『おにいちゃんのハナビ』
もう日本ではすでに上映されていたんですね。
今朝、ネットで新聞を読んでいる時に、フイフイッと遊びに行った映画情報の中に、『片貝町の花火』という言葉を見つけました。
3才から13才までの間、わたしは三重県の名張市という所で住んでいたのだけど、毎年夏に行われる花火大会が大好きで、打ち上げられる河原まで、浴衣を着て必ず見に行きました。
その頃の花火は、今のように派手ではなく、一発一発、何処そこの誰々奉納というアナウンスが流れた後、みんなが固唾を飲みながら真っ暗な空を見上げていると、ヒュルヒュルヒュル~ッとシッポがついた光の玉が昇っていきドッカ~ンおぉ~という、なんとも悠長な展開でした。
それがいつの頃からか、一度に上げられる花火玉の数が多くなり、花火と花火の間隔が狭くなり、同時にあちこちから上げられたり、やけくそのようにドカンドカンと数えきれない数の花火がいっぺんに上がったり、今ではそういうのが当たり前になっていて、そうでないとがっかりしたりします。
こちらに引っ越してから、花火大会という、花火が主体になった催しに出会えなくなってしまいました。
けれども独立記念日の7月4日には、どんな小さな町でも花火が上げられるので、わたしもいそいそと見学会場に足を運んでみると、が~ん……大昔の名張の花火のノリの、アナウンス無しの、5分待ってトカン(←あまりにしけてるのでドと言えない……)また待ってトカンスカンのお粗末さ。
それでも周りのアメリカン達は「おぉ~!」とか言って喜んでいるし……。こんなん花火ちゃうし……と思いっきり盛り下がっているわたしの横で……。
今年の夏に、ハドソン河から上げられるメイシーズ主催の花火大会を観に行って、久々にすっきりしたわたしですが、今日この、片貝町の花火のことを知り、昔懐かしい、アナウンス付きの、一発一発をわくわくしながら待つ花火を、また観に行きたいと思いました。
特にこの町の方々にとっては、ひとつひとつの花火が、供養であったり、家内安全の願いであったり、お礼であったりするわけで、
その思いがギュウッと込められた花火玉が、真っ暗な夜空を天に向かって真っすぐに昇っていき、パアッと大輪の花を咲かせるその一瞬の絵の美しさは、本当に格別なものだと思います。
この映画にあたっては、撮影時に片貝町の方々にかなりの無理を強いたとか、医療器具の使い方や治療風景にウソが多過ぎたとか、方言が下手すぎだとか、花火大会の在り方をきちんと伝えていないだとか、いろいろと非難もあったみたいだけど、
そしてわたしはこの映画を、予告編を観ただけでちゃんと観ていないけれども、若くして死ななければならなかった妹の望みを叶えるべく、花火を作って上げたお兄ちゃんが実際に居たということを知ることができただけでも、この映画に感謝したい気持ちでいっぱいです。
ビデオ、手に入らないかなあ……。
もう日本ではすでに上映されていたんですね。
今朝、ネットで新聞を読んでいる時に、フイフイッと遊びに行った映画情報の中に、『片貝町の花火』という言葉を見つけました。
3才から13才までの間、わたしは三重県の名張市という所で住んでいたのだけど、毎年夏に行われる花火大会が大好きで、打ち上げられる河原まで、浴衣を着て必ず見に行きました。
その頃の花火は、今のように派手ではなく、一発一発、何処そこの誰々奉納というアナウンスが流れた後、みんなが固唾を飲みながら真っ暗な空を見上げていると、ヒュルヒュルヒュル~ッとシッポがついた光の玉が昇っていきドッカ~ンおぉ~という、なんとも悠長な展開でした。
それがいつの頃からか、一度に上げられる花火玉の数が多くなり、花火と花火の間隔が狭くなり、同時にあちこちから上げられたり、やけくそのようにドカンドカンと数えきれない数の花火がいっぺんに上がったり、今ではそういうのが当たり前になっていて、そうでないとがっかりしたりします。
こちらに引っ越してから、花火大会という、花火が主体になった催しに出会えなくなってしまいました。
けれども独立記念日の7月4日には、どんな小さな町でも花火が上げられるので、わたしもいそいそと見学会場に足を運んでみると、が~ん……大昔の名張の花火のノリの、アナウンス無しの、5分待ってトカン(←あまりにしけてるのでドと言えない……)また待ってトカンスカンのお粗末さ。
それでも周りのアメリカン達は「おぉ~!」とか言って喜んでいるし……。こんなん花火ちゃうし……と思いっきり盛り下がっているわたしの横で……。
今年の夏に、ハドソン河から上げられるメイシーズ主催の花火大会を観に行って、久々にすっきりしたわたしですが、今日この、片貝町の花火のことを知り、昔懐かしい、アナウンス付きの、一発一発をわくわくしながら待つ花火を、また観に行きたいと思いました。
特にこの町の方々にとっては、ひとつひとつの花火が、供養であったり、家内安全の願いであったり、お礼であったりするわけで、
その思いがギュウッと込められた花火玉が、真っ暗な夜空を天に向かって真っすぐに昇っていき、パアッと大輪の花を咲かせるその一瞬の絵の美しさは、本当に格別なものだと思います。
この映画にあたっては、撮影時に片貝町の方々にかなりの無理を強いたとか、医療器具の使い方や治療風景にウソが多過ぎたとか、方言が下手すぎだとか、花火大会の在り方をきちんと伝えていないだとか、いろいろと非難もあったみたいだけど、
そしてわたしはこの映画を、予告編を観ただけでちゃんと観ていないけれども、若くして死ななければならなかった妹の望みを叶えるべく、花火を作って上げたお兄ちゃんが実際に居たということを知ることができただけでも、この映画に感謝したい気持ちでいっぱいです。
ビデオ、手に入らないかなあ……。