ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

まんまるお月さま

2010年11月20日 | 音楽とわたし
今夜はこんなにまんまるお月さま。



生徒の発表会が無事終わった。
あんなに弾けなかった子達が、今週突然スルッと弾けるようになって、なんやったんよ今まで……と妙に気が抜けるような気分を味わいながらも、とりあえず発表会のドタキャンをしなくて済みそうだと思えることを感謝しつつ、今日を迎えた。

昨日、プログラムもだから、最後の最後まで書けないでいたので、最後の生徒のレッスンが終わってすぐに、原稿を書き始めた。
すると、前に考えていた順番が、どうも気に入らなくなってきて、第一部のソロ演奏だけで1時間以上もかかってしまった。
う~ん、こんな調子で、第二部の連弾や挨拶文(これが一番苦手)なんかを書いて、それをプリントアウトして、ほんでもってプレゼントの準備やなんやかんや……いったいいつまでかかるやら……なかなかの情けなさである。
でもまあ、なんとか仕上がり、さあプリントアウトだぁ~という時になって、いきなりのプリンターの故障……泣けた……。
気をとり直して、原因を調べてみた。けれども、どれだけ頑張っても埒があかない。
すぐ横の部屋では、旦那がリクライニングチェアに座ってのんびりとテレビ鑑賞中。ムカムカ度急上昇。
とりあえず、わたしの見たところでは、多分ジェットインクの取り替えが必要なのだと思い、近所にあるオフィスグッズ専門店に出かけることにして身支度していると、
「今頃からどこ行くん?」と旦那が聞いてきた。
「ステイプルズ」むかっ!
「なんで?」
「プリンターが故障したから」むかむかっ!
「なんで今頃から行くん?」
「プログラム仕上げなあかんから」むかむかむかっ!
「なんで今夜なん?」
「プログラムも仕上げてないまま本番の日を迎えたくないから」むかむかむかむかっ!
「そんなん、ボクが明日、仕事終わってからやったるやん」
「へ?」
「明日はまうみの発表会手伝うために、わざわざ患者を早朝に来てもらうようにしたんやから」
「あ、そりゃどうも、あんがと」しゅるしゅるしゅる~……←むかむかが萎んでいっているところ。

ということで今朝、プログラムは旦那のプリンターで無事完成。わたしの書いた挨拶文も、チャチャッと直してくれた。(直すとこ多過ぎるし……)
休憩時間の飲み物とスナック、それからテーブルセット、ピアノの背付き高低椅子、小さい子のための足置き台、連弾の楽譜20曲分を車に積み込み教会に向かった。
たまたま今日は、ハイロのお葬式に参加するべく、拓人が帰っていたので、彼に荷物運びを手伝ってもらった。
会場はブルールームという名の、二階の天井まで吹き抜けになった、80席でいっぱいになるこじんまりとした部屋。
ピアノは古いシュタインウェイ。古いけれど音が豊かで繊細で、試奏させてもらってすぐに気に入り、ここを会場にしようと決めた。

ハイロのお葬式に行けるかなあ……いつも発表会は少し延びて、その後も生徒達と写真を撮ったり、親御さん達とも話したりして、気がつくとオーバータイム。
でも、なんとか間に合いたいなどと、会が始まるまでは考えたりしていたけれど、始まってからはもう、とにかく無事に最後まで弾き終えてくれるよう、生徒ひとりひとりの背中に祈りを捧げていた。

あさこが、わたしの土壇場のお願いにも関わらず、二つ返事でゲスト出演を引き受けてくれて、会の終わりに、ドイツ歌曲から『鱒』と『アヴェ・マリア』を歌ってくれた。
カーネギーに聞きにきてくれた人達は皆、また彼女の素晴らしい歌声を聞く事ができた幸運をとても喜んでいた。
わたしは……『アヴェ・マリア』を歌うあさこの歌声を聞きながら、ハイロのことを思っていた。

ハイロ、多分今日、わたしは間に合わない。ビルも、今まで行けなかった分、本当に行きたかったのだけど、多分彼も間に合わない。ごめんなハイロ。
だからハイロ、わたしは今、ハイロのことを想いながらこの曲を弾いています。
ハイロはもう、天国って名付けられているほどの、気持ちのいい場所に行けたのかなあ。
痛みも苦しみも無い、暖かで、澄み渡っていて、軽やかで、気がつくとニヤニヤしてしまいそうに幸せな気持ちになる所。
あなたの大切な、愛する家族を、どうぞこれからも見守っていてね。
わたし達のことも、たまにで充分だから思い出してね。
もうどこにだって行きたい時に行ける。留まりたいだけ留まれる。自由になったハイロ。この世が短かった分、うんと楽しんでください。

会が終わり、やはり間に合わなかったのでひとまず家に戻ると、お葬式から戻ってきた拓人と恭平、そして懐かしいエヴァンがいた。
エヴァンは拓人と同級生。だからもちろんハイロともよく遊んだ。
「なんでこんなことにならないといけないのか、ボクにはどうしても理解できない。
西洋医学なんて、どんなに最新鋭の機器が揃っていても、どんなに知識が豊富な医者が揃っていても、患者のことを、その病気の名前だけでしか診ない。
どうしてそんな病気にかかったのか、その人の人となりや癖、性格や環境など、その人がその人であるすべての要因もひっくるめて、治療法をいろいろと検討していくべきなのに、やれ手術だ、やれ抗がん剤だと、一番目につく病気の部分しか目に入らない。そんな連中に、ハイロの病気なんて救えるはずなんかなかったんだ」と、エヴァンは怒りながら泣いた。

「23だよまうみ。たったの23だったんだ。ボクと同じ23。これからだったのに」

あさこを駅まで送り、息子達とエヴァンとも別れ、旦那とわたしはふたりでお疲れさん会。
いつも特別な日だけに行く『AOZORA(あおぞら)』で、ワインを乾杯しながらご馳走を食べた。
レストランで、一緒に食事をしていた別の席に座る家族達を見ながら、もうこんなふうにご飯を食べたりできなくなったハイロを思った。

帰りの車の中で、旦那が急に、「ボク、『アヴェ・マリア』の曲を聞くと、なんで泣きたくなってしまうのかなあ」と、とても珍しいことを言った。
旦那はそういう、いわゆるわたしのような泣き虫ではないので、滅多なことでは涙を見せない。
「まあ、わたしの場合、珍しいこともなんともないやろけど、今日は嗚咽を漏らさんように必死で我慢しながら弾いててん。だって……ハイロのこと……」
「あ、ボクも!ずっとハイロのこと思ってた!」

ハイロ、ビルとわたしだけのお葬式、違う教会でひっそりとしましたよ。


今日、好評だった、父からの最後の贈り物のネックレス。


旦那の一番のお気に入りの花。


他にもいろんなお花が。みんな、本当にありがとう!
  


コメント (10)
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