きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影

「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

続・原発の源流と日米関係⑨ 米国の「核の支配」 いまこそ脱却のとき

2011-08-06 23:41:52 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
続・原発の源流と日米関係⑨
米国の「核の支配」 いまこそ脱却のとき


 この連載で検証してきたように、日本の原子力政策は一貫して米国の支配下に置かれてきました。この問題は、日本のエネルギー自給率の極度な低下と密接に関連しています。

自給率は4%
 経済産業省によれば、国民生活や経済活動に必要な1次エネルギー(石油、石炭など)のうち、自国内で確保できる比率を示すエネルギー自給率はわずか4%です。
 1960年には、主に石炭や水力といった国内天然資源によって58%あったエネルギー自給率はそれ以降大幅に低下。1980年には約10分の1の6%にまで落ち込みました。
 その要因は、米国への経済的な従属を盛り込んだ日米安保条約の下で、石炭から石油への転換を強行するとともに、原発導入にまい進したからです。
 戦後復興期に「傾斜生産方式」によって増産が図られた石炭は、1950年代後半から1960年代に相次いで炭鉱が閉山され、米石油メジャーが支配する石油にエネルギー源を転換。1970年代は、原発の新規立地を住民運動が許さなかったものの、2度の石油ショックを口実に「石油依存度を低下させる」として、既存発電所での原子炉増設が加速しました。
 現在、石炭や石油だけでなく、液化天然ガス(LNG)や原子力の燃料となるウランもほぼ全量が輸入です。
 一方、日本のエネルギー自給率4%の内容は、水力、地熱、太陽光、バイオマスなどです。化石燃料や原子力依存から脱却し、再生可能エネルギーヘの転換を図れば、自立したエネルギー政策を築くことができます。





米国の新政策
 米国は、核の力=核分裂による巨大なエネルギーで戦後世界を支配してきました。1945年8月、広島と長崎に投下した原爆で圧倒的な軍事力を示す一方、数十力国に濃縮ウランを提供して、エネルギー分野での支配網をつくりました。
 しかし今、それが揺らいでいます。欧州ではドイツなどで「原発撤退」の方向が示されました。当の米国ではどうでしょうか。
オバマ政権は原発推進を掲げる一方、3月30日に発表した新エネルギー政策で、「2035年までに電力の80%をクリーンエネルギーから得る」として、原子力に加えて風力、太陽光、天然ガスを挙げています。
 地中の岩に含まれる「シェールガス」は米国が埋蔵量世界一です。原発に代わりうるエネルギー源として注目が高まっています。
 「米国は、最後は損得で物事を決める。原発からの撤退もありうる」。原子力業界の関係者は、真顔で心配しています。

    ◆

 「ドッカーン」。3月12日と14日、福島第1原発からの巨大な爆発音が響きわたりました。やがて「死の灰」が降り注ぎ、すべてを汚染しました。
 福島県南相馬市の詩人・若松丈太郎さんは言います。「広島、長崎、福島…。核分裂による巨大なエネルギーと人類は、本当に共存できるのだろうか」
 日本は、米国の「核の支配」から脱却するときを迎えています。
(おわり)
(この連載は榎本好孝、竹下岳が担当しました)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年8月4日付掲載



オイルショックの時はスペインが化石燃料から自然エネルギーへ転換。チェルノブイリの原発事故の時はドイツが原発から自然エネルギーへ・・・。
時々のターニングポイントがありながら、日本は化石燃料依存、原発依存から脱却できませんでした。

それは日本の政治が、財界主導、アメリカ主導に縛られていることによります。
その根本的打開のためには、日本を経済的にも軍事的にも縛りをかけている日米安全保障条約の廃棄、それと日本の労働運動や住民運動を主体として「ルールある経済社会」への転換が今求められていると思います。

僕のお気に入りの、こうの史代さんの漫画「この世界の片隅に」がドラマ化されてた・・・

2011-08-04 23:34:58 | 平和・憲法・歴史問題について
僕のお気に入りの、こうの史代さんの漫画「この世界の片隅に」がドラマ化されてた・・・

まず、原作の紹介・・・

「この世界の片隅に(上)」
「この世界の片隅に(中)」
「この世界の片隅に(下)」


この世界の片隅に  終戦記念ドラマ 広島が舞台
全編に流れる切なさと、ささやかな生活の輝き


脚色 浅野妙子さんにきく
 戦時下ひっそりと、でも懸命に生きた人々を描いた漫画がドラマになります。日本テレビ系で8月5日放送の終戦記念ドラマスペシャル「この世界の片隅に」(原作・こうの史代)。脚色した浅野妙子さんに、作品への思いを聞きました。
 板倉三枝記者




