団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

メーカーは強い香水や柔軟剤を作らないようにして欲しいです。

2022-03-26 01:54:42 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「香害なく安心な社会に」というタイトルで、23歳の女性が投稿されていました。


 二月十六日付本欄の投稿「きつい香り 気を付けて」に共感しました。

 きつい香りに苦しむ一人です。

 高校一年生の時に新校舎の音楽棟に入ると気分が悪くなり、顔が腫れました。

 めまいがして倒れたこともあり、音楽棟に入る時はマスクを二重にし、活性炭のマスクも着けました。

 当時は自分の体に何が起きているのか分かりませんでした。

 二年生の時に化学物質過敏症と診断されました。

 自宅療養中です。

 完治はしないので化学物質から逃げ続ける生活が待っています。

 コロナ対策の消毒はできず、ワクチン接種も受けられません。

 公共交通機関は利用できず、病院には両親に車で送迎してもらっています。

 柔軟剤や制汗剤の香りで頭痛や吐き気、筋肉の硬直に襲われます。

 この病気は誰が突然になってもおかしくありません。

 一人一人が安心して暮らせる社会になってほしいです。

 以上です。

 
 化学物質過敏症という病気があるんですね。

 知りませんでした。

 どうも投稿者さんが言われているように誰もがかかる病気ですし、かかっていることに気付かない病気のようです。

 私が思うに、投稿者さんは高校の音楽棟が原因ではなかったかと思います。

 完治はしないなんて、恐ろしい病気ですね。

 これでは投稿者さんは、普通の生活が出来ませんよね。

 メーカーは強い香水や柔軟剤を作らないようにして欲しいです。

 少し薄めるだけでも、人体の影響が少なくなるのでは。

 建材なども有害な化学物質を含んでいるようです。

 私も夏は制汗剤を使っています、無臭と書かれていますが体への影響はどうなんだろう。

 人迷惑な商品は使わないようにしなければ。





あの場所から 唄:Kとブルンネン
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3095897ブログ中 85位。 記事のせいではないですが、ちょっぴりうれしい。😁

2022-03-25 01:28:28 | 日記
 3月23日(水)のアクセス解析に、
 85位 2230PV 、1658UU 、3095897ブログ中
 というランキングが出ていました。

 一昨日のお昼過ぎに、急に私のブログを検索する方が増えました。

 どうしてかと思ったら、午後から放送された「徹子の部屋」に、ビリー・バンバンさんが4回目の出演されていたからだと分かりました。

 過去に「ビリー・バンバンの記事には、驚きました。」という内容でブログの書いていたからだと分かりました。

 ↓は、過去に書いたブログです。 


 昨日の昼過ぎ、いつもの喫茶店へ行きました。

 まずは中日スポーツを読みました。

 芸能欄を見ますと、ビリー・バンバンが、初めての自叙伝「さよなら涙 リハビリ・バンバン」(秀和システム)という本を9月2日に出版するとの記事が載っていました。

 お兄さんの孝さんが脳内出血で倒れられ、車椅子状態にもかかわらず歌に頑張っていられることは、「徹子の部屋」の番組で知っていました。

 下記が新聞の記事の内容です。





 菅原孝(73)・進(69)の兄弟デュオ、ビリー・バンバンが、
初めての自叙伝「さよなら涙 リハビリ・バンバン」(秀和システム)を9月2日に出版する。

 デビュー曲「白いブランコ」が大ヒット後の兄弟の確執、ほぼ同時に患った大病を経て、
「今、やっと本当の兄弟になった」(孝)と言えるまでになった心境を赤裸々につづっている。

