まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

滋賀11番「長命寺」~神仏霊場巡拝の道・81(新年は808段の石段から)

2024年01月09日 | 神仏霊場巡拝の道

「吉田類の年またぎ酒場放浪記」を見ながらのカウントダウンで2024年を迎え、もうしばらく飲んでから横になる。元旦、太平洋側では初日の出が期待できるという。近江八幡だと八幡山が初日の出スポットということで、日牟禮八幡宮から八幡山行きのロープウェーが早朝運転される。ただ、ロープウェー乗り場まで歩くにはさすがに遠く、初日の出よりは朝食と朝湯を選択した。

朝食会場へ。特に正月メニューがあるわけでもないが、リーズナブルなビジネスホテルだから仕方ない。まあ、この日(元日)の夕方には藤井寺の実家に戻ることにしており、昨年父が亡くなったことで正月飾りもせず質素にするが、ささやかながら雑煮やおせちは用意するつもり。

チェックアウト後、荷物を駅のコインロッカーに入れ、7時30分発の長命寺行きバスに乗る。長命寺といえば参道の808段の石段が有名で、2024年最初の札所めぐりはいきなり難所に挑むことになる。長命寺からの帰りに日牟禮八幡宮に立ち寄ることにしている。

長命寺行きの始発バスの乗客は私一人。途中から乗って来る人もおらず、20分ほどで長命寺バス停に到着。

西国三十三所としては4巡目となる長命寺。過去3回の巡拝のうち、808段の石段を歩いて上がったのは1巡目以来となる。2巡目、3巡目はクルマで参道を上がり、山門手前の駐車場から100段ほど石段を上がっただけである。下からだと徒歩20分ほど。新年早々、こうして身体を動かすのもいいだろう。

・・・とはいうものの、やはり石段はきつい。コンクリートで整備された階段ではなく、昔ながらの石積みの階段で、一段一段の段差も高く、かつ不規則である。途中何度か立ち止まって息を整える。途中何回かつづら折りになっているが、最後はまっすぐ上まで石段が延びる。これが精神的にきつい。

ようやく、途中の駐車場にたどり着く。最後もう少し階段があるとはいうものの、ここまでクルマで上がることができるのはありがたいことである。そのうえ長命寺は、入山料や駐車料金を徴収するわけではない。

最後の階段を上がると本堂から読経の声が聞こえ、ようやく境内にたどり着く。雲は少しあるものの、穏やかな琵琶湖の眺めにほっとする。西国三十三所でも難所に分類される長命寺だが、参道を上って来ただけのことはある。

この琵琶湖を眺める位置に「琵琶湖周航の歌」の歌碑がある。その一節の「西国十番 長命寺」から始まる歌碑がある。ご案内のとおり、長命寺は西国三十三所の第31番なのだが、作詞した第三高等学校(現在の京都大学)のボート部員だった小口太郎が、「語呂がいいので『十番』にした」と言われている。西国の寺として名高いということであれば、そこまで番号には頓着しなかったのだろう。

本堂に上がる。先ほどから内陣では新年のお勤め、祈祷のようである。観音経が唱えられ、願主の名前が読み上げられる。先ほど石段を歩いて上がり、汗すら出てきたのだが、山の中腹の本堂ということで、床はひんやりとしている。そこに座り、2024年最初のお勤めとする。

元日だがこの時間ということもあってか、境内はそれほど多くの参詣者がいるわけではない。西国の先達用納経軸への重ね印、そして神仏霊場の朱印をいただく。「令和六年一月一日」・・・新たな年に身が締まる思いだ。

そのまま伽藍の各堂、そして奥の太郎坊権現社にも手を合わせる。こちらからは近江富士の方角を望むことができる。初日の出とは逆の方角だが、新年最初の朝の穏やかな景色である。

帰り道、鐘楼のところから見る三重塔を含めた伽藍の景色も長命寺の見どころである。

さて下りだが、石段を歩いて下るのもそれはそれできついと思われる。そこで、駐車場まで階段を下った後、車道を歩いて下った。時折、上って来るクルマとすれ違い、また下りのランナーが私を追い越していく。この車道の上り下りというのも結構ハードなトレーニングが積めそうだ。

車道といっても勾配には限度があるので、どうしても距離は長くなる。結局15分ほどでバス停まで戻ったが、クルマ向けの案内板には1.3キロと表示されていた。

帰りは日牟禮八幡宮に立ち寄ることにして、再びバスに乗車する・・・。

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