ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

Tの四日間

2010年04月23日 | 家族とわたし
月曜日。
派遣された会社の会議室の前で待っていたら、いきなり部屋から出てきた上司らしき人に、「君、このプログラム言語を知ってるか?」と聞かれた。
その言語は知らなかったので「知りません」と答えると、「じゃあ、これを学んで、我が社のためのデータ整理のプログラムを金曜日までにできるか?」と聞かれ、「やってみます」と答えた。

火曜日。
必死でテキストブックを読み、新しい言語を頭に叩き込みながら、同時進行でプログラムに着手した。
けれども事態はやはり甘くは無かった。お手上げだと諦めかけていた時、シニアプログラマーでTに直接関わる男性が、偶然予定を変更して旅行から戻り、いろいろと手伝ってくれたり、とても参考になるアイディアを与えてくれた。

水曜日。
なんとかなりそうだと思ったのも束の間、やはりにっちもさっちもいかず、ごちゃごちゃの迷路の中へ。
誰も居ない会社に残り、10時頃まで残業をした。

木曜日。
これが猶予最後の日。完成するまで家には戻らない、と宣言して出かけて行ったT。
月曜からずっと寝不足が続いていて、ストレスも最高潮。
宿題を終えることができなくても、それに費やした努力と時間は決して無駄になることはないのだから。
そんな慰めなど一言も入らないほどに、彼の気持ちは悔しさと不甲斐なさでガチガチに固まっている。
もしかしたら会社に泊まるかもしれない、と言ったTに、そんなことをしてもなにもならない。とにかく家に戻りなさいと言ったものの、
あんまり遅い時間帯に、会社のあるアヴェニューを独りで歩いて欲しくもなく、心配でたまらなくなって電話をかけるとまだ会社だった。
時間は11時。声には疲れと失望がにじみ出ている。食事をする暇もなかったからと、食べてもいない。
「とにかくもう帰ってきなさい」と言うと、「そうするわ」と観念したT。

「わたしは明日早起きして演奏会に行かなあかんからもう寝るけど……やるだけのことやったやん。よう頑張ったな」
それぐらいのことしか言えない、コンピューターの世界にはてんで弱い母を許せ!

ベッドに入ったものの、さっぱり眠れない。小さな子供達だけに演奏するのも初めてのことだけに、うまくいくのかも心配だったし。
けれども一番の心配はやっぱりT。布団の中で深呼吸をくり返したり、軽いストレッチをしながら眠ろうと頑張ったけどだめ!
12時過ぎにもう一度Tに電話をかけると、とりあえずペンステーションの構内に居ることがわかって少し安心した。
電車に乗り遅れて、最終の12時40分に乗ると言う。
突然「あ、ちょ、ちょっと、もしかしたらできたかもしれん!いや、できた!多分!」といきなり嬉しそうな声のT。
まだあきらめてなかったんか……でも、それがほんとやったらすごい!ここまで粘った甲斐もあるってもんや!
電話を切って、いいことだけを考えて、嬉しそうなTの声を思い出しながら、とにかく眠ろうと思った。
けれどもやっぱり無理だった。
Tが玄関ドアを開ける音を聞いて、ああ良かったと思ってすぐに、わたしはやっと少し眠った。

そして迎えた金曜日。
疲れ切った目をしたTが、それでもいつもの時間に起きてきた。
「やっぱりアレ、あかんかったわ」
クビを覚悟で行かなければならないのだけど、この四日間に学んだこと、果敢にトライし続けたことはきっと後々に宝になる。
旦那がTに、昼間と夕方に電話をかけていた。
別に特別なにも口には出さないけれど、彼もやっぱり心配している。
「Tはかなり疲れた、落ち込んだ声だった」、と聞いて、まあそれもしょうがないだろうと思った。

夜の8時に戻ったTに、「どうなった?」と声を揃えて尋ねるわたし達。
「あと一週間、首がつながった」

やったぁ~!!

大学に例えると、いきなり新しい科目を四日間で勉強し、その知識を応用させながら卒業プロジェクトを完成させるというような、常識では考えられない事を同時にこなす異常事態の中に身を置いて、ミスの無い完璧な成果を要求されるようなもの。

それを聞いてやっと、どれだけキツい四日間だったのかがぼんやりわかった。

手当てもなにもつかない残業だったけれど、きっとこの四日間のことは、Tの社会人としての初めての試練として、深く胸に刻み込まれるだろう。
会社は彼に、高額な新しいソフトを買い与えてくれたのだそうだ。
こいつ、なんかおもしろいな。
そう思ってくれたのかもしれない。ただ単に、もうちょっと使って様子を見てみよう、それだけのことかもしれない。
どちらにしてもT、わたしはあんたの頑張りを誇らしく思う。あきらめないしぶとさを頼もしく思う。

来週一週間、やれるだけやって、結果がどちらに転ぶにせよ、そんなことが気にならなくなるぐらいに弾けてみ!応援するぞ!



昨日まで渡されたビジター用の証明カード。月曜からは会社員専用のカードをもらえるとのこと。一歩一歩、やな!

