Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

トモダチ作戦(4/23川崎F対仙台)

2011-04-23 17:24:46 | 他チーム
Jリーグのライバルチームは、普段は相手の試合を見てシビアに弱点を分析して勝利を目指す「敵」です。しかし、今回の仙台だけは被災してグラウンドがないという苦しい状況を、対戦相手とは言え黙っては見ていられないと、市原臨海が空いている千葉とレッズランドが空いている浦和が支援に乗り出しました。

いわば米軍の「トモダチ作戦」みたいなものですが、これが見事に勝ち点3という形で表に出るとは思っていませんでした。正直、強豪川崎Fが相手なら、試合になれば上出来と思っていました。マルキーニョスの抜けた仙台は、関口、太田のスピードを生かしたウイングサッカーで対抗する策を選びましたが、前半は川崎Fにキープされなかなか狙いの形は出ませんでした。

しかし、被災地に元気を届けたいという仙台の気力は、想像もしていないプレーを引き出しました。同点ゴールを決めた太田は、すでに足をつっていて交代をベンチに直訴するほどでしたが、その動かない足で放ったシュートが横山に当たってコースが変わり、川崎Fにとっては不運な同点ゴールになりました。

その後も梁勇基をボランチに置く強気の策で攻めた仙台は、FKを取ります。ただ、セットプレーの精度はサッカーの中で一番微妙なもので、練習環境に苦労した仙台の場合、合わせるのは困難だろうと思っていました。しかし、本当にセットプレーで取ってしまえるところは、サッカーの神様はいるのではと思うような梁勇基のキックの精度と鎌田のヘディングの高さでした。

普段、CKで時間を稼ぐのは、弱者の戦略みたいであまり好きではないのですが、今回の仙台だけは何となく許すという気持ちがあって、時間を使った仙台は見事勝ち点3を取ります。次節浦和と当たるので、ちょっと調子が出ると嫌だなという思いも少しはありますが、今回ばかりは東北に勝ち点3をもたらしたことに、スポーツの力を感じます。

川崎Fの方は、途中出場したジュニーニョの出来が良くなかったことが気がかりです。ドリブルの間合いは相手DFに読まれているし、爆発的にちぎるスピードも戻っていません。長いシーズンを考えると、どこかでジュニーニョに活躍してもらわないと困るはずで、ちょっと気になります。
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PKにまつわるエトセトラ

2011-04-23 16:50:05 | 他チーム
4/19掲載予定の記事をサルベージしたので、多少変なところもあるかもしれませんが、ご了承下さい。

今日は一貫した一つのテーマが思いつかないので、過去のPKの思い出をいくつか綴ってみます。若いサポーターの中にはご存知ない方もいらっしゃるでしょうが、Jリーグは1998年まで30分の延長戦で決着がつかなければ、リーグ戦でPKをやっていました。

最初の頃のリーグ戦の順位決定方法は相撲と同じように何勝何敗という勝ち数だけで決めていたので、同点の試合が勝ちになるか負けになるかを分けるPK戦は重要でした。名古屋対横浜MのPK戦では、相手GKの逆に蹴ってゴールは間違いないと思われたPKが水溜まりで止まってノーゴールになった珍プレーもあります。

そんなルールが変わったのは、1994年に鹿島が開幕から3試合連続PK負けという珍記録を作ったからでした。3試合続けて120分を戦い同点なのに3連敗扱いはあまりにもひどいという世論で、翌年から勝ち点制が導入されてPK負けは勝ち点1になります。

その後、90分勝ちは3、延長勝ちは2、PK勝ちは1、負けは全て0というようにルールが変わり、99年にPK戦は廃止されて120分で同点なら引き分けというルールになります。Jリーグ創設当時の川渕チェアマンは、「日本には引き分けという文化はなじまない」という理由でこの改革を打ち出しましたが、やはりよほど特別な試合でない限りサッカーの試合は90分なのですから、90分で決着がつかなければ引き分けという2003年から導入された現行ルールの方がしっくり来るというのが、今振り返った印象です。

私は浦和サポなので、どうしても浦和がらみの思い出を出してしまいますが、1995年3月の名古屋戦の「14人PK」は強烈な印象です。PK戦もフィールドプレーヤーが全員蹴って決着が着かないとGKが出てくるものだということは、このとき知りました。その土田はキッカーとしては安定して決めたのですが、ギドが2巡したPKの両方を外して浦和は敗戦という結果に終わりました。

また、PK戦ではなく、ゲーム中のPKでは一番印象に残っているのはJ2時代の最終戦、サガン鳥栖戦です。当時、ピクンのミスで独走された石谷を、室井がバックチャージで倒してPKになり、室井は退場、鳥栖にPKが与えられました。

当時1-1の同点だったので、数的不利でビハインドはきついとサポーターの意識が一致し、今でもこれ以上の応援はなかったのではというほどの「浦和レッズ」コールが起きました。この効果はあったようで、ルシアノはPKを失敗して延長戦に勝負を持ち込むことができました。
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