 2人が病に襲われたのは、2014年。デビュー45周年を迎える年だった。

 東京都内に住む母親の介護に訪れた孝が、突然脳出血で倒れ、救急車で搬送された。

 ジョギングや腹筋・背筋運動などを欠かさなかっただけに、「なぜ僕が…」と大きなショックを受けた。

 進の盲腸にがんが見つかったのは、その2カ月ほど前。ステージ2と診断されたが、
手術後、細胞を生検にかけるとステージ3の状態だった。

 左半身が不自由になった孝は、懸命のリハビリの結果、着替えや食事は自力でできるようになった。

 それでも、「左耳は、まるで蝉がいるようにジーッという音が鳴っていて、よく聞き取れない状態」が今も続く。

 また、予備校時代に知り合った妻が、5年前に子宮頸(けい)がんの手術を受けたことも告白。

 さらに、同居する長男も脳出血を発症して仕事をするのが難しいことや長女は20年以上統合失調症を患い、乳がんのため片方の乳房を摘出したことまで明かしている。

 まさに満身創痍(そうい)の菅原家だ。

 一方、進は現在も月に一度の検査を欠かさず、幸いがんの再発がなく健康体を保っている。

 そんな2人だが、順風満帆に見えたデビュー後の8年目に解散。

 別々の道を歩んだ。納得する曲ができず、お互いが疲れ切っていた。

 やがて進はソロで、孝は歌のかたわら司会業という新たな道へ進んだ。

 それなりに順調ではあったが、実は孝は信頼するスタッフに連帯保証人になることを頼まれ、億単位の負債を抱えた秘話もつづっている。

 そんなある日、あるイベントで1日だけビリー・バンバン復活の打診を受け、
孝が半ば強引に引き受けたのが、再結成のきっかけに。

 8年ぶりにもかかわらず兄弟ならではのハーモニーは、何にもかえがたい魅力であることに気がついた。

 そして、病魔を克服して15年6月16日に2人でステージ復帰。
今年3月25日、くしくも一番のファンだった母親キヨ子さんの命日に
「3年越しの45周年アニバーサリー 兄と弟の復活祭」を成功させた。

 人前で初めて立ち上がってみせた孝は、「僕らは普通の兄弟とはまったく違う感覚を、二人で味わってきた」

「僕たちはたった二人で闘った。新しい二人の絆をつむいだ」。

 兄のすべてを見てきた進も、「今はお兄さんのことを尊敬している」。

 揺るぎない絆を結んだ2人は、50周年を目指して新たな旅に出る。

 <ビリー・バンバン> 東京都出身の菅原孝・進兄弟で結成。作詞作曲家の浜口庫之助さんの最初の弟子。

 1969年デビュー曲「白いブランコ」が大ヒット。
その後、「さよならをするために」「また君に恋してる」など。
72年にNHK「紅白」に出場。

 オマーン、ネパールなどへ歌の親善大使も。

 <メモ> 9月27日にアルバム「オール・タイム・ベスト」を発売。

 同日の三重県・桑名市民会館から加橋かつみ、チェリッシュらと出演する「夢のスター歌謡祭」ツアーに参加。

 10月28日には、「3年越しの45周年アニバーサリー 兄と弟の復活祭」をブルーノート名古屋で行う。
 
 以上です。


 ビリーバンバンの歌は、昔から大好きです。

 特に「さよならをするために」という曲は、私たち夫婦の結婚披露宴でのバック・ミュージュックに使ったほど、大好きな曲です。

 孝さんのご家庭が、自分は脳出血で下半身不自由の身の上、
予備校時代に知り合った奥様が5年前に子宮頸(けい)がんの手術を受けられ、
さらに、同居するご長男も脳出血を発症して仕事をするのが難しい。

 ご長女は20年以上統合失調症を患い、乳がんのため片方の乳房を摘出されている。

 孝さんのご家庭がここまで大変な状況にあることを、この記事を読むまで知りませんでした。

 リハビリなどを含めて大変な状況だと思いますが、この状況を脱していただき、まだまだ素敵な歌を聴かせて欲しいです。




ビリーバンバン ♪さよならをするために

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このように頑張っても、幸せになれるとは思いません。  ボーッと生きても幸せになれると思います。

2022-03-24 01:30:46 | 日記
 中日新聞の「人生のページ」という欄に「広がる お寺の掲示板」というタイトルで、江田智昭さんという僧侶さんが投稿されていました。


 「お寺の掲示板コンテストを行ったら面白いのでは?」と思い浮かんだのは、約四年前のことでした。

 掲示板を使った布教は昔から「掲示伝道」と呼ばれ、百年以上の歴史があるといわれていましたが、近年それを行うお寺は減少傾向にありました。

 そこで、私は「輝け!お寺の掲示板大賞」という企画を二〇一八年に立ち上げました。

 この企画はお寺の掲示板の言葉をスマホで撮影して、ツイッターやインスタグラムといった会員制交流サイト(SNS)に投稿してもらい、賞を決めるシンプルな企画です。

 ちょうど二年前、この紙面で最初の紹介機会をいただきました。

 必要とされるのが賞品代のみという低予算企画にもかかわらず、昨年の四回目の掲示板大賞には四か月の応募期間に二千八百八十七作品が集まりました。

 十八年の一回目が七百作品でしたので、四年間で四倍になったことになります。

 大賞の運営者として、この間五千以上の掲示板の文言を読みました。

 現在、私はダイヤモンド・オンラインというネット媒体で掲示板の文言を紹介する連載を行なっており、連載は新潮社から「お寺の掲示板」「お寺の掲示板 諸法無我」というタイトルで出版されています。

