いつも本を借りていた施設が軒並み休館だから、仕方なく家にある中から探す。
といってもほとんど処分しているからめぼしい本がない。
内容の重いものは嫌だ、長いものもごめんだ。エッセイの類もちょっと。
なんて注文していたら「そうだわ」とこちらになったわけ。
『鬼平犯科帳』
はまったわ、繰り返し読んだわ。テレビ版も大好きだったもの。
中村吉右衛門さん、高橋悦史さん、江戸屋猫八さん、尾身としのりさん、梶芽衣子さん。
読んでいるとお顔が浮かんできて、セリフもご本人たちの口調で聞こえてくる。
多分、15年以上は手に取ってなかった、と思う。
もう文庫本の紙が茶色くなっているからね。
春のうらうらした陽気に、盗賊の話はなあとは思いつつ。
いやあ、やっぱり面白い。
冒頭からドキドキハラハラして如何にと、結末はうっすらと分かっているのに。
で、『鬼平犯科帳(一)』 4話「浅草・御厩河岸」
「御厩(おうまや)河岸」
タイトル読んだだけで、江戸の情緒が浮かび上がってきて引き込まれるわけ。
[豆岩]はその御厩河岸渡船場に面した三好町の角の小さな居酒屋だ。
そこで、岩五郎は火付盗賊改方与力、佐嶋忠介に見込まれて手先となる。
もちろんその前は盗賊。
岩五郎がそうなったにはついては、むろん、それだけのいきさつがあった。
ところが。
岩五郎、昔の盗賊仲間に見つかって、あろうことか盗みの手伝いまで頼まれてしまう。
計画がすすむにつれ、岩五郎は綿密な計画に感嘆せずにいられなかった。
岩五郎は蔵の錠前を外す道具をひそかにあつらえ、計画に熱中した。
ところがその計画がひょんなことから駄目になってしまって。
われ知らず、この頭領と、この大仕事に魅せられて夢中に日をすごし計画に加わっていた
岩五郎の盗賊としての情熱が、(何てえこった、残念な・・・・・)
の心情となって露呈されたのである。
「おれだ」
何気なく岩五郎へ声をかけておいて、さっさと遠ざかって行く。
与力・佐嶋忠介であった。岩五郎は、これに従って歩みだすよりほかに道はなかった。
岩五郎は、密偵というお役目と盗賊の血とが板挟みになって。
そこで佐嶋にあったのでは密偵のお役目を第一にし、密告したのである。
が、盗賊たちの報復を恐れて夜逃げした。
葛藤する岩五郎、なんて人間くさい。
盗賊たちを一網打尽に捕まえた後、清水門外の平蔵役宅で平蔵、佐嶋そして
平蔵の剣友、岸井左馬之助が酒を酌み交わしている。
佐嶋が捕まえましょうかと言うと、平蔵、
「捨てておけ」
「岩五郎が、越中のどこかの街で、中風の親父と盲目の義母と、女房と子と、
安穏に好きなどじょう汁をすすってくれるような身の上になってくれることだな」
酸いも甘いも噛分けたこんなセリフ、今どきの腑抜けたやつに言えるかと惚れ惚れするわけ。
時に平蔵も左馬之助も44歳。
平蔵は占いもするという剣友岸井左馬之助に訊く。
「ところで左馬。おれが寿命は?」
「五十まで」ずばり、いいきったものである。
平蔵は、にやりとして、こういった。
「あと六年か・・・・・やるだけはやってのけておくことだな、左馬」
吉右衛門さんの平蔵がそう言い放つ様が浮かんで・・・・・ああしびれるわ。
贔屓の火付盗賊改方同心木村忠吾がはじめて登場するのは『鬼平犯科帳(二)』
「谷中・いろは茶屋」 このタイトルも好きだ。
案外に遅い登場だったのねとの感想。
「とても、あやつめはつかいものにならん」
温和しい性質だし、芝・神明前の菓子舗〔まつむら〕で売り出している
〔うさぎ饅頭〕そっくりだというので、
口のわるい与力や同心たちは、忠吾に面と向かって
あからさまに「兎忠(うさちゅう)さん」などと、よぶ。
その忠吾がお頭の平蔵から市中見回りに谷中方面を言いつかる。
そこで、岡場所の妓、お松にぞっこんとなる。
ところが実はそのお松を川越の旦那こと兇盗の「墓火の秀五郎」が面倒を見ている。
で、そういうことの後、お松が川越の旦那の言った言葉を忠吾に聞かせるわけ。
「人間という生きものは、悪いことをしながら善いこともするし、
人にきらわれることをしながら、いつもいつも人に好かれたいとおもっている・・・・・」
「そういったのか、川越の旦那が・・・・・」
そんな折、
「忠吾。このところ御用繁多で作るべき書類もたまっておる。しばらくは、
わしの手もとではたらいてくれい」
平蔵が傍へ引きつけてしまったので、もう外出が自由にならぬ。
木村忠吾はお松に会いたくて会いたくてついに無断で役宅を抜け出す。
そしていろは茶屋に向かうその時。怪しい影を見てしまう。
そりゃあ忠吾、いくら遊びに出かけてもお役目は忘れはせぬ。大活躍。
この後の吉右衛門さんの平蔵と尾身としのりさんの木村忠吾のやりとり
が、すぐそこで行われているかのように目に浮かぶのよ。
褒美を取らそうという平蔵に平身低頭して固辞し、
「あの夜、わたくしは、天王寺のいろは茶屋へ妓と忍び合うため、
無断にて長屋をぬけ出しましてたので・・・・・」
すると平蔵が、若い忠吾の胸の底へしみ入るような微笑をうかべ、
「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに
悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。
これが人間だわさ」
んんん、シリーズ全編を通して何度も出てくるセリフ(もちろん全く同じセリフではない)
やっぱり長谷川平蔵の懐の深さにぞっこん。
いやあ参ってしまう。
1日、1話か2話を少しずつ読んで楽しんでいる。
ただいまシリーズ(三)を読み終わって(四)に。
で、三の「兇剣」で平蔵、危うく命を落とすところを左馬之助が間一髪で助けるのね。
「左馬、おぬしがいつかいった、おれの寿命のことだが・・・・・」
「さよう、そのことが今日の斬り合いのことだったのか?」
「ほかならぬきさまが、役をはらってくれたというわけか・・・・・」
「いのちの恩人、いのちの恩人」
「こやつ、やたらに恩を着せる男だ」
「は、はは・・・・・」
男ふたりの友情というか深いお思いやりのさりげなさが、また胸に染み入るのよ。
24巻もあるからゆるゆる読んでいくわ。