戒の経歴③情報の取り扱いに関する経歴④薬物乱用⑤精神疾患⑥飲酒の節度⑦借金などの経済状況―を調べることとされています。①については、配偶者・父母・子・兄弟姉妹・配偶者の父母も調査対象とされます。現行の秘密保護法第12条とうり二つです。
実際、岸田首相は「特定秘密保護法とシームレス(継ぎ目なし)に運用していく必要」を説いており、秘密保護法の運用基準や調査項目を共通のものとして使うことになるでしょう。
本人以外は許諾も得ずに調査対象にされる可能性も否定できません。広く一般市民を監視する社会の出現が危惧されます。
秘密保護法では調査を実施するのは個別の省庁です。それに対して経済秘密保護法案では、新設される調査部局で一元的にデータを管理し、そのデータに基づいて関係する行政機関の長が適性評価の合否を決めます。合否の結果の内容が同僚や上司にどのように伝えられるのか、プライバシーが守られるのかは不明です。
適性評価を拒否した場合や不合格になった場合、同一の職場にとどまれるのか、転勤や退職といった不利益が生じないのか、という懸念もあります。不利益が生じた場合の不服申し立ての監察機関さえ検討されていません。対象となる民間人が膨大な数になることが予想されるだけに、深刻な問題が多数発生するおそれがあります。
重要経済安保情報に指定された研究については発表の自由が奪われ、研究者間の交流が制限されるとともに教育現場にも大きな影を落とすことになります。(つづく)(5回連載)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2024年3月4日付掲載
実は、セキュリティークリアランス法はすでに日本に存在。2014年に多くの国民の反対を押し切って施行された「秘密保護法」。
秘密保護法の対象となる情報は①「防衛」②外交③特定、有害活動(スパイ行為など)④テロ―の4分野。
これに対し、財界3団体の代表が参加する政府の「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」では、民間人を幅広く対象とする経済安全保障の分野にも秘密保護法のような適性評価制度が必要だと声高に。
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