 ずっと読み続けていますと、二十年の新型コロナウィルス発生により、全国のお寺の掲示板の言葉に若干の変化が生じたように感じます。

 それまでは定番だった、人生に活を入れるような厳しい言葉が減り、人々の不安を和らげる言葉が増えたのです。

 コロナ禍の先の見えない状況の中で少しでも人々の不安を取り除きたいと思った寺院関係者が多かったのでしょう。

 実際にそのような言葉を多くの人々が求めていると私自身実感することがありました。

 それは昨年十月、ネット媒体の連載の中で「置かれた場所で 咲けないときは 逃げてもいいよ 咲けるところへ」(広島県・妙慶院)という掲示板の言葉を紹介したときのことでした。

 コロナ禍を受け、自殺者の数が増加しているという報道を見て、「生き続けてほしい」「逃げることは恥ではない」などと記事の中で訴えました。

 すると記事のページビューが百回続く連載中の最高を記録し、その日の記事の中の一位を取ったのです。

 たくさんの人に読んでいただけたことはもちろんうれしいことでしたが、社会の中で多くの人が疲れ、追い詰められていることがページビューの数から伝わってきました。

 以前、「ボーッと生きてもいいんだよ」(石川県・恩栄寺)という掲示板を紹介したときも反響が非常に大きかったのを覚えていますが、頑張ることに疲れている人が増えていることは間違いないようです。

 「ボーッと生きてもいいんだよ」という文言を読んで、「仏教の教えとは本来、ボーッと生きてんじゃねーよである」と主張する仏教者の方もいました。

 そのかたの言いたいこともよく分かりますが、私が所属している浄土真宗では「阿弥陀仏がそのまま救ってくださる」という教えです。

 すべての人間が死ぬまでずっと頑張り続けることはできません。

 頑張れなくてボーっとしてしまう人間も決して見捨てないのが阿弥陀仏という仏様なのです。

 子どもの頃から常に頑張ることを要求され、社会に出てもオンリーワンの人材になるよう求められる世間の風潮。

 このような社会の空気に疲れている人が少なからずいることを掲示板の反応を通して非常に強く感じました。

 以上です。

 お寺さんも金儲けばかりでなく、掲示板を通して布教活動もされているのですね。

 私が散歩に出かける途中に、ある新興宗教の玄関先にある掲示板が目に留まります。

 読んでみると、感心する文章が書かれていて勉強になります。

「置かれた場所で 咲けないときは 逃げてもいいよ 咲けるところへ」
「ボーッと生きてもいいんだよ」は、文言は印象に残りました。

>子どもの頃から常に頑張ることを要求され、社会に出てもオンリーワンの人材になるよう求められる世間の風潮。
 このような社会の空気に疲れている人が少なからずいることを掲示板の反応を通して非常に強く感じました。

 このように頑張っても、幸せになれるとは思いません。
 ボーッと生きても幸せになれると思います。



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私はどんな超大金持ちも、いつかは没落してしまうと思うのですが。

2022-03-23 01:29:12 | 日記
 中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「盛者必衰は真理か?」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセーを書かれていました。

 凡百の「億万長者」など鼻の先でフンと一蹴するほどの超大金持ちが、この世に存在する。

 アマゾンの社長だった男性の元妻マッケンジー・スコット氏がその一人。

 彼女の資産は六百億ドル(約六兆六千億円!)だという。

 途方もない数字だ。

 日本の国家予算の6%にあたる数字が個人資産となる。

 当然、使い切れない。

 そこで彼女は慈善家として、さまざまな団体への寄付を、その仕事とする。

 二〇二〇年の寄付額は八十億ドル(八千八百億円)以上だったそうだが、彼女の資産は目減りすることなく増え続けているという。

 「寄付くらいは当たり前だ!」という気分にもなろうではないか。

 前にも書いたが、大金持ちになると人は己の欲望の実現にまい進する。

 豪邸、美食、美女、身を飾るぜいたく品、あげくは金に飽かしての宇宙旅行など。

 顔つきまで品格を失い、"貧格”と化してしまう。

 これと比べたら、超大金持ちのスコット氏は”福分け”するだけ善良な人物に思える。が、それにしてもこの貧富の差は尋常ではない。

 平家物語の「おごれる者久しからず」のことわりは、庶民の悲痛な願望に過ぎないのか。

 以上です。

>そこで彼女は慈善家として、さまざまな団体への寄付を、その仕事とする。

 外国の超大金持ちは、そのような方が多いですね。

 確かマイクロソフトのビル・ゲイツ夫妻は、慈善家として有名ですね。

>平家物語の「おごれる者久しからず」のことわりは、庶民の悲痛な願望に過ぎないのか。

 私はどんな超大金持ちも、いつかは没落してしまうと思うのですが。




西郷輝彦 野口五郎 スペシャルステージ 2011
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どんな悲しみも永遠には続かないと思うと生きる勇気が湧いてきますね。

