今週(7日)、東日本大震災で大きな被害を受けた偕楽園(水戸市)が全面開園となった。園内での大きな揺れと被害に直面にした者として、私達は同園が復旧されて全面的に公開されるときを待っていた。2月8日午後、私達は偕楽園を11ヵ月振りに訪れた。
駐車場から観桜橋(JR常磐線の跨線橋)を経て、直立しているこの柱の前に立ったとき、
私達は、あのときの柱の姿を思い、何か安堵のようなものを感じた。
柱のそばでは、梅の花(八重冬至)が開き始めていた。
私達は園路をできる限り長く歩いた。
被災時に生じた園路での地割れや南崖の崩れは完全に修復されていた。
また、好文亭は伝統的技法と材料で修復されたことを知った。
修復された好文亭の雰囲気を撮りたいと思ったが。
ツツジや桜(大木)の季節の頃を思って。
偕楽園は水戸藩第九代藩主の徳川斉昭(1,800~1,860年)によって創設され、好文亭は位置から建築意匠まで斉昭によって定められたとのことである。斉昭は、文人墨客、家臣、そして領内の人々を集めて、好文亭で詩歌や養老の会を催した(偕楽園パンフレットから)。
好文亭にて(1)
風を通し、庭や人をが間接的に見える仕組みには格別の趣がある。骨組みの模様が美しい。
風雅が満ちた佇まい
梅林では、蕾が膨らみ始めていた。
そして、蕾に囲まれるようにして、寒紅梅の花が開き始めていた。
園内、千波湖、そして市街地、好文亭にて
この日、カメラを構えるために立ち止まると迷惑になりそうなほど、多くの人々が好文亭を訪れていた。
花が盛りの頃、梅林で花の色と香りに包まれたり、竹林で孟宗竹が醸しだす情感に浸りたいと思う。好文亭がライトアップされる姿も見たかったが、私達はライトアップを待たずに140 kmほど離れた街まで戻ることにした。