2024年01月04日
北海道機船漁業協同組合連合会内 一般社団法人北洋開発協会 原口聖二
[北朝鮮の水産業は今どうなっているのか アジアプレス・ネットワーク]
2023年12月、アジアプレス・ネットワーク(カン・ジウォン様/石丸次郎様)は、パンデミック後の北朝鮮の水産業を内部調査、金正恩政権による統制、燃料高騰、水産資源の激減等によって、不振が続いている現状を次のとおりリポートした。
<北朝鮮内部調査>水産業は今どうなっているか
(1)コロナと資源減で打撃 金政権の統制強化で没落した漁民も
日本のEEZ付近に現れた大型の北朝鮮漁船。「偉大な金正恩同志を首班とする党中央委員会を命懸けで死守しよう」というスローガンが見える。航海には党幹部も同船して統制する。 撮影は2019年、石川県漁協小木支所提供。
コロナパンデミックが終息し北朝鮮でも経済が動き始めている。漁民が海を通じてウイルスを持ち込む可能性があるとして、3年近く出漁が強く抑えられていた北朝鮮の漁業は、今どうなっているのだろうか? アジアプレスでは11月末から12月初旬にかけて、漁業の現況について北朝鮮国内で調査を行った。浮かび上がったのは、コロナに加え金正恩政権による種々の統制、燃料高騰、水産資源の激減等によって、不振が続いている現状であった。
(カン・ジウォン/石丸次郎)
◆調査の概要
今回の調査は、咸鏡北道(ハムギョンプクド)、両江道(リャンガンド)に住む取材協力者が、(1)日本海側の漁港の状況、(2)水産物の輸送と流通、(3)各種海産物の販売価格─の3点について行った。国内の移動統制が厳しく、取材協力者たちは直接漁港のある現地に赴くことができず、漁業と水産物流通に携わる業者に国内電話で話を聞くとともに、協力者の居住地の水産物商人と会った。情報が得られたのは咸鏡北道の清津(チョンジン)と金策(キムチェク)、明川(ミョンチョン)郡、咸鏡南道の咸興(ハムン)。残念ながら今回は西海岸の黄海については十分な調査ができなかった。
◆北朝鮮の漁業形態
近年の北朝鮮の漁業の形態は大きく4つに分けられる。1漁業協同組合、2国営水産企業、3軍隊や貿易会社などの機関の傘下の水産事業所、4「個人」である。
1は沿岸漁労民を集団化したものが始まりで、主に小型漁船で操業している。
2は漁業専業の国営企業で、中大型漁船で遠海に出漁する。従業員は配給と給与を受ける労働者だ。
3は人民軍や貿易会社などが、外貨稼ぎ目的や副食用の魚介類を得るために傘下に設立した企業で、コロナ前までは漁獲物を主に中国に輸出して利益を得ていた。また、政府から孤児院や養老院への副食物供給の命を受けて運営されてきた所もある。軍傘下の「1月18日水産事業所」がその例で、国営メディアで盛んに成果を宣伝している。
4、北朝鮮には純粋な個人経営という形態はないが、トンチュ(新興富裕層)が出資、または融資した個人が小型の木造船を建造し、金を払って軍や機関などから「組織傘下」の看板を借りて登録し運営する業者が2000年代から多数出現した。日本のEEZ(排他的経済水域)近くまで来てイカ漁をしていた小型木造漁船がその典型例だ。漁具やエンジン、燃料を自己調達し、漁労に従事する船員も独自に契約・募集して海に出ていた。登録の看板を貸してくれた機関には、漁獲収益の30~40%を支払うのが相場だという。
日本のEEZ付近に出現した北朝鮮の木造船。2018年7月下旬(海上保安庁提供)
◆深刻だった漁獲不振
2020年1月にパンデミックが始まって以降の約3年間、北朝鮮の漁業が不振を極めていたのは間違いないだろう。その最大の理由は、ウイルス侵入を遮断するという理由で出漁そのものを厳しく制限したことにある。
コロナ前後の漁業の盛衰をよく表す指標がある。イカの好漁場である大和堆(やまとたい)周辺の日本のEEZ水域まで出漁してきた外国船に、水産庁の取り締まり船が出した退去警告数がそれだ。
水産庁の統計によれば、2019年の北朝鮮漁船に対する退去警告数は4007隻、中国漁船に対するそれは1115隻だった。それが、パンデミックが発生した2020年は全4393隻の警告のうち北朝鮮漁船に対するものはわずか1、残りはすべて中国漁船に対してであった。
北朝鮮漁船に対する警告は、2021年はゼロ、2022年は19、2023年は10月31日時点で24にとどまっている(ただし2021~23年は中国漁船に対する警告も激減している)。北朝鮮政府がコロナによって出漁自体を強く制限していたことが最大の理由だ。また大和堆付近のイカ資源の激減も原因だと見られる。
金正恩政権は、パンデミック発生と同時に国境を閉じて貿易をほぼ止めてしまったため、中国への搬出(実態は密輸)も不可能になった。また豆満江下流の羅先(ラソン)などで中国人観光客相手に繁盛していた魚介類食堂も、人の往来が遮断され完全に閉店してしまった。
「獲っても売れない」という需要の激減も、漁業不振に拍車をかけたと見られる。
◆コロナ緩和後も漁業は大苦戦
「最近出漁しているのはほとんど水産会社と機関傘下の水産事業所の中大型船だ。漁業協同組合や『個人』の小型船は制約が多くてなかなか漁に出られない」
取材協力者が話を聞いた東海岸の水産業者はそう口を揃えた。特に「個人」の小型船は、そもそも出港するための手続きが、非常に複雑で厳しくなったという。船主、船員らは居住地の人民班、安全局(警察)、保衛局(秘密警察)の承認を受けなければならない。船が係留されている港湾への出入り口には軍の警備隊の検問所があり、承認書類を見せないと船に触ることもできない。
