カッコソウ(勝紅草)は特異なサクラソウ科サクラソウ属の多年草である。例えば、このものの分布は鳴神山(群馬県桐生市・みどり市、980 m)に限られている。しかし、この世界で唯一の植物が、独立峰でもない鳴神山に局在している理由は明らかでない。四国ではシコクカッコソウが美しい花を開くが、このものはカッコソウとは別の種であると、遺伝子解析で明らかにされている。
不可思議とも言えそうな花名、そして花名の由来がはっきりしていないことも特異的である。勝紅草との漢字名は当て字に過ぎない。また、カッコウ(鳥)が鳴く時期に花が咲くので、花名をカッコウソウとするとの言い伝えもある。
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カッコソウは山頂近くの杉林の中に設けられている移植地で花を開く。花期(4月下旬から5月下旬)の頃は、カッコソウを目指す登山者が多くなる。
木漏れ日を浴びるカッコソウ(椚田(くぬぎだ)移植地にて、2014年5月)
花は直径2-3 cmほど大きさである。1本の花茎に数個から十数個、紅紫色の花が開く。如何にも山の花らしく、花茎、葉柄そして葉(裏側)には白い毛が密生している。葉は広円形である(椚田(くぬぎだ)移植地にて、2014年5月)。
今年は、春になってから気温が高めであったので、花茎が例年にくらべて長くなった。
この画像は2013年5月に撮った。
かつては、5月になると山肌が赤味を帯びるほど、花が多く咲いたとのことである。しかし、長年にわたる園芸目的の盗掘によって、近い将来に絶滅することが心配されるまでに、カッコソウは激減している。幸いにして、保護活動の先駆者が設けた移植地で、登山者は花をゆっくりと見ることができる。
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花には、雌しべが高い位置にある(雄しべは短い)長花柱花と雌しべが低い位置にある(雄しべは長い)短花柱花がある。これは自家受精(受粉)を避けるための仕組みである。
雌しべが飛びだしているので、このものは長花柱花である。
短花柱花、雄しべは見えるが雌しべは隠れている。
異花柱花間での受精によって種子がつくられるはずである。しかし、山ではカッコソウの種子がほとんどできないと言われている。花粉を運ぶ昆虫(マルハナナガバチなど)がコロニーまで飛んで来ないためである。結果として、カッコソウは地下茎によるクローン繁殖で増える。これが山での現実である。ところで、形質が単一化されと、その種はウィルス、病原菌、気候変動などによって全滅する可能性がある。これはクローン繁殖の危うさであり、遺伝子が異なった系統間での交配による種子繁殖が望まれる所以である。
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現在、カッコソウは絶滅危惧IA類として環境省「種の保存法」で法的に厳しく保護されている。氷河期の生き残りとされるこの多年草が鳴神山でいつまでも美しい花を開いてほしい。なお、桐生自然観察の森(桐生市)はカッコソウの種子繁殖に成功している。