フィリピンと地域外交の変化 ドゥテルテ政権1年① 対中強硬路線から対話へ
南シナ海で賛否両論
フィリピンでドゥテルテ大統領が就任して30日で1年を迎えます。ドゥテルテ政権は、前アキノ政権の対中強硬路線から対話重視に転じ、南シナ海問題で揺れてきた東南アジアの地域外交に賛否両論のさまざまな変化を起こしました。フィリピンで変化とその意味を探りました。(マニラ=井上歩 写真も)
青く澄んだ海面が穏やかな波を立てる岸に、年季の入った小型の漁船が係留されています。フィリピン北部サンバレス州マシンロックの漁村。南シナ海の緊張水域の一つ、スカポロー礁(中国名黄岩島)で漁をしてきた人々が暮らします。
「ドゥテルテ大統領が中国と合意してから、スカポロー礁周辺での漁ができるようになった」と3カ月の漁から戻ったばかりの漁船員ジュニック・ホソルさん(49)はいいます。
漁の妨害を停止
スカポロー礁では2012年4月、中国の海洋監視船が比側の中国漁船摘発を阻止。以来、中国が同礁を事実上支配下に置いてきました。ホソルさんらフィリピン漁船団は放水などで追い払われ、周辺での漁ができなくなりました。「当たったら4、5メートルは吹き飛ばされる強力な放水で、みな恐怖にかられた」とホソルさんは振り返ります。
変化のきっかけはドゥテルテ大統領の対中対話路線と昨年10月の中国訪問。同大統領は「戦争するわけにはいかない」と繰り返し述べ、スカボロー礁問題を中国側と協議、中国は漁民への妨害を停止しました。
地域諸国の間で懸念が高まっていた同礁での人工島建設と“軍事拠点化”も、現時点では進められていません。
他方で中国は引き続きスカポロー礁への「管轄権を行使」(中国外務省)し、悪天候時を除き、同礁内へのフィリピン漁船の進入を防いでいます。
スカボロー礁での漁の体験について語る漁船員のホソルさん=サンバレス州マンシロック
スカボロー礁と仲裁判決
2012年のスカポロー礁での緊張発生後、当時のアキノ政権は、南シナ海ほぼ全域に対する中国の権利主張に異を唱えて常設仲裁裁判所に提訴。昨年6月の判決は、中国が南シナ海領有権に関し、地図上に引いている「9段線」の主張の法的根拠を否定。また、中国が同礁周辺海域で「フィリピン漁民の接近を阻止し、伝統的漁業権を侵害した」と認定しました。中国は判決を拒絶。判決直後に就任したドゥテルテ大統領は、判決を誇示せず、対話する立場をとりました。
力学は変わった
フィリピン国内では、ドゥテルテ大統領の融和路線と物議を醸す“放言癖”に対し、「領土防衛の役割を果たしていない」(デルロサリオ元外相)との角度からの批判が絶えません。政治・安全保障アナリストのホセ・カストディオ氏は本紙に、「麻薬戦争で欧米から批判され、ドゥテルテは中国の支持を得たい。政治的利益のために南シナ海で国を不利な立場に置いている」との見解を述べました。
ホソルさんにも笑顔はありません。「漁に出れなかったので妻は海外へ出稼ぎにいった。礁は私たちのもので、中国の艦船がいなくなるように政府はもっと努力すべきだ」
しかし、東南アジアでは、ドゥテルテ外交によって南シナ海問題が地域の国際政治を左右する「力学は変わった」(タイ・ネーション紙)との見解も出ています。前進なのか、後退なのか。フィリピンのエンリケ・マナロ外務次官の説明を次回に紹介します。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年6月30日付掲載
中国が南シナ海で無理難題をはたらいても、あくまで対話で対応する。力による現状の変更はできなくなっている。
南シナ海で賛否両論
フィリピンでドゥテルテ大統領が就任して30日で1年を迎えます。ドゥテルテ政権は、前アキノ政権の対中強硬路線から対話重視に転じ、南シナ海問題で揺れてきた東南アジアの地域外交に賛否両論のさまざまな変化を起こしました。フィリピンで変化とその意味を探りました。(マニラ=井上歩 写真も)
青く澄んだ海面が穏やかな波を立てる岸に、年季の入った小型の漁船が係留されています。フィリピン北部サンバレス州マシンロックの漁村。南シナ海の緊張水域の一つ、スカポロー礁(中国名黄岩島)で漁をしてきた人々が暮らします。
「ドゥテルテ大統領が中国と合意してから、スカポロー礁周辺での漁ができるようになった」と3カ月の漁から戻ったばかりの漁船員ジュニック・ホソルさん(49)はいいます。
漁の妨害を停止
スカポロー礁では2012年4月、中国の海洋監視船が比側の中国漁船摘発を阻止。以来、中国が同礁を事実上支配下に置いてきました。ホソルさんらフィリピン漁船団は放水などで追い払われ、周辺での漁ができなくなりました。「当たったら4、5メートルは吹き飛ばされる強力な放水で、みな恐怖にかられた」とホソルさんは振り返ります。
変化のきっかけはドゥテルテ大統領の対中対話路線と昨年10月の中国訪問。同大統領は「戦争するわけにはいかない」と繰り返し述べ、スカボロー礁問題を中国側と協議、中国は漁民への妨害を停止しました。
地域諸国の間で懸念が高まっていた同礁での人工島建設と“軍事拠点化”も、現時点では進められていません。
他方で中国は引き続きスカポロー礁への「管轄権を行使」(中国外務省)し、悪天候時を除き、同礁内へのフィリピン漁船の進入を防いでいます。
スカボロー礁での漁の体験について語る漁船員のホソルさん=サンバレス州マンシロック
スカボロー礁と仲裁判決
2012年のスカポロー礁での緊張発生後、当時のアキノ政権は、南シナ海ほぼ全域に対する中国の権利主張に異を唱えて常設仲裁裁判所に提訴。昨年6月の判決は、中国が南シナ海領有権に関し、地図上に引いている「9段線」の主張の法的根拠を否定。また、中国が同礁周辺海域で「フィリピン漁民の接近を阻止し、伝統的漁業権を侵害した」と認定しました。中国は判決を拒絶。判決直後に就任したドゥテルテ大統領は、判決を誇示せず、対話する立場をとりました。
力学は変わった
フィリピン国内では、ドゥテルテ大統領の融和路線と物議を醸す“放言癖”に対し、「領土防衛の役割を果たしていない」(デルロサリオ元外相)との角度からの批判が絶えません。政治・安全保障アナリストのホセ・カストディオ氏は本紙に、「麻薬戦争で欧米から批判され、ドゥテルテは中国の支持を得たい。政治的利益のために南シナ海で国を不利な立場に置いている」との見解を述べました。
ホソルさんにも笑顔はありません。「漁に出れなかったので妻は海外へ出稼ぎにいった。礁は私たちのもので、中国の艦船がいなくなるように政府はもっと努力すべきだ」
しかし、東南アジアでは、ドゥテルテ外交によって南シナ海問題が地域の国際政治を左右する「力学は変わった」(タイ・ネーション紙)との見解も出ています。前進なのか、後退なのか。フィリピンのエンリケ・マナロ外務次官の説明を次回に紹介します。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年6月30日付掲載
中国が南シナ海で無理難題をはたらいても、あくまで対話で対応する。力による現状の変更はできなくなっている。
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