近海の漁業資源の激減の影響も大きい。
「中国がトロール船(底引き網船)で小魚まで全部獲っていくため、近海には魚がめっきりいなくなった。遠海に出なくてはならないが、木造小型船は、過去に海難事故が多発したため出漁を強く規制している」
協力者は、漁業者たちのこんな言葉を伝えてきた。北朝鮮政府は外貨稼ぎのために自国EEZの漁業権を中国の漁船に販売してきた。これは国連安保理の経済制裁違反である。目先の利益を追ったことで近海の水産資源が激減してしまったわけだ。
海難事故といえば2016~2018年に相次いだ北朝鮮漁船の日本沿岸への漂着が思い浮かぶ。船からは無残な死体が数多く見つかり世界中で報じられた。体面が傷ついた金正恩氏は、2018年末に小型船の遠海への出漁を規制せよと直接指示を出している。付記すると、小型漁船の出港制限には海路での脱北を阻むという目的もあると見られる。
「個人」運営の漁業者たちの中には経営破綻したケースが少なくないという。
「かつて羽振りの良かった『船主』の中には、借金に苦しみ『コチェビ』(浮浪者)同然になってしまった者が多い。出漁できない漁民たちは、釣りや潜水で魚貝を獲って凌ごうとしているが、成果は乏しいそうだ」と協力者は伝える。
◆漁具、船の装備の不足に燃料費の高騰が追い打ち
国際的な燃油価格の高騰で、機関傘下の水産事業所も苦戦しているようだ。
「上部は機関が燃料を準備してくれるわけではないので、とれた水産物を売って燃料を購入するしかない。遠海にでると収支が合わないことが多い」
北朝鮮の中大型船の多くは、中国などの外国の中古漁船を購入したもので老朽化が著しい。装備や部品を更新する余裕がなかったり、故障しても修理ができず出漁できない船が少ないという。
また機関傘下の水産事業所では、人民軍や育児院、中等学院などの孤児院向けの副食物用の漁獲が課題(ノルマ)になっていて、重荷になっているという。
(2)金政権の厳格規制で国内流通は不振 個人を徹底排除する理由は?
(参考写真)平壌市の寺洞区域の公設市場で女性が魚とカニを売っている。海のない平壌に個人の流通業者が運んだものだと見られる。2008年12月に撮影アジアプレス。
◆コロナによる移動・流通規制
コロナパンデミックが始まった2020年1月以降、北朝鮮当局は接触による感染拡大を防ぐため厳しい移動統制を実施した。道路には既存の警察、軍、保衛局(秘密警察)の検問所に加え、「防疫哨所」が数多く設置された。
人とモノの移動を封じ込める強引なやり方だった。これは地域間の物流に大きな打撃を与えた。運送を許されるのは、ほぼ公的機関や公的な承認を受けた貿易会社、行政の物資流通機関である商業管理所に限られた。
パンデミック前まで盛行していた個人がトラックなどの自動車を使って人やモノを運ぶ「サービ車」という輸送形態は、大打撃を受けた。
(参考写真)荷台に大勢の人を載せる「サービ車」。商売人が荷物を運ぶためにも利用した。2013年3月に平安南道の平城市で撮影アジアプレス
◆かつては個人の加工・流通が大盛況だった
東海岸の街では、水産業者が獲ってきた魚やイカなどの海産物を、港周辺の住民が卸してもらって乾物、塩漬けなどに加工し、それを背嚢に詰めて直接都市に運んだ。また仲買業のトンチュ(新興富裕層の業者)が住民たちから大量に買い集めてトラックで都市の市場の商人に販売した。清津(チョンジン)など東海岸の都市は、イカ漁の季節は大賑わいだった。
だが、こんな光景はほとんど消えてしまったと、調査した協力者は伝える。「個人が水産物を漁港から自動車を使って運ぶのはほとんど無理だ。荷を没収されることもある」という。
このような物資流通規制は、コロナ防疫が緩和された後に一層強化された。金正恩政権が経済の国家統制原則を徹底させる政策変更を行ったからだ。
8月初旬、金正恩政権は突然、物資の流通を国家の統制管理下でのみすることを命じる布告を出した。個人が物資、食糧を勝手に運搬、保管、価格設定してはならないと明記された。必ず国営の流通網を通せというわけだ。情状が厳重な違反者は死刑に処すとも記されており、個人の商行為を断固として統制するという強い国家意思が露わになっている。
(参考写真)路上でスルメが売られている。はるか東海岸から平壌に運ばれて来たものだろう。平壌市の寺洞区域にて2008年12月に撮影アジアプレス。
◆大規模水産事業所も苦戦
かつて規模の大きい水産事業所では、獲った魚介類を中国に輸出することで高収益を上げ上部機関を潤していた。だが、国連安保理の経済制裁のため水産物の輸出は2017年に禁止される。それでもパンデミック前の2020年1月までは中国への密輸出が細々と続いていた。
パンデミック期間は密輸もほぼ途絶えていたが、コロナ防疫が緩和された今になっても、中国への密輸出が活発になっているという情報は、今回の調査では確認できなかった。
「上部機関は、貿易会社や国営の商業網(国営商店など)に水産物を販売し、出漁にかかった経費を回収しろと言っているが、燃料費が高いし運送手段も不十分なので、国内でもうまく流通できていないそうだ。中国に売る、売らないとは別に、燃油価格も高くて、水産物の市場価格は依然として高い」
調査した取材協力者はこのように伝えた。それでは、実際にどのような魚介類が、いくらで販売されているのだろうか?
