ワールドシリーズを旦那とふたりで観戦してるところに、息子の恭平が帰ってきた。
今夜もし、レンジャーズにジャイアンツが勝ったら優勝、という、しかも、ジャイアンツのバッテリーは23才のキャッチャーと26才の長髪ミュージシャン系ピッチャーの若者コンビ、めちゃくちゃ上手い采配と投球が続いている最中だったので、大いに盛り上がっていたところだった。
「あのぉ~、せっかくのところを中断して悪いんですけど……」と、わたし達の前に立ってもじもじしている恭平を見て、嫌な予感がしたのか、旦那がさっと音声を消した。
「なに?」
あかん、様子がおかしい……胸のあたりがザワザワしてきた。
「ちょっと良くないニュースがあって」
「なによ、良くないニュースって?」……ますますザワザワ。
ため息をひとつついてから、椅子にどっかりと腰を下ろしたものの、しばらく黙っている。
車か?また事故ったか?それとも違反?それとも大学の単位?思いつく良くないニュースを頭の中で並べて心の準備をした。
「ハイロが……あと2週間ももたへんって……もしかしたらこの週の間にも……」
「……」
「医者は、生命維持装置とかつけたらもうちょっとは長引かせることができるって言うてんけど、ハイロがもういいって断ったらしい」
「なんちゅうこと……」
ハイロは拓人の同級生。まだ23才。若くして逝った父親と同じ、とても難しい種類の癌に冒され、抗がん剤治療や他の有効的な治療を受けながら頑張っていた。
彼は高校を出る前から、ゲームの得意な恭平と親しく遊ぶようになり、カミーロ同様、うちの二人の息子の共通の友達として、よくうちに遊びに来たりしていた。
カミーロはよくうちで夕飯を食べたけど、ハイロはそういえば回数は少なかった。早くに父親を亡くした彼は、父親代わりになって家の面倒を見ていたからだ。
そのカミーロは今、海軍のブートキャンプに入っていて、こちらからは全く連絡がつかない。
彼はハイロの一番の親友だった。
彼も母子家庭で育った孝行息子。まだ16才だった頃にガールフレンドとの間にできた娘を週末子育てしながら高校を卒業し、大学にも入ったのだが、養育費などの支払いや家計の援助などもあり、バイトの方にどんどん時間を費やすことになり、大学を中退した。
しばらく有名なバーでバーテンダーなどを続け、新しく結婚もし、それなりに生活できていたのだけれど、やはり将来の展望などを考えるとなにか資格を手にした方がいいと思ったのか、それとも噂通り、軍隊が好きだったのか、突然入隊すると決め、本当に入ってしまった。
どうしてるんかなあ……と、時々思い出しては息子達に様子を聞いていたのだけど、つい最近、もうほとんど完治したらしい、という知らせを聞いて、よかったなあ~ほんまに!やっぱり若いから抵抗できたんやな~と、大喜びしたところだった。
ハイロの人生にはあまり楽しいことが無かった。
顔にはいつも、疲れと哀しみがこびりついていた。
けれども彼は強かったし、時々羽目を外したこともあったけど、親思い、家族思いの優しい子だった。
早くに結婚して、奥さんがいると聞いた。
ハイロに楽しいことが起こると、それだけで嬉しかった。
死ななければならないほどに弱っている若者を、ただ「さよなら」を言うために見舞うなんてできるだろうか。
そんなことをわたし達がして、それを彼は喜ぶのだろうか。
彼は意識がまだしっかりとしていて、癌に冒された細胞が次々に死んでいくのを、為す術も無く、助けてくれる人も無いまま、ただただ現実として受け止め続けなくてはならない。
息を吸う力、心臓が鼓動を打つ力を失うその一瞬まで、まだまだ生きたいだろうその23才の若いままで。
どうしよう……。
祈ろう。心をいっぱい、わたしのすべてをかけて祈ろう。
彼の残された日々が、痛みの無い、安らかなものであるように。
悲しいけれど、悔しいけれど、辛いけれど、楽しかったこと、嬉しかったこと、幸せだったことをいっぱい思い出せるように。
そして、まだこれからの若い息子を失わなくてはならない彼のおかあさんの痛みが少しでも和らぐように。
