水平社創立100年 人間の尊厳を求めて② 「国民的融合」で差別解消へ
全国地域人権運動総連合代表委員 丹波正史さんに聞く
「水平社」は支配権力による弾圧や圧迫のなか20年で消滅しましたが、部落解放運動は戦後いち早く再建されました。1946年に「部落解放全国委員会」が結成され、55年に「部落解放同盟」と改称し、諸要求実現や悪法反対のたたかいを展開し、社会的影響力を強めていきました。
しかし、1969年に同和対策事業特別措置法が施行され本格的な同和事業がはじまると、この同和事業の独占管理(窓口一本化)を主張し、組織内の人びとを暴力的に排除する逆流が運動の一部に生まれました。
全国部落解放運動連合会結成大会=1976年3月15日、東京都千代田区
各地で運動展開
これに対して70年に「部落解放同盟正常化全国連絡会議」(議長岡映)が結成され、部落問題にふさわしい解決のあり方をめざす運動を展開しました。
「正常化連」は、76年に全国部落解放運動連合会(全解連)に発展的に改組しました。
水平社時代の運動家も立ち上がり、「国民融合をめざす部落問題全国会議」が結成され、各地で住民運動も広がりました。
こうした状況を反映して日本共産党から1975年に「国民的融合論」が提起されました。国民的融合論は戦前の「人民的融和」論を継承したもので、「部落解放とは、江戸時代の旧身分のいかんを問わず、人間としての平等、同権を確立し、社会生活においても旧身分による閉鎖的な障壁を打破して、自由な市民的交わりと結合、融合をとげることである」としました。
①戦前と違い部落問題解決の客観的主体的条件が成熟した②差別の拡大再生産でなく解消過程にある③「部落民以外はすべて差別者」とする「部落排外主義」に反対し、民主主義を徹底させれば解決が可能である―ことを明らかにしました。
「四つの指標」で
全解連は綱領的文書(1987年)で部落問題解決の四つの指標をまとめました。
①生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正される②部落問題に対する非科学的認識や偏見に基づく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされる③部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服される④地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現する―ことです。
同和事業費は1969年から2002年まで33年間に約16兆円が投下されました。部落内外の生活上の格差も解消され、古い差別的な悪習・悪弊も大きく薄れ、部落住民の自立意識も醸成され、社会生活上の障壁も打破されました。四つの指標は基本的に実現したといえます。残る問題は一般行政施策の拡充と、人権尊重・民主主義の前進に引き継がれたのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月8日付掲載
国民的融合論は戦前の「人民的融和」論を継承したもので、「部落解放とは、江戸時代の旧身分のいかんを問わず、人間としての平等、同権を確立し、社会生活においても旧身分による閉鎖的な障壁を打破して、自由な市民的交わりと結合、融合をとげることである」と。
部落内外の生活上の格差も解消され、古い差別的な悪習・悪弊も大きく薄れ、部落住民の自立意識も醸成され、社会生活上の障壁も打破された。
残る問題は一般行政施策の拡充と、人権尊重・民主主義の前進に引き継がれる。
全国地域人権運動総連合代表委員 丹波正史さんに聞く
「水平社」は支配権力による弾圧や圧迫のなか20年で消滅しましたが、部落解放運動は戦後いち早く再建されました。1946年に「部落解放全国委員会」が結成され、55年に「部落解放同盟」と改称し、諸要求実現や悪法反対のたたかいを展開し、社会的影響力を強めていきました。
しかし、1969年に同和対策事業特別措置法が施行され本格的な同和事業がはじまると、この同和事業の独占管理(窓口一本化)を主張し、組織内の人びとを暴力的に排除する逆流が運動の一部に生まれました。
全国部落解放運動連合会結成大会=1976年3月15日、東京都千代田区
各地で運動展開
これに対して70年に「部落解放同盟正常化全国連絡会議」(議長岡映)が結成され、部落問題にふさわしい解決のあり方をめざす運動を展開しました。
「正常化連」は、76年に全国部落解放運動連合会(全解連)に発展的に改組しました。
水平社時代の運動家も立ち上がり、「国民融合をめざす部落問題全国会議」が結成され、各地で住民運動も広がりました。
こうした状況を反映して日本共産党から1975年に「国民的融合論」が提起されました。国民的融合論は戦前の「人民的融和」論を継承したもので、「部落解放とは、江戸時代の旧身分のいかんを問わず、人間としての平等、同権を確立し、社会生活においても旧身分による閉鎖的な障壁を打破して、自由な市民的交わりと結合、融合をとげることである」としました。
①戦前と違い部落問題解決の客観的主体的条件が成熟した②差別の拡大再生産でなく解消過程にある③「部落民以外はすべて差別者」とする「部落排外主義」に反対し、民主主義を徹底させれば解決が可能である―ことを明らかにしました。
「四つの指標」で
全解連は綱領的文書(1987年)で部落問題解決の四つの指標をまとめました。
①生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正される②部落問題に対する非科学的認識や偏見に基づく言動がその地域社会で受け入れられない状況がつくりだされる③部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服される④地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現する―ことです。
同和事業費は1969年から2002年まで33年間に約16兆円が投下されました。部落内外の生活上の格差も解消され、古い差別的な悪習・悪弊も大きく薄れ、部落住民の自立意識も醸成され、社会生活上の障壁も打破されました。四つの指標は基本的に実現したといえます。残る問題は一般行政施策の拡充と、人権尊重・民主主義の前進に引き継がれたのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年3月8日付掲載
国民的融合論は戦前の「人民的融和」論を継承したもので、「部落解放とは、江戸時代の旧身分のいかんを問わず、人間としての平等、同権を確立し、社会生活においても旧身分による閉鎖的な障壁を打破して、自由な市民的交わりと結合、融合をとげることである」と。
部落内外の生活上の格差も解消され、古い差別的な悪習・悪弊も大きく薄れ、部落住民の自立意識も醸成され、社会生活上の障壁も打破された。
残る問題は一般行政施策の拡充と、人権尊重・民主主義の前進に引き継がれる。
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