2022-03-22 01:07:30 | 日記
 前回中日新聞の「寂聴の教え(上)」を投稿しましたが、今回「寂聴の教え(下)」を投稿します。

 「諸行無常」というと、多くの人は儚さや空しさをイメージするだろう。

 仏教の言葉で「すべてのものは移り変わる」を意味する。

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の・・・・」という平家物語の琵琶の響きもあり、誰もが悲観的な感覚で捉えがちだ。

 しかし、先生は励ましの言葉としても「無常」を説くことが多かった。

 大震災で東北を訪れたときは被災者の皆さんに、あるいは法話でも家族を失うなどで悲しみにくれる人たちに、こう語り続けた。

 「どんなにつらくても絶望してはいけません。どん底にいると思ったら、もうそれ以上落ちることはなく、後は上向きになるしかありません。この世に変わらないものはないんです。どんな悲しみも永遠には続きません」

 京都などに「日にち薬」という言葉がある。

 時間が苦しみやつらさを癒すという意味で、それも人の心が変わるからこそ薬として効くと先生は話していた。

 私の場合でいえば、瀬戸内寂聴の六十六歳差の秘書ということでメディアに出るようになり、「財産目当て?」「声や顔がきつい」などと非難、悪口を浴び悩んでいた時期もあった。

 先生が「気にすることなどない」とかばってくれたこともあり、時が経ち、つらかったことも嫌なこともどれか一つでも欠けたら今の私はなかったと、前向きに考えられるようになった。

 逆に「無常」は良かったこと、楽しいことも続かないという現実も示している。

 平穏な日常を送る人にとって変化はむしろストレスをもたらすはずだ。

 今が幸せだと思っている人ほど変わることは怖いだろう。

 でも、変わっていくのは周りばかりではない。

 変化を恐れる自分自身も実は変わる。

 先生は「人間の感情なんて、ちょっとしたきっかけでころころ変わる」と言い、九十歳を超えて大病した自分を例に挙げていた。

 「極楽は刺激がなく退屈そうだから、死んだら地獄に行きたいと思っていたが、病気やけがで苦しい思いをして痛いのはこりごり。死んだら極楽に行きたいと思うようになった」

 道徳や社会通念についても時とともに変化するものだから世間の常識にとらわれてはいけないとよく説いていたし、自身の考え方も柔軟だった。

 先生は女性の権利向上のために長く闘ってきたが、育った時代の影響を受けていて、出産した女性はなるべく家で子どもと一緒にいた方がいいと考えていたようだ。

 しかし、私が出産した後、保育園に預け仕事に復帰するのをみて、良いことだと評価してくれるようになった。

 先生が何より強調したかったのは「すべては変わるということを覚悟しておくことが大事」という心構えだったのだと思う。

 それにより「無常」は、人生の励みにも戒めにもなる。

 それでも「諸行無常」には、やはり儚さが付きまとう。

 その言葉に、すべての命には終わりがあることも含まれるからだろう。

 でも儚いからこそ、限りある命を授かった自分を大事にしなければならない。

 先生とはよく口げんかしたが、叱られたことはめったにない。

 ただ一度だけ、私が「どうせ私なんか」と自分を卑下したときはものすごく怒られた。

 「『私なんか』なんて言葉は使うな!」

 人は誰でも生まれる価値があるから生まれてきた。

 この世にたった一人しかいないかけがえのない存在。

 その自分を卑下するようなことは絶対に言ってはいけない。

 「『私なんか』ではなく『私こそ』と思って生きなさい」。

 それは先生自身の生き方でもあったと思う。

 (瀬尾 まなほ=瀬戸内寂聴秘書)

 以上です。

 
>「どんなにつらくても絶望してはいけません。どん底にいると思ったら、もうそれ以上落ちることはなく、後は上向きになるしかありません。この世に変わらないものはないんです。どんな悲しみも永遠には続きません」

 今がどん底なら、それ以上落ちることはないのですね。どんな悲しみも永遠には続かないと思うと生きる勇気が湧いてきますね。

>人は誰でも生まれる価値があるから生まれてきた。
 この世にたった一人しかいないかけがえのない存在。
 その自分を卑下するようなことは絶対に言ってはいけない。
 「『私なんか』ではなく『私こそ』と思って生きなさい」。

 自分は「この世にたった一人しかいないかけがえのない存在」と思うと、自分を大切に出来ますし、プライドも持てますね。
自分を卑下しないようにしたいです。




死んだ男の残したものは 森山良子
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