 やりたかった作品だといいます。
 「その時代に行ってきたかのような入り込み方、全編に流れる切ない感じが大好きで…。でも、あまりにも原作がすばらしいんで映像が難しいだろうなと思っていたんです。ただ、人がやるよりは私がやるわ、と…(笑い)」
 舞台は、広島県の軍都・呉。絵を描くのが大好きな主人公・すず(北川景子)は、幼い頃、一度だけ出会った周作(小出恵介)に嫁ぐため、1943年、広島から呉へ向かいます。
 戦時下、毎日をいとおしみながら生きるすず。しかし、周作が娼婦のリン(優香)と恋仲だったと知ります。やがて初恋の人・哲(速水もこみち)が戦死。自分も時限爆弾で右腕が吹っ飛び、手をつないでいためいっ子が亡くなります。さらに原爆で実家の家族の消息も途絶えて…。
 5年前、NHK連続テレビ小説「純情きらり」で戦争の時代を描いた浅野さん。「きらり」の主人公・桜子は戦争に翻弄(ほんろう)されながらも、ガッツで生きた人でした。一方、すずは「家族を戦争に取られることもお米がないことも、すべて耐え忍べば最後には報われる、と従順に信じてきた人」。




一つの真実
 印象的なのは、戦争が終わったと告げられて、「納得できない」と、すずが怒る場面です。
 「右とか左とかを超えた、当時の人の一つの真実だったんだろうなあ、とすごく思ったんです。失ったものが大きいから怒りの反応になる。父方の祖母もそうだったみたいです。今まで言ってきたことが、全部翻っちゃったじゃないかと…」
 自分は生きていて良かったのかと、思い悩むすず。それでも亡くなった人の「記憶の器となってこの世界で生きていく」ことを決意します。
 期せずして、東日本大震災後の日本を重ねるドラマになりました。
 「自分の力ではどうしようもないできごとの中で、家族が身を寄せ合って生きていく。一生懸命生きている自分の存在って、神様から見たらアリみたいなものですよね。それでも小さな世界を守って生きる美しさを伝えたい、と思いました」
 「ラブジェネレーション」「大奥」などで知られるヒットメーカー。もともとは小説家志望。自分の世界で完結しない脚本の仕事は、「演出や俳優といった、ほかの才能と出合うオーケストラのようなもの」といいます。
 今回も、「ささやかな生活の輝き」を、こん身の力を込めて書き上げました。
「しんぶん赤旗」日曜版 2011年7月31日付掲載



原作の漫画を読んで感度した一人です。ぜひお勧めですね。
日本テレビ系で8月5日(金)午後9時からです。


漫画の方は番外編もあって、人さらいを眠らせて逃げる漫画のような話しとか、悪友の宿題の絵を代わりに描いたりとか・・・。
結構、楽しませてくれます。


続・原発の源流と日米関係⑦&⑧ 核燃料サイクル

2011-08-04 21:03:51 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
続・原発の源流と日米関係⑦&⑧ 核燃料サイクル

核燃料サイクル(上) 「核のゴミ捨て場」化
 太平洋側に細長く延びる青森県下北半島。その付け根に位置する六ケ所村の名は、「六ケ所原子燃料サイクル施設」とともに知られています。東京ドーム160個分の広大な敷地。木々の合間に、無機質な建物や煙突が見え隠れします


サイクル構想
 「あの茂みのあたりに、低レベル放射性廃棄物が入った黄色いドラム缶が23万本埋まっています。埋め立て期間は300年。300万本まで受け入れられます」「(核廃棄物を固めた)ガラス固化体は50年後まで保管します。今は1338体。2880体まで貯蔵が可能です」
 同施設を運営する日本原燃の職員は、淡々と説明します。
 六ケ所村には、日本中の原子力発電所から出される使用済み核燃料年間約800トンが運ばれます。政府・電力業界はこれを六ケ所村で再処理して、再び核燃料にする計画です。
 再処理では使用済み核燃料を①ウラン②プルトニウム③廃棄物―に分離します。その上でウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX)にして、高速増殖炉で燃やす―という「核燃料サイクル」をつくる構想です。
 1988年の現行日米原子力協定で、米側は「日米安保条約の維持」を条件に「再処理」を容認。同協定に基づいて建設・推進されたのが、高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)と、六ケ所村の施設です。批准の翌年、六ケ所村核燃施設の事業申請が出され、91年には「もんじゅ」の試運転が始まりました。



たまる廃棄物
 しかし、「もんじゅ」は事故を繰り返して稼働停止に。再稼働の目標は2050年です。六ケ所村でも、廃棄物をガラス固化体にする試験で失敗が続いています。次回の試験は2012年10月の予定でしたが、「東日本大震災を受けての安全審査などもあり、現時点で再開は未定」(日本原燃広報部)。関係者は「2013年以降になる」と言います。
 その結果、六ケ所村核燃施設は、「核燃料サイクル」ではなく、「核のゴミ捨て場」としての性格を強めています。1970年代から英国とフランスに処理を委託していた放射性廃棄物(ガラス固化体)の返還が1995年から始まりましたが、たまる一方です。ガラス固化体の表面放射線量はきわめて高く、近づけば20秒で致死量に達する危険なものです。
 作業員が使用した防護服などの低レベル廃棄物は六ケ所村が最終処分場になり、これも年々増えています。
 六ケ所村で再処理ができなければ、各原発敷地内にある使用済み燃料プールが満杯になり、稼働停止になります。東海村(茨城県)にも再処理工場がありますが、その処理能力は微々たるものです。
 そのため、再処理するまでの「とりあえず」の保管場所=「中間貯蔵施設」が、青森県むつ市を皮切りに、全国に建設されようとしています。その現場に向かいました。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年8月1日付掲載




核燃料サイクル(下) 対処行き詰まる両国
 かつては牛の放牧場だった台地が削り取られ、茶色い土がむき出しになっていました。下北半島の北岸、青森県むつ市関根浜。「リサイクル燃料備蓄センター」と書かれたゲートにはトラックが頻繁に出入りしています。

「永久」の危険
 「リサイクル燃料」とは、全国の原子力発電所から出された使用済み核燃料のことです。同センターは、使用済み燃料を再処理するまでの「中間貯蔵施設」です。昨年(2010年)9月、貯蔵建屋1号棟の工事が着工しました。
 「中間貯蔵というが、実際は『永久貯蔵との可能性が高い」。同施設の立地に反対する「下北の原発・核燃を考える会」の櫛部孝行代表は指摘します。
 同施設を運営する「リサイクル燃料貯蔵」社の説明によれば、貯蔵期間は50年。住民説明会では「永久貯蔵にはならない」と繰り返しますが、「50年後、どこへ持っていくのか」との質問に、同社は「移動する」としか答えません。
 そもそも、六ケ所再処理工場(青森県六ケ所村)はトラブル続きで試運転すらできていません。仮に稼働しても、年間で発生する使用済み核燃料の8割しか処理しきれません。
 このため、早くも「第2再処理工場」の建設が浮上。2018年に期限切れを迎える日米原子力協定の改定交渉で焦点になるとも言われています。しかし、仮に「第2」を造っても正常に稼働する保証は全くありません。
 「結局、敷地内で貯蔵建屋2号棟に移動するだけじゃねえの、という声も出ている」と櫛部さんは言います。



米国でも頓挫
 使用済み核燃料の扱いに苦しむのは、日本だけではありません。米国の商業用原子炉の使用済み燃料を保管する原発内のプールは2015年までに満杯になります。
 オバマ米大統領は、ネバダ州のユッカマウンテンに高レベル核廃棄物処分場を建設する計画を事実上、撤回しました。日本と同じように「中間貯蔵施設」を建設する計画も出ています。
 米国は1970年代に「核燃料サイクル」構想を中止しましたが、ブッシュ政権は「核燃料サイクル」推進に転換。オバマ政権もこれを継承しましたが、実用化にはいたっていません。
 日本と違って広大な国土を持つ米国ですら、たまり続ける「核のゴミ」の問題で答えを見いだせず、日本で行き詰まった対処方法まで手を出さざるをえなくなっているのです。
 「中間貯蔵施設」受け入れに対する青森県内の自治体への交付金は「使用済み核燃料を入れた金属キャスクの個数×貯蔵期間」で算出されます。より多く、より長期間抱えるほど、金額が多くなる仕組みです。
 交付金という「アメ」により、反対運動は困難に直面しました。しかし、青森県農政連が6月27日、原発・核燃サイクルの「稼働停止を求めていく」と明記した活動計画を決定。「福島原発事故で『安全神話』が崩壊した」(事務局)ことを踏まえたもの。変化の兆しが見えつつあります。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年8月3日付掲載