祈ろう。
今夜もし、レンジャーズにジャイアンツが勝ったら優勝、という、しかも、ジャイアンツのバッテリーは23才のキャッチャーと26才の長髪ミュージシャン系ピッチャーの若者コンビ、めちゃくちゃ上手い采配と投球が続いている最中だったので、大いに盛り上がっていたところだった。
「あのぉ~、せっかくのところを中断して悪いんですけど……」と、わたし達の前に立ってもじもじしている恭平を見て、嫌な予感がしたのか、旦那がさっと音声を消した。
「なに?」
あかん、様子がおかしい……胸のあたりがザワザワしてきた。
「ちょっと良くないニュースがあって」
「なによ、良くないニュースって?」……ますますザワザワ。
ため息をひとつついてから、椅子にどっかりと腰を下ろしたものの、しばらく黙っている。
車か?また事故ったか?それとも違反?それとも大学の単位?思いつく良くないニュースを頭の中で並べて心の準備をした。
「ハイロが……あと2週間ももたへんって……もしかしたらこの週の間にも……」
「……」
「医者は、生命維持装置とかつけたらもうちょっとは長引かせることができるって言うてんけど、ハイロがもういいって断ったらしい」
「なんちゅうこと……」
ハイロは拓人の同級生。まだ23才。若くして逝った父親と同じ、とても難しい種類の癌に冒され、抗がん剤治療や他の有効的な治療を受けながら頑張っていた。
彼は高校を出る前から、ゲームの得意な恭平と親しく遊ぶようになり、カミーロ同様、うちの二人の息子の共通の友達として、よくうちに遊びに来たりしていた。
カミーロはよくうちで夕飯を食べたけど、ハイロはそういえば回数は少なかった。早くに父親を亡くした彼は、父親代わりになって家の面倒を見ていたからだ。
そのカミーロは今、海軍のブートキャンプに入っていて、こちらからは全く連絡がつかない。
彼はハイロの一番の親友だった。
彼も母子家庭で育った孝行息子。まだ16才だった頃にガールフレンドとの間にできた娘を週末子育てしながら高校を卒業し、大学にも入ったのだが、養育費などの支払いや家計の援助などもあり、バイトの方にどんどん時間を費やすことになり、大学を中退した。
しばらく有名なバーでバーテンダーなどを続け、新しく結婚もし、それなりに生活できていたのだけれど、やはり将来の展望などを考えるとなにか資格を手にした方がいいと思ったのか、それとも噂通り、軍隊が好きだったのか、突然入隊すると決め、本当に入ってしまった。
どうしてるんかなあ……と、時々思い出しては息子達に様子を聞いていたのだけど、つい最近、もうほとんど完治したらしい、という知らせを聞いて、よかったなあ~ほんまに!やっぱり若いから抵抗できたんやな~と、大喜びしたところだった。
ハイロの人生にはあまり楽しいことが無かった。
顔にはいつも、疲れと哀しみがこびりついていた。
けれども彼は強かったし、時々羽目を外したこともあったけど、親思い、家族思いの優しい子だった。
早くに結婚して、奥さんがいると聞いた。
ハイロに楽しいことが起こると、それだけで嬉しかった。
死ななければならないほどに弱っている若者を、ただ「さよなら」を言うために見舞うなんてできるだろうか。
そんなことをわたし達がして、それを彼は喜ぶのだろうか。
彼は意識がまだしっかりとしていて、癌に冒された細胞が次々に死んでいくのを、為す術も無く、助けてくれる人も無いまま、ただただ現実として受け止め続けなくてはならない。
息を吸う力、心臓が鼓動を打つ力を失うその一瞬まで、まだまだ生きたいだろうその23才の若いままで。
どうしよう……。
祈ろう。心をいっぱい、わたしのすべてをかけて祈ろう。
彼の残された日々が、痛みの無い、安らかなものであるように。
悲しいけれど、悔しいけれど、辛いけれど、楽しかったこと、嬉しかったこと、幸せだったことをいっぱい思い出せるように。
そして、まだこれからの若い息子を失わなくてはならない彼のおかあさんの痛みが少しでも和らぐように。
祈ろう。