(3) ホッケにハタハタ…隣国庶民が食べている8魚種の価格を2都市で調査 意外と高かったのは…
(参考写真)海がない平壌で魚、貝、カニが売られている。流通の中心は個人の商売人だった。2008年12月に平壌市寺洞区域の市場で撮影アジアプレス
◆日本の感覚では激安だが…
末端消費者に販売されている魚種と価格について整理・報告していく。市場や国営商店では、日本や韓国でもなじみ深い海産物が小売りされていた。
◆国営商店の復活図る金正恩政権
咸鏡北道のA市と両江道の恵山(ヘサン)市の国営商店と公設市場で価格調査を行った。
この数年、金正恩政権は物資流通の国家統制を強めており、漁業事業者は国が運営する流通網を通じて国営商店に海産物を納入するよう指示されている。市場の商人は国営商店から卸売りしてもらって販売することが原則になっている。
傷んでいたり消費期限を過ぎていたりするもの以外は、概ね国営商店が定めた卸値で購入するしかない。かつてのように市場の商人が自分の裁量で自由に仕入れ・販売することは困難になっており、利が薄くなって商売をやめる人が増えているという。一方の国営商店では、魚介類は常時販売されているわけではなく、大量に入って来る時もあれば、品切れが続くこともあるそうだ。
◆8魚種の価格…日本の感覚では激安...
国営商店と市場で販売されていた海産物の価格一覧。2023年11月末から12月初旬にかけて調査した。(アジアプレス)
◆8魚種の価格…日本の感覚では激安
販売されている魚種と価格は、2地点に大差はなかった。調査時は、朝鮮半島の東側で獲れたものしかなかった。すべて乾物か塩漬けで、鮮魚、活魚はないとのことだった。各々の魚の大きさ、カニの種類は不明。スルメが高いのは、不漁が続いているためだろう。
以下は11月末から12月初旬かけての価格の一覧である。単位は北朝鮮ウォン。国営商店と公設市場で調べた。
〇恵山市
ホッケ2匹 3000、ハタハタ1キロ 2100、ニシン1キロ 6100、カレイ2匹 5000、明太2匹 10000、マス2匹 8000、カニ1キロ24000、スルメ1キロ 61000
〇咸鏡北道A市
ホッケ2匹 3200、ハタハタ1キロ 2400、ニシン1キロ 5800、カレイ2匹 5200、明太2匹 9000、マス2匹 7500、カニ1キロ 24000、スルメ1キロ 58000
※北朝鮮の1000ウォンは日本円で約18円
(参考写真)恵山市場の一角で女性たちが魚を売っている。彼女たちは幅80センチほどの売り場の「店主」であり、仕入れと販売は自己責任だ。2013年8月に撮影アジアプレス
日本や韓国の相場と比べるととても安い。だが、現地の人の感覚からするとコロナ以前より上がったという。調査期間中の食糧価格は概ね白米5000ウォン、トウモロコシ2000ウォン(いずれも1キロ)で、「多くの庶民は生活が苦しいので、食糧の値段と比べて考えるので高く感じるのは当たり前だ」と、A市の協力者は言う。
両江道の協力者によれば、「淡水魚や養殖したドジョウの方が海の魚よりが安くてよく売れている」とのことだった。
恵山市で調査した協力者は、「売られている海産物はすべて東海岸側の咸興、金策、明川産だった」と述べた。中国に近い辺境都市の恵山市は、西側の黄海方面との交通アクセスが悪いためだと考えられる。咸鏡北道のA市は東海岸に距離的に近く、多くの漁業拠点がある清津と付近産のものが販売されていた。(了)