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ちびっ子達のための音楽会

2010年04月23日 | 音楽とわたし
ピアノ弾きになってから数十年、初めての、ちびっ子達のための音楽会を企画し、演奏とお話をしてきました。
場所はコネチカット州スタンフォード。ここから車で1時間半ほど北上した所にある、とてもかわいい学校です。
生徒数が少なく、こじんまりとしていますが、3才から7才までの子供達に、勉強だけでなく、芸術面でもきちんとした教育を与えています。



建物の中はこんな感じ。とても広々としていて、教室の中では子供達がのびのびと勉強したりお絵描きをしたりしていました。



音楽の授業にはこんな演奏もしているそうです。



この学校に通うふたりの姉妹の両親は、旦那とわたしの共通の友達、T子とT。ダブルTの夫婦です。
今年の芸術鑑賞に回せる予算が大幅に削られたため、急きょわたしがピンチヒッターとして?小一時間のピアノコンサートを引き受けることになりました。

初めての場所に車で行くということで、かなり早めに家を出て、車の中で、どんな話をしようかと、ブツブツ独り言を言いながら運転しました。
相手はなんといっても7才以下の子供達です。退屈させたら一巻の終わり。なんとか楽しく最後まで聞いてもらえるようにと、あれやこれやと知恵を絞ってプログラムを考えました。

*まずはリクエストのあったブラームスの『ハンガリア舞曲』
これはテレビの教育番組でいつも流れているので、子供達の耳に馴染んでいるそうです。この曲の、くるくると変化する雰囲気に合わせて、椅子の上で身体を揺らせてごらんと言ってみよう。

*次は『エリーゼのために』
テレーゼという名前の女性に求婚したベートーヴェン。敢えなくふられてしまい、未練たっぷりに、彼女に捧げる曲を作り、彼女の名前をタイトルにしたまでは良かったけれど、あまりの字のひどさに、後世見つけた人が名前を読み間違えて、エリーゼになっちゃった曲。意味が通じるかなあ……。

*そしてモーツァルトの『きらきら星変奏曲』
この曲に合わせて、ちびっ子達にABCの歌を歌ってもらおう。短調の変奏曲は静かに聞いてもらおう。

*その次は同じくモーツァルトの『トルコ行進曲』
行進しているつもりで足をバタバタしながら聞いてもらおう。

*そしてショパンの『子犬のワルツ』
子犬が自分のシッポを追いかけて、ぐるぐる回る様を見ていたショパンが、その様子をメロディにした、というお話をして、途中のなめらかな部分は、子犬の背中をやさしく撫でてあげているような気分で聞いてもらおう。

*同じくショパンの『雨だれ』
♯ソで延々と連打される雨だれの音を、目を閉じて、ショパンと同じように、窓際に立って窓の外の雨の様子を見ているような気持ちを想像してもらおう。そしてその時のショパンが、とても深刻な病気にかかっていたことに同情することができたらいいのだけれど……。

*最後にもう一曲、ショパンの『幻想即興曲』
8才でピアノを学び始めたわたしが、いつかこの曲が弾けたら死んでもいい!と夢見た曲(結局は13才の時に弾いたので、死ぬには早過ぎて、約束は撤回されたけれど)『幻想即興曲』を弾いて、これはただ、何も言わずに聞いてもらおう。

学校と併設されている教会の、きちんと調律されてあるグランドピアノを弾かせてもらうことができました。
ピアノの性質を知りたかったので、各曲の、音のバランスが気になる部分だけをチョイ弾きしていると、
「あぁ~、なんて素晴らしいピアニストが来てくれたんでしょ!これはもう、子供達には徹底的に静かにさせなきゃ!ちょっとでも動いたりしゃべったりする子がいたら、即座に外に連れ出しますからご心配なく!」と、いきなり興奮し始めた校長先生。
「いえいえ、そんなご心配には及びません。わたしは今日、子供達と一緒に音楽を楽しみながら、少しでもピアノの曲を知ってもらえるよう、と願いながらプログラムを組んできました。なので、そんなことは絶対にしないでください」と必死でお願いするわたし。

時々つっかえるわたしの英語の話も、みんなちゃ~んと聞いてくれて、ABCの歌も素晴らしく上手で、音楽を身体中で感じてくれたちびっ子達。
本当に素晴らしい聴衆でした!!

幸いなことにプログラムは成功して、先生方も涙ぐんだりしながらとても喜んでくださり、初めての体験にかなり神経質になっていたわたしもほぉ~っと一安心。
5才ぐらいの女の子がふたり、片付けているところにやってきて、「わたし、明日からピアノ弾く」と報告してくれたのもすご~く嬉しいことでした。
来年もぜひぜひ、必ずここに弾きに来てくださいね!と、予約依頼までいただいて、嬉しいやら恐縮するやら……。

最年長の子供達が、お礼の歌を歌ってくれました。今日は金曜日で制服を着なくてもいい日。みんなとってもリラックスしています。



嬉しい気持ちいっぱいに、ニュージャージーへと車を走らせました。

わたしの好きなTappan-Zee-Bridge。



季節は少し違うけれど、全景はこんな感じ。



すっかり春めいてきた高速道路脇の木々。おいおい、運転中になにしと~る?!



サービスエリアに車を止め、今日のお礼で一番嬉しかった、T子手作りのお弁当をいただきました。



目の前には満開の梨の木。やっぱり気温が5℃以上低いだけに、まだまだ花がいっぱい残っています。



子供達からもらったバラの花束と、今日のわたしの助っ人カーナビ君。




昨日の夜は、とうとう宿題の難問をクリアできなかったTが会社から戻って来ず、電車も一本乗り過ごしたために、無事に帰ってくるかどうか心配で、なんとも眠りにくい、旦那も同じように寝返りばかり打って明け方を迎えてしまった最悪の夜でした。

でも、今日のちびっ子達の楽し気な様子と、先生方、そしてT子が心から喜んでくれている顔を見て、いろんな疲れがいっぺんに吹っ飛んだ気がします。

みんなに感謝!!



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