無限のエネルギーを生み出すって、鳴り物入りで始まった「核燃料サイクル」です。一度核分裂反応を起こした使用済み核燃料から、まだ使えるウランとプルトニウムを取り出すってこと。
この過程は、普通に言う蒸留塔のような仕組みで分別するようです。そう言っても、どちらも放射性物質。外部に漏らすわけにはいきません。
さらに危険と言われているのが、最後に残った高レベルの放射性廃棄物。今問題になっている、セシウムなどでしょう。


放射性元素は、アルファ線(陽子)、ベータ線(電子)、ガンマ線(電磁波)、中性子などを放出して次第に元素数の少ない原子に崩壊していきます。最後に鉛などの安定した原子になるといいますが・・・。

今問題になっている放射性元素が半分になる半減期ですら100万年かかるっていうんですから、安定した元素になるまでにはうん億年ってレベルになるんでしょうね。

特に産業革命以来、人類は自然に働きかけてきました。ついに、放射性元素を意図的に作り出すことまで手を出してきました。
スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマ。三度(みたび)過酷事故を起こした原子力発電。撤退するしか手はないのではないでしょうか。


続・原発の源流と日米関係⑥ 揺らぐ原子力業界 利権維持へ日米融合

2011-08-03 21:43:59 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
続・原発の源流と日米関係⑥
揺らぐ原子力業界 利権維持へ日米融合


 米国は1953年12月に打ち出した「平和のための原子力」(アトムズ・フォー・ピース)政策以来、軍事・非軍事の両面で核を利用した世界支配を行ってきました。
 具体的には、世界中に核兵器の網の目を敷く一方、同盟国・友好国に濃縮ウランや原子炉を提供してエネルギー分野を支配下に置くというものです。日本はこれを全面的に受け入れてきた国です。


寿命最大80年
 核による世界支配の要となってきたのが、米国の原子力産業です。GE(ゼネラル・エレクトロニクス)、WH(ウェスティング・ハウス)を軸とした主要企業は、①原子力発電②海軍用原子炉③核爆弾―といった分野で市場を独占してきました。
 原発では、年間40基もの原子炉が発注された時期もありました。しかし、1970年代後半から新規発注は激減し、80年以降はゼロです。
 その最大の理由は、1979年のスリーマイル島(TMI)事故を前後して重大事故が相次いだことです。もともとは原子力潜水艦用に開発した原子炉(軽水炉)を陸揚げして商業用に転化したため、“安全”を二の次、三の次にした弱点が露呈しました。
 TMI事故後、米当局による規制が強化されました。追加的な安全対策でコストが上昇し、「安い電気」ではなくなったのです。現在、米国では104基が稼働していますが、多くは耐用年数が近づいています。このまま推移すれば、2020年代から原子炉廃炉の時代に突入します。米エネルギー省はこれを何とか食い止めようと、12年度予算に、寿命を最大80年に伸ばすための延命策を計上しています。




次世代原子炉
 原発が斜陽産業化する中、WH社が経営危機に陥りました。2006年2月、東芝が同社を買収し、世界を驚かせました。2007年には日立とGEが原子力部門で合弁会社を設立し、日米融合が一気に進みました。
 東芝は当時の報道発表で、「2020年までに世界の原子力需要は約1・5倍に拡大する」と予測。「今後大きな成長が見込まれる世界の原子力市場の変化を先取りし、WH社の株式を取得」したと述べています。
 しかし、原発輸出を見込んでのもくろみは、福島第1原発事故によって崩れつつあります。
 原子炉メーカーの幹部は言います。「TMI事故以来、商業用原子炉の管理・技術の第一人者は日本になった。しかし、今回の事故で、原発の安全性への世界的認識もマイナスになった。他国への売り込みに影響は出るだろう」
 米エネルギー省の2012年度予算では、高温ガス冷却炉など「次世代原子炉」に加え、トラックで持ち運びが可能とされる「小型原子炉」の研究・開発費が計上されました。
 東芝・WH社はすでに小型原子炉の開発に乗り出しています。既存炉の延命と新たな原子炉の開発を並行して進めながら、何としても原発利権を維持する―日米双方の思惑が感じられます。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年7月31日付掲載


アメリカでさえ新たな原子力発電所の建設がすすまず原発メーカーが危機に陥っているんですね。それを日本の東芝や日立が資金的に救っている。まさに日米の逆合併です。
高圧ガス冷却炉など「次世代原子炉」って、志位さんいっている「新しい型の原子炉」でしょうね。志位さんは新しい型の原子炉でも本質的には核燃料を燃やした後の「死の灰」を封じ込めておくしか手がなく、「死の灰」を無毒にする技術を人類はもっていないといいます。
そんな「新しい」原子炉を開発してまで利権を維持